【066】ガイウスの旅
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未開拓故に豊かな自然と、人間と亜人が共存する南大陸のとある大森林の奥地で。
とあるSS級の魔物を相手にソロで大立ち回りをする女冒険者の姿があった。
敵の魔物は一般的にはベヒモスとも言われる、人間では到底討伐不可能な巨獣の成体。
サイのような見た目の頭から生えた巨大な角も合わせれば、体長は五十メートルにもなるだろうか。
対して女冒険者の方は、最低限の鎧を身に着けただけの動きやすい部分鎧に、既に巨獣との戦闘でボロボロになったダガーだけが命綱の、吹けば飛ぶような風体の装い。
もはや勝負にすらならないような、そんなあまりにも劣勢極まるその状況に、少しだけ諦めの混じった表情すら見え隠れしていた。
それもそのはずで、この異世界において、本来リーチの短いダガーは巨獣を相手どるに向いた武器ではなく、主に対人武器としての役割が大きいのだ。
だがそんな不利な状況下の中で劣勢になりながらも、まだギリギリ命を諦めていない女冒険者は悪態を吐く。
「ちっ! 今日のアタシはとことんツイてない! ここが、このS級冒険者、陽炎のアマンダ様の年貢の納め時というわけか……!」
依頼の帰り道に、こんなところで属性竜にすら匹敵するといわれているほどの魔物、ベヒモスなどという化け物と遭遇するとは思っていなかったアマンダは舌打ちする。
しかしそう言いながらも、女冒険者、陽炎のアマンダは武器に火属性の魔法エンチャントを付加しつつ攻撃しながら、巨獣ベヒモスの反撃から逃げ回った。
火属性のエンチャントが成されたそのダガーの攻撃力は、本来であれば鋼鉄製の全身鎧すらも、まるでバターのように切り裂けるほどの威力を持っているのだが、今回だけは相性が悪い。
なにせどれだけ切れ味がよかろうとも、そのリーチの短い攻撃では、この巨獣に決定的な致命傷を負わせることが難しかったからだ。
切り裂くことよりも、威力を重視した大剣やハンマーならまだいいのにと、今更ながらに歯噛みする。
そうして徐々に追い詰められるアマンダは、ついに切り立った巨大な壁のような、岩でできた垂直な崖下にて行き詰まり、万事休すとなってしまうのであった。
「はぁ……、はぁ……。ああ、もうこれは本当にダメみたいだ。これがアタシの最期、ってやつか……」
手詰まりとなった状況で、自らの死を悟ったアマンダは静かに瞳を閉じる。
最後までソロを貫き、人類最高の階位とされる最強のS級冒険者にまで上り詰めるも、終わる時はなんともあっけない。
そんな感想を彼女が抱いた、その時だった……。
突然、雲一つないはずの空が巨大な何かに覆われたかのように陰りを見せたのだ。
そしてその陰りの中から、まるでこの場にはにつかわしくない見事な装飾があしらわれた、水色の鎧を身に纏う一人の男が大剣を振りかぶり、飛び降りて来たのだった。
「うぉぉぉおおおおおお!! 究極戦士覚醒奥儀! スーパーデビルバットアサルトォオオオオオオ!!」
空から降ってきた男が叫んだ直後、「ズバン!!」と、そんな肉を切断する音が辺りに響き渡る。
その後一拍あけたのち、頭部を特殊な大剣によって落とされた巨獣がずるりと地に伏せた。
もちろん、死を覚悟した瞬間にそんな意味不明な光景を見せられたアマンダは大口をあけ、目を点にしながらこの謎の状況に混乱する。
「な、な、なぁっ……!? 馬鹿な、あのベヒモスを一撃でぶっ殺しただと! しかもなんだ、今、もしかして空から降ってこなかったか、この男!」
「おう、その通りだ。そこのベヒモスは、たった今俺がぶっ殺したぜ、お嬢さん」
驚くアマンダに声をかけるのは、二メートルを超える長身に筋肉質な身体を持つ、氷竜装具を身に纏った大柄の超戦士であった。
よく見れば上空には彼の騎竜ともいうべき存在である火竜が旋回しており、いままさにその火竜から飛び降りて来たであろうことが、人間を襲わないように躾けられた火竜の態度から、ありありと分かる。
「ま、危ないところだったが、なにはともあれ命が助かってよかったな」
「あ、アンタは……?」
「俺か? 俺はガイウスってもんだ、お嬢さん。昔はS級の冒険者をやっていたんだが、今は何の因果か、とあるヤバいご主人の部下として働かせてもらっている。……ま、こんなことを言っても伝わらないだろうけどな! がははは!」
そういって大柄の超戦士ガイウスは答えると、驚いてそれ以上なにも言えないアマンダを余所に、そろそろ日も暮れるし飯にするかと、マイペースに野営の準備を進め始めるのであった。
◇
「へぇー。じゃあガイウスはそこの、……え~っと、ボールスだっけ? っていう火竜と旅を続けているんだな。いや、すげぇわ。アタシは今までこんだけスケールのデカい男には出会ったことがないよ」
「おう、そうか? といっても、なにもかもうちのご主人の厚意あってのものだがな」
巨獣ベヒモスを倒してからしばらく。
南大陸の大森林の中では、せっかくだからということで、巨獣の肉をスープにしながら野営をする二人と一匹の姿があった。
あれからお互いに軽く自己紹介を終えた二人は打ち解け、後腐れの無いサッパリとした性格も相まってか、こうして雑談に興じる仲になっていたのである。
「ははは、またまた。そのご主人とやらが何者かは知らないけどさ、アンタほどの男が謙遜するほどの相手がこの世にいるとは思えないね。きっと冒険者を引退したあと、どこかの貴族に雇われて仕方なくそういっているんだろう? 分かるよ、アタシにはね」
そんな事はまったくもってないんだがなと思うガイウスを余所に、次々と予測を立てては勝手に「なるほどな~」と納得していく。
既にアマンダの中でこの男は、誰よりも美味いメシを作れる最高の料理人かつ人類最強の超戦士であり火竜すらも従えたドラゴンライダーな上に雇い主を立てるくらい真面目で謙虚なめちゃくちゃカッコよくてすげぇ奴……、と、なっているのだった。
盛り過ぎである。
「なぁ、アンタ。よかったらアタシと組まないか? そんな窮屈な雇われなんて辞めてさ、二人で冒険者としての頂点を目指すんだよ。かつて存在したとされる冒険王みたいに、遺跡の財宝を見つけて、ドラゴンすらぶっとばして、色んな世界を見て回ってさ……。な、楽しそうだろ? アタシはアンタとならできそうな気がするんだよな」
「…………」
アマンダ自身がいままでソロだったのも、こうして一緒に世界を見て回れるような、そんな冒険者を探していたからである。
若くして人類最強の階位であるS級に到達できるような自分と、対等に付き合えるような、そんな仲間。
それこそが長年ソロでやってきたアマンダの悩みの種でもあり、願いであったのだ。
何よりこの誘いはガイウスの春といっても差し支えなく、もしここに彼のご主人とやらが居れば、即座に「どうぞこいつを貰ってやってくれ!」と囃し立てることだろう。
しかし……。
「悪いな、そりゃ無理な相談だ」
「な、なんでだよ!?」
ガイウスは、はっきりと断った。
「なに、アマンダからの誘いは嬉しいぜ? でもな、俺にはまだやらなくちゃならねぇことがあってよ。ちょっと歳の離れた友達が一人立ちするまでは、まだまだそばで教えてやりたい事が沢山あるんだわ。すまねぇな」
「くっ、既に先客がいたって訳か……。ま、しょうがねぇ。そういうことなら諦めるよ」
「おう、すまねぇ」
冒険者だからこそ、相方の無理な勧誘は身を滅ぼすことを知っているのだろう。
ガイウスの決心を聞いたアマンダは、きれいさっぱりと、即座に諦めた。
またこうして、千載一遇のチャンスであるガイウスの春は、そのあまりのクソ真面目さによって、一瞬にして散ったのだった。
その後に野営を済ませた彼は、既に依頼を終えて帰宅途中だったアマンダを街の近くまで送り届け別れる。
果たしてこの先、こんな調子の彼に再び春が訪れるのかどうか……。
それは、神のみぞ知るといった、そんなところだろう。
◇
そしてこれは、S級冒険者、陽炎のアマンダの後日談。
その国にて知らぬ者はいないとまでいわしめる程に功績を上げ続ける彼女は、冒険の果てにとある国の、どこかの街の、どこにでもあるような飯の美味い酒場にやってきていた。
「ほいよぉ、こいつがこの酒場自慢の、特製スパイシースープだ。それにしても酔狂なS級様だぜ。噂によれば、ただその街で一番とされる料理を食うためだけに、こうして各地を転々としているってんだからよ。ま、他人様のことなんてどうでもいいがな」
酒場の主人はそう締め括ると、できたてのスープをアマンダの前に置き、呆れたように肩を竦める。
「おぉ! こいつは美味そうだな。ありがとよ主人! 昔、ある男に出会った時に作ってもらったメシの味が忘れられなくてよ、アタシはどうにもグルメになっちまったみたいなんだ。んじゃま、いただきまーす」
一口、二口と食べるとスープに沁み込んだ肉の味が広がり、舌を幸せが包み込む。
この料理は確かに、噂にたがわぬ絶品であった。
「ごちそうさま。ありがとよマスター」
「へっ、いいってことよ」
そうして完食した彼女は満足したように礼を言い、席を立つ。
酒場のマスターも自分の店の味がこの最高位冒険者に認められたことが嬉しかったのか、少しだけ照れつつも相槌を返したのであった。
だが、そんな彼女の内心は……。
確かに味は悪くない、まごう事なきこの街一の絶品料理だ。
でもやっぱり、ガイウスの作ったメシのほうがずっと美味かったなぁ……。
最後にそう感想を抱いた彼女は、そのまま店を出て、人知れずこの街から姿を消したのであった。
これは後に、陽炎のグルメハンターと呼ばれる最高位冒険者の、そんな一幕である。
次回、エピローグのラストです
1時間後に投稿致します。




