【081】いしのなかにいる
黄金の輝きを瞳のみならず、体中から溢れ出るオーラとして体現させるアルス。
大量の敵を引き連れていたメルメルはいつの間にか姿を消していて、その全てが蹴散されたことでもう追いかけてくる人間たちが居なくなったのだとわかると、「ばいばいなの」と言ってどこかへ去って行ったようだ。
しかし今はそんなことよりも、この黄金のオーラを全身に纏い、普段とは明らかに違う覚醒状態にあるアルスのほうが重要であった。
「で、でかしたぞアルス……。さすが俺の弟子だぜ、ごほっ……」
「無理をしないでくれガイウス。たとえ敵を油断させるためでも、その傷はそれなりにキツいよね。あとは僕に任せてよ。それに今、僕は怒っているんだ……」
第二王子をアマンダから引き離すため、そして王子の命を守るように優先して動かなければならない、魔法的な制限を有している常闇の隙を突くため。
二つの意味で敗北を演じたガイウスは作戦がうまくいったことを確認すると、謎の覚醒状態を維持し続けるアルスへめがけて親指を立てた。
自らが大怪我を負っているというのに、懲りない大男だ。
「そこらへんは大丈夫だぜ。俺もただで刺されたわけじゃねぇからな。戦士の奥儀の一つに内臓上げというものがあってだな。こう、体内の重要な器官を一時的に移動させ……」
「はいはい。もうそれは分かったから安静にしててよ。それと……」
いまもなお師匠として、元気に戦士としての授業を始めようとするガイウスに呆れつつ、一瞬の隙をつかれ茫然自失となっていた常闇を一瞥する。
するとどうしたことだろうか。
黄金の瞳が一瞬だけ強く煌めくと、アルスに睨まれた常闇は、自らを縛っているはずの魔法的な契約が「破壊」されたことに気付く。
「こ、これは!? 少年よ、君はいま、いったいなにをした……!?」
「うん。だんだんとこの瞳の力を使うコツが分かってきたよ。そうか、これがメルメルの言っていたブレイブエンジン。願いの力ってやつなんだね。確かに凄いけど、使い道を誤ってしまったらと思うと、ちょっと怖いくらいの力だ……」
瞳の力、ブレイブエンジン。
かつてメルメルが語っていた「願いの力」の本質は未だ不明であるが、どうやらこの力は激しい感情によって効果が左右されるらしいことが分かった。
こうしてアマンダの拘束具を砂に変えたのも、常闇の魔法契約を破壊したのも、今のアルスが持つ「激しい怒り」によるものなのだとしたら、これほど恐ろしい力はないだろう。
自らの母を陥れたこと、母を救おうと抗っていた男を、いままで契約という名の呪縛で縛り続けてきたこと、これまでの被害者たちのこと。
そういったアルスが憤るだけのあらゆる行為に手を染めてきた第二王子に対し、激しく感情が揺さぶられ、強い願いの力として一時的に覚醒状態に入っていたのだ。
だが常闇を縛っていた契約が破壊されたのは、魔法的な繋がりを持っていた第二王子にも分かったのだろう。
彼は確信していた勝利の瞬間から一転し、絶体絶命の窮地に陥ったことでさらに冷静さを失うのであった。
「な、なんだ貴様はぁ! それとなぜ、拘束用の魔道具が砂に……!? その黄金の瞳はなんだ!? 分からん……。分からん、分からん、分からん!! 分からんぞぉ!! なぜ全てがうまく行くはずのこのタイミングで、邪魔ばかりが入る!!」
あまりの事態に自らが窮地に追い込まれていることも忘れ暴走し、髪をかきむしりながら取り乱す。
もはや敵がすぐそばにいるという認識すらもなく、ただなぜ失敗した、なぜなのだ、と叫び続けていた。
その瞳に映るのは自らが手に入れるはずだった栄光と、濁り歪んだおぞましい欲望。
あと少しで全てが手に入るはずだった、あと少しで自らの勝利であったと、もはや正気を失いつつある狂気の瞳で周囲を睨みつける。
「おかしいだろうがぁ! 常闇を脅すことで父上に毒を盛り弱らせ、警戒する必要のある奴がいなくなったと思ったのによぉ! あとはあの、美しく有能な宵闇すらも従順なペットにして、俺がこの国の頂点に立つだけの、簡単な計画だったはずだ! なぜだ……! 分からん、分からんぞぉ貴様らぁぁあああ!!」
「ああ? なんだこの雑魚は。この国ではこんなやつが王族を名乗ってるのかよ、シケてんなぁ」
もはや哀れみすら覚える第二王子の姿に、鉄扉の前を守っていた暗部の者達を気絶させ、既に観戦モードに入っているハーデスは表情を歪める。
今もなお、自らが魔界の王太子であることには変わらない彼女としても、せめて王族を名乗るのであれば最後まで意地を貫き通せという感想を抱いているのだ。
とはいえ、第二王子からしてみればハーデスの事情など知ったことではない。
自分の思うようにならない展開、役立たずの部下、計画を妨害する邪魔者たち。
本質的に思い上がりが激しく、このような状況になっても自分に非があるなどとは一切考えない第二王子は納得がいかず、現実を認めることができなかった。
故に、この絶体絶命の局面で最後の手段に手を出すことになる。
「く、くくくく……。そうか、そうか。そこまでして俺の邪魔をしたいというのであれば止めんよ。ああ、負けだ。確かに現時点で、この場面においてだけはお前らの方が優位に立っている。だが最終的に勝つのはこの俺だ。いつか俺の邪魔をしたことを後悔させてやる……」
周りが怪訝な表情をする中そう意味深な台詞を残すと、懐から青く透き通った宝玉を取り出す。
宝玉には魔道具としては明らかに異常な魔力が内包されており、これがなんらかの切り札であることが見て取れた。
もしここで、魔法ではなく魔道具に詳しい者がいれば話は別だったのだろうが、残念ながらいまこの場にいる者達の中にはっきりとこの魔道具の効果が分かる者は存在しない。
だからこそ何が起きるか分からない状況に対応できるよう一同は身構えるが、その中で唯一第二王子に魔道具を起動させまいと動いた者がいた。
「悪いけど、それを起動させる前に倒させてもらうよ。……ブレイブ・ブレード!」
次の瞬間。
黄金のオーラを長剣の形に凝縮したアルスの斬撃が、王子の心臓を貫く。
「あなたには次なんて無い。これで終わりさ」
「ば、馬鹿な……」
もはや完全に致命傷であり、腹を貫かれたガイウスとは違い心臓にダメージを受けてはさすがにどうしようもなく、血を吐き出しながら床に倒れ込む。
魔法大国の王子にしてはあまりにもあっけない幕切れではあったが、これにて決着、ということになるのであった。
◇
そうしてアルス達が全てを解決させ、誰もいなくなったあとの元闇ギルド拠点にて。
致命傷を受けて倒れ込んでいた第二王子はピクリと指を動かすと、口から大量の血を吐き出し意識を取り戻した。
「がはっ……! あ、危ないところだった。まさか万が一のために用意していた常時回復型の魔道具が役に立つとは、さすがの俺も思わなかったぞ。まあ、仮に首を飛ばされ完全に死んでいたら蘇生は無理だったがな。……今回は、あの金髪がぬるい奴で助かったといったところか」
胸を貫かれた直後、護身用の魔道具が発動し徐々に傷を塞いでいた第二王子フレイドは語る。
あの直後、意識は完全に途切れていたものの命は断たれておらず、ギリギリのラインで常時回復魔道具の効果が傷を癒し、窮地を脱することができたのだ。
だがそう判断するも、既にこの闇ギルドの周辺は第一王子である兄に知られているだろうし、警備の目もあるはずだ。
この場で歩いて脱出するなど、到底不可能なように思えた。
そう思った第二王子は懐から新たな宝玉を出すと、ニヤリと笑う。
「あったあった。これだ。宝物庫からかっぱらってきたこいつがあれば、まだ起死回生のチャンスはある。あばよぉ邪魔者共。次に会う時は復讐の牙を研ぎ、この国もろとも貴様らを蹂躙してやる。せいぜいこの俺の影に怯え余生を過ごすんだなぁ。くくく、楽しみだなぁ、ああ、楽しみだ!」
────国宝級魔道具発動、緊急転移!
そうして宝玉を起動すると共に、第二王子フレイドは人知れずこの国から姿をくらましたのだった。
ただ一人、事の成り行きを見守っていた、とある下級悪魔の分身体を除いて……。
◇
……なんだ。
ここはどこだ。
暗くて何も見えんぞ。
俺はいったい、いまどこにいる……。
王城の宝物庫から万が一のためにと盗んだ転移の宝玉を使い、どこかに逃げ切れたのは理解しているが、もしや月明りの無い洞窟の中に転移してしまったのか?
ちっ、それだと場所を特定するところから始めねばならんし、国の各地にある闇ギルドで隠してた俺の資産を回収するのに、相当な時間がかかるな。
まったく、邪魔者といい転移場所といい、ついてない。
まあ、あの魔道具は場所の指定ができない緊急用だからな、そういうこともあるか……。
いやまて、それもおかしい。
だとすると、なぜ俺は身動きが取れない?
おかしい。
どうなっている。
「よう。お目覚めかい第二王子フレイドくん。我が息子に追い詰められた君が、最後の手段として転移するのは分かっていたから、こうして転移先を石壁の中に固定してみたんだけど、元気してる? ああ、答えなくてもいいよ。これは俺が一方的に、君の魂を通して語り掛けているだけだからね」
なに?
この謎の声は何を言っているんだ?
それに俺が石壁の中にいるだと?
お、おい……!
冗談はよせ!
いますぐここから解放しろ!
「え~、どうしようかなぁ。でも解放すると君、また悪さをしでかすでしょ。それに俺、これでも約束は守る下級悪魔でさあ。妻であるエルザとの約束のためにも、ここできっちりケジメをつけておかなくちゃと思ってるんだよねぇ」
妻エルザだと!?
よ、宵闇のことか!
そうか、貴様もあの女を支配し、心ゆくまで全てを堪能したかったのだな、分かるぞ!
それで邪魔になった俺が目障りになり、こうして復讐を遂げているということか……!
な、ならばもう俺はあの女に手出しはしない!
もちろん貴様自身にもだ!
だからどうか、ここから俺を出してはくれないだろうか!?
「馬鹿かお前。なぜ俺がそんな上から目線の条件を呑まなければならないんだ。というか、それに対し俺のメリットがどこにある。寝言は寝て言え、ゲス野郎。これからは永遠に壁の中で反省してるんだな。……まあ、お前の意識が壁で摩耗し、すり減るくらいの頃になったら魂を喰いに来てやるから安心しろよ。じゃあな」
ま、待ってくれ!
こんなところに俺を置いて行かないでくれ!
何もできない、何も見えない、何も感じられない壁の中で永遠を生きるなんて、そんな生き地獄を俺に味わえというのか貴様は!
おい!
なんとか言ってくれ!
頼む!
俺が悪かったから!
誰か、誰か俺を、ここから救い出してくれ……。
頼む、誰か……。
誰か……。
次回からしばらく、メルメル編(前編)のプチエピローグになります。
お楽しみください。




