現場後の語らいも推し活の一部です
チンッ
軽く、グラスを打ち合わせる。
「アクサナ、おつかれさま!」
「ドリー、おめでと」
「ありがと!」
アクサナがくれるお祝いの言葉に返して、私はグラスに口を付ける。
今日はお祝いだから少しいいレストランでお酒もいただいている。
お酒は成人してから一度だけ飲んだことがあったものの、あまり美味しくない上にすぐ酔っぱらってしまった。
けれどそれをアクサナに話してみたところ、お酒の質の問題じゃないかって。
今日はお祝いだからって挑戦してみたんだけど。
「とってもおいしい!」
「良かったわ」
すごく美味しくて感動してしまう。
やっぱり、アクサナの言うことに間違いはないのだ。
そう思っていると、私と違って飲み方も様になっているアクサナが、グラスに揺れる水面を眺めながら口を開く。
「ここのお酒が美味しかったから、ドリーにも飲んで欲しかったの」
「あれ、アクサナここに来たことあるの?」
「何言ってるの、あなたが招待券をくれたんでしょう?」
「あ」
アクサナに言われて気が付いた。
以前、私がヴォルフ様の所在を探していたとき、私がアクサナとクラインさんにお礼として渡したのが、このレストランの招待券だったのだ。
すっかり忘れていた。
私が変な気をまわして「二人でどうぞ」なんて言って、アクサナにばっさり断られたやつだ。
と、思ったんだけど。
「え、結局クラインさんと行ったんだ」
「ええ。闘技場の高ランク職員は、エスコートも完璧だったわ」
あの後、実はクラインさんに誘われ、アクサナは二人で食事に来たらしい。
一人より二人で食べたほうが美味しいと誘ってくれたとか。
その話を聞いて、私は確信する。
アクサナは「クラインさんはドリー狙い」なんてよく言うけど、これでそんなことはもう言えまいと私はニヤリとした。
しかし、口を開きかけたところでアクサナに先を越されてしまう。
「食事中は、ずっとあなたの話をしていたわ、ドリー」
「え゛」
アクサナの仮説は崩れなかったらしい。
アクサナのいたずらな猫のような瞳に見つめられ、私はその視線から逃れるように開きかけた口をグラスにつけ、お酒を含む。
アクサナに舌戦で勝とうとしたのが間違いだった。
相変わらずお酒の味は美味しかった。
今日、アクサナとここへ来たのは、主に私のお祝いのためだ。
お祝いと言っても、私の誕生日というわけではない。
私の推しのお祝いだ。
なんと、ヴォルフ様は出場二回目にして、闘技場最終トーナメントを制し、優勝を飾ったのだ!
しかも、今シーズンのヴォルフ様の勝率は、長い闘技場の歴史の中で過去一番らしい。
去年のシーズン、途中からしか観戦できなかったことを悔やんでいた私は今年はかなりの試合を観に行った。
そのどれもで、ヴォルフ様は負けなしだった。
もちろん、シーズン全てを通して一度も負けないなんてことはあり得ないけど、少なくとも私が観に行った試合では、ヴォルフ様は全て勝ってしまった。
それほど、今シーズンのヴォルフ様は強かった。
その強さの象徴とされるのが、シーズン初戦の試合なんだけど……。
「アクサナは……、残念だったよね……」
「もう、ドリーったらまだ言ってるの?」
約十か月前、今シーズンの初戦。
ヴォルフ様の対戦相手はアクサナの推しのディディエ・トロー選手だった。
結果は、ヴォルフ様のK.O勝利。
試合が始まって、私がいつものように応援をしようと声を上げたのとほとんど同時、勝負は一撃だった。
まるで私のほうを驚いて振り返ったようなヴォルフ様の動きにはびっくりしちゃったけど、その体勢で放ったヴォルフ様の左手拳がディディエ・トロー選手にクリーンヒット。
そのままディディエ・トロー選手は場外まで弾き飛ばされ、勝敗が決まった。
剣士の剣すら使わない一撃で手練れの魔法使いが倒されたとあって、シーズン開始直後だった闘技場は大いに盛り上がった。
そこまでは、よかったんだけど。
「ドリーもそろそろ選手の怪我に慣れなさいな」
アクサナに呆れたように言われてしまう。
その表情が、本当は私を思ってのことだと、私は知っている。
ディディエ・トロー選手は、ヴォルフ様との試合で足の靭帯を痛め、今シーズンはそれからシーズン終了までずっと休場することになってしまったのだ。
アクサナにとって、推しがシーズン途中で休場することは初めてではないことだったらしいけど、私は心中複雑だった。
アクサナはそんな私に小さく息を吐くと、続けた。
「大丈夫よ。ディー様は来シーズンの選抜試験に出ることも公表されたし、来月のファンサ・デーにも出るらしいわ」
「ほんと!?」
「ええ。だからほら、せっかくのお祝いの食事よ、楽しく食べましょう」
「うん!」
アクサナの言ったファンサ・デーは、ファンサービスに特化したイベントで、選手は基本的に任意での参加になる。
次シーズン出場をかけた選抜試験のさなかにファンサ・デーに参加してくれるということは、本当に怪我にもう問題はないのかもしれない。
その話に安心し、相変わらずのディディエ・トロー選手のファンサービス精神の旺盛さに感嘆しながらも、私はアクサナとのお祝いの席を再び楽しみ始めた。
途中、私のリアコっぽい推しへの熱がヒートアップしてきて、またアクサナを苦笑いさせてしまうのも、もういつものことだ。
私の妄想でしかない「目が合った」とか「手を振り返してくれた」とかいう話にいつも通りアクサナは呆れるけど、馬鹿にはしたりはせず最後まで聞いていてくれるのだ。
最近では、「ドリーのそういう話を聞きすぎたせいで、私までヴォルフ・マーベリックがドリーを見つめ返している気がしてきたわ」なんて、疲れた顔をしながらも私の話に乗ってくれることもあるほどだ。
そんなアクサナの優しさに甘えて、好き放題推しへの愛を語っていた私は、とあることを思い出してしまった。
あまり良くない出来事だったため、ムスッとしてしまう。
「どうしたの?」
「そういえば、あのなんとかって選手どうなったかなって思って」
「……ああ、“マーベリック家の面汚し!”って言ってた奴ね」
「そう! 今思い出しても腹が立つ!」
シーズンの最中、試合予定の貼られた掲示板の前でヴォルフ様を敵視しているらしい騎士風の選手に絡まれたことがあったのを思い出した。
前のシーズンでは見なかったその選手は、ヴォルフ様の試合の感想を語っていた私とアクサナに突然話しかけてきて、ヴォルフ様を馬鹿にしたのだ。
その選手は最終トーナメントでヴォルフ・マーベリックを負かしてやるって豪語していたけど、最終トーナメントではその姿を見なかった。
「下位に名前が合ったわ。最終トーナメントなんて夢のまた夢よ」
「えっ、そーだったんだ」
「ちなみに本戦でもヴォルフ・マーベリックにボロ負けしてたわよ」
「なあんだ」
私たちに絡んできたときにあまりに自信満々だった騎士風のあの選手は、口ほどでもなかったらしい。
最終トーナメントに残るほどになると、色々なところに影響が出るんだとか。
その名前を利用して名を挙げようとする変な輩が現れるのもいつものことらしい。
「本人じゃなくてファンに絡みに行ってる時点で三下よね」
「たしかに」
アクサナがはっきりと毒を吐くものだから、笑ってしまった。
私もヴォルフ様を一方的に馬鹿にされて腹が立っていたから、ちょっとすっきりした。
「あんな選手と家名が同じなんて、ヴォルフ様かわいそ」
「そうね」
その後も私とアクサナは楽しく食事を進めた。
それから、デザートの時になって、アクサナがふと思い出したように言った言葉のせいで、食事後、私はアクサナをひっぱって夜の闘技場の窓口に走ることになったのだ。
『次のファンサ・デー、ヴォルフ・マーベリックも出るって本当なのかしら?』
知らない知らない。
そんな話は初耳だ。
ヴォルフ様がファンサ・デーに出るなんて、想像もつかない。
だけど、彼は今シーズンの優勝選手なのだ。
アクサナは、有名選手には様々な変化があると言っていた。
変な輩にも絡まれるし、もしかしたら闘技場宣伝のための旗頭にされて、ファンサ・デーにだって出るかもしれない。
そうして駆け込んだ闘技場で、私たちの姿に驚いたクラインさんを問い詰め、彼のファンサ・デー参加が事実だと確認した私は、来月だというファンサ・デーのために、またもやアクサナ先輩に推し活のための教えを乞うたのだった。




