【051】聖女の闘い
なんとまた、急に投稿してしまう……(`・ω・´)
本日2話目になります、読む順番にお気を付けください。
聖女イーシャが皇都を発ってから二週間後。
辺境伯領に向けて移動していた彼女らは、周囲に少なくない護衛を引き連れながらも目的の祠へと到着していた。
現在は聖女がその名に相応しい膨大な神聖魔法力を行使しつつも、徐々に結界の魔力を削っているところである。
「はぁ……、はぁ……。あと、もう少し。もう少しなのに……」
「お嬢様、あまり無理をなさらないでください。魔族の結界は徐々にではありますが、確実に綻びが見え始めてきています。きっと明日には壊す事ができますよ」
そう聖女を励ますのは、今回もその実力を買われ護衛として抜擢された剣聖エインであった。
彼はいつにも増して必死な主君をどうにかリラックスさせようとしているようだが、どうやら効果は芳しくないようである。
しかし聖女が頑なになるのも無理はない。
というのも、今回の辺境伯からの依頼に十全な結果を出せるかどうかで大きく状況は変わるからだ。
この依頼に成功すれば、教国は皇族派と貴族派がまとまりその結束力は強固なものとなるだろうし、聖女の力が認められるという意味も含めてあらゆる箇所が盤石になる。
だが仮に依頼に失敗してしまえば、派閥に関わらず教国全体のメンツは潰れ信用は失墜し、最悪のケースでは内乱にまで至るであろうことが、聖女イーシャには理解できていたのだ。
故に、その重く圧し掛かる責任からか少しだけ視野が狭まっている彼女に、ここで休むという選択肢は無かった。
「いいえ。それはできない相談です、エイン・クルーガー。私には一刻も早くこの問題を解決するという使命があるのです。どうか理解してください……」
「お嬢様……」
あえて幼馴染でもあるエインのことを貴族としてフルネームで呼ぶことにより、これはいつもの馴れ合いでは済まされないような、そんな責任のある仕事なのだと伝えているのだろう。
またそんな主君の想いを痛いほど理解している彼も、これ以上は何も告げる事ができなかった。
そうして結界を破壊するために、神聖魔法を結界にぶつけ続けることさらに数時間。
既に魔力も精神力も疲弊しきり、満身創痍といった体の聖女イーシャはついにこの強固な結界を破壊することに成功する。
「お、おおおおお! 聖女様が! 聖女様がついにやってくれたぞ!」
「やはり聖女様の御力の前では、魔族が作り上げた結界など物の数ではないのだ! 勝てる! 人類は魔族に勝てるぞ!」
いくら大層な肩書きを持つといっても、しょせんはまだ十歳の少女。
そんな儚くも小さな一人の少女が、辺境伯軍や聖騎士たちではどうしようもなかった結界を破壊したことにより、周囲の騎士や護衛たちの勢いは最高潮に達していた。
しかも破壊するのに要した時間は、たったの半日である。
「やりましたねお嬢様! これでダンジョンへの侵入経路が開けました! あとはこの祠を警備がてら、一度攻略への準備を整えてから攻め落とすだけです!」
「はぁ……、はぁ……、ふぅ……。え、ええ、そうね、エイン。私、やったのね……」
既に息も絶え絶えといった様子の聖女だったが、達成感は大きい。
そして何より、誰よりも信頼しているエインの喜ぶ姿が見れた事が嬉しかった。
「アルス様。私、やりました……。まだ仕事は終わりではないけど、誰も手出しのできなかった結界を、人の力で壊して見せました」
「ええ。もしこの場にアルスのやつがいたら、きっとビックリしていますよ! ですがご安心ください。代わりに俺が自慢しておきますから! 次に会う日が楽しみでなりませんね!」
ダンジョンを守る強固な結界が破壊されたことで、一気に周囲の空気が明るくなる。
誰も彼もが人類の希望である聖女を称え、この先における人類側の勝利を信じるに値する功績であると、そう認めたのだから。
しかし彼らは気付いていない。
そう、彼らは緊張から解放されたことで、油断していたのだ。
既にダンジョン内部からは魔族が押し寄せてきており、外敵の侵入を阻むための結界を維持するというよりは、むしろ脱出の機会を窺っていたということに、この場では誰一人として気づいていなかったのである。
なぜ魔族がこれほどまでに慌てているのか。
それはひとえに、二週間前にいきなり押しかけてきた謎の暗黒三人衆が、彼らのボスである上級ヴァンパイアを抵抗も許さず塵に変えていたからだ。
多くの魔族はその光景を見ていたわけではないが、それでも気づいたら上司が塵になっていたのだとしたら、それはもう恐怖するだろう。
彼らの心境はさほど不自然なことではない。
だからこそこうして、上級魔族が施した堅牢な結界を聖女が砕き、彼らが油断する絶好のタイミングを窺っていたのである。
そしてその上司を失った恐怖は、力の弱い魔族であればあるほど顕著であった。
なにより、弱いということは数が多い、ということでもある。
「グォオオオオオオオオアアアアアア!!」
「なっ! なんだ!? ……ぐわぁぁっ!?」
「ギャァアアアア!? 俺の、俺の腕がぁ!?」
祠から飛び出す下級の魔族、ハイ・ゾンビの群れが油断しきっていた騎士たちを襲う。
下級とはいえ、魔族ともなれば一匹でB級冒険者を相手どれるほどの力を持つ化け物だ。
それがいきなり数十匹もの大群で現れれば、いくら騎士達が祠の周囲で陣を形成していたとしても、混乱するのも無理はなかった。
「し、しまった! お嬢様が結界を破壊するのを待ち伏せていたのか!? くそっ!」
「エイン! そんな状況分析は後です! いまはすぐに戦線を立てなおさなくては! ────きゃぁあ!?」
「お嬢様!?」
そしていきなり現れたハイ・ゾンビの群れに対し動揺し、決定的な隙を晒した剣聖の意識を搔い潜って、一匹の下級魔族が聖女に到達する。
いくら圧倒的な剣術の才から剣聖と呼ばれるまで道を極めようとも、緊張が緩んだ瞬間を狙われてしまえばこうなるのは必然であった。
これは別に、彼になんらかの落ち度があったというわけではない。
状況的にどうしようもなかったのである。
彼の名誉のために言うが、もし仮に、これが正面からの衝突であったのならば、剣聖エインだけでも全ての魔族に決着をつけていたことだろう。
しかしそうはいっても魔族は既に聖女を組み敷いており、次の瞬間にはその大口で頭を嚙み砕き、食いちぎろうというタイミングであった。
もはや気持ちで出遅れたエインにはどうすることもできず、絶望しかけた、その時────。
────どこからともなく、高笑いが響き渡る。
「クハハハハハ! この俺様の前で、胸糞悪ぃことしてんじゃねぇよゴミ! ……死ね!」
そんな男性とも女性ともとれない中性的な声が届くと同時に、その場にいる全ての下級魔族の頭が弾け飛んだ。
よく見ると、周囲には僅かだが高密度な魔力の残滓が残されており、いまの現象が数十匹にもなる魔族全てにロックオンされた、広範囲魔法攻撃であることが察せられる。
「ハッハァ! この俺様が来たからにはもう安心しろ人間共! この状況を読んでいた邪悪なおっさんの指示で、助けにきてやったぜ!」
「すごいねハーデスくん、魔族がみんな爆発しちゃったよ」
「なに言ってんだアルス。そう言うお前も、俺様が攻撃を加える前にその雑魚女をちゃっかり救出してたじゃねぇか。動きが速すぎて、残像すら見えなかったぜ」
そこに現れたのはなんと、ここで出会うはずのないアルスとハーデスの二人組。
その上、アルスの腕の中には魔族の脅威から一瞬で救出した聖女イーシャが抱えられており、たとえハーデスの攻撃が間に合わなかったとしても、安全マージンは十分に取れていることが見て取れたのであった。
「ア、アルス様!? な……、なぜここに……!」
「こんにちは、イーシャちゃん。えっとね、父さんの予想が当たったから、かな?」
「ほえ……?」
そう語るアルスの表情には、相変わらず父に対する絶対的な信頼が見え隠れしていた。
だがなにはともあれ、ダンジョンから押し寄せていた魔族の第一陣が掃討されたことにより、今度こそ本当の意味で、一先ずの安息を得ることに成功したのであった。
次回、なんでこうなったのかについて、カキュ―視点になります。
更新は深夜0時です。




