Act16 新たな誓い
悪魔は人柱を欲していた。
リィンは身代わりとなった人に縋りついて泣いたが・・・
頭の中が混乱を極めた。
目の前で起きている事が理解出来ない。
自分がやってしまったというのに・・・どこか不思議な世界に迷い込んだかに思える。
「あはは・・・げほ・・・死んだ?
麗美が・・・死んだの?」
泣き叫ぶリィンも、駈けつけて来るガードマンも。
「そうよ・・・私が?
私が・・・殺したのよね?」
十分に理解しきれない。
腕に銃創を着けられて、少し吸い込んだガスに咽ていても。
「リィンを奪った奴を・・・殺せた?
私を庇おうとした麗美を殺した?
どっちなのよ?復讐を果したのか、間違いを犯したのか。
どっちなのよぉ~ぉッ?!」
錯乱するフューリーは、倒れて動かないレィにしがみ付いて泣くリィンを観ると。
「あはは・・・もう戻れない。
私はとんでもないことをやってしまった・・・」
愛するリィンは取り返せなくなった。
それに仲良くしてくれていた麗美を、自らの手で殺めたのだと思い込んだ。
ガードマンの誤射だったのに。
「そう・・・やってしまったのよ。
秘めた復讐を・・・やり遂げたに過ぎない・・・だけ。
奪われたから、奪ってやったまでの話。
麗美という仇に、復讐を果した迄のこと・・・」
崩壊した心は、自分を正当化し始める。
罪の意識に圧し潰された心は、悪魔に宿られてしまう。
「そうよ・・・私は正しい復讐に手を染めただけ。
復讐鬼となって初めて手を染めただけに過ぎないのよ」
血塗られた手を見詰め、嘲笑うのは自分へか・・・それとも?
「そう・・・まだこれからの話。
まだ復讐は成し遂げられてはいない・・・まだ為さねばならない」
駈けつけるガードマンが銃口を向けて来るのにも眼を停めず。
「裁判で明らかにしてやる。
フェアリー財閥に因る虐殺と陰謀の数々を!
それが私の狙い、そうすればあいつらを地獄へ落とす事ができるんだ。
ぎゃははははははははははは~ッ!」
気が狂ったように笑い続けるのだった。
「リィンタルト嬢・・・」
ヴァルボア教授に付き添われて、担架に載せられた白いモノを眺めていた。
「まだ・・・心臓は止まってはおりませんぞ!」
人工呼吸器が即座に填められ、緊急搬送されると分っても。
「レィちゃんは言ったの・・・さよならって」
呆然と横たわるレィを見詰めて呟くリィン。
既に瞳孔も動かず、意識も無くなった白い物体。
信じることも出来ず、唯瞬きもしないで見詰める。
「もう・・・レィちゃんは逝ってしまったのよ」
涙が枯れ、声も掠れ。
「取り戻せないのなら・・・」
担架をヘリポートへと運ぶ傍で、リィンの眼に捕縛されて引き出されるフューリーが映る。
「私を裏切りレィちゃんを奪った奴を・・・」
ふらりと足を護送されていくフューリーの方へと向けると、
「赦しはしない!」
一声吠えて駆け出した。
「許さない赦さない!赦さないッ!」
叫び乍ら周りを囲んでいたガードマンの腰に下げられた拳銃を奪い取る。
「リィンタルト嬢様?!」
驚く取り囲みを押し退けたリィンは。
「よくも!よくもレィちゃんを~ぉ!」
リボルバーの筒先をフューリーへと突き付ける。
「殺す!殺す!殺してやりたいのよぉ!」
トリガーに指をかけ、鬼の形相になるリィンだが。
「リィンタルトには・・・人殺しは出来やしないわ」
フューリーが顔を向けもしないで応える。
「だって・・・麗美と約束した筈よねぇ」
嘲るように、
「幸せになりなさいって言われたんでしょ?」
最期の瞬間を思い出させる。
「ひぅッ?!」
その言葉がリィンを我に戻した。
「諦めないで・・・そう言われたんじゃなくて?」
「くぅ~ッ!」
憎しみを噛み砕くように呻くリィン。
「だったら・・・私なんか殺したって意味は無い筈よねぇ」
「う・・・煩いわよ!」
殺すつもりだったのか、単に憎しみで我を忘れただけだったのか。
どちらにせよリィンの手から拳銃が奪い取られて。
「犯人の連行は州警察の手に委ねましょう」
やって来たニューヨーク市警達へ身柄を引き渡すガードマン達。
そうしている間にも上空からはプロペラ音が響いて来る。
「さぁ・・・お嬢。あちらへ」
取り巻き達はリィンを心神喪失と判断して病院へと搬送する事にした。
当然、重篤なレィも一緒にだが。
「悔しいよレィちゃん。
なぜ・・・こんな目に遭わなきゃならなかったの?」
心電図には僅かながら反応が出ている。
それはまだ麗美が生きている証でもあったが。
「目覚めれるの?もう一度私に微笑んでくれるの?」
さよならと言われてしまったリィンには、希望すら見えなくなっていた。
・・・ニューヨーク市中央病院・・・
・・・PM11:00・・・
「それは本当の事なのですね?」
駆けつけて来たアークナイト社顧問のユーリィが質す。
「はい、オーク社からの回答ですが。
件の人形は既に出来上がってしまっているとのことでした」
「糞めが!今更取り返しは出来ないというのですね」
病院内でも執務を図るユーリィへ、リィンはぼやけた目を向ける。
「分かりました。この件は裁判に持ち込むと伝えなさい」
部下にきつく厳命するユーリィの声も上の空で、リィンは集中治療室の灯りが消えるのを待っている。
「リィンタルト、あなただけでも無事だったのが救いね」
家族の安否を気にした発言だろうが、リィンには棘を含んで聞こえてしまう。
「無事な訳ないじゃんか」
目の前で大切な人が斃れてしまうのを目に焼き付けさせられたのだ、無事な訳がない。
呟くリィンの眼に、治療室の灯りが消えたのが映る。
「先生ッ?」
出て来た主治医達へ、微かな希望を願った・・・が。
「・・・」
何も言われずに首を振られてしまう。
「そんな・・・可哀想に」
ユーリィの声がまるで悪魔の呟きにも思えてしまう・・・リィンには。
「助けられないの?」
だから逆にワザと嘲るように訊く。
「それでステーツ一の病院だなんて言わないでしょうねぇ?」
少女に嗤われた医者の内、初老の医者だけが反応する。
「君には彼女を助けられるとでも?」
「うふふ・・・私が医師だったらね」
涙を流しているのにも気付かず、リィンは嗤い続ける。
「そうか、君にだったら出来るかも知れないな。
何年先になるかは君次第だが、助けたいのなら医師になりなさい。
それまでは、彼女は眼を覚ましてくれないだろう」
「え?・・・それじゃぁ?」
てっきりリィンは諦められたのかと思っていたのだが。
「彼女は死んではいない。
だが、重篤な状況は変わらないし、治療を続けなければならない。
微かな希望があるのなら、新たな中和薬を開発できるかが鍵だろう」
「死なずに済むの?レィちゃんは生きていられるのね?」
目を輝かせるリィンへ、首を振った医師は。
「死んだにも等しいとだけ言わせて貰うよ」
だが、手を出せない状況だと教えるのだった。
「それでも・・・希望は潰えた訳じゃないでしょう?」
「ああ、微かだがね」
そう締めくくった医者連は、リィンの元から離れて行った。
「そうか。
だとしたら・・・諦めちゃいけないよねレィちゃん」
集中治療室の窓から見下ろす。
ベッドに横たわるレィを。
数時間前までは白い物体だったレィが、戻って来てくれたように思えて。
「絶対に諦めたりはしないよ。
喩え何年懸ろうと・・・絶対に取り戻してみせるからね」
意識を奪われ、死の瀬戸際を彷徨うレィに。
「だから・・・私は闘ってみるね。
死の病に打ち勝てるように・・・必ず微笑を取り戻す為に!」
新たな涙と共に誓うのだった・・・
怒りに任せて撃つところだった。
だが、憎しみを募らせる相手に因って我に還らされたのだ。
フューリーは復讐を諦めたのではなかった。
本当の仇に復讐を遂げようと画策したのだが・・・
次回 Act17 権力の罠
悲しい現実に彼女は・・・神でさえも恨んだ!




