Real.3 神宮マツリの憂鬱
……はぁ、思いつかない。
自分のデスクに突っ伏し数分の沈黙。悩みのタネが取り除かれることはなかった。
「くっそ~。どうすればあのAIを納得されられるのよぉ~」
独り言を言っても解決策が虚空から返ってくることはない。
……はぁ、思いつかない。
「次のイベントが思いつかないよぉ~」
バンッとデスクを叩いて立ち上がる。
そして、またすぐに座り込んだ。
――私の名前は『神宮まつり』。
ゲームの開発運営を目的とした会社『Wonchaers』の一員にして、最新ゲーム『Ancient Unfair Online』のイベント担当チームのリーダーなんです。
そんな私の頭を悩ませる問題はやはりゲーム関係、それもイベントに関すること。
まずAUOの運営には欠かせない存在、統括管理AI『天ノ沼矛』というものがあります。
これは『星の内殻』といわれる新素材を使用して作られた最新鋭の人工知能で、正直私なんかより全然賢いんです。
インターネットから情報を引き出し取捨選択。つまり必要なものを自分で判断して学習します。
AUOの世界『フェアルード』もこの『天ノ沼矛』が手に入れた多くの情報を元にしてほとんどの部分が創り上げられ、管理も行われています。
なので、イベント担当のリーダーである私といえどこの天ノ沼矛に企画を受け入れてもらえねばゲームに手出しできないのです。
そして、それがこの悩みのタネを大きくしているのです……。
第一回イベント『アイテムBOX争奪トライダンジョン』はある意味で成功、ある意味で失敗でした。
アイテムボックスという他のゲームでは当たり前の物をあえて実装していなかったAUOではその魅力は絶大。
多くのプレイヤーがイベントに興味を示してくれました。
しかし、入手に至るまでの道を厳しくしすぎたのです。
個数制限に高難易度のダンジョン……。
それにルールの問題で他プレイヤーへの妨害が続出し、とてもじゃないですが気軽に挑戦できる物ではありませんでした。
それもこれも大体ボコちゃんが悪いのです。
というのも、こちらからのイベントの提案に対して難易度の大幅な引き上げを要求してきたのです。
『何故そんなことを望むのか』と尋ねると『アイテムボックスの大量配布はフェアルードの世界のバランスを壊しかねない。渡す相手を厳選したい』と答えました。
つまり、ボコちゃんはゲームとしての面白さよりも一つの世界としてのフェアルードのことを優先して考えてしまうのです。
そして一番拒否反応を示す提案はNPCの死が絡むイベントです。
NPCの死自体はプレイヤーの知らぬところでも起こっています。それはNPC自身の行動の結果やらなんやらが複雑に絡み合って起こった偶然。
ボコちゃんが嫌がるのはこちらの手の介入によっておこる死。
要するに、辺境の村を滅ぼしてモンスター討伐イベントの危機感を煽る演出をしたり、目の前で身内を殺された少年からの依頼で仇のモンスターを討伐するお涙ちょうだいご都合死イベントなどです。すごい拒否してくるんですよ……。
これではオンラインゲームのサブイベントにありがちなNPCの死を含んだクエストを実装できません!
また、今需要の高まっている名を冠するモンスターの追加も拒否。
環境を変えるレベルのモンスターは無理に追加したくないそうです。
まあ……正しくはこのようなイベントやモンスターはすでに『ある』んですが……。
しかし、それはたくさんの結果が重なっておこった偶然の産物。こちらから全プレイヤーが似たようなクエストに挑めるように調整することができないのです。
AUOはそういうものらしいですが、それって私必要なんでしょうか……。ボコちゃんが勝手に全部やってくれるのでは……?
……いやっ! あきらめちゃダメよ!
第一回イベントだって『アイテムボックス』の配布というアイデア自体はボコちゃんも思いついてなかったようだし、多少思惑と違うとしてもそのイベントを通してくれたんだ。
これからも私なりにプレイヤーに楽しんでもらえる方法を考えないと!
そうと決まればまず鈍った体を目覚めさせるストレッチからよ!
今まで念で愚痴をぶつけていたウサギのぬいぐるみのキュロットちゃんをデスクに戻し、立ち上がる。そして、肩幅くらいに左右の足を開く!
「まつりさん! ちょっと今変なことが起こってるんですが!」
イベント企画部のオフィスの扉を開け放ち、部下の一人が大声を上げながら入ってきた。
「な、私の何がへ、変だというのですか!?」
「へっ!? 何のことかわかりませんが、とにかくコントロールルームに来てください! 他の部署のリーダーも集まってますよ!」
いったいなんだっていうのでしょう。
とりあえず向かってみましょう。
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コントロールルームは人がたくさん集まっていた。
連絡や会議も通信機器を使って行うことが多いこの会社でこの光景は結構珍しい。
「で、何が起こったのですか?」
部下の子に再度尋ねる。
「メインモニターを見てください」
メインモニターというのはコントロールルームの壁に設置された超巨大なモニターのこと。ここに来ると秘密組織の基地にいる気分になります。
「……これは普段通りフェアルードの風景が映ってますね」
メインモニターは仕事用というより雰囲気づくりの観賞用。仕事は手元の画面の方がやりやすいですもんね。
なのでこの超大型モニターには何気ないフェアルードの自然が映し出されていることが多いです。
「もっとよぉく見てください!」
「えー、もっと……もっと……あっ! モンスターが映ってますね。それも結構多い! まさかボコ……じゃない『天ノ沼矛』が勝手に次のイベントを起こしちゃったとか?」
「それは目下調査中ですが、なんせ数が多いのなんので……。しかも、どうやらアクロス王国の中央を目指して行動しているようなのです」
アクロス王国というのは中央都市セントラルを首都に四方四つの主要都市を持つ王国。つまり、プレイヤーたちが今冒険しているところ。
ということは……。
「えっ!? それじゃあ場合によってはたくさん死人が出るじゃないですか! ボコちゃんがそんなことするとは思えません!」
「ボ、ボこちゃん……それはさておき、フェアルードのバランスが大幅に崩れそうな事態なのは確かです。『天ノ沼矛』は自分には対処できないの一点張り。まったく……この前の一時的モンスター強化現象といい一体何が起こっているんだ……」
『天ノ沼矛』がこのイベントを意図的に起こしたとは思えない!
だとすれば、このモンスター大量発生が起こったのは何らかの原因がフェアルードの世界にあったということ……。
「モンスターの大量の出現発生は東西南北の四ポイント。どれもアクロス王国の国境より少し離れた地点です。王国は周囲を険しい山に囲まれた天然の要害で、国外より侵攻するなら四方にある四つの山間を通る他ありません。たとえモンスターであれどです」
「発生場所はその山間に近いのですね」
「はい。それも狙いすましたように」
……これはもしや誰かの明確な意図が絡んでいる?
一体誰が……というのを私の頭で考えても仕方ない。
「まずプレイヤーにこの事態を知らせるようにしましょう。それくらいの干渉は問題ないはずです」
「はい! わかりました!」
わからないことだらけだけど、最善の防衛策はプレイヤーによるモンスターの討伐。うまくイベントのように見せかけないと。
トライダンジョンのようにプレイヤー間で争う必要はないし、自分たちが冒険の拠点にしている町を守るというのは燃える良いシュチュエーション。
問題はモンスターの強さのほど。
あまり強すぎて難易度が高いと「またか」と思われてしまう。
発生しているモンスターの情報をたくさん伝えることでプレイヤー自身に対策を促す。それで多少は誤魔化せるか……。
やることは多い。
いや、私にやれることが多いんだ。
マツリ! 頑張る!
3rdSTAGEスタートです!
次回からは通常通りマココ視点の物語が始まります。




