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16 暗殺者は笑う。物語はやっぱりハッピーエンドで。

「おい、ジジイ! 話って何だ?」


 乱暴に学長室の扉を開けながら、カリンは中へと入った。


 ライディンとの戦いから3日が経った。

 その間、バルドゥイーンはライディンを捕らえ、自分達ズーマンが知らない事を根掘り葉掘り尋問していたという。

 その一方でカリンは、家族そろって街の観光を楽しんでいた。そして、十分楽しんだからそろそろ帰国しようかという話になった時に、バルドゥイーンから呼び出しを受けたのであった。


「おお。いいタイミングですね。ちょうどコーヒーを淹れたところなのですよ」


 応接用のソファーに座りながら、バルドゥイーンは微笑んで言った。


「コーヒー片手に話すような事かよ?」


 カリンは彼の向かいのソファーにドカリと腰を下ろした。


「私も孫とゆっくりと話がしたかったのですよ」


 バルドゥイーンは自分のコーヒーを一口飲む。


「ふむ。今日も満足の出来栄えで」

「コーヒーの事なんでどうでもいいよ。で? 何の話だ?」


 貧乏ゆすりをしながら、カリンは話を進めようとする。


「2つあります。1つはそれほど重要ではない話。もう1つはとても重要な話です。どちらから始めますか?」

「え? じゃあ重要じゃない方から」


 カリンは一瞬迷ったが、すぐに答えた。


「そちらからですか? いいでしょう。では、始めます」


 バルドゥイーンは腹の前で両手を組むと、ゆっくりと話し出した。


「ライディンの話です。彼の処分が決まりました」

「へぇ、アイツまだ生きてたのか。もうアンタに殺されてたと思ってたよ」

「いえ。彼からは貴重な情報を山ほど聞き出す事ができます。ヒューマンの時代の話、私達ズーマンにとってタブー扱いされていた時代の話。それを聞き出す事ができるのです。簡単に死なれては困りますよ」

「って事は、生かしておくってか?」

「ええ。その通りです。大切な資料として大事に飼育させてもらいますよ。すでに100回くらい『殺せ』って言ってましたけど」


 バルドゥイーンは微笑んだ。


「ハハッ、いいなそれ。ヒューマンとズーマンの間の溝が深まりそうだ」

「そんな意地悪な事言わないでください。ヒューマンをよく知るためにはとても重要な事なのですから」

「まっ、確かに。どこのバカがやったのか知らねぇが、ヒューマンを復活させているんだって?」

「ええ。彼ら(・・)が何の目的で復活させているのか分かりませんが、いずれ多くのヒューマンが戻ってくるでしょう。その時のためにどう備えるべきか、早めに考えなくてはいけません」

「『彼ら』って事は複数いるってか?」


 彼の言葉に引っかかりを感じたので、カリンは訊ねた。


「ええ。ライディンの話によると、彼を復活させたのは二人組のヒューマンであったそうです」

「ヒューマンがヒューマンを復活させているってか? でも、最初は……」

「そうです。ズーマンの誰かがヒューマンを復活させた。恐らくその者が、首謀者であると思います。目的が分からないのはその者の事です」

「そういえば、前に言ってたな。『生きたヒューマン』に会った事があるって、ソイツは何か言ってたか?」


 カリンはコーヒーを一口飲む。


「ああ、彼の事ですか。いいえ。彼は例外です。とある学者が興味本位で復活させたようで」


 その話を聞いて、カリンは飲んだコーヒーをカップに注ぎ直した。


「興味本位って……人を生き返らせるってそんなにホイホイとできるものなのかよ?」

「まあ、やってる事はゴーレム作りの延長線上の事なんでね。もちろん、学会では禁止されましたけど」

「だろうな。人が簡単に生き返るような世の中だったら、世界は滅茶苦茶になっちまう」


 カリンはまたコーヒーを飲む。


「ええ。ですから。コッソリと2人だけ生き返しました」


 その話を聞いて、カリンは再び飲んだコーヒーをカップに注ぎ直した。さっきよりも量が増えているような気がするが気にしてはいけない。


「ほら、2人共。出てきていいですよ」


 バルドゥイーンの合図で物陰から2人のズーマンが現れた。両方とも兎。それも見た事がある顔であった。


「お姉ちゃん!」

「カーリン!」


 それはハナと本当の母親でだった。


「とても重要な話とはこの事です。今回、カリンはこの街のためによく頑張りました。ですから、それに見合った報酬といったら、これしかないと思ったのです」


 バルドゥイーンは満足そうな笑みを浮かべた。


「お姉ちゃん!」


 ハナはカリンの元に駆け寄ると、ギュッとハグをした。


「ハナ……なのか? 本物の? ユキじゃなくて?」

「アタイが何かしら?」


 カリンが戸惑っていると、少し離れた所からユキの声が聞こえてきた。

 その方を見ると、彼女が少し意地悪そうな顔をしてこちらを見ていた。


「『ゲーム魔法』で分離したわけじゃないわよ。ハナちゃんそっくりに作ったゴーレムにアタイの中の記憶を植え付けたの。だから、ハナちゃんは生き返ったってわけ」

「そぅだよぉ、本物のハナだよぉ!」


 ハナは頭をすり寄せてきた。カリンは彼女の頭を撫でる。

 温かみのある、柔らかな毛の触感が手に伝わる。作り物とは思えなかった。


「おじいちゃんがね、『自分の人生を楽しめ』ってアタイに言ったの。他人として生きるんじゃなくて、自分自身としてね。なんだかハナちゃんと離れちゃったような気がするけど、やっと肩の荷が下りたような気もするの」


 再びユキの方を向くと、彼女は少し寂しそうな顔をしてみせた。


「カーリン……」


 母親の声を聞き、その方を向くと、すぐ近くに彼女が立っていた。


「ママ……」


 カリンは視線を下げる。生き返ったとはいえ、彼女を殺した過去は消せない。その申し訳ない気持ちがそうさせた。


「……ごめんなさいね」


 そんなカリンを母親はハナごと抱きしめる。


「ママ……」

「私、間違ってたわ。私の復讐心をカーリンやハンナに押し付けてしまったもの。そうよね、私が始末すればよかったんだわ……」

「いやぁ、生き返らせた瞬間に30回近く殺されましたよ。かなりつらかったですけど、それで恨みを晴らす事ができたなら、我慢した甲斐がありますよ」


 バルドゥイーンは笑って話に入ってきた。


「まだ許したわけじゃないわ! ただ単にアンタを殺すのに飽きただけなんだからね!」


 母親は彼の方をジロリと見ると釘を刺す。


「ママ……」

「アナタ達の人生を私の身勝手な思いで台無しにしてごめんなさい。謝って許させるような事じゃないとは思うけど、それでも言わずにはいられないの……」

「そんな事無いよママ……」


 カリンは母親の頬にキスをした。


「確かにアタシは殺ししか能の無いズーマンになっちゃった。でも、そんなアタシだからこそできる『良い事』を見つける事ができたんだ。そういう意味じゃ、感謝している」

「カーリン……」

「こっちこそ、あの時殺してごめんなさい。暗殺者はいつでも冷静でなきゃいけないのに、カッとなっちゃて……」

「いいのよ。これは当然の報いなんだって、あの時最後まで思っていたから……それにアナタの謝る声もちゃんと聞こえていたわ」


 母親はカリンの頭を撫でた。


「ねえ、ママ。これでまた、一緒に暮らせるよね?」

「いいえ。それはできないわ」


 母親は抱きしめるのを止めた。


「え……」

「ハンナから……いえ、ハナから聞いたわ。今は、新しい母親がいるって。とても親切な人らしいじゃない? それに比べて私は……母親として失格だもの」


 母親は苦笑した。


「私といるより、その人の所にいた方がいいと思うの。……大丈夫、アナタ達の事を嫌っているわけじゃないわ。むしろ、大好きだし幸せになって欲しいの」

「そんな事無いよ! だってアタシ、ママの方が大好きだし――」


 反論するカリンの口を母親は指で押さえる。


「そういう事を言うと、彼女が悲しむわよ。カタギの人なのに殺しを許してくれたんでしょ? その恩に報いるためにも、一生懸命親孝行しなさい。ね?」

「……うん」


 カリンは小さく頷いた。


「……ねぇ、ママ」

「何? カリン(・・・)

「今の母さんに会ってくれるかな?」

「いいわよ。ハナの事もあるし、ちゃんと挨拶しないとね」

「よかった。じゃあ、ハナ、ユキ! 先にママと一緒にホテルに戻ってくれ。アタシはジジイともう少しだけ話がしたいからさ」

「話?」


 ユキは首を傾げた。


「いいから。頼む」

「ほ~い。行こ、ユキちゃん、お母さん!」


 ハナに促され、3人は学長室を出て行った。

 それをしっかりと確認した上で、カリンはバルドゥイーンの方を向いた。


「珍しいですね。カリンの方から話があるだなんて」

「単刀直入に言う。人とカネに協力しろ」

「おや、何をする気ですか?」

「新しい暗殺ギルドを作る。そのために人もカネも必要だ」


 カリンはコーヒーを一気に飲み干した。


「ほう、暗殺ギルドをですか。どうしてまた?」


 バルドゥイーンは顔色一つ変えずにコーヒーを一口飲んだ。


「今回『イナーム王国』を潰せたのはまぐれとしか言いようが()ぇ」

「そうですね。私も最初は驚きましたよ。まさか、この街に『イナーム王国』のアジトがあったとはね。本来はもっと小規模な暗殺になるかと思ってましたから」

「で、だ。今回の仕事で分かった事がある。いくらアタシでも一人じゃ色々不便だ。仲間がいる。それもアタシと合う仲間が、それなりの数が欲しい。そのためには組織を作らなきゃいけねぇ」

「なるほど。ですから人とお金が必要だと?」

「そういう事だ。で? できるか? できるだろう?」

「まあ、結論から言えはできますとも」


 バルドゥイーンは再び一口コーヒーを飲む。


「ですが、新規に立ち上げるという事は、現在存在する暗殺ギルドとは違った方向性なのでしょう?」

「ああ」

「どんなコンセプトなのです? それを確認しておかないと、投資はできませんよ」

「んー、そうだな……」


 カリンは咳払いした。


「簡単に言えば、ボランティア活動として暗殺をしたいんだ」

「ほう」

「世の中には暗殺でしか救えない人がいるって今回学んだ。アタシはそんな困っている人のために、殺しをし続けていきたいと思っているんだ」

「なるほど。確かに、今までにない暗殺ギルドとなりますね。ですが、それで果たして人が集まるでしょうか? 非営利目的で殺しを行なうなんて集まらなそうに思えますが」

「まあ、暗殺者にも色々いるからな。マジで信念だけで動くタイプのヤツを探せばいいさ。後は、純粋に殺しが好きなヤツとかな。それに、殺したヤツの死体や持ち物を収入源にするから、運営費を維持する事はできるし、給料も払えるかもしれねぇ」


 カリンは頭が悪いなりに一生懸命考えて喋った。


「ふむ。であれば、実現不能でもありませんね。……ところでギルドの名前はもう決まっているのですか?」

「ん? ああ。もちろん」

「何という名前です」

「それはな……」


 カリンは再び咳払いした。


「『愛の使者』だよ」


 彼女は悪い笑みを浮かべた。

これでこの物語は完結です。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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