【098】砂漠の国
「クハハハハハ! こいつは爽快だなアルス! 久しぶりに俺様の中に眠る熱い何かが燃えてきたぜ!」
「ひゃっほぉおおおおう! なのよーーー! あ、そこをもうちょっと右に進むのよ。その辺の魔物なんて蹴散らして進むの」
「クルォオオオオオーーー!」
「そうなのよ。あなたならやれるのよ? あたちには分かるのよ?」
魔法大国ルーランスから、さらに南に下った灼熱の砂漠地帯にて。
各国から多大な支援を受けて旅立ったアルスたち一行は現在、砂上を泳ぐように高速で走る超巨大サンドワームを移動手段として砂漠の国を目指していた。
とはいっても、このサンドワームに関しては別に国から給わったものではない。
魔法大国を発つときに受けた支援は多額の資金や魔法のアイテム、国境や各町を顔パスで通過できる勇者の肩書きと、その国の王や領主に優先的に謁見できる権利であったからだ。
他にも、各国は勇者からのあらゆる要請にできるだけ前向きに対応するという、いわゆる暗黙の了解もあるが、現時点で行われているのはこの程度である。
ではなぜ、この全長百メートル以上はありそうな巨大なサンドワームが、彼らを背に乗せて砂の海を渡っているのかというと……。
「いやぁ、お客さん。わたくしどものキャラバンまで乗せてもらって、本当に申し訳ありません。まさか旅人を相手に商売するつもりが、逆に助けられる形になってしまうとは……」
「いえ、お気になさらないでください。僕たちを襲ったこの子も、こうして回復魔法で元気になったら心を開いてくれました。困ったときはお互い様ですよ」
なんと襲い掛かったサンドワームの様子がおかしいことを察したアルスは、なんらかの原因で傷つき暴れていたのを察し、回復魔法で癒すことで魔物の心を開いてしまったのであった。
負っていた深い傷が癒され救われたと理解した魔物は、目の前の人間達と戦う意味がなくなったのだろう。
以後は自分の力で破壊してしまったキャラバンの代わりに、この灼熱の砂漠を渡る騎乗生物としての役割を自ら買って出てくれたというわけである。
特に今回はメルメルも大いに活躍していて、天使の力故なのか、なぜかなのか。
魔物と意思疎通が図れるのをいいことに、以前の一人旅で訪れたことのある砂漠の国を目指すため、友達になったサンドワームを指揮して進行方向を決定しているのであった。
もちろんこの巨大な魔物の力は大きさに比例して相応に強く、それこそ地上戦であれば属性竜にすら匹敵するほどの力を秘めている。
空が飛べないという点を踏まえれば竜に勝利することはできないが、それでも近場の魔物を蹴散らし進むだけであればなんの問題もない。
「いやはや。これほどの魔物に立ち向かうばかりか、心まで開いてしまうとは……。まだ若いのに器の大きな御方だ。まるで、最近ルーランスで正式に発表されたという、伝説の勇者様のようですな! はっはっはっは!」
「あ、あははは……」
本来であればここで勇者であることを明かしても良いのだが、肩書きにそこまで強い拘りを持っているわけではないアルスは、とりあえず苦笑いで誤魔化す。
しかし、それを見ていたガイウスは弟子が立派になったことが嬉しいのか、ニヤニヤしながら後方で談笑する。
「へっ、まさかここにいるのが、その勇者様だとはあのキャラバン長も思わなかったみたいだな」
「そりゃあ無理があるってもんさガイウス。まだ正式な発表があって一週間ほどなんだから、噂だって正確に伝わっちゃいないだろうさ」
今代の勇者が金髪碧眼であることや、その仲間達の特徴が正確に伝わるほど時間が経っていないとアマンダは察する。
いずれこの商人も、あの時に出会ったのが勇者であったと気づくことはあるかもしれないが、それは今ではないだろう。
そうして、道中で様々なアクシデントを解決しながらも旅は進んでいき、ついに目的地である砂漠の国が見えてくる。
見上げるような大きさのピラミッド型の古代遺跡を擁し、迷宮として機能する遺跡があるからこそ成り立つと噂される、迷宮王国ガラードへと辿り着くのであった。
◇
「おお、よく来たな。勇者アルスとその仲間達よ。歓迎しよう」
迷宮王国ガラードが誇る、膨大な量の金で飾り付けられた荘厳な王宮にて。
歴史を紐解けば古代遺跡の一部とも言われているこの宮殿では、勇者の来訪を知ったガラード王が謁見の間で彼らを心待ちにしていた。
それもそのはずで、ガラード王からしてみれば魔族の気配があるというだけで、気が気ではないのだ。
もちろんこの国とて相応の自衛力があり、加えて、切り札となるS級冒険者の囲い込みもしているだろう。
だが、魔族とは最下級の者でも小さな町を単独で滅ぼせるB級冒険者並みであり、中級ともなればS級に届く個体すらいる。
そんな中、ここからは少し離れたルーランス王国のグラツエール港町で起きたような、上級魔族の襲撃などあれば一瞬で国は大打撃を負うことになるだろう。
仮に倒せたとしても相応に国力を消耗するのは明白で、この王都が立ち行くだけの余力が残るかも怪しいのだ。
そこに上級魔族ですら黄金の剣で一刀両断できる勇者が来訪するとなれば、是が非でも力を借りたいと思うのは必然。
いかな王とて、いや、王だからこそ自国にとって何が一番有益なのかを考えなければならず、勇者を無下にするという選択は何があっても取れないのであった。
「はい。お初にお目にかかりますガラード王。この国に魔族の気配があると聞いて、それを追って参上しました」
「うむ。ルーランス王からだいたいの事情は聞いておるだろうが、その通りだ。そして……」
王は一拍おいて、まずは現状、この国がどのような状況に置かれているのかを説明しだす。
何はともあれ話さなければならないのは、魔族の仕業であると根拠づけることになった、この国に起きている異変。
というのも、そもそも前提としてガラード王国の迷宮は既にその役割を終え、機能を停止している。
しかしここ最近はなぜか、歴史の保護という名目で浅い階層の見回りを行っていた騎士が、迷宮内部にて行方不明になることが多発していたのだという。
そのことを不審に思ったガラード王は、迷宮内部に騎士団の派遣を命令し調査したところ、なんと砂で出来た人形のような魔物が無数に見つかり、襲い掛かって来たのだ。
「なるほど、既に機能を停止しているはずの無人遺跡から、際限なく砂人形があふれ出してくると……。魔族の仕業にしろ、そうでないにしろ、何か裏がありそうですね……」
「そうだ。これは明らかに何者かの手によって起こされている現象。しかし規模を考えれば、まず間違いなく魔族が裏にいるのだろうな」
幸い騎士団の活躍もあり、いままで被害という被害は出ていない。
だが、王宮に隣接した迷宮から魔物があふれ出してくるとなれば、歴史ある遺跡を擁する国の威信としても、魔族の暗躍を思わせる安全面でもこのままという訳にはいかないのだった。
「もちろん騎士団はこのまま内部の調査を続行し、今までの調査結果を勇者殿にお伝えもしよう。だが、万が一上級魔族か、それ以上の何かが関わっていると見据えて動くのであれば……」
「はい。それこそ、僕たちの出番です。そのご依頼、しかと承りました」
最悪を想定して動くという、国を預かる立場の者としての最善を選んだガラード王に、アルスははっきりと頷く。
「うむ。内部はおそらく、既に異空間と化しているだろう。旅の疲れもあるであろう勇者らは、まずこの国でしばらくの休養を取ったあと、調査に乗り出してもらいたい。何か要請があれば、こちらからも出来得る限りの支援を約束しよう。宜しく頼んだぞ」
ガラード王は締め括り、万全の状態を整えた勇者たちへと、異空間と化した遺跡への探索を命じるのであった。




