Act12 未来という名の<明日>があるのなら
魔物を倒したナックルミミ。
邪操機兵を打ち倒した美晴。
二人により平穏を取り戻せたかに思えたのだが・・・
陽が傾き始め、空が紅くなり始めていた。
そう・・・気が付いた時には。意識が取り戻せた時には。
「あぅ・・・また?またなの?」
身体が重く感じる。
戦いに使ってしまった魔力が底を尽いているのを感じ取って。
「そっか、あたし。
また乗っ取られちゃったんだ」
右手に違和感を感じ、グローブの上から触ろうとする。
でも、振れる手前で左手が停まる。
「あ・・・」
触らなくても分かってしまう。
堕神の紋章に邪操機兵に宿っていた者が取り込まれてしまっているのを。
「馬鹿だな、あたしって。
勝負を急ぐあまりに、残されていた魔法力を考えも無しに使うなんて」
右手の違和感。
いいや、違和感というより痛みに近い。
ズキ・・・ズキン・・・
脈打っているのは自分の脈拍?
痛みを伴う鼓動は、誰の物?
分かっている。
それが自分に襲い掛かる相手なのを。
これまでの中で、最も痛みがある。
今迄の邪気よりも、数段穢れた相手なのを感じてしまう。
「あたし・・・夢魔に負けずにいられるかな?」
魔力が底を尽いた今、夜までに回復しても僅かだろう。
もしも今夜、夢魔に取り込まれてしまえば、どうなるのか。
「あたし・・・本当に穢されちゃうのかも」
魔法力・・・魔力。
光の魔力を奪われ続け、徐々に闇の魔法力だけが残された。
夢魔の空間に取り込められるのは、闇の魔法力を持てる者だけ。
光と闇を抱く者だった美晴に、光の魔力が無くなれば。
「護る術を失う。
邪気を孕む者に冒され、穢されて。
最期には本当に・・・壊されてしまう」
分かっているのは、邪なる魔物達の贄にされてしまうこと。
光の魔力を食い物にされ、代わりに邪気を注がれて堕とされる。
魂までもが穢し尽され、魔物達と同じ様に・・・
「人に仇名す存在になる?
それとも、果てることも無い苦痛を与え続けられちゃうの?」
二年前のあの日。
帰国の途に就くマリアを送出す日。
美晴は邪操の手に拠り一度は死んでしまったのだ。
死んだ美晴を救ってくれたのが、魔鋼少女隊の隊長でもあるシキだった。
まだ死界の門をくぐる前、シキの闇の魔法で生き返らせて貰った。
だが、黄泉帰りの魔法は代償を求めたのだ。
生き返るにあたり、呪いを授けて来た。
「闇堕ちした属性者を・・・宿らせた。
あたしに最も相応しい・・・邪なる人を宿らせた」
闇が求めた代償は、美晴の産まれに関わる者を宿らせてきたのだ。
本来ならば、光を纏う者である筈の・・・
「あたしと同じ名前の・・・伯母ちゃんを。
本当なら人々に理を与えるべき女神様を」
理の女神ミハルを。
「どうして・・・あたしは。
なぜ・・・蘇ったりしたんだろう?」
もしも宿った堕神が身体を乗っ取ったりすれば。
「死んでしまえば良かったのかな?
死んだままなら、災いを齎す堕神に抗うなんてしなくて済んだのに」
この躰を使って現界し、人に災いを齎すかも知れない。
悪魔のような者になることを許すなんて出来ない。
そう考えるからこそ、2年もの間我慢し続けた。
「せめて、一度だけでもマリアちゃんに逢いたいだけ。
もう一度だけで良いから、マリアちゃんに逢いたくって蘇っただけなのに」
黄泉から帰って来たのは、愛しい人に逢いたいだけ。
死者が一様に思い描く、偽らざる心根が蘇らせる元ともなったのだろう。
死した少女の想いが、呪いを受けてまでも黄泉帰りを成したとも言える。
「あたしは・・・魔法少女に成りたくなかった。
世界を救った勇者の娘になんて産まれたくなかった・・・」
なぜ?どうして自分なの・・・と。
哀しみに圧し潰されそうになる美晴。
「やっぱりぃ~、ミハルやんな、アンタってば!」
不意に、女の子の声が聴こえた。
「え?!」
翔騎の足元から。
「さぁ~すがぁ!あたぃが憧れただけの人やんな」
きらきら輝かせる、翠の瞳の少女が。
「・・・誰かな?」
一見して魔法衣だと分かる白の衣装を纏い、傍から見ても魔法少女だと分かるが。
「どこかで会ったかな?」
美晴には見当がつかないようで。
「あにゃ~?分からないのぉ?」
ナックルミミが肩を竦めて呆れたように。
「あたぃだよ、あたい!
ナックルミミだっちゅぅーの!」
「・・・なっくるのミミさん?」
自己紹介したが、美晴はちんぷんかんぷんで。
「たっは~~~~ッ、鈍いんやなぁ。
学園で勝負しろって迫ったやんか」
「ほぇ?まさか・・・あの傍迷惑っ娘?!」
やっとのことで思い出した・・・のか?
それでも信じられないのか、ジロジロとナックルミミを眺めまわして。
「いやあの・・・まるで印象が違うみたいなんだけど?」
「うん~?変身したら大人になるのは魔法少女の鉄板やないのんか?」
美晴の記憶では傍迷惑っ娘は黒髪だったし、
「もっと幼い感じだったから・・・身体つきだって」
「むぅ~?!本人を前にして、それを言うんか?」
確かに出るとこが出ている・・・今の魔法衣姿では。
「胸だって・・・そんなに盛り上がってなかったでしょ?
魔法衣を着たからって大きくなれる訳がない・・・筈よね?」
「いんやぁ~!魔法衣を着ればこうなるって・・・言ってたんやけどなぁ?」
誰に?そんな嘘を吐くのは誰ですか?
緑髪の魔法少女がブツブツと独り言をつぶやいている姿を見て、美晴は少しだけ心が休まるのを感じた。
だけど、ミミが溢した一言で我へと還る事になる。
「そやけどミハルはん。
あたぃはアンタと勝負せなあかんのや。
アンタの為にも闘わなアカンのやで」
「どうして?」
人差し指を立てて勝負を求められる。
なぜ見知ったばかりの魔法少女が闘いを求めて来るのかが分からない。
「あたぃに魔法少女になるように勧めた人からの願い。
いいや、あたぃの宿命だとも言い切ったティスが求めたからや」
「魔法少女に・・・されたの?」
ナックルミミは元来魔法少女では無かった?
それを魔法少女にしたのが?
「されたんやない。
あたぃが成りたいって願ったからや。
ミハルはんみたいな、正義の魔法少女に成りたかったからや」
「自分から・・・魔法使いに?」
ミミが自分の想いから魔法少女に成ったと言った途端、美晴の顔が険しくなる。
「あなたは、自ら成らなくても良い魔法少女に成ったの?」
「そうやで!これからバンバン悪者を懲らしめてやるんや」
自分から望んで魔法使いになったと言い、悪と戦うのも辞さないというミミに。
「辞めて!今直ぐ魔法少女なんか辞めるの!
邪悪は簡単には滅ぼせない、簡単には負の歯車から抜け出せなくなる。
だから、今の内に!」
声を荒げて魔法少女を辞めろと言ったのだが。
「なんやぁ?勝負するのが嫌なんか。
あたぃに負けるのが怖いんやないやろーな?」
美晴の気持ちを知り得ないミミは、嘲るように答えるだけ。
「怖い?
そうよ、怖いのよ!邪悪と闘うってことは。
死ぬかもしれないし、囚われるかも知れない。
魔法少女には良いことなんて一つだってないのよ!」
「そ、そぉなんか?」
開け放たれたコックピットで、美晴は叫ぶ。
勢いを呑まれたミミも、どう返事して良いのか分からなくなって黙り込む。
「あなたなんかには分からないでしょうね。
魔法少女の宿命なんて。
世界を救った英雄だって、最期は死んでしまう結末だったのよ。
あたしと同じ名前の勇者だって・・・同じだったのに」
「うん?ミハルはんと?」
少し怪訝な表情になったミミを於いて、美晴は続ける。
「あたしも・・・そう。
魔王を倒した後で・・・邪なる者に拠って・・・
殺されちゃったんだから」
「え?」
ナックルミミを見下ろす美晴の顔に翳が表れる。
「黄泉から帰れただけ。
いいえ、本当は帰って来ては行けなかった・・・のよ。
いくら魔砲少女だからって、死人還りは許されないんだから」
ぞっとするほどの翳がつき纏う。
死を経験した者だけが表せる、シ者の顔というモノか。
「死人に成りたくなかったら、魔法少女を辞める事ね。
あたしが最後のシ者になる為に・・・分かるわよね?」
含めた意味は、自分が魔法少女だったから招いた悲劇を表し。
「分からないというのなら。
あなたもいっぺん・・・死んでみれば・・・分かるわよ」
二度と悲劇を繰り返して欲しくないとの願いを込めてもいる。
「死ぬんか?死ねば何かが分かるって言うんか?」
だが、魔法少女に自ら望んでなったミミは美晴へ抗う様に。
「魔法少女やから死ぬんやないで!
何処に居たって理不尽な死はやって来てしまうんや。
不慮の事故、不測の事態、天災だって・・・同じなんや。
人には人の運がある。
そやから一生を悔いないように生きなあかんのとちゃうんか?」
生を受けたのなら、悔いのない様に生きなければならない。
ミミは美晴の言葉に抗って応えるのだが。
「分かって貰えないみたいね。
魔法少女がどんなに辛い存在なのかって・・・」
「ああ、分からへん!
ミハルはんが魔砲少女やからって、特別な存在なんも。
過去の女神に毒され続ける運命やってこともや!」
コックピットの美晴と向き合うミミ。
互いに主張を譲らない二人に接点があるとすれば。
「魔砲か・・・あたしはいつ迄、生きていられるのかな」
美晴は終わりの時が来るのを怯える。
「アンタが魔砲をあたぃに知らせてくれたんや。
ミハルはんがあたぃの前に現れなかったら・・・」
御美は新たなる希望を目指して歩もうとしていた。
二人には、それぞれの未来がある。
喩えそれがどんなに悲劇的だとしても、必ず未来がやって来るのだから。
そう・・・二人に明日があると言い切れるのなら・・・・
魔拳少女は魔砲の娘に抗う。
死を乗り越えて生き返った娘が諭すのを聴きいれない。
蒼き瞳の娘からの警告を、翠の少女は跳ね返すだけ。
二人はいつの日にかは闘う運命なのだろうか?
次回 Act13 追い詰められる心情
闇を倒した美晴。だが、宿った者は再び貶めようとするのか?
哀しい運命を嘆く少女からの叫びに、あなたも耳を傾けよう。




