【038】とある魔界での出来事
本日一回目の投稿となります。
ちょっと二話の間だけ重い話が続きます。
人間たちが生きる世界の裏側、次元の異なる魔界と呼ばれる異空間にて。
そんな魔界の魔族たちがひしめく、人間からしてみれば世界の終わりを体現したような場所で一際目立つ王城があった。
そう、この魔界の者であれば知る人ぞ知る世界の中心、魔王城である。
「ほう、今回表の世界で攫ってきた生け贄は活きが良いな……。うむ、これならば王子にも満足いただけるだろう。高い金を払って、奴隷商から仕入れた甲斐があったな。では、まずはそのハーフエルフを連れていけ」
「はっ! おいお前、さっさと歩け」
「ひ、ひぃいい……」
そしてそんな王城の一角にて、もはや恒例となる食料の選別が行われていた。
連れてこられたのはどれもが見目麗しい女性ばかりであり、魔力の質も良い。
彼女らは人間の血肉を食料とする吸血鬼やグール、またはその魂を喰らうレイスやリッチなどからしてみれば、ごちそうであることこの上なく、たとえ魔界の王子に献上するものであっても目で追わずにはいられないほどの価値があるのだ。
「た、食べるの? 私、食べられちゃうの?」
「黙れ。いまお前が生かされているのは単に王子への献上品だから、というだけに過ぎない。それに、王子がお前を不要だと判断すれば俺がそのおこぼれに与れるんだ、態度には気をつけろよ? ヒヒヒヒッ」
王子の食事を届けるまでに、もう待ちきれないと言わんばかりに目を血走らせたゾンビ姿の魔族がのたまう。
どうやら、彼は兵士としての規律を守れるほど賢くはないようであった。
そしてそんな嫌な予想をハーフエルフの少女も立てたのだろう。
いますぐに噛り付きそうになるゾンビ魔族から少しでも距離を取るべく、鎖でつながれている足を引きずり後ずさった。
「い、いやぁ! そんなのいやぁ! 誰か、誰か助けてよぉ!」
「あ~、もうこうなっちまったら仕方ねぇよなぁ? 王子に献上するべき供物が、こんな躾もなってないようなニンゲンでは俺が叱られちまう。ああ、仕方ねぇんだこれは。……じゃあ、いただきまぁす」
誰に対する言い訳なのか、適当なことを言い出したゾンビ魔族は大口をあけ、ハーフエルフの少女にかじりつこうとして────。
「仕方ねぇのはお前の脳みそだ。俺様の許可なく勝手に生け贄を消費するなゴミ」
────ゾンビ魔族の頭が、消滅したのだった。
そこに現れたのはスーツのような礼服に身を包んだ、赤髪に緑と青のオッドアイの魔眼を持つ美少年。
既に齢二百歳を超える、しかし魔族の基準としてはまだまだ若輩のこの城の王子であった。
人間の見た目に換算すれば、十二歳、もしくは十三歳くらいの年齢だろうか。
「ひ、ひぃぃぃぃ! 食べないでください食べないでください食べないでください!」
「あ。ワリィ、怖がらせちまったか……」
そして今まで自分を食べようとしていたゾンビ魔族の頭がはじけ飛んだことにより、あまりの恐怖から正常な思考ができなくなった少女が尻もちをつき、王子から後ずさっていく。
これは魔界という絶望的な環境に連れてこられた状況もさることながら、圧倒的な実力差を前にパニックになる人間としては、おおよそ正しい状態だ。
故に王子としてもこの少女をいちいち咎めるわけにもいかず、どうしたもんかと額に手をあててしまうのであった。
「た、食べないでぇー!」
「いや、食べねぇよバカ! 誰がお前みたいなクソマズを食うか! というかそもそもだな、俺様は人間の生け贄なんていらねーってオヤジに言ってるんだ。食料なら魔界に生息するバケモノ共の方が効率的にエネルギーになるし、なにより味がうめぇ。一体どうして他の有象無象どもが人間を食事にしているのか、俺様には全く分からねぇっての!」
「た、たた食べ、食べ? ……ほえ?」
実はこの王子、何を隠そう味覚に問題があった。
さらに言えば、魔族として一般的に高級食材とされている人間を食すことに対し抵抗があり、大昔に大魔法使いとされる最高級食材の老婆の指をかじってしまった時、あまりの気持ち悪さに嘔吐してしまったくらいなのである。
その時のトラウマからか、もう二度と人間は食べないと固く心に誓い、父親である魔王には人間は要らないと宣言していたくらいなのだ。
そのことをゾンビ魔族も知っていて、自分がおこぼれに与れると分かっているからこその判断であったのだが、それはそれ、これはこれである。
王族に運ばれてくるはずの生け贄をこのように雑に扱えば、もはやそれは魔王家を舐めているとしか思えない蛮行であった。
つまり先ほどの粛清は、人間界でいうところの無礼討ちと同じ意味合いが込められていたのだ。
「あ~。もういいや、なんかメンドクセェ。オヤジに百万回同じことを言っても理解してもらえるとは思えねぇし、このままだとあんた、食料庫行きだろ? ま、これも何かの縁だ、今回だけは助けてやる。……達者でな」
「え? あ、あの……!」
そう王子は勝手に納得すると、少女が何かを言う前に簡略的な転移魔法を発動し、人間界へ送り届ける術式を行使したのであった。
ちなみにこうやって王子が生け贄を助けるのは、これが一度目ではない。
「チッ。やっぱり転移魔法は消耗が激しいな……。今の俺様じゃ、一度の発動で魔力がすっからかんになっちまう。オヤジくらいになると連発も可能らしいが、そこまで成長するのにあとどれだけのバケモノを喰らえばいいのやら……」
そう言う王子ではあるが、そもそも転移魔法というのは魔王の側近である四天王でも一部の者しか使えない大魔法の一つだ。
そんな大魔法をたかだか二百年生きた魔族が行使できるだけでも凄いのだが、そのことに気付いた様子はない。
その上、もし仮に複数人をまとめて転移できる程の魔法を行使できる者がいるとするならば、もはやそいつは生き物なのかどうかすらも怪しい。
彼の父である魔王ですら、そんなことをすればかなりの負担を強いられることだろう。
そんな気軽にほいほい使えるなど、決してあってはならないことなのであった。
「……つーかよ。そもそも誰だよ俺様を王子とか言い出したやつ。魔王の系譜は成人するまで無性別だってこと、下級魔族のやつらは知らないのか? 適当に名前で、ハーデス・ルシルフェル殿下とか呼べばいいのにな。もしくはハーデス殿下。ああ、なんか考えたらイライラしてきたぜ。下級魔族とか全員殺してぇ」
そう言って王子、もとい王族であるハーデスは独り言ち再び自室へと戻ろうとして……、唐突に足を止めた。
その顔には先ほどまで接していた表の世界への住人に対する興味と、そんな表の世界を調査する中で数年程前に話題になっていた、とある同胞の噂を思い出したからである。
「人間といえば最近、表の世界でものすげぇ野良魔族が誕生したんだっけか? 確かゴキブリ野郎の情報では、黒髪黒目の人間に化けて金髪の子供を引き連れているという話だったが……。なんか、そいつ面白そうだな?」
────よし、ちょっと遊びに行くか。
そんな事を人相の悪い笑みで独り言ちるハーデスは、クカカカカという笑いだけを王城に残し、魔王には無断で出かける準備を進めるのであった。




