Data.84 東の果てに蠢く
後半に少し三人称のパートがあります。
◆現在地
東の都市イーステン
「こい!超電磁ブーメランHC!」
声でアイテムボックスから武器を呼び出す。
呼び出された『超電磁ブーメランHC』は一瞬で私の手に収まった。
うん、問題なく機能してる!
イベント『アイテムBOX争奪トライダンジョン』終了から一日後、私は町のはずれで手に入れたスキルの効果を再確認していた。
頼れるサブウェポンとして耐久と重さの強化を行った武器である『超電磁ブーメランHC』もクロッカスの成長と進化、新武器『HSブーメランRM』の台頭であまり出番がなかった。
しかし、アイテムボックスに入れておけば邪魔にはならないし、いざという時すぐに使える。
思い入れのある武器が無理なく持ち歩けるのが嬉しい。素材も無駄につめてきてしまった。
「すごーい!」
「本当にアイテムボックスって存在したんだ!」
「俺も欲しいなぁ……」
集まってきていた他プレイヤーの羨望の眼差しが痛い……。
イベント中はこういう目立つのを避けてたけど、やっぱそれは正解だったようね。
あんまりこういうの慣れてないわ。
「さぁいいもの見れたし自分の冒険に戻るか!」
「名を冠する武器を俺もゲットするぞ!」
「喋るカラスさんも見たかったなぁ」
クロッカスはシャイなのか、知らない人の前で見世物のような変形はしてくれなかった。
それにしても、クロッカスみたいな心を持つ特別で強力な武器はプレイヤー間で『名を冠する武器』と呼ばれているのね。
確かに入手経路は名を冠するモンスターからのドロップ品。それしか情報が無いとなるとそういう呼び方にもなるか。
結構カッコいいし私も使っていこうかなぁー。
「おっ、マココさんいたいたー!」
「ベラ、おはよ。ユーリも一緒ね」
「おはようございます」
いつものメンバーと待ち合わせ。ログイン前にチャットを使えば楽だ。
そういえばヴァイトたちGrEed SpUnkyも来るはずなんだけど……。
「なぁ……冒険者の酒場にいつもと違う依頼が貼ってあったって本当か?」
「ああ、なんでもモンスターが大量発生してるらしい。国王からの依頼とのことだ」
「えっ、ここ王国だったの?」
「らしいぞ。俺も知らなかったが」
「まあ……だとしたら次のイベントかな? シンプルなモンスター討伐イベントなら俺らも楽しめそうだな」
「それが場合によっては国が滅ぶかもしれん規模みたいだ。国の四方からの侵攻が予想されてるとか……」
「うげぇ、マジかよ……」
立ち止まって話すプレイヤーの会話が耳に入ってきた。
「ねえねえみんな、モンスターが大量発生してるって本当?」
「それがホンマのことらしいですわ。なんでも東西南北の四ポイントでそれぞれ別系統のモンスターが増えとって、このアクロス王国の首都セントラルを目指しとるとか……」
「へー、それは大変なことね」
矢継ぎ早に次のイベントが開催されるのかしら?
大量討伐イベントは気軽にやれるしルールもシンプルだもんね。第一回にこういうのを持ってくるべきだと思うわ。
「えっとえっと……あった! この依頼書にいろいろ書かれてますで。ただ、まだ依頼してる国側も正確な情報を掴めていないのか不透明なところもありますわ」
「ありがと」
紙の依頼書をベラから受け取る。
……ふむふむ、大雑把な地図までついている。アクロス王国ってひし形(◇)に近い形をしてるのね。
そして、モンスターの出現地点はひし形の角の部分に近い。狙い澄ましたように。
これは意図的に起こしたイベントなのか……な?
トライダンジョンは三つのダンジョンを線で結ぶと正三角形になった。今回も四つのモンスター出現ポイントを結ぶと多少歪だけど四角になる。
二回目のイベントとしては妥当な内容だし、うーん……。
「あっ、マココはん! この東のモンスター出現ポイントって、あのぉ……何やったけ? 前に行ったことがある村に近くありまへんか!?」
ベラが示したのはアクロス王国東の果て。
ここは……。
「イスエドの村……」
私の冒険の出発点。
小さな村で私が訪ねるまで丸太で出来た壁すらなかったのんきで平和な村。
大人たちの一部は出稼ぎに行っていて、戦える人なんて残っていないことも多い。
もし、戦える大人たちが残っていたとしてもモンスター大群から守り切れる環境ではない。本当に平地にぽつんとある村だし。
「……行きましょうか。東の防衛点『イーストポイント』に」
国境の険しい山間で防衛線を敷くのがもっとも効率的に守れる。
国に入られるとどういうルートで首都に向かうかわからないけど、国外から侵攻するルートはこの『イーストポイント』に限られる。
「……あっ、ニュースに何か来てますよ」
ユーリがステータス画面の『ニュース』のページを開く。
私とベラもそれにならってステータスを開く。
そこには『緊急討伐イベント!アクロス王国を救え!』の文字が大きく表示されていた。
「なになに……書いてる事は国の依頼書と変わらないわね。ただ、ステータス画面にイベントモンスターの討伐数が表示されるようになったと。これを特定のNPCに見せるとその分の報酬がもらえるのね」
「簡単なルールですね……」
「すでにイベントは開始しているみたいね。緊急というだけあって」
第一回からガラッとイベントの雰囲気が変わってる。
まあアレは反省の余地大ありだったもんね。
「依頼書によると各地点で兵士が防衛の準備をしているらしいけど、国の戦力の大部分は南の防衛地点『サウスポイント』に向かうみたい」
「他三つはプレイヤー頼みってことかいな。何とも頼りない戦力やなぁ」
「よくよく考えてみると村から村、都市から都市の道すら整備されていませんでしたし、人手が足りない国なのかもしれません」
「何にせよ早めに行動を起こしたいところね。ヴァイトたちはまだかしら」
別にヴァイトが待ち遠しいというより、アイリィがこれからどっちと一緒に動くのか気になるのよね。
もともとGrEed SpUnkyのメンバーで、トライダンジョンでは特別に私たちと一緒に行動していた。
パーティの中では戦闘能力も高くてサブリーダー的なポジションを担当してくれたからこれからも一緒にいてくれると嬉しいんだけどなぁ。
「おっ、ウワサをすれば……」
「やあやあ、みなさんもう御集りのようで」
ヴァイト、スリッパー、そしてアイリィ。全員おそろいのようね。
「単刀直入に聞くけど、これからどうするの?」
「んんー、そうですねぇ……。まさかここまで早い第二回イベントが来るとは完全に予想外でした。それも結構大規模とは……正直迷いますね」
ヴァイトは顎に手を当てワザとらしく考えこむ。
「今、プレイヤーの興味は大きく二つに分かれています。一つは俗に言う『名を冠する武器』を入手するための名を冠するモンスター探し。もう一つは緊急発表された今回のイベントです」
「アンタの興味はどっちなの?」
「それもまた難しい質問ですね。……出来れば私も『名を冠する武器』が欲しい。より目立てること間違いなしですから。ただ、今回のイベントも何か裏がありそうで目が離せません」
「…………」
「ということで、私たちは各防衛ポイントを見回りつつネームドモンスターを探そうと思います。なんとなく、こういう異変の中心にこそいそうな気がするんですよ、特別なモンスターがね」
「じゃあ、別行動ってことになるわね」
ヴァイトに先ほど決めた私たちの行動方針を伝える。
「ほうほう、東の果ての村にお知り合いがねぇ……」
「モンスターの大量発生が収まるまではそっちにいると思うわ」
「わかりました。では私たちはまず南から見ていきましょうか。アクロス王国の戦力がどれほどのものか気になりますし、いきなり崩壊されても困るんでね」
「アイリィも連れて行くわよね?」
「それはもちろん。GrEed SpUnkyの一員ですから」
それは、そうよね……。
「あの、今までありがとうアイリィ。その……あんま慣れてないから何言えばいいのかわからないけど、えっと、楽しかったわ」
「うふふー、ウチも楽しかったよー。またそのうちいくらでも組む機会はあると思うからさー、その時はまたよろしくねー」
そうそう、いくらでも組む機会はあるのよ。そんな大層なあいさつはいらない。
人生ソロプレイばっかだったからどうも加減がわからないな。
「前に作ったチャットルームは置いておきましょう。ログアウト後でも情報交換できれば便利ですしね。イーストポイントにもそのうち行きますよ。ただ、あなたがいると強すぎて刺激的な展開がなさそうなので後回しかもしれません、はははっ!」
「まっ、せいぜい他の防衛ポイントが崩壊しないように見回りしてなさい。ご想像通りこっちは大丈夫だと思うわ」
冗談交じりの会話を交わし、その後ベラとユーリもアイリィと一時の別れのあいさつをした。
「では、我々は行きましょう。さらば!」
ヴァイトが黒い翼を広げ空に舞い上がる。
そして、南を目指して飛び立っていった。その後を追うアイリィとスリッパー。
最後に軽く手を振って見送った。
「じゃ! 私たちも行くとしますか! 東の果ての果て、イーストポイントに!」
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マココたちが意気揚々とイーステンを出発したころ――。
◆現在地
アクロス王国国境線:イーストポイント
「これはまた……防衛におあつらえ向きの地形だなぁ」
アクロス王国からこの地の防衛指揮を任された騎士はつぶやいた。
といっても戦力は少数。完全に神の使徒(この世界の住人にとってのプレイヤー)頼みの作戦だということは彼も理解していた。
「時間をかけて砦を築けば、この国境線は難攻不落になりますよ」
兵士の一人が言う。
切り立った険しい山々の切れ目、イーストポイントと言われる山間は地上からアクロス王国に侵入する数少ないルートの一つ。
ここに砦ないし巨大な門でもあれば外部からの侵攻も容易に防げると彼らは思った。
「まぁ、そんな人員ないんだけどな」
「ですよね……」
「敵の方はどうだ?」
「今のところ確認できません。奴らは巨大なだけあって、羽音がうるさいのですぐわかりますよ」
「そうか……とりあえず仮の拠点でも作るか」
兵士たちは作業に取り掛かる。
「国境か……。いったい何との境だっていうんだ……」
遠くを見つめる騎士がぼそりとつぶやく
彼らは……いや、アクロス王国の大半の者が国境の先の世界を知らない。
昔からここまでは自分たちの国だと伝えられていたから『そうだ』と思っているだけで、何との境界線なのかは語られることがない。
知ろうとした者はいただろう。しかし、現に伝わってはいない。
「……いらんことを考えるのは性に合わんな。俺も作業を手伝うか」
『今回は対応すべきわかりやすい敵がいる。それでいい』と自分に言い聞かせ、騎士は兵士たちに近寄っていく。
「た、助けてくれえぇぇぇぇぇぇええええええーーーーーーッ!!!」
「むっ!?」
「あっ、あれは偵察に出てた部隊の一人ですよ!」
騎士たちの元へ息を切らせて走る男の顔は赤いが、表情は恐怖で引きつっている。
「どうした!?」
「た、たす……ゲホッゴホッ……!」
「だいぶ錯乱しているようですね。と、とりあえず落ち着いて……うっ、わっ!」
大地が激しく揺れ動きだす。
屈強な兵士たちでさえ立っていられなくなるほどの揺れはさらに激しさを増していく。
「くっ……みんな伏せろ!慌てるな! 揺れはそのうち収まる」
騎士の命令の前にすでに大半の兵士が地面に伏せていた。
騎士自身もその場に伏せて頭を守り目をつむる。
しばらくすると揺れは収まった。
「んん……ぐっ、どういう……ことだ……?」
目を開けた騎士は辺りが暗くなっていることに驚いた。
「まさか、気絶してしまったのか? それでもう夜に……」
彼は絶句した。
そして理解してしまった。偵察部隊の男の恐怖の理由を。
「へっ、へへっ、バ、バケモノ……だぁ。ハハハハハハッ!」
地面を破り現れた巨大な怪物の体躯が太陽を覆い隠していたのだ。
抵抗する気を一瞬で失わせる威圧感に騎士も冷静さを失ってしまった。
巨大な怪物は人間など視界に入っていないかのように一時静止していたが、そのうち何か思い立ったように勢いよく大地にその頭部を振り下ろした。




