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15 暗殺者は怒る。決戦の時!

 辺りはシンと静まり返った。

 カリンの目に映るもの、滅茶苦茶になったレジャーシート、首をツララで貫かれたバルドゥイーンとユキの死体、そして……2人を殺した時の恰好のままの体勢をしたライディン。


 カリンは何も感じなかった。2人の死に何も意味は無い。バルドゥイーンもユキも死んでも復活するからだ。

 それに不意打ちなんて裏の世界では、特に殺しの世界ではよくある事だ。殺されかけたくらいで驚くようでは、生きていけない。


 いや、やはり何も感じないというわけにはいかなかった。ハナだけは守る事ができた事。その事に対する安心感はあった。

 しかし、それだけでは無い。驚きを感じていた。ライディンの技に対して。とても既視感のある技であったからだ。


『ゲームオーバー!』


 残念そうな8ビットの効果音と共に、ユキは光の粒子となり、消滅した。

 と、共に、カリンの目の前にピンク色の土管が、床からニュっと出てきた。そして、その土管の中からユキが飛び出した。


『コンティニュー!』


 土管は引っ込み、そこにユキが綺麗に着地した。


「うわぁ……アタイってあんな死に方したの?」


 ユキはかなり引いた様子で、バルドゥイーンの死体を見ながら言った。


「そうなんですよ。まったく、酷い事をしますよね」


 いつの間にかライディンの背中に乗った状態で、新しいバルドゥイーンが答えた。


「何? 仕留め損なったか?」

「いいえ。私も彼女もしっかり仕留められましたよ。ただ、私達は殺されても死なないものでしてね」


 ライディンの呟きにバルドゥイーンは答えた。


「……なら、死ぬまで何度も殺すだけだ!」


 ライディンはバルドゥイーンを振り落とすと、激しく攻撃を始めた。それをバルドゥイーンは軽やかに避けていく。


「止めとけ。マジで死なねぇからよ」


 ライディンに向かってカリンは言った。


「それより、アンタに言いたい事がある」

「……なんだと?」


 注意がこちらに向いたところで、カリンは大声で合言葉を言い放った。


「『(やいば)を下ろせ、我が兄弟』!」

「……っ!」


 その言葉を聞いた瞬間、ライディンは攻撃を止めた。


「やっぱりそうか。アンタ、アタシがいた暗殺ギルド、『ホロドラム』の出身だな? 今の言葉は、聞いたらすぐに攻撃を中止しなきゃいけない言葉だ。それに反応したんだから間違いねぇ」

「……そうか。君は『姉妹』だったか。……しかし、どうして分かった?」

「『アサシン・ダイブ』だろ? 今の技。魔法か何かで、天井や床に穴を開けてまでして使うだなんて、アレンジが効いてるとは思ったけどな」


 カリンは鼻を指で擦った。


「しかし、妙だな。復讐の邪神を信じていたような奴が、どうして正義の善神に改宗したんだ?」

「ふん。ボエム・バロムの事など、信心のカケラも無い! 私は初めからイナームだけを信じてきた!」

「え? なんか……話がおかしな方向に行きそうだぞ」


 カリンは頬を掻いた。


「私は……力が欲しかった。弱き者を守るための力、虐げる者を抹殺するための力が。だから『ホロドラム』に入った。偽りとはいえ、ボエム・バロムに忠誠を誓うのは屈辱だったが、そこで学んだ暗殺の技術は私に力を与えてくれた」

「あー、ゴメン。それってヒューマンの時代の話? 確かに『ホロドラム』はその時代からあったって聞いたことがあるけどさ」

「そうだ。それ以外に何がある?」

「……ゴメン。続けて」


 話が長くなりそうだったため、カリンはスマートフォンから缶コーヒーを取り出して、飲みながら聞く事にした。

 ついでに、ハナからバナナを一本分けてもらった。


「長い暗殺生活を経て、ようやく5つ星(最上級)の暗殺者となった時、私はついに行動を起こした。独立し、弱き者を守るための組織を立ち上げた!」

「ふーん」


 カリンはバナナを一口で半分程食べながら適当に相づちを打った。ねっとりとした甘さが口の中に広がる。


「あー、ちょっと聞いていい? その『弱き者』ってどういう奴の事?」


 カリンはコーヒーを飲みながら質問した。キンキンに冷えているため、今日みたいに暑い日にはとても美味しく感じられる。


「もちろん。奴隷達の事だ。つまり獣人だ」


 その言葉を聞いた瞬間、カリンは飲んでいたコーヒーを霧吹きのように噴き出した。


「ちょっと待って! 私達を下に見ているはずのアナタが、どうしてそんな事を考えられたの?」


 むせて、咳き込んで、喋れないカリンの代わりに、ユキが質問した。


「君達が裏切ったからだよ」

「ほほう。それは興味深い話ですね。詳しく説明をお願いしてもよろしいでしょうか?」


 バルドゥイーンが話に入ってきた。


「いいだろう。君達が……いや、君達の先祖が私に何をしたのかを説明しよう」


 ライディンは話を始めた。


「私は奴隷が哀れで仕方がなかった。肌の色が違うだけで虐げられ、それどころか獣の姿に変えられるその有様がだ。だから、彼らを解放してやろうと思った。それが『イナーム王国』の始まりだった」

「それで? そんなにズーマンの事を考えてたのが、どうして今みたいにヒューマン至上主義みたいになったわけ?」


 ユキが質問する。


「言っただろう。君達が、獣人が裏切ったからだ! 獣人達が一斉に蜂起したあの日、『イナーム王国』は獣人側に味方した。だがまもなくして、人間が味方をする事にひたすら懐疑的であった獣人によって私は処刑されてしまった」

「なるほど。だから復活した時、アナタは私達ズーマンを敵対視したと」

「そうだ。私が信じられるのはもはやイナームしかいない! イナームを信じる者しか、人間しか信じられない!」

「ちょっと待てよ。落ち着けって」


 カリンは食べかけのバナナを差し出しながら、ライディンに近づいた。


「アタシはバカだからよく分からねぇけど、つまり一回裏切られただけでズーマン不信になったって事だろ? ダセぇよ」

「なんだ――ムグッ」


 言い返そうとしたライディンの口に、カリンは無理矢理バナナを押し込む。


「一回死んだからってそれで簡単に信念を変えるんじゃねぇ! コイツを見ろよ。何回死んでも全く懲りないし反省もしねぇ!」


 カリンはバルドゥイーンを指差して言った。


「酷い事言いますね。私も少しは学習してますのに……」


 彼は肩をすくめた。


「ふんっ! 所詮は獣人だな! この私の気持ちを全く理解できてないのだからな!」


 ライディンは押し込まれたバナナを食べると、皮をその辺に捨てながら言った。


「ああ。理解できないね。する気もねぇ。他人の気持ちをいちいち考えてたら何もできやしねぇからな」

「なら、これ以上話しても無駄だな。全員まとめて始末させてもらう!」


 ライディンは少し下がると、右手を前に出した。しかし、何も起こらない。


「……何?」

「残念ですが、隷属の魔法はもう私達には通用しませんよ。呪いの印はすでに除去してありますから」

「なるほど、考えたな。だが、それで勝ったつもりか? この魔法に頼らずとも、君達を倒す事に何の支障もないのだぞ」

「バーカ! 支障だらけだよ。ジジイもユキも殺されても死なねぇ。ハナはアタシより強いから殺されねぇ。そしてアタシはアンタに勝てる! どうだ!」


 カリンはライディンを指差して挑発した。


「そうか。なら、一番簡単そうな君から始末させてもらうとしよう」


 ライディンもカリンを指差す。


「いいぞ。だが、アタシ達は抜けた者同士とはいえ『兄弟姉妹』だ。なら、それなりの流儀があるんじゃねぇか?」

「……なるほど。いいだろう。『ホロドラム』の『兄弟姉妹』の揉め事は――」

「殴り合いで決める!」


 カリンもライディンも駆け出すと、右の拳で殴った。

 しかし、身長差による腕の長さが大きく違っていたため、カリンの拳は届かず、ライディンの拳は彼女の頬にクリーンヒットした。


()った……ちょ、タイム!」


 カリンは後ろに下がりながら『タイム』のジェスチャーをする。


「顔は止めろ! 歯が折れたらどうする気だ?」

「なら、顔にだけは当たらないように防ぐなり避けるなりするがいい。それが、暗殺者のやり方だろう?」

「あ……それもそうか。スマン、今のはアタシが悪かった」


 二人は殴り合いを再開した。


 ライディンは再びカリンの顔を狙って殴りかかる。すると、カリンはその拳を自身の拳で迎撃した。

 二人の拳がぶつかり合った瞬間、そこに大きな衝撃波が発生する。痛い。痛いがそれで怯まないのが暗殺者だ。


 ライディンはラッシュを放った。拳の暴風雨が襲いかかる。それをカリンは全て拳で迎撃した。

 拳がぶつかり合うたびに痛みが走る。しかし、それでもカリンは止めなかった。痛いのは相手だって同じはずなのだ。それに腕の長さというハンデがある以上、こちらから仕掛けるよりも確実にダメージを与える事ができるからだ。


 この応酬は数分間にわたって続いた。その間にカリンの拳は熱を持ち、腫れ上がり、もはや感覚すらない。骨が折れていたっておかしくないくらいだ。

 だが、カリンは止めない。殴り合いのルールは単純、戦闘不能になるか負けを認めるまで続く。負けたくないという思いが彼女を突き動かすのだ。


 と、ここでカリンは違和感を感じた。ふと、ライディンの拳を見るとおかしいのだ。

 彼の拳は全く変化が無かった。カリンのように腫れていない。痣の一つも無いのだ。それに薄っすらと拳が輝いているようにも見える。


 これを見て、カリンは疑問に思った。『コイツ、魔法使ってズルしちゃってんじゃないの?』と。

 彼の拳の輝きの正体はすぐに分かった。『魔力の鎧』だ。魔法で拳を硬くして殴る。こうすれば、いくら殴っても痛くないし、殴る力も強くなる。

 いつからそうしていたのかは分からない。だが、ハッキリ言える事は一つ、こっちは素手で挑んでいるというのに、相手は鋼鉄の籠手を身に着けて殴ってきているという事だ。


「なぁーにズルしちゃってんの!」


 当然、カリンはキレた。言い終わるや否や、化け物へと姿を変える。

 そして音速に近い速さでライディンの懐に潜り込むと、腹部に何発も拳を叩き込んだ。


「ウグッ……」


 彼はその場に腹部を押さえて座り込み、盛大にゲロを吐いた。


「うわっ、クッセぇ! さっき何食いやがった?」


 そう言ってカリンはライディンから素早く離れた。その時、彼女は何かを踏んでこけた。バナナの皮だ。さっきライディンが捨てたアレである。


「おうふっ! おうふっ!」


 思い切り腰を打ったカリンは奇声を上げ、悶絶する。


「……クソッ! ズルどころか罠まで仕掛けやがって! 少しはプライド()ぇのかよ!」


 腰をさすりながらカリンはゆっくりと起き上がった。


「……バナナの話なら……君の不注意だろう……それに……暗殺者が卑怯な手を使って……何が悪い?」


 口を拭いながらライディンもゆっくりと立ち上がる。


「それもそうだな」


 彼が完全に立ち上がる前に、カリンは跳び蹴りを放った。超高速の速度と強靭な両脚から放たれる一撃は非常に強烈で、彼を大きく吹っ飛ばし、壁に叩きつけた。


「アタシは正々堂々と勝負するつもりだったんだけどよぉ。アンタがその気なら、どんな手を使ってでも徹底的に痛めつけてやる!」


 カリンはムエタイっぽい踊りをしながら、悪い顔をして言った。


「カリン! ヒーローが言っていいセリフじゃありませんよ!」

「うるせぇジジイ! こっちはブチキレてんだ!」


 バルドゥイーンに向かってカリンは中指を立てて見せる。


「さぁて、どう痛めつけてやろうか?」


 完全に悪人の顔をしてカリンは舌なめずりをしてみせる。

 すると、小さな影が彼女とライディンの間に割って入った。何者か。カリンは一瞬構えたが、すぐに解いた。


「ダメだよぉ! お姉ちゃん!」


 それはハナであった。ハンマーを手にしたまま仁王立ちしている。


「ハナ!」


 カリンは驚いた。その拍子に変身が解除される。


「ダメだよぉ! ヒーローはイジメをしちゃいけないんだよぉ!」

「ハナぁ……ソイツが何をしたか知ってるだろう?」

「でもぉ……見ていてなんだか可哀想だよぉ……それにぃ、今はお姉ちゃんの方が悪い人に見えるよぉ……」


 ハナが悲しそうな顔をして訴える様子を見て、彼女から悪い人だと言われ、カリンはたじろいだ。


「お姉ちゃんはもう、十分頑張ったよぉ。だからぁ、これ以上はダメだよぉ」

「ハナ……お姉ちゃんは、殺す事しか能が無いんだぞ。それに殺していいって言ったじゃねぇか」

「でもぉ! 痛い事していいなんて言ってないよぉ! そんなのヒーローじゃないもん!」

「うっ……」


 ハナに言われ、カリンは少しだけ罪悪感を感じた。その時だった。


「むぅん!」


 壁に張り付いたままピクリとも動かなかったライディンが、突然動き出し、ハナに向かって突進していった。どうやら捕まえて人質にする気らしい。

 この行動にカリンは対応できなかった。ただ一言『危ない』と叫んだ。


 ピンチであった。一般人の目線であれば、だが。

 実際はなんて事も無かった。カリンが一言言い終わる前に、ハナは振り返ってライディンを見た。そして、持っていたハンマーを横に思い切り振った。


「どぼっ!」


 ハンマーはライディンの胴体に深くめり込んだ。そして、彼は再び大きく吹っ飛び、壁に叩きつけられた。

 いや、それどころか、人の形に壁に穴が空き、その向こう側へと姿を消した。


『ゲームクリア!』


 8Bitのファンファーレが鳴り響いた。


「……だからぁ、もう許してあげよ? ちゃんと言えばぁ、きっと反省してくれると思うの」


 再びカリンの方を向いたハナは、首をちょこんと傾げながら言った。


「お、おう……分かった。許すよ……まだ生きていればだけどよ……」


 カリンは引きつった顔をして答えた。

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