Act 9 口下戸
どうしても指輪を取り戻したいリィン。
独りで向かおうと考えていたのだが。
問題は鍵の御子が居なくなる事にあった。
眠れぬ夜を明かした。
払暁の光がテントに差し込む。
「決めたわ・・・」
よくよく考えて、出した結論。
「罠と分っていても、往くだけよ」
死神人形からの誘いを受けることに決めた。
「今夜にでも伝言者へコンタクトを執ろう」
夜の闇に紛れて現れる筈の、姿を見せない伝言者へ答えを言い渡すのだと。
「でも・・・やっぱり気が引けるのよね。
マックにはどう言えば良いんだろう?
黙って姿を消すなんて・・・出来ないものね」
ここまで生死を共にして来た。
最も信頼のおける人へ、何も告げずに出ていくのは心が痛むから。
「どう言えば納得して貰える?
下手に話せば、停められちゃうかもしれないし。
往くのを認めても、付いて行くって言うに決まってるもん」
絶対の服従を誓い、死んでも護ると約束したマックを想えば。
「でも、マックには解放軍の指揮を執って貰いたい。
あたしが虜になっても、機械達に負けないで欲しいから」
鍵の御子が居なくなっても、マックなら闘い果せれる筈だと思って。
「それにストライカーズさん達も、マックなら巧く制せるだろうから。
対魔女戦の切り札を使いこなしてくれるだろうし・・・ね」
魔女殺しと呼ばれる4人を御せれるのはマックしか居ない。
だからこそ、解放軍から離れて貰いたくなかった。
「・・・なんとか言い包める方法が無いかな」
リィン独りで敵の手中に飛び込むのを認めさせるには、普通に話したって無理なのは重々分かっている。だけど、行かない事には指輪だってどうなるか・・・本当のフューリーにだって会えないのだから。
「なにか・・・こう。
マックを納得させれる証拠みたいな物があったら良いのに」
一晩考えてみたけど、これと言った物的証拠も無い現状では、マックが首を縦に振るなんて有得ない。
「いっその事、伝言者を仲介にして・・・駄目よね」
そんな事をすれば、尚更に拒否されてしまうだけだと思う。
「誰か・・・マックを言い包めれる人でも現れてくれたら」
伝言者である、魔女の仲間が返答を求めて来るのは今夜。
今夜までにマックをうんと言わせなければならない。
「なんとかして・・・承諾を取れるかな?
ううん、何としても認めて貰わないと!」
限られた時間で承諾を得なければと、リィンは決意を新たにするのだった。
朝日が昇り、野営を終えた部隊は各員の掌握を始めた。
「マック参謀。
後方の部隊から、正体不明の男を捕らえていると言って来ました」
「うん?正体不明だと?!」
髭を剃り、精悍さを取り戻した感のあるマックが質し直す。
「男だと言ったな。魔女ではなさそうだが」
「はい。何でも鍵の御子に関りがあるのだとか言っているようなのですが」
正体が分からない相手が、リィンに関係があるという。
「どうします?危険だと判断するなら処分しますが?」
伝えて来た要員が、相手を処罰してはどうかと訊いたのだが。
「待て。相手も確認しない内に処断出来ないぞ。
もしかすればリィンタルトお嬢の知り合いかもしれないのだから」
男だと告げられたから、もしかすればアークナイト社やフェアリー財閥に関係があるものかもしれない。リィンに知らさずに内々の内に処分したら、後に大変なことを引き起こす惧れもあるのだから。
「よし。その男を俺の前迄連れて来い。
直に会って判断する、分かったな」
「了解!」
マックは自ら判断を下す為に会うと言った。
この目で観て判断しなければならないと、咄嗟に考えたのだった。
命令を受領した要員が、件の部隊に連絡しようと走り出した後で。
「その男がどんな奴かの情報はないか?」
呼び止めるように訊いた。
「聴いたところに拠れば、銀髪で紅い瞳の三十路過ぎの男らしいです」
「ふむ・・・分かった」
容姿を聞かされたマックだったが、自分の知る範囲で思いつく男は存在しなかった。
頭を巡らせ、紅めの男が過去に居なかったかを考えたが。
「赤眼に銀髪・・・か。
俺の記憶には一人だけ居たが・・・そいつはもう人ではなくなった」
思いつくのはロッゾアに接近した教授だけ。
オーク社会長ロッゾアに言い寄って来た男。
「タナトスとか言ったな、あの悪魔の様な研究者は」
自分達の敵、創造主になる者だと嘯く輩。
「まぁ・・・人違いだろうが」
やって来るだろう男に会えば、人違いなのだと納得出来ると考えて。
「それまでにお嬢へ話しておくとするか」
リィンの関係者だと名乗ったからには、話しておかねばならないと思ったのだ。
まさかこの時は、事態が急変するなど思いもせずに。
日が昇ったから、リィンが起きている筈だと思っていた。
いつも朝早くに起きて来るお嬢なのだ、テントの中では身支度している頃だろう。
「お嬢、お話があるのですが」
だから、声をかければ姿を見せてくれると思っていた。
「あ・・・マックね。一人きりなの?」
いつもならテントから顔を覗かせて答えるのに、今日はどうした事か声だけが返って来た。
「ええ、俺だけですが?」
少し不審に思ったマックだったが、こちらの話はことさら急ぐ必要はないと思い直して。
「なにか、要件があるようですな?」
「そうなの。話しておきたい事があるから・・・入って」
入るように促されて、マックはテントの幕を捲る。
不審者の件より先に、リィンからの話を伺おうと思ったのだ。
「あ・・・」
幕を捲り中を覗き込んだマックが声を呑む。
「うん?どうかしたのマック」
何気なく訊くリィンの姿が、マックのサングラスに写り込む。
タンクトップ姿の茶髪の少女が、少しだけ小首を傾げる仕草を見せる。
テントの隙間から零れる光に照らされたリィンの姿が、マックには天使が微笑むかのように見えたのだ。
「ああ。今丁度身体を拭き終わったとこだったの。
折角のお湯だったのに、冷たくなっちゃってたわ」
髪も濡らしていたのか、水滴が光を浴びてキラリと瞬く。
頬にかかっていた後れ毛を手串で掻き揚げる仕草が、少女らしからぬ色艶を醸し出す。
「善い・・・い、いや・・・ごほん」
思わず本音が出てしまいそうになるマックだったが。
「身支度中だとは思いませんでした」
話題を取り繕い、自分を誤魔化して。
「お話しとは、どのような?」
先に聞かせて貰おうと切り出したのだった。
すると前髪を弄り続けるリィンが、
「うん・・・あのね」
視線を併せずに言い澱む。
「ねぇマック。外には誰も居ない?」
「ええ。俺だけですよ」
誰も近寄らせていないと断言するマックへ。
「そっか・・・じゃぁ、聞いてくれる?」
「はい、どのような件でしょう?」
もったいぶるリィンに促し、
「俺だけに話しておきたいのですか?」
他の者に聞かれては困る事なのかと身構えるのだが。
「え・・・えっと。そうなの」
追及されたリィンは、髪を弄ってばかり。
言い難そうなのが見て取れた。
「話し難いようですが。一体俺とどのような関りがあるのです?」
「え?!いやあのね・・・とても大切な話で・・・」
助け船を出したつもりが、益々リィンは動揺してしまい。
「ああ~ッもうッ!
あたしってば、優柔不断なんだからぁッ!」
言い出し辛さが極限に達したみたいで。
「マックにだけは分かって貰おうと考えてたのにぃ!
これじゃぁ何も話せないじゃないのよぉッ!」
ガバッ!
いきなりマック目掛けて体当たりを噛ましてしまう。
「のわッ?!お嬢??」
飛び込んで来たリィンを受け止めるだけに留めたマックだったが、目に飛び込んで来たリィンの姿に困惑してしまう。
目に飛び込むのは少女のうなじ。
細い首筋に柔肌に浮かぶ鎖骨・・・それに。
マックに飛びついた勢いで押し上げられたタンクトップに隠された胸の膨らみ。
二つのマシュマロが圧し潰され、深い谷間を模っている。
・・・と。
胸の谷間に観えたモノがあった。
「オーク家の紋章が・・・濃くなっておられるのか?」
紫の痣とも採れる鍵の御子である証。
ロッゾアが残した秘密の紋章が、前よりも色濃くなっていたのだ。
「・・・そう。どんどん濃くなってきたの。
その意味が分かる?
どうしなければならないかを、あたしに教えているのよ」
マックの胸に顔を埋めたリィンが言った。
「もう、時間が無いらしいの。
タナトスの告げた期限よりも早くに、辿り着かねばいけないみたい」
「なんですと?!」
驚いたマックが訊き直した・・・時。
胸に顔を埋めるリィンが、こっそりと舌を出していた。
痣を観たマックが思い違いしてくれそうだと。
これで独りで向う口実が出来そうだと考えたからだ。
「だから・・・急いで奴等のアジトへ行かなければならないの」
「そうだったのですか・・・」
なんとかして言い包めようと試みているなど知る由も無いマックへ。
「そう、あたし独りで。
全軍を率いてでは無くて。
御子がニューヨークへ行かなきゃいけないのよ」
ここぞとばかり、本題を切り出してみた。
・・・のだったが。
「お嬢。
隠し事はいけませんぜ。直ぐにバレますんで」
「あ・・・ニャぜに?!」
あっさりと、見破られていた?!
取り繕う暇もなく、マックが肩を掴んで言うには。
「お嬢は嘘が下手なのは、俺が一番知ってますから。
本当の話なら、俺を真っ直ぐに観て言う筈でしょう?
本当の話だと言うのなら、目を併せられるではありませんか」
「・・・マック」
信頼し合った二人だから、嘘も方便とも言えるかも知れないが。
「俺を気遣うお嬢を、咎め等はしません。
でも、本当の話を聞かせて欲しいだけなのです」
真摯に向き合って来るマックに対し、リィンは眼を瞬かせて。
「ごめんねマック。
あなたの言う通りだわ」
誤魔化そうとした自分を恥じて、素直に認めるリィンへ。
「さぁ、なぜ独りで向おうとされたのかを教えてください」
諭すように促して来る。
しかも、サングラスを外してまでして。
マックの黒い瞳がリィンから真実を聴き出そうとする。
信頼し合った二人に、垣根などが無いことを教えている。
「あ・・・あの。あのねマック。
あたしの指輪の話を覚えている?」
「ええ、命を賭けて取り戻さねばならない宝でしたな」
今は偽物の指輪を填めたリィンに答える。
「その指輪を取り戻しに行きたいの。
死神人形からの使者が知らせに来たのよ。
本物の指輪を返して貰いたければ、独りで来いって・・・」
掻い摘んで昨夜のことを話し始めるリィン。
なんとしても死神人形から取り戻したいのだと。
行かなければ指輪を壊されてしまうかもしれないのだと。
言葉を尽して分かって貰おうとしたリィン。
「罠ですな。御子を懐柔する気でしょう」
だが、やはりと言うかマックは認めてくれそうになかった。
「分っている。でも、行かなければいけないのよ」
涙を湛えた目で懇願しても。
「結果が見えているのに・・・ですか?」
「でも・・・でも!」
堪えていた涙が頬を伝う。
止められるのは分かっていたけど、マックに認めて貰えないのなら。
「どうしても・・・ですか?」
「どうしても、なのッ!」
まるで駄々っ子が強請るように、リィンが泣いて求める。
「ですが、独りで行かせる訳にはまいりません」
「これだけ頼んでも・・・駄目なの?」
求めてもマックは頷いてはくれなかった。
だが、認めようとしないマックの表情は柔らかかった。
その顔に浮かんでいるのは、苦渋の選択を余儀なくされた者とはかけ離れて観えた。
「泣くのはおよしなさい、お嬢。
行くと決めておられるのなら、方策を練られてからにしなさい」
「ほぇ?!それって?」
てっきり、マックが折れたかと思ったが。
「回答を奴等に聴かせるのには、まだ時間があるのでしょう?」
「そうだけど?あまり余裕はないわよ」
方策を練ろうと言うマックへ、魔女への回答期限が迫っているのだと答えると。
「きっと良い方法が見つけられる筈です。
なぜなら、俺に打ち明けてくだされましたからね」
「あ・・・うん」
サングラスをずらしたマックが笑っている。
その顔を観た途端に、リィンの心が晴れあがっていった。
拒否していたマックは、只単に認めなかっただけじゃない事に気が付いたから。
無闇にリィンが、敵の口車に載せられそうになっていたのを警告していただけなのが分かったから。
「マック・・・そうだよね」
落ち着きを取り戻せたリィンが涙を拭いて。
「やっぱり、頼りになるわね。あたしの参謀様は」
笑い返してみせたのだった。
・・・と、その時。
「マック参謀。不審者を連れて来ました」
後方部隊から捕らえた男を連行して来たとの声が、テントへ投げられた。
「そうか、よし」
威厳を正した声で、マックが応じる。
「不審者?何の話なの?」
知らされていなかったリィンが質してみると。
「もしかしたら、天からの遣いかもしれませんぜ」
煙に巻くようなマックの答えが返された。
「鍵の御子を知っていると嘯いているようなのですから」
「あたしを・・・なの?」
きょとんとするリィンに、マックが微笑みながら上着を羽織らせるのだった・・・
見詰め合うだけで分かり合えた。
信頼が積み上がり、やがては阿吽の仲と成った。
マックとリィン。
親と娘ほどもある歳の差を乗り越え。
二人は心の底まで信じあえている。
それは<愛>と呼べるのではないのか?
二人の前に捕らえられていた男が連行されてくる。
そう、銀髪で紅い瞳を湛える・・・ルシフォルが。
次回 Act10 本物か偽物か
ROFって何の略か知ってますか?勿論フランス共和国ではありませんけどねw




