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天才軍師、顔の良い生首を拾う。~孔明じゃない諸葛さんは怪異の知識で無双する~  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
四章

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五、人を束ねる責任


 二月を要し、ようやく準備は整った。

 丹陽・新都・鄱陽・会稽・呉郡より山に面する近辺の住民を内地へ移動させ、一帯の穀物も同時に全て刈り取らせる。

 また地元の守備隊を固めることで、要所や街道の関所の守りを厚くする。勿論、警戒も絶やさないために連絡路も整備。

 長年この時のために編んできた全ての構想を実行に移す。諸葛恪のこの時の手腕は神懸かり的なものがあった。


「前線の呉郡西部都尉(顧承)より伝令!賊軍に蜂起の動き有り!場所は故鄣県!」

「ようやく動いたな。文奥(陳表のあざな)、予備の戦力はお前に預ける。残りは俺に続け、故鄣県に向かうぞ!」

「あぁ、任せろ。元遜(諸葛恪のあざな)も気をつけろよ、山越は強いぞ」

「分かってる」


 軍議の最中に駆け付けた早馬である。

 諸葛恪は逸る様に文机を叩きつけ、檄を飛ばしながら立ち上がった。

 まだ兵糧攻めも始めたばかりである。それでも山越族は蜂起した。実に手際の良い迅速な動きと言えるだろう。

 しかし既に呉軍が北上を開始していることも考えると、これは諸葛恪の想定内の動きでもあった。


 こうして僅か数十騎を率いて飛び出した諸葛恪は、道中で各部隊に集合をかけながら軍を編成し、瞬く間に四千の主力部隊をかき集める。

 この連絡網と精密な組織形態こそが「迅速に前線への戦力配備を可能にする」という今回の全体戦略の胆であった。

 諸葛恪はそれが上手く機能していることを実際に感じつつ、顧承の呼びかけに応じて故鄣県の県城に入った。


「早かったですね、撫越将軍(諸葛恪の将軍号)。あと三日はかかると思っていました」

「到着したのは軽騎兵と軽装歩兵だけだ。残りの兵や輜重隊は明日、震沢(現在の太湖)を渡り順次到着する想定だ」

「承知しました。楊甜ちゃんは、連れてないんですね」

「ふん、輜重隊と一緒に来てる。怪異事件も多い、アイツを連れてるとそっちで何かと便利だ。無駄話は良いから戦況を教えろ」

「承知しました、こちらへ」


 具足をガチャガチャと鳴らしながら城郭に入る。

 辺りは既に軍官や将校が忙しなく動いており、本当に戦時であることが伝わってくるようだった。

 そして城郭の上階。部隊長らが並ぶ軍議場に諸葛恪も入り、戦袍を上げ、上座の胡床に腰を掛ける。


「撫越将軍の諸葛恪だ。早速だが状況を整理したい。顧承、教えてくれ」

「承知しました。ではこの者から話を聞くのが早いかと。王磊おうらい殿、こちらへ」

「呉郡西部都尉(顧承の官職)の麾下、王磊と申します」

「普段は上大将軍に仕える武官であり、山越討伐の経験も豊富な者です。今回の任にあたり、上大将軍より彼の部隊を授かりました」


 浅黒い肌にいくつもの矢傷。四角い顔は常に怒っているかのような表情をしており、彼が叩き上げの武人であることをよく表していた。

 そんな王磊は前に進み出て、諸葛恪の机に広がる戦場図を睨みつけながら駒を一つ一つ動かしていく。


「撫越将軍の策により恐らく賊軍に焦りが生じていると思われます。故にこの"故鄣"を攻めるべく賊徒は慌てて集結し、既に前線の見張り台や要塞が襲われております」

「被害はさほど出ていないみたいだな」

「前線の部隊には戦わず少しずつ後方の拠点に後退するようとのご命令でしたので。勿論物資も運び出し、敵には渡しておりません」

「本作戦の前線の要所は"宛陵県"だ。故鄣はその宛陵の東の県城だが、敵がここを襲った理由はなぜだと思う」

「こちらの主力部隊は丹陽県にあり、それ次ぐ部隊は会稽郡山陰県にあります。故鄣県に敵勢力があるとこの二つの部隊を繋ぐ連絡線は大きく伸びてしまいます」

「上手く考えるものだな。連絡線が伸びればこっちも連携や戦術を考え直さないといけなくなる。その混乱が狙いか」

「恐らくは」


 以前、山越と接触したときに出会った「長老」と呼ばれていた老人。

 彼の持っていた情報網は恐ろしいほどの正確性があり、今こうして敵の打ってくる対応も極めて的確であると言える。

 諸葛恪は心のどこかで寄せ集めの反乱軍だと思っていたその認識を改め、眉間にグッと皺を寄せた。


「だが、想定の範囲内だ。こちらは変わらず守りを固め、敵の疲労をひたすらに待つぞ」

「それはこのまま敵の襲来を待ち、籠城戦を行うということですか」

「城を背に陣を敷く。敵の勢いが強ければ城に入り、まだ後方に予備戦力があるからそれに包囲を突かせる。いずれも防衛の常套戦術だ、滞りなく進めよ」

「僭越ながら、将軍の率いてこられた主力軍がありながら守るばかりは敵を増長させこちらの士気も下がるかと。私の部隊だけでも攻めさせていただきたい」

「駄目だ。連携を乱すな」


 しかし多くの部隊長らは王磊と意見を同じくし、盛んに交戦を主張した。

 呉軍は現場の部隊長や将軍たちの持つ権限が大きく、これを無理に統制することは極めて難しい組織となっている。


 戦わずして守るばかりなど賊徒に舐められる。それも山の猿共にだ。

 諸葛恪の前で明確にそう発言する者こそいないが、これが多くの将兵らの本心の意見であった。

 しかし諸葛恪も頑固である。本作戦の胆は「連携」なのだ。それをこんな緒戦で乱しては元も子もない。


「これは撫越将軍としての命令だ。逆らうのであれば例え上大将軍の武官であろうと軍法に照らし斬る」

「お、お待ちを将軍!ここはこの顧承の顔に免じ、お許しをっ。されど私も一戦もせずに防戦ではやはり兵の士気に響くと考えます。それに防戦の前に一度敵の出鼻をくじくのもまた一つの戦術ではないかと」


 流石に顧承にまで反対されると、諸葛恪はこの感情を無理にでも呑み込まなければならなかった。

 人を束ねることの難しさはこれほどなのか。大きく息を吸って、吐く。そして静かに「分かった」と一言。


「顧承に免じて、野戦を許可する。しかし深入りは禁じる、撤退の合図に遅れることも禁じる。王磊、それでいいな」

「感謝します」


 どうしてもこの王磊の向こう側に、陸遜の顔が見えてしまう。

 口では「感謝」を言いながら、その態度を示さない王磊を見て諸葛恪は苦々しく歯噛みしたのであった。


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