【045】辺境伯領からの手紙
教国の辺境伯が治める国境付近にて、ここら一帯の領土を治める当主、ザルーグ・ドラシェード辺境伯は頭を抱えていた。
それもそのはずで、ここ数ヶ月の間に領民の失踪事件が相次ぎ、さらには魔物の活性化の報告を受けていたからである。
しかもその魔物というのが、最下級のゾンビの群れであったのだから、タチが悪い。
ゾンビという魔物は一匹一匹の力はそう強くないものの、殺した相手を同じくゾンビにし、無限に増殖していく厄介な敵として認識されていたのだ。
当然辺境伯も失踪事件との関連性を推察し、すぐさま抵抗したし、何度かゾンビの掃討も行った。
だが、どうやってかは知らないが、この問題が解決に向かうたびに別のところで失踪事件が発生し、再びゾンビが発生してしまうのである。
これは何かがおかしいと、そうザルーグ辺境伯は感じていた。
「……なに? 不死者を生み出す強力な力場を感知しただと?」
「はっ! これは我ら騎士が調査した結果による、確定情報となります。この辺境伯領から三日ほど離れた村の祠にて、その残滓が見つかりました。おそらく、ゾンビが大量に発生したことによる、一時的なダンジョン化がはじまっているのかもしれません」
「ふぅむ……」
その後も部下の報告を聞き続け、彼は考える。
もしそうだとするならば、不死者が生み出す領域を浄化できるのは聖女だけだ。
軽いものであれば聖騎士の神聖魔法でも対処が可能ではあるが、詳しく聞いてみると祠には強力な結界が展開されているらしい。
まるで何かを隠すかのように展開された結界には、聖騎士の神聖魔法も効果が薄く、このまま放置しておけば再びゾンビが生まれる結果に繋がるであろうことを、報告で察した。
「よし、大至急皇都へと連絡を送れ。それにこの問題、我らだけで対処ができないとなれば、教国で活躍しておられる聖女様の功績にも繋がる。そうなれば依頼をした我ら貴族派と、問題を解決した皇族派の関係が強固となり、より一層我が国の地盤は揺るがぬものとなるだろう」
「はっ! 承知いたしました!」
辺境伯はそう締め括り部下に命令を出し……、そして、手元の呼び鈴を軽く鳴らした。
「ザルーグ辺境伯様。参上致しました」
「うむ。ご苦労」
そして、たった今出て行った騎士とすれ違うように、彼の下にもう一つの部下である教国の暗部組織の者が現れ、音もなく跪いたのである。
どうやら彼の本当の目的は、ここからのようであった。
「大至急、この手紙を指定の場所へ届けろ。そうだ、いつもの場所だ。……これは私の直感になるが、おそらくこの問題、高位の魔族が関わっている。表向きには教皇様と聖女様を立たせるために、ああして動かなければならなかったが、もし高位の魔族が関わっているとなれば、剣聖エインだけでは手に負えんだろう」
そう一息に語ると、辺境伯はどこか遠くを見るようにしつつも、はっきりとした声で命令を下す。
「よいか。これは私の命を投げ出してでも成し遂げなければならない、人類の勝利への布石だ。決してしくじるな。しくじれば、人類の宝の一つである聖女様を失うと思え」
「はっ!!」
彼ら暗部は使命を胸に動き出す。
辺境伯は直感であると言っていたが、その直感の通りに魔族の出現が本当のことであれば、既に教国だけの問題ではないのだから。
これは魔族という捕食者に対する、人類の生存権を勝ち取るための戦いなのであった。
「我が神よ。どうか今この時、その御力の片鱗をお見せください」
そう最後に締め括った辺境伯は、誰もいないその執務室にて、どこか遠くの主君へ向けて最敬礼を行ったのであった。
◇
「……という状況であり、教国のメンツのため人類の宝である聖女と、その護衛である剣聖を招集はしましたが、いまの聖女たちの実力では解決の見込みはありません。私の命はどうなっても構いませぬが、このままでは辺境伯領だけではなく、聖女と剣聖の命が危険でございます。是が非でも、神のお力添えを願いたし。……か。なるほどね。あと、勘違いしているようだが俺は神ではないぞ、ザルーグ」
ハーデス君を拾ってから数日が経ったある日、教国に潜めていたミニカキューに対し、万が一の時に情報を収集できるよう配下にしておいた辺境伯から、連絡が届いた。
どうやらこの手紙によると、少し見ていない間に魔族の動きが活発になってきているようだな。
一応、対不死者のエキスパートである聖女イーシャちゃんと、その護衛ができるエインくんを教国のメンツにかけて呼んではいるものの、相手は今の子供たちで解決できるほど生易しい存在ではないという情報が記載されていた。
そしてその情報は、まず間違いないものと思われる。
なぜならば、この報告の一部始終を見た俺の考えも辺境伯と同一の結論を下しており、このまま聖女イーシャちゃんやエイン君らが強敵に突っ込んだ場合、命を散らす事になるのは火を見るより明らかであったからだ。
と、いうより、これはほとんど罠に近い。
おそらくおびき出されているのだろう。
だが、それが分かっているのは辺境伯だけであり、それも彼が発揮する勘のようなものが根拠となっているからこそ、大々的に訴え出ることができない。
故に正式に発表するにも根拠不足で聖女の来訪を断ることはできない彼は、無茶なことをして貴族派と皇族派の関係がこじれる前に動き出したのだろう。
しかしまさか、自分の命を対価に俺を動かし、子供たちの未来を繋ごうとは見上げた根性だ。
こんなことをしてまで国と人類の行く末を案じていたとは、少々俺は奴のことを過小評価していたのかもしれん。
「バカ者が……。そんな頼み方をしなくとも、俺がアルスの友達を見捨てる訳がなかろうに。……律儀なやつだ」
しかたない。
ならば俺が動こうではないか。
それにこれは、見ようによってはまた新たなるイベントの一つである。
であれば、ここはちょっと先回りして問題を解決しつつも、ちょうどいいから、またこのイベントを子供たちへの試練とさせてもらうとしよう。
「うん。久々に暗黒騎士モードになるが、五年ぶりに現れた強敵に対するアルスたちの反応が楽しみだな」
そろそろアルスとエイン君の模擬戦が行われる定例日だし、ちょうど教国には向かう予定だった。
この冒険を通して成長するアルスたちの物語を、エルザやガイウスと共に眺め楽しもうじゃないか。
俺はそう決意すると手紙の返事を書き、教国に潜ませているミニカキューへと受け渡したのであった。




