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『現代生活独習ノート』――疲れきって何も判断する気がしなくなっちゃった人たちの物語






『現代生活独習ノート』


 津村記久子/著

 講談社/発行 (2021.11出版)




◇ ◇ ◇ 




 小説はあまり紹介する予定がなかったのですが、津村記久子さんがとにかく好きなので、こちらをご紹介します。

 不思議さ加減でいったらドラマ化された『この世にたやすい仕事はない』(※1)とか、『浮遊霊ブラジル』(※2)とかの方が不思議かもしれません。近年の津村さんのお話はより練られていて面白さ、読みやすさが増している気がします。最近の長編なら『つまらない住宅地のすべての家』(※3)なんかはクセのある役者さんでNHKあたりでドラマ化してほしい。


 とにかく、全部。津村記久子さんの本は全部おすすめです!


 ……好きすぎて荒ぶりました。うーん、何から話すべきか……。


 津村記久子さんの小説は芥川賞きっかけで出合いました。典型的あるあるな出合いです。芥川賞を穫った「ポトスライムの舟」(※4)はモラハラの話、同時収録された「十二月の窓辺」はパワハラの話です。津村さんの実体験が反映された物語でもあるのですが、苦しさや後味の悪さばかりでない読み味が不思議でした。それから気になって読むようになったのです。


 津村記久子さんの小説は大別すると、


 ・職業もの(所謂お仕事小説)

 ・青春もの

 ・不思議系(妄想系含む)


 の三つに分けられる気がします(個人的感想)。

 そして、短編がべらぼうに上手い。


 私は特に初期の職業ものが好きです。しっかりとお勤めをされながらコンスタントに作品を発表されていて、それがどれもリアルな手触りを感じさせるものなのでした。

 自分がブラック気味なところに勤めていて精神的にやられていた時に出合ったので、仕事をしていく上でのどうしようもない息苦しさがわかりすぎるくらいに共感できて、尚かつ、それだけで終わらない変化球な展開が心地良かった。仕事や生活することに対して誠実、というか堅実。そう生きていいんだ、と思わせてくれます。端正な文章で綴られる、人によっては地味と感じるかもしれない物語、なのに適度なユーモアと微かな希望、ほの明るさ、のようなものが読後感にあるのです。


 さて、専業作家として「書く」ことで生活するようになった近年の作品は、リアルの経験を昇華した物語の面白さがあります。が、初期のお仕事小説のようなものも読みたい津村ファンにおすすめなのが今回の本です(やっと、本題)。


 私の好きな津村さんがギュッと詰まったお得感のあるバラエティ豊かな短編集です。

 タイトルだけ見ると、なんだか自己啓発本のようであり、津村さんのエッセイの装画を手掛けている木下晋也さんの装画なので、一見エッセイ感もある装丁です。


 が、小説です。八編を収めた短編集。

 お仕事系も青春ものも不思議系も全部入りです。


 一言で言うならば「疲れきって何も判断する気がしなくなっちゃった人たちの物語集」です(主に)。


 この、無気力さ。よく、わかる。絶妙すぎてよくわかる……。

 疲れすぎてごはんも作る気力も何もない気持ち、すごくよくわかる……。


 一番目の作品「レコーダー定点観測」を読むと、とりあえず疲れた時はフライパン焼き鳥作ろう、という結論になります。美味しそう。簡単そうだし。

 あと三番目に収録された「現代生活手帖」のほのかなSF感。ただの通販の記録? と読みはじめたら、ロバの配送さんとかなんだこれ、可愛いしかない。「いいな! 私も頼みたい!」となるし、四番目の作品「牢名主」には突然ティボ・ピノ、とか出てきて津村さんの自転車好き健在、とかニヤリとなってしまう。また最後に収録されている「イン・ザ・シティ」は十代のやるせなさと架空都市を設定してしていく面白さが絶妙。物語作る人はこうやって想像していく、という手順を学べますよ。短編集『サキの忘れ物』(※5)に収録されていた架空都市の名所案内である「ペチュニアフォールを知る二十の名所」にも通じる、津村さんの妄想力(※6)が窺える作品です。


 と、まあ、書き出したらきりがないです。どの短編もおすすめです。短時間で一本読めるので、(程度にはよりますが)少しお疲れ気味の方でも大丈夫だと思います。ご興味ある方は、ぜひご一読を。


※1 『この世にたやすい仕事はない』(新潮文庫)新潮社/発行 (2018.12)


 2017年にNHKで真野恵里菜さん主演でドラマ化されています。「一日コラーゲンの抽出を見守るような仕事はありますかね?」と職安でたずねた主人公が「あります」と答えた職安職員に紹介されて次々とありそうでなさそうな不思議な仕事についていくお仕事もの連作短編集。おかきの袋に添える豆知識を考える仕事とかちょっとやってみたくなります。変な仕事ばっかりで楽しい。



※2 『浮遊霊ブラジル』(文春文庫)文藝春秋/発行 (2020.1)


 七編収録された短編集。表題作「浮遊霊ブラジル」は、楽しみにしていた海外旅行に行く前に亡くなってしまった主人公が浮遊霊として人に乗り移りながらブラジルまでたどりついてしまう話。変な話です。好き。



※3 『つまらない住宅地のすべての家』 双葉社/発行 (2021.3)


 『小説推理』に連載された、津村さんにしては珍しいミステリー調の物語。とある町の路地に面した十軒の家とそこに住む家族を丁寧に描いていく長編作品。クセの強い登場人物たち、そこに女性受刑者が刑務所から脱走して、どうやらこの住宅地に逃げ込んだらしい……、という物語。面白いです。



※4 『ポトスライムの舟』(講談社文庫) 講談社/発行 (2011.4)


 表題作「ポトスライムの舟」は芥川賞受賞作。この作品には『ポースケ』という続編があって、そちらはもう少し柔らかいお話です。



※5 津村さんの小説には無意味に自転車が出てくる作品が多いです。主人公の趣味が自転車だったり、自転車選手を目指している少年だったり、応援しているサッカーチームが負けるたびにヤケになって買い物をしてしまいついにはロードバイクを買ってしまった女性だったり。エッセイでもカヴェンディッシュのゴールシーンとか唐突に書いたりする。「だから、どれだけの人が知ってるのよ、それ!」とニヤリとしてしまう。自転車好きすぎるだろ。ティボ・ピノとか出して誰がわかるんだ? 自転車好きかつ津村作品を読んでる人ってどんだけいるんだろう(少なくとも私だけは喝采を送っています!)。ちなみにティボ・ピノはFDJエフデジに所属するフランス人ロードレース選手。実力がありつつもどうしてもツールを制することができない、なんていうかとても繊細なイメージの選手です。



※6 『サキの忘れ物』 新潮社/発行 (2020.6)


 表題作「サキの忘れ物」は喫茶店に客が忘れていった一冊の文庫本をきっかけにひとりの少女の人生が変わる話。素敵な作品です。表題作を含む九編が収録された短編集です。読むと、実在する街なのではないかと混乱してしまう「ペチュニアフォールを知る二十の名所」にも唸りますが、特にへんてこなのが「行列」という話。おそらく何かの美術展と思われるものに行列する人たちの変な話。最後まで何に並んでるのかわからないの。最高です。



※7 妄想力、という点では読み終わったあと恐ろしくなるのは『ディス・イズ・ザ・デイ』(朝日文庫 2021.10)です。サッカーJ2の22チームを応援する人たちの物語なのですが、これ、22チームすべてチーム名からエンブレム、ホームスタジアム、スタ飯、選手、最終節の試合展開まで緻密に架空のものを作り上げています。実際に、J3までのチームが存在しない土地を選び、取材したそうです。しかも最初からすべて精密に設定してからじゃなくて、行き当たりばったりで最後に辻褄を合わせた新聞連載だそうです。怖い。どういう脳みそしてるんでしょう。

(参考 【無料公開】なぜ芥川賞作家は「J2」をテーマに小説を書いたのか?『ディス・イズ・ザ・デイ』津村記久子インタビュー 宇都宮徹壱ウェブマガジン より) 



※※津村さんは短編小説の名手と書きましたが、エッセイの名手でもあります。小説を読むのがしんどい、という方には『やりたいことは二度寝だけ』(講談社文庫 2017.7)をおすすめします。タイトルが秀逸で、毎回書き出しの一文に痺れます。マニアックな趣味や文房具好きが窺えて、それが小説にも反映されているのだと確認できてお得な日常エッセイ。



※※※注が異常な量になってしまいました……、すみません。お読みくださった方ありがとうございます。

 

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