Data.85 地を喰らう鉄の体躯
「それにしてもなんで守護霊のこと私たちに話してくれなかったの?」
「ええっと……て、敵を欺くにはまず味方から……みたいな感じです……」
「確かにベラはペラペラ話しちゃいそうね」
「なんでやねん! まあ、否定はできんがな!」
「本当は言うタイミングがなかったんです……。見えないし説明も難しいので……」
「全然それでいいのよ。切り札は取って置くものよね」
「そう言っていただけるとありがたいです」
変わらず私たちの移動の要マンネンで目的地を目指す中、ユーリの守護霊の話になった。
なんでもすごいスキルらしいからねー。
「妖術かー。あたしも貰えるんやったらほしいなぁ、何がええやろ?」
「そうですね……あっ、テイマーなんで式神なんてどうでしょう?」
「おっ、それはええなぁ! マンネンには移動で頼りっきりやし、戦闘が得意な相棒をそろそろ増やしても……」
「まぁ、妖術に式神があるかは知らないんですけどね」
「って、どないやねん!」
何とも和やかなムードね。
そこそこ一緒に行動してるからお互い打ち解けてきたって感じ……。
「……ん!? なんか今、なんだろう……」
「いやいや、こっちがなんだろうですわマココはん!」
殺気、悪寒……なんとなく一瞬ピリッとした感覚が全身を駆け抜けた。
反応を見るにベラは気付いていない。
(クロッカス)
(ああ、なんだこれは……)
(あなたにはわかるの?)
(残念ながら俺に探知系のスキルはない。だから、わからない……はずなんだがな。誰かがこの嫌な感覚を伝えようとしてるのかもしれん)
(私たちに感知の能力が備わったわけではなく、誰かからのメッセージだと?)
(そう考えるのが妥当じゃん? しかし、目的は何だ……。攻撃や妨害にしては意味が薄い気もするぜ……)
(誰かが感覚を飛ばして助けを求めている……とか?)
(どちらにせよ、良くないモノがこの先にいる可能性は高い)
(気を引き締めていかないとね)
やっぱり一筋縄ではいかないか。
「マココさん、どうかしたんですか……?」
私はベラとユーリにクロッカスとの念話の内容を伝える。
「もう敵でっか!? 確かにそろそろ国境付近ではあるんやけど……」
「生きのいいのがいるんでしょう。油断ならないわ」
マンネンのハッチを開け装甲部分へ出る。そこから周囲を見渡す。
険しい山々が広がるばかり、敵影はない。
「……あっ、ベラストップ! 人が倒れてるわ!」
マンネンが急ブレーキをかける。
それと同時に私は地面に降り立つ。
倒れているのは女性。
服装や防具から見てイーストポイントに派遣されていた兵士とみた。
装備はボロボロだけど息はある。外傷も激しくはない。
アイテムボックスからポーションを取り出し女性兵士にふりかける。
「……うっ。ああ……」
意識を取り戻したみたい。
「大丈夫ですか?」
「うう……」
「何があったんですか?」
「あ……あ……」
「マココはん! この人バッドスキルがついてますで!」
「バッドスキル……状態異常みたいなものね」
デメリットのあるスキルというか、もっていても悪いことしかないスキルをそう呼ぶ。
そういえば、ベラのゴーグルには低レベルとはいえ【ステータス鑑定】のスキルがついてたっけ。
「この人は【精神崩壊】状態や。心が落ち着くのを待たんと会話もままならんみたいや
で」
「いったい何があったらこんなことに……」
その答えを私たちはすぐ知ることになった。
突如大地が激しく揺れ、ほんの少し先の地面が隆起する。
「ギキィィィィィィィィィイイイイイイ!!!」
地を割り砕き、地上へと姿を現したそれは形容しがたい鳴き声をあげる。
長い長い体躯、無数の足。こいつは……ムカデのモンスターだ。
「運が良いやら……悪いやら……」
自分でも驚くほど小さな声がでた。
気圧されている。圧倒的存在感とその強さに。
<【地喰鉄躯】グランドセンチピード:Lv80>……それが現れた怪物の正体。そして、おそらく兵士たちを壊滅させた存在。
圧倒的格上の名を冠するモンスター……さて、どうしたものやら。
「ベラ、ユーリ! 二人はその兵士さんをつれてマンネンで一時撤退!」
「マココはんは!?」
「黙って見逃してくれそうなら一緒に退くけどねぇ……」
そうはいかないみたい。
金属のような光沢のある体を持つ超巨大ムカデは明らかに私を見ている。
今は様子を見ている感じだけど、背中を見せて逃げれば追いかけてくる……なんとなくそう思う。
「大丈夫よ。倒せなさそうだったら私も全力で逃げるから。イスエドの村で会いましょう」
まあ、村までムカデを連れていくわけにはいかないから、倒すか追い払わないとね。
「わ、わかりました! 無理はせんといてくださいよ!」
「くぅ……私がいてもついていけそうにありませんもんね……」
ベラとユーリがマンネンに女性兵士を運び込み、素早くこの場を離れようとする。
本能なのか、ムカデの興味が視界から消えようとするマンネンに移る。
「アンタの相手は私よ! クロッカス!」
「手が抜けそうにはないな」
最初から接続形態に変身する。
私より20以上レベルが上のネームドモンスターだ。油断も慢心もしない。
「獄炎灰塵旋風!」
放たれた黒いブーメランは鋼鉄の体を切断せんと炎を噴き上げ直進する。
ムカデは意外にも回避行動をとらず、渦巻く風と炎と刃の直撃を受けた。
キィィィと金属が削られていく甲高い嫌な音があたりに響く。
「うぅぅ……ん。くっ!」
押し負けたのは私のブーメランだ。
ムカデの体には深い切り傷と焦げた跡が残っているものの致命打にはなっていない。
でも、あの傷を何度も狙えば切断も無理じゃないかも……。
「もう一回、かい、ぐあッ……!」
強めの痛み。
何かに背中から腹にかけてを貫かれた。
「これはこいつのしっぽの方か……ぐっ!」
見た目からは想像できないような器用さで地面の中を掘り進み、このムカデは私の背後からその尾を突き刺したんだ。
尾の突起は付け根に向かうほど太くなる。接続形態の防御力のおかげかまだ細い先端部分で止まっていた。
でもこのままじゃ傷が広がりそうだから、何とか抜け出さないと……。
その時、私の体が宙に浮いた。
正確には私を刺したまま尾が地上へとどんどん伸びてきた。
そして、尾は私を口の方へと連れて行こうとしている!
「ぐぐっ……器用な……もん……ねッ!」
前に押し出されるもんだからどんどん食い込んで抜けない!
さいわい手は動くから、自爆覚悟でアレを使うしかないか……。まあ、このまま死ぬよりはましね。
ブーメランを持つ手に力を込め、何とか体勢も整える。
「ダークマター……」
その瞬間、突然ムカデが尾を振り払った。
遠心力で突起から体が抜け、吹っ飛んでいく。
もう感覚はめちゃくちゃでどっちが上か下かもわからない。
ただ、何かに叩きつけられる感覚だけを残して私は一時意識を失った。
> > > > > >
キィ……キィ……キィ……
何か……軋む音が聞こえる。これは木でできた何かが軋む音だ。
「……おー……きてる…………いさん……」
誰かの……声。私に向けられたものなのか……。でも、聞き覚えがない声だ……。
「おーい、生きてるの? お姉さーん。……仕方ない」
軋む音と声が遠ざかっていった。
かと思うと、またすぐ近づいてきた。
その後、何か冷たいものが体に振りかけられていく。
うぐっ……痛みがわかるようになって、感覚もどんどん戻って……。
「まだ死んでないよね? 死んでなきゃおかしいキズだけど」
目を開くとそこには車イスに座った女の子がいた。
薄い金色……いやクリーム色の髪がいろんな方向に流れたりはねたりでかなりボリュームを感じる頭部。小さく整った顔。気怠そうな目。
服は……なんだろうアオザイ(ベトナムの民族衣装)風ワンピースって感じ。上半身はピッタリとしていて華奢な体のラインがよく出ている。逆に下半身のスカートは緩やかで余裕がある。髪と合わせているのか色合いは落ち着いている。
足にはこれまた地味な色の革靴、それに真っ黒なタイツ……。
「私の身体、そんなに気になる?」
「えっ、あ、ごめん……なさい。その珍しかったもんで……」
「別にいいのよ。私も見られるのが嫌なわけじゃないし」
「それでえっと……ここは?」
「私の家の前。今日は地震が多いなと思っていたら空からあなたが降ってきたの」
そうだ。どうやら私はグランドセンチピードに国境の外の森の中まで飛ばされたらしい。
木々の間から見える太陽の位置は気絶した前と大して変わっていない。彼女が起こしてくれたおかげで、すぐ目を覚ませたみたい。
「あなたはどこから来たの?」
少女が尋ねてくる。
「アクロス王国から……です」
「あらあら、珍しいお客さん」
「ここは……何国でしょうか?」
「国なんて無いわ。私が知る限りではね。といっても私は最近まで里で実質幽閉されてたから、外の世界の知識なんてほとんどないんだけど」
「里……?」
「まあ、ピンとこない? ……はぁ、この髪の毛のせいで見えないのね、もう」
彼女は耳周辺の毛をかき分ける。
すると、尖った耳が現れた。
「エルフなのよ、私。実際会ったことはなくても、知識としてエルフはエルフだけの里を作り生きたがる種族だと知っているでしょ?」
「ええ、なんとなく……」
確かにエルフってそんな感じの種族であることが多いわよね……。
でも、彼女の耳は尖っているだけであまり長くない。この世界ではそうなのかな?
「では、ここはエルフの里……ということですか?」
「いえ、ここは私の家の前。あそこの小さな小屋で一人暮らしをしてるの」
「……? 今エルフは里を作って生きると……」
「ふふっ、さぁなんででしょうか?」
エルフの少女は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
うう、結構苦手なタイプかも……。
「……えーっと、わ、悪いことをして追放されたとか?」
私ってコミュニケーション苦手よね。こんなこと言ったら印象最悪でしょうに。
でも、こんな森の中にぽつんと一人で住んでいる理由が他に思い浮かばない。
「……ふふっ、あはははははははははっ!!!」
「あっ、ご、ごめんなさい!」
「正解にしてあげる!」
「えっ」
「私はハーフエルフ。身体の半分にエルフと異なった血を流す純潔ではない存在……。エルフはねぇ……純粋でないものが嫌いなのよ」
彼女の目は何とも言えない感情の色を宿している。
いろいろな思いが複雑に混ざり合った……。
「あら? そういえば自己紹介がまだだったかしら。私はシュリン。シュリン・ファラエーナ。馴れ馴れしく『シュリン』と呼び捨てにして。あと丁寧な言葉もいらないから。で、あなたは?」
「私はマココ・ストレンジ。まあ冒険者をやってるわ」
なんだろう……彼女には惹きつけられる。
こんな楽しく談笑している場合じゃないのに、ないがしろに出来ない。話し始めたら最後まで聞いてしまう。
何ともミステリアス……いや妖艶……彼女の一挙手一投足が何かを誘う。
シュリンとの出会いは私に何かを予感させる。




