08 暗殺者は女性に優しい。優しくない男子は恥を知れ。
カリンは再び、学長室で寝ていた。ソファーの上で爆睡である。
彼女の体は血塗れだ。しかし、怪我をしたからではない。全て返り血である。
あの後、彼女は全ての麻薬工場を潰して周った。その数6ヶ所。久しぶりの暗殺、それも大人数を相手にした事で、流石の彼女もとても疲れてしまったのだ。帰ってきた彼女は、そのまま寝てしまったのである。
「ん……」
カリンは目を覚ました。急に空腹を感じたのだ。
大きく欠伸をして、伸びをし、ゆっくりと起き上がる。
「腹減った……飯……」
脇腹を掻きながら呟く。
「おや、起きましたか」
バルドゥイーンの声がして振り返ると、パジャマ姿の彼が立っていた。
「どうしたジジイ? その恰好は」
「これから寝るところなのですよ。もう夜も遅いですし」
「え? マジ? 今もうそんな時間?」
「はい。一応夕食の時には起こしたのですよ。でも全然起きませんので、そのままにしてたのです。まあ、寝顔が可愛かったのもありますけど」
「あー、マジかよ! 帰ったのって夕方前だっけ? どうりで腹が減るわけだ」
カリンは両手で頭を掻きむしった。ついでに寝顔を観察されて恥ずかしかったため、手から真空波の魔法を放ってバルドゥイーンの首を刎ねた。
「今の時間だと学食や購買はもう終わりですよ。外に行くしかありませんね」
机の陰から出た、新しいバルドゥイーンはそう言った。
「外かぁ、また出るの嫌なんだけどなぁ……まあいいや、飯が第一だ」
カリンは部屋を出ようとした。が、バルドゥイーンに止められる。
「あ、ちょっと! その恰好で外に出るのはいかがなものでしょうか?」
「え? あ、そうだな」
そう言ってカリンは親指と人差し指で爪を鳴らす。すると、体に付いた血は浮き上がり、弾け飛んだ。除染の魔法だ。文字通り、汚れを飛ばす魔法である。
「ちょっとカリン! なんて事を!」
バルドゥイーンは声を上げる。それはそうだろう。カリンの周りが弾け飛んだ血で汚れてしまったのだから。彼女のちょっとした嫌がらせである。
「じゃ、行ってくるわ」
カリンは逃げるように部屋を出た。
◆◆◆
旧市街まで来たカリンは、適当に酒場を探し、中へと入った。
適当と言うが、食べ物の匂いのする店を選んだ。ナイツ国には食べ物を出す店とそうでない店があるため、今のように空腹の時は気をつけなくてはならない。
「お、繁盛してんじゃん」
カリンは呟く。
中はとても混んでいた。カウンター席は満員。空いているのはテーブル席、それも相席でなければ座れそうに無い。
では、どこに座ろうか。そう考えて見回していると、向こうの方に見た事のある顔がいた。彼女は悩む事なく、そこへと向かう。
「おう、スヴェン……だっけ?」
声をかけた。カリンに気づいた青年は、少し驚いた表情で彼女を見る。
「あ、カリンさん!」
「え?」
スヴェンの反応に、彼の向かい側に座っていた女性が振り返る。ヴィマラだ。
「ん? ヴィマラもいたのか。二人で飲んでんの?」
カリンは彼女に手を振った。
「はい、今日も募金活動をしまして、その慰労会を私とスヴェンさんとでしてたんです」
「慰労会ね。まさか、集めたカネで飲んでんじゃないよな?」
「まさか! そんな事しませんよ!」
スヴェンは大きく首を横に振った。
「冗談だよ。アンタ達がそんな事をするようには見えないからな」
カリンは意地悪な笑みを浮かべる。
「ところで一人ですか? ハナは?」
「寝てるよ。もう『夜』だからな」
「『夜』? あ! 本当だ!」
スヴェンは腕時計を見て驚く。
夏のナイツ国は日の入りがとても遅い。だから、真っ暗になる頃は夜遅い。
ハナは夜更かしをしないので、今はベッドでぐっすり眠っている。
「それよりさ、アタシ、席探してんだよ。ここ、四人掛けだろ? 座らせろ」
「あ、はい。別にいいですけど……」
スヴェンは渋々といった様子で答えた。カリンは気にせず、ヴィマラの隣に座る。
すぐにウェイトレスが注文を取りに来た。ピザとラドラーをカリンは注文し、代金を支払い、そしてスヴェンとヴィマラに話しかける。
「それで? 収穫はどうだった?」
「今日はさっぱりでした」
ヴィマラは残念そうに首を横に振る。
「カリンさんの方はいかがです? その……アレは……」
『殺し』という言葉を濁して、スヴェンは訊ねる。
「ああ。簡単に言えばさ、『イナーム王国』に喧嘩売った」
カリンが答えた瞬間、二人は引く。
「い……『イナーム王国』?」
「ヤバいですよ! それって!」
「そうか? 今日は麻薬工場を全部潰してきたんだけど、余裕だったぞ。だいぶ疲れたけどな」
カリンは首を回す。ポキポキと首が音を立てる。
「余裕……ですか。昨日のアレを思い出すと、妙に納得します」
スヴェンは派手な音を立てて唾を飲んだ。
「まあ、苦労しただけの価値はあったな。なかなかの収穫があったよ」
「収穫?」
ヴィマラは聞き返す。
「ああ。『イナーム王国』はこの街で、資金を稼いでいる事が分かった。麻薬や武器とかの密売、人身売買もだ。麻薬は今日潰したから、それなりに痛手を負っただろうな。このまま資金源を全部潰せば、この街を救うだけじゃなく、世界の平和にも貢献できるかもしれねぇ」
カリンは笑う。すると、スヴェンは何か考え事をし始めた。
「人身売買……ですか。もしかしてアレは……」
「ん?」
「いえ。ここに来る前に、気になる事があったんです。通りの端に、ハナと同じか、それより年下か、とにかく女の子がずっと立ってたんです。誰か待っているのかなって思ったんですけど、もしかして……」
「売春か?」
「……はい」
スヴェンは小さく頷く。
「なるほどな。『イナーム王国』の奴に無理矢理、股を開かせられているかもってか……よくねぇな」
カリンは右手の親指と人差し指で輪を作ると、その輪の中に左手の人差し指を出し入れして見せた。
「分かった。帰る時に見つけたら、アタシが何とかしてみるよ」
そう言い終わるや否や、カリンの目の前に注文の品が届けられた。彼女はすぐに両方を手に取る。
熱々のピザ。それを頬張り、冷たいラドラーで流し込む。美味い。
「ところでさ。収穫ってのは他にもあるんだ」
「何です?」
「これさ」
カリンは二人の前に右手を出す。そして、その手だけをヒューマンに変えてみせた。
「あ!」
二人は息をのむ。
「麻薬工場を潰す時にさ、何回か練習して、やっとコツを掴んだんだ。どうやって変身するのかとか元に戻るんだとかは、もう大丈夫だ。こんな具合にコントロールする事もできる」
カリンは手を元に戻した。
「といっても、持続時間はかなり短いな。半分ヒューマンになると、もって三分ぐらいだ。これからは胸にキッチンタイマーでも貼り付けようかな?」
胸を右の親指で指す。
「なんだか……どんどん人から離れていくような気がします……」
ヴィマラは呆れた顔をする。そんな彼女を見てカリンは笑った。
「何言ってるんだ。ヒューマンだって人だよ。みんなは悪魔だとか言ってるけど、ありゃ嘘だね。同じく二足歩行だし、殺せば死ぬんだろ? だったら同じだって」
そう言ってピザを一切れ口にすると、ふと思う事があった。
「あ、同じと言えばさ。アンタ達二人で飲んでたんだろ? じゃあ、デートしてるのと同じじゃね?」
「いや、いや、いや! 違いますよ!」
慌てた様子でスヴェンは答える。
「僕達はそういう関係じゃ全然無くて!」
「あの……スヴェンさん?」
ヴィマラはポカンとした。
「あ! すいません、ちょっとトイレ!」
スヴェンは逃げるように席を立った。
「うわっ……スゲー分かりやすっ……」
彼の姿を目で追いながら、カリンは引く。
「スヴェンさん、どうしたんでしょうか? 飲み過ぎでお腹を壊したのでしょうか?」
「え? マジ? 鈍くね?」
「はい?」
ヴィマラはキョトンとした顔で聞き返した。
「どう考えても、アンタに惚れてるに決まってんだろう」
「え! そうなんですか?」
ヴィマラは目を丸くした。
「もしかして天然か? まあ、いいけどさ……で? アンタはアイツの事、どう思ってんの?」
カリンはニヤけた顔で聞く。
「それは……その……スヴェンさんは優しいですし……いい人だとは思いますけど……」
手元のグラスをいじくりながら、モジモジした様子でヴィマラは呟く。
「レッサーパンダがハイエナを好きになっていいのでしょうか?」
「いいんじゃねぇの? マイノリティだけどさ」
「それに私はイナーム教ですが、スヴェンさんはジュノロ教なんです」
「アイツ、知識の善神を信じているのか。先生とかにでもなるつもりか?」
「はい、そうらしいです。……それでですね、付き合うとなると改宗しなくちゃいけません。でも、イナーム教を捨てる事なんてできませんし、ジュノロ教を捨てさせる事もできません。ですから、残念ですけど……」
「ふぅん、信心深いと色々大変だな……」
カリンはラドラーを一口飲んだ。
「カリンさんは信心が無いのですか? もしかして邪神の信者だとか……」
「邪神ね……まあ、確かに、暗殺ギルドにいた頃はボエム・バロムを信じろって言われてたな」
「復讐の邪神をですか……らしいと言えばそうですね……」
ヴィマラは苦笑する。
この世界には善神と邪神がいる。どちらも7柱、前者は恵みを与え、後者は災いを与えると言われている。
しかし、それでも邪神を信仰する者もいる。善神は自らの力による影響を考えて、この世にあまり手を出さず、なるべく見守ろうとする存在だ。それに対し、邪神は信者のために、積極的にこの世へ関与する存在だからだ。
復讐の邪神であるボエム・バロムは、人に復讐の力と機会を与えると言われている。カリンが属していた暗殺ギルドでは、それを利用して裏の世界で大きく勢力を広げていったそうだ。
「でも、そう言われてただけで、実際にはそんなのカケラも無かったよ……そうだな、もし、まだ善神から見放されていないなら……アタシはヤーマを信じたい」
「愛情の善神を?」
「ああ。ハナのためにいくら愛情を注いでも足りねぇんだ。アタシは……暗い道を通ってきたからさ、ハナには明るい道を通ってほしいんだ。ずっと……アンタもだ」
カリンはヴィマラの肩を抱く。
「アタシは男と寝る事はあっても、好きになった事は無いんだ。第一、アンタ達みたいにキラキラした人生……青春だっけ? それを送れそうにないからさ。だから、スヴェンとはうまくいってほしいって思ってる。応援してるからよ、簡単に諦めるなって」
カリンは笑顔で頬ずりした。
「……はい。何かいい方法は無いか、諦めずに探してみます。ですからカリンさん、もう殺しなんて――」
「悪ぃ、そりゃ無理だ。世の中にはアタシの力が必要だって、今日ハッキリと分かったからな。それに、愛情……か。ハナだけじゃねぇ、多くの人にアタシの血塗れの愛を届けるのもいいかもしれねぇ。タダでやった事で喜んでもらえるとさ、スゲー嬉しいんだ」
カリンはピザを一切れ、口に押し込んだ。
「殺しを認めろなんて言わねぇよ。ただアタシは、自分にできる事をしたいだけだ。まあ、ワガママ。うん、ワガママだな」
ラドラーでピザを流し込んだ。
◆◆◆
一時間後、食べて飲んでお腹が膨れたカリンは店を出た。
スヴェンとヴィマラは先に帰った後だ。結局、『恋愛の前に信心は関係無い』という結論になり、だいぶイチャついていたので、今頃きっとどこかでよろしくやっているだろう。自分もそんな恋がしたい、そう思いながらカリンは帰る。
しばらく歩く。すると、前方に妙なものが見えた。女の子だ。ハナと同じか、それより年下か、とにかくまだ子供としか思えない猫の子がじっと立っている。
今は真夜中、そんな時間に外にいるなんて不自然だ。そう考えていると、スヴェンの話を急に思い出した。どうやら、彼女が件の子らしい。
「やあ、こんばんは」
彼女に近づいたカリンは、軽い調子で挨拶する。
「……何?」
女の子は警戒した様子で口を開いた。ナイツ国の言葉だ。難民ではないらしい。だが、決して清潔とは言えない服装から考えて、貧しさで困っているのは簡単に想像ができた。
「こんな時間に何やってんだ? 子供は寝る時間だろ?」
「……別に。アナタには関係無いでしょ」
「そうかなぁ……まあ、いいけどさ。で? 今日は何人に股を開いたんだ?」
「っ……」
カリンの直球な質問に、女の子はキツく睨み付けてきた。
「何よ! 私を笑いに来たの?」
「別に。単なる興味本位で聞いただけだって。……というか、否定しないんだな」
「笑いたかったら笑えば? ……生活のためよ。仕方ないんだから」
女の子はそっぽを向く。
「笑わねぇよ。体目当ての男相手ってのは、痛くてつらいって知ってるからな」
「……え?」
「アタシも昔、似た事をしてた事があるんだ。アンタと同じように仕方なくな」
カリンは夜空を見上げた。
彼女が言っている事は、もちろん暗殺に関係ある事だ。暗殺には時に色仕掛けが必要だ。必要であれば、好きでもない相手と寝る事もある。
正直、嫌であった。でも、暗殺のために我慢してきた。母親殺しほどではないが、あまり思い出したくない思い出だ。
「アンタは立派だよ。まだ子供なのにさ。だから笑う奴なんて許さねぇし、利用する奴だって許さねぇ」
カリンは言った瞬間、振り返り、右手に魔法で氷のナイフを生成し、投げた。
ナイフは真っ直ぐに飛び、路地裏の暗がりの中へと吸い込まれる。すると、小さなうめき声が聞こえ、誰かが倒れる音がした。
「隠れてるのバレバレ。で、監視役がいるって事は、どっかの組織に飼われてるな? そいつらに売り上げをむしり取られてるんだろ? 答えてくれ」
カリンは女の子の方を向いた。彼女は驚いた顔をして、その場にペタンと座り込んでいる。少々刺激が強過ぎたらしい。
「なあ、頼むよ。アンタを助けたいんだ」
カリンはしゃがんで目線の高さを合わせると、女の子の頭を撫でた。
「アナタ……もうお終いよ……」
女の子はかすれた声で言う。
「相手が『イナーム王国』だからか?」
「っ……」
「その顔、正解ってとこか。大丈夫だ。アタシは奴らを潰すつもりだからな」
その言葉を聞き、女の子は目を見開く。
「そんな……アナタ、いったい何なの?」
「アタシか? アタシは愛の暗殺者だ」
カリンは笑顔で、両手でハートマークを作ってみせた。
◆◆◆
ハーデイベルク市、某所。
ここは違法な売春を取り仕切っている奴らの小さな事務所だ。『イナーム王国』と繋がりのある組織である。
今、その中にはいかにも悪そうな男が数名、女の子や若い女性が数名いる。女性の種族は様々だ。しかし、全員が立たされ、恐怖で震えている。男の一人に怒られているのだ。
「――ったく、お前らよ。誰のおかげで生活できてると思ってんだ?」
女性達の前を行ったり来たりしながら、男は悪態をつく。
誰も答える者はいない。下手な事を言って暴力を振るわれるのが嫌だからだ。
「もっと俺達に感謝するんだな!」
男は一人の女性の胸元を掴む。
「全っ然足りねぇよ、もっと稼いで来い。じゃなきゃ、先生の所に『招待』してやってもいいんだぞ?」
男の言葉に女性は泣きそうになる。
先生とはもちろん『イナーム王国』の事だ。『イナーム王国』は異教徒の女性を物扱いする。奴隷として各地に売り飛ばしているのだ。
女性達はその事を知っている。だから、そうならないように、決して逆らう事ができないのだ。
「その辺にしとけ。商品に傷がつくと高く売れない」
イスに座っていた、武装した男は立ち上がって言った。『イナーム王国』の兵士だ。
彼に言われ、女性を脅した男は手を離す。
「だが、確かに足りない。だから一人貰っていく。一番稼ぎの悪い奴は誰だ? そいつにする」
「へい。この女です」
武装した男の前に、ヤギの女の子が無理矢理引っ張り出される。彼は彼女を品定めするように見る。
「なるほど。まだガキだな。だが、こういうガキが好きな奴もいる。そいつになら高く売れそうだ」
そう言って女の子の襟首を掴むと、そのまま出口の方へと連れて行った。
「い、嫌っ!」
「これで契約は続行だ。アンタらはカネをよこす。俺達は用心棒や武器をやる。ほんと、俺達っていい友達だよな」
出口の扉を開けようとする。すると、勝手に扉が外れた。
それだけではない。目の前にいた男に命中し、そのまま向こう側の壁まで押し付けたのだ。彼は気絶した。
事務所の中は静まり返る。男達も女性達も、皆が目を丸くして出口の方を見る。
すると、そこから誰かが入ってきた。
「どうもー、こんばんはー」
バナナであった。手足の生えたバナナが長いパンを片手に軽いノリで入ってきた。
いや、違う。よく見ると着ぐるみであった。顔を出す穴があり、そこからは兎が顔をのぞかせている。カリンだ。
「な、なんだテメーは!」
男の一人が、ナイフを取り出し、襲いかかる。
それに対し、カリンはパンで応戦した。
「バナナの国からの宣戦布告じゃい!」
カリンは跳びかかり、パンで脳天をカチ割る。パンは魔法で鋼鉄のようにカチカチになっているのだ。
男は脳みそをまき散らしながら死んだ。
「こ、殺せ! 殺せぇー!」
残った男達は一斉に拳銃を取り出し、カリンを狙おうとする。だが、遅い。
「鮭を食えー!」
カリンは鮭の切り身を人数分投げた。
氷の魔法によって釘が打てるくらいに硬くなった切り身は、真っ直ぐに男達の眉間へと飛び、深々と突き刺さる。一度に全員が死亡した。
「へ、余裕余裕」
カリンはパンを捨てると、どこからともなくキュウリを取り出し、丸かじりした。
「うん、夏はやっぱりキュウリだな」
そう呟き、一本全部食べる。その様子を女性達はジッと見つめていた。固まっていたともいう。
「あ、どうぞ帰って。アンタらもう自由だから。あー、カネ回収するのは忘れないでね。文字通り、体張って稼いだカネなんだから」
カリンは追い払う仕草をした。女性達はしばらくそのまま立っていたが、言われた通りにした。
「さーてと」
カリンはスキップしながら、外れた扉の前に立った。そして扉をどかし、後ろにいた男の頬を叩いた。だが、彼は座った姿勢で気絶したままだ。
「おはよー! おはよー! ピエール、朝だよー!」
適当な名前で呼ぶ。しかし、何の反応も無い。
「起きねぇな。ついでに他の『イナーム王国』関係の場所を聞き出そうと思ったのに。フライパンで……殴ったら死ぬよな? 指の2、3本でも折ったら起きるかな?」
カリンは男の指を掴む。そして折ろうと手に力を入れようとした瞬間、電話が鳴った。
「ん? アタシか?」
スマートフォンを取り出す。しかし、カリンのではない。よく聞くと、目の前の男のから聞こえる気がする。
体を探り、電話を見つける。そして電話に出る。
「はい、もしもし」
カリンはボソボソした声で喋る。持ち主じゃない事をバレないようにするためだ。
「おい、ベネット! 今どこにいる! 早く戻れ!」
「え? どこに?」
「何言ってる! 基地に決まってるだろ!」
「いやー、悪い悪い。今、取引先と飲んでてね。酔って頭がボーっと……ウヘヘ。基地がどこかも、もう分からねぇや」
カリンはベネットとやらになりすまし、基地の場所を聞き出そうとした。
「何? このバカ! 一回しか言わないからよく聞け!」
相手はよほどのバカなのか、疑う事なく基地の場所を言う。
カリンはどこからともなくピンクのクレヨンを取り出すと、床にメモを取った。
「――分かったか!」
「ああ。やっと思い出したよ」
「なら、さっさと戻って来い! もうすぐ、偉大なる指導者様からの直々のお言葉が出されるのだぞ!」
「ああ。分かった。今行く」
カリンは電話を切った。そして悪い笑みを浮かべる。
「『直々』のお言葉だって? もしかして、この街に来ているのか? なら、ブチ殺すチャンスじゃん! 帰ってクソして寝ようと思ったけど、中止だ中止!」
自分のスマートフォンでメモを撮影すると、ベネットの首を折り、着ぐるみを脱ぎ捨てて、事務所を後にする。
と、見せかけて、一旦戻ると、死体や着ぐるみをスマートフォンにしまい、両手を横に広げたまま駆け足で事務所を去った。




