【075】旅のはじまり
南大陸の北西端に位置する魔法大国ルーランスの王都にて。
様々な露店や商店が乱立する大通りでは、魔石の力により高速で移動する馬車と、身体強化の魔法陣が刻印された鎧を着込む巡回騎士たち、そして人種問わず様々な人々が賑わい行き交っていた。
だがそんな魔法の力を享受し繁栄する平和な国の光景も、時にふとした事故、偶然から一瞬にして悲劇というものは生まれる。
そう、例えばこんな風に……。
「キャァァアアア!」
賑やかだった大通りの中心で突然上がった女性の悲鳴に、周囲の者達はざわつき何事かと辺りを見回す。
するとなんと、馬車の前に飛び出した子供が今にも馬に轢かれそうになる、そんな瞬間が目に飛び込んできたのであった。
既に子供と馬車の距離は近く、たとえ超人的な身体能力を持つ高位冒険者であっても、いまから助けに向かったのでは到底間に合いそうにない、そんな絶望的なタイミング。
今回の事件もまた、そういった事故に巻き込まれる形で起ころうとしていた、どこにでもある悲劇の一幕……、と、なるはずであったが、しかし。
誰もがもうあの子供は助からないだろうと諦めたその時、瞳を黄金に輝かせたとある少年が疾風のような速度で割り込み、一瞬にして子供を抱きかかえ救出したのであった。
「君、大丈夫? 怪我は無いかい?」
「え……? あ、あれ……? ええと、大丈夫、かも?」
「無事みたいだね。間に合って本当に良かった……」
黄金の瞳を持つ少年は、子供が怪我もなく無事であることを確認するとニコリと笑い、その場で解放する。
どうやらこの少年は王都の者ではない、通りすがりの旅人のようではあったが、まるで物語に出てくる英雄や勇者、もしくは正義のヒーローかのような活躍ぶりに周囲の者達は大いに沸いた。
人々は口々に少年の勇気溢れる行いと、その実力を称賛する。
その輝く黄金の瞳や金髪という特徴的な配色も相まって、少年が気づかない場所でこっそり「いよっ! 黄金の勇者!」などと言って囃し立てる、サングラスをかけた幼女までいたくらいだ。
「ありがとうお兄ちゃん!」
「うん。次からはちゃんと気を付けるんだよ。またね」
「またねー!」
周りの者達が大盛り上がりを見せる中、そう言って別れた子供は元気よく手を振り、母親の下へと帰っていくのであった。
◇
場面は移り変わり、父カキューから諸国漫遊の旅に出てみてはどうかと提案を受けて旅立ってから一ヶ月。
成人を間近に控えたアルスは現在、南大陸でも三本指に入る魔法大国、ルーランス王国へとやってきていた。
旅のメンバーは当初予定されていたアルスとガイウス、そしてどうしても離れ離れになりたくないと言って強引に付いてきたハーデス・ルシルフェルの三人だ。
そんな彼ら三人組は道中で様々なトラブル、または人々の悩みを解決しながらも旅を続け、今は馬車に轢かれそうになった子供を救ったところで、大通りにある飲食店を見つけ一息ついていたのであった。
「がはははは! アルスお前、まぁた新しい武勇伝を作っちまったようだな。今日でトラブルを解決するのは何件目だ? まあそこがお前の良いところでもあるんだけどよ、何にでも首を突っ込むのはいいが、どこかで線引きしないと身が持たんぞ」
動きやすくも堅牢な重装備を身に纏う巨漢ガイウスはそう店の中で大笑いすると、今日もまたトラブルを解決してしまったアルスの背中をバシバシと叩き、人助けもほどほどにしろとアドバイスを送る。
彼としても友達であり弟子でもある自らの教え子が、勇敢で正しい行いをすることに嫌な気分はしないのだが、何事にも限度というものがあった。
何を隠そう、既にトラブルに巻き込まれるのは今日で五件目なのだ。
これでもまだ、王都にやってきたばかりなのに、である。
ただ、トラブルに巻き込まれた回数だけ解決に導いているので、今のところ特に問題は起きていないところが厄介な部分だった。
「そうだぜアルス! お前一日で平均三回は問題を解決してるだろ! いくら俺様の前でカッコいいところ見せたいからって、そ、その、なんだ……。お、俺様の目にはもうお前しか、う、う、うちゅってないんだかりゃ、じゃ、じゃなくて! お前のことは認めてるんだからよ、無理すんじゃねぇよっ」
などと、顔を真っ赤にしながら勝手にノロけて、勝手に自爆するこの赤髪の少女ハーデスは語る。
本人は最後に取り繕ったつもりかもしれないが、もはや周りからみればバレバレである。
だが、彼女の言っているようにさすがに平均三回もトラブルに巻き込まれていてはアルスもぐうの音も出ないのか、素直に謝るしかなかった。
なにせ入街してすぐに大店の宝石を強盗した暴漢を片付け、そのあと難病に冒された店主の様子に気付いたアルスが回復魔法をかけて病気を完治させて、今こうして馬車に轢かれそうになった子供を救出したのだ。
しかもその後、暴漢から守られつつも難病を癒してもらった大手の宝石店の店主は感動し、お礼に多くの金銭と、そしてついでに自分の娘を嫁にはどうかと勧めてくるのだからどうしようもない。
もちろんアルスの性格から見返りを求めてのことではなかったので、そういった事柄の一切合切を断ったわけであるが、そんなものはアルスに付いてきた二人にとってなんの気休めにもなっていなかった。
特にハーデスなど、宝石店の店主が娘をやろうとした時に気が動転してしまい、「だ、ダメだダメだダメだ! そんなの絶対ダメだぞ!? お、俺様を捨てるのか!?」と言ってアルスに抱き着き泣き出しそうになってしまったほどだ。
その上で店主の一人娘をまるで猫のように「フシュー!」と髪の毛を逆立たせながら威嚇するものだから、これにはアルスと店主の娘も苦笑いである。
「あははは……。面目ない。でも困っている人達を放っておけなくてさ。せっかく僕には力があって、こうして父さんが何かのきっかけになればと旅に出してくれたんだ。何もしないのはもったいないかなって思ったんだよ」
「お、おう……。やっぱお前、すげぇな……」
「さすが俺様のアルスだぜ……」
お前はどこの英雄譚に出てくる勇者様だと、そう語りたくなる心をぐっと抑えて二人は苦笑いする。
というより、一日でこれだけのトラブルを見つけてこれるその運命力はいったいなんなのだと、むしろそっちの方に疑問を持たざるを得なかった。
「と、とにかくだ、アルス。お前がこの国、魔法大国ルーランスを目指した理由は一つ。オフクロであるエルザ夫人の故郷だったからだろ?」
そして……、と言った彼は一息つくと、ニヤリと面白がるような笑みを見せる。
「そして、この国のどこかにあるダークエルフの里の情報を集め、自らの力で訪問すること。それがこの旅でお前の掲げた一つ目の目標なんだろう?」
そう。
今回の旅にはいくつかアルス達がそれぞれに掲げた目標というものがあった。
その一つ目が南大陸の拠点からもっとも近かったこの国での、母親の故郷を探し当てるという試練だったのだ。
いや、試練というよりも、これはただアルスが母の故郷に行ってみたいと思ったから、というのが正しい背景だろうか。
今まで自らの両親のことを何も知らずに生きてきたアルスは、この旅を切っ掛けとしてまずは母のことを知ろうと動いたのだ。
「ああ、そうだよガイウス。父さんの故郷も気になるけど、そっちの方は父さん自らが、今は無理だからやめておけと言っていたからね。……なら、まずは母様のことを知ろうと思ったんだ」
「おう。その目的を忘れていないならいいんだ。まあ、ゆっくりやろうや」
そう言って笑ったガイウスは拳で軽くアルスの胸を叩き、激励するのであった。
次の更新は深夜0時です。
珍しい人と、カキューパパがちょっとだけ登場します。




