【092】救えなかった者
ところ変わって、メルメルが森の中で迷子になっている頃。
港町グラツエールを救ったアルスら一行は王都へ向かう道中で、その場では仕留めきれずに逃げ出した魔族の残党を追っていた。
残党の数はそう多くはなく、せいぜい数匹といったところだろう。
だが、魔族は腐っても魔族。
たとえ一匹の取り逃しであっても、B級冒険者にすら匹敵する下級魔族の力は、簡単に周囲の村など滅ぼしてしまうのだ。
彼等も馬鹿ではないため、自滅覚悟で大きな都市や町に向かうことはありえない。
そうであるが故に、人間勢力へ少しでも被害を出すために、力の無い農村を狙うだろうことは明白であった。
そうしてしばらく残党を処理しながら旅を続けていると、ようやく残り最後となるであろう魔族の気配を感じ取ることができる。
なぜならその場所には……。
「村が燃えている!? 行くよみんな! これ以上被害を拡大させるわけにはいかない!」
「おうよ! 逃げた数から考えて、恐らく奴らの残党もこれで最後だ! 気合入れていくぞ!」
轟々と燃える村を発見したアルスと、続いてきたガイウスが後方にいる仲間に向けて大声で叫ぶ。
現時点で建物へと被害が出ていることは見て取れるが、どうか村人たちは無事であってくれと願いながらも風のように駆け抜けた。
「こ、これは……!」
しかし、時既に遅し。
辿り着いた村では見る限り全ての住人が息絶えており、燃える民家と共にその遺体が火に包まれている光景が広がっているのであった。
あまりにも救いの無い惨状に、アルスは逃げ出した下級魔族を探すのも忘れて立ち尽くす。
「チッ……。いくら魔王の部下だからってよ、ここまでするのか……。四天王だかなんだか知らねぇが、ムナクソ悪いぜ」
そして誰にも聞こえないくらいの小さな声でぼそりと呟き、村の惨状から目を逸らすハーデス。
魔族でありながらも人の心を知り、この旅で様々な温かさに触れてきた彼女の顔には悔しさと、何より自らの父に対する疑念が感じられた。
なぜ自分の父がこのような計画を推し進めているのか、もしくは父の意志でないなら、なぜ魔王の管理下にいるであろう部下の四天王が、このようなことに手を染めているのか分からない。
魔界の王太子であるハーデスの事情を知る者であれば、そういった感情が手に取るように分かるほどに表情に出ているのだ。
「いや、諦めるのは早いよアンタたち。まだ生き残っている人間がそこの民家に隠れてる。どうやら逃げ場を失った魔族に、少年が人質に取られているみたいだね……。このアマンダ様の気配察知を舐めるんじゃないよ!」
「…………ッ! ありがとう、アマンダさん! ブレイブ・ブレード!!」
気配察知を得意とする仲間の言葉に我を取り戻したアルスは、黄金の剣を顕現させると火に包まれ崩れかけている民家を体当たりで破壊し、唯一の生き残りである少年を人質に取る魔族を瞬殺した。
もはやブレイブエンジンの力を引き出しつつあるアルスを前に、下級魔族が人質を取ったくらいでは時間稼ぎにもならない。
自らが死んだと認識することすらなく、塵となって消えていくのであった。
「大丈夫かい君! よく頑張ったね、偉いよ!」
「…………」
「今すぐその傷を癒すから、あと少しだけ耐えてくれ!」
「…………」
塵になった魔族へ目を向けることもなく、人質になっていた少年を癒すためにありったけの回復魔法を浴びせ続ける。
既に少年の身体には無数の火傷と骨折、切り傷、刺し傷といった見るに堪えない傷跡が残っているのだ。
なりふり構わず全身全霊を尽くさなければ、とてもではないが助けることはできなかった。
故に、そんなアルスの想いに応える為か、光り輝く黄金の瞳はいっそう力を増し、周囲にオーラをまき散らす。
そして何度も、何度も、何度も……。
幾度となく回復魔法を行使し、少年の肉体が綺麗な元の姿を取り戻しても尚、魔法を行使し続ける。
しかし、いくら肉体が修復されようとも、回復魔法をかけ続けようとも、時が経とうとも……。
少年は、目を覚ますことがなかった。
「落ち着けアルス。その子供はもう、死んでいる……」
今も尚必死に回復魔法をかけ続け、どうにかして子供を救おうとしている姿が痛ましかったのだろう。
悔し涙を流しながら治療を続ける背中から目を逸らし、アマンダとハーデスが俯き沈黙する中、唯一ガイウスだけが真実を告げ少年から引きはがす。
この大男とて空気を読めていない訳ではない。
ただこの場でもっともアルスの心を理解し、現実を受け止めきれない弟子を止められる者は、彼しかいなかったというだけの話。
なぜならばガイウスは若かりし頃に幾度となくパーティーを組み、冒険者として死に別れた仲間、救えなかった命、失敗した人生経験が豊富にあるからだ。
そんな大人としての器を持つ彼だからこそ、今この場で声をかけることができた。
「…………なんでだ。なんでなんだよ。ブレイブエンジンは願いの力じゃなかったのか……! 目を覚ませ! 覚ましてくれよ! どうして傷が塞がっているのに、この子は目を覚まさないんだ……。教えてくれよ、ガイウス……」
理解はできている。
もうこの子供はとっくの前に死んでいて、いくら回復魔法をかけ続けたところで意味などなかったのだと。
そんなこと、治療を続けていたアルスに分からないわけがない。
だからこそ、現実を直視したアルスには決して納得できるものではなかったのだ。
「許せないよ……」
「ああ」
「村の人たちはただ、日々を平和に過ごしているだけだった」
「ああ、そうだな」
歯を食いしばり、辺りに広がる血の海を見つめた黄金の瞳には、いつもとは違う何かが映り込んでいた。
「どうしてだ。どうしてこんな事ができる。僕は……、俺は!! こんなことをする奴らが、どうしても許せない……!」
そう。
黄金の瞳に映り込んでいたのは、憎しみの心。
誰よりも真っすぐで、誰よりも純粋で、誰よりも穏やかな心を持つアルスが生まれて初めて感じた、自らの意志すらも飲み込むほどの激情。
その強い憎しみは負の願いとなり、ブレイブエンジンにすら影響を与える。
「ぐぉ……! こ、これは!?」
「ガイウス! アルスの様子が変だよ!」
「な、なんだよ!? おい、アルスのやつどうしちまったんだよ! まるであいつ、俺様のことが見えてないみたいだぞ!?」
暴走したブレイブエンジンは黒く染まったオーラを辺り一面にまき散らし、全てを滅ぼしていく。
魔力抵抗の低い自然の木や遺体は瞬時に砂へと変わり果て、強い魔力抵抗を持つ仲間達でさえ、その黒いオーラに触れれば弾かれ吹き飛ばされるほど。
初めて見るアルスの暴走に一同は混乱し、どう対処して良いのかがまるで分からなかった。
しかし、万事休すかと思われた、そんな時……。
どこからか聞き覚えのある、妙に緊張感のない声が上空から響いてきたのであった。
「やっと見つけたのよーーー! でもなんだか、やばいのよ? お取込み中なのかちら?」
「あ、あいつは! どこぞのチビ!」
「なんだいあの子は。なんだかアタシの目には、空を飛んでるように見えるんだけど?」
現れたのは、天使の翼をぱたぱたとさせながら、「困ったのよね~」と身体をクネクネさせて悩むエリート天使、メルメル。
どうやら勇者を見つけたのはいいものの、予想通り暴走状態にあることを理解してどうすればいいか考えているようであった。
「う~ん。そうね~。ブレイブエンジンはそんな使い方じゃ、いずれ身を滅ぼしてしまうのよね~」
「なんだと!? 何を知っているんだお前は! アルスは、俺の友人はこのままじゃマズイってのか!?」
「そうなのよ?」
何を当たり前のこと言ってるの、と反応するも、暴走状態の原因が良く分かっていないガイウスらに、この先の展開が理解できるはずもない。
それを反応から察したメルメルは「あぁ!」と理解すると、ちょっとだけ賢い解答を返す。
「ブレイブエンジンは願いの力なの。でも今は、強い憎しみの心に囚われて暴走しているのよ。本人の意識を飲み込んで暴走してるわけだから~、えっと~」
「そうか、そういうことか! つまり、殴って目を覚まさせろってことだな!?」
「それなのよ!」
ザッツライトと言った雰囲気で、人差し指をビシッとガイウスに向けたメルメルは、「うんうん、殴っちまえば解決なのよ。暴力は全てを解決するの」と、とても恐ろしいことを言い出した。
そうして事情を理解した一同は暴走を止めるため、前衛と後衛に分かれた陣形を取り、力に意識を取り込まれたアルスの目を覚まさせるため武器を構えるのであった……。
次回
だからこそ、俺が止める
お楽しみに!
【別件でご相談】
書籍化にあたり、番外編としていくつかのお話を用意いたします。
もし書籍で読みたいお話に希望などあれば、感想欄や活動報告にてご連絡いただけると幸いです。
地獄界でのカキューの戦いが見たい。
エルザママの追加ストーリーが見たい。
などなど他にアイデアがあれば、参考にさせていただきます。
アンケートを受け付けるキャラクターは以下の人物から選んでいただけると幸いです。
※特に、どのキャラクターのお話を読みたいか、キャラクター名を教えていただきたいです※
・カキュー
・エルザ
・アルス
・ガイウス
・ボールス
・エイン&イーシャ




