Data.77 幽鬼と赤鬼
◇side:ユーリ・ジャハナ
◆現在地
大嵐の螺旋塔:50F
「くっ……」
意気揚々とダンジョンに突入したまでは良かったけど、結局離れ離れになってしまった。
その時の為のプランも考えてあるとはいえ、早く合流するに越したことはない。
みんなどこかな……。
「ぷはっ! えらい暴風に巻かれてもうたわ! さてさて、どうやって上を目指そうか……」
あ、いた。マンネンのハッチからベラさんが顔を出している。
たくさんフロアがあるこのダンジョンで同じところに飛ばされるなんて運が良い。
「ベラさーん!」
「おっ! ユーリ! まさかおんなじところに飛ばされとるとはなぁ~」
「不幸中の幸いですね」
「他のみんなも近くにおらんかな?」
辺りを見回してみると今いる場所は広間のようで、ここからいくつか通路が伸びている。
マココさんとアイリィさんは見当たらない。
それに加えてモンスターもいない。
「静かなモンやなぁ……。結構モンスターが出てくるみたいな情報があったんやけど、これも豪運かな?」
「いや……これは違うかもしれません」
「というと?」
「もう誰かに倒されてるとか……?」
「その通りだ。ベラ・ベルベットにユーリ・ジャハナ」
うーん、こっちもすごい確率で出会ってしまったか。
「……<剛鬼>アカオニ」
「おっと、先に名乗るべきだったな。そうだ、俺が騎士団『十輝騎士』の一人アカオニだ」
巨大な体躯、鋭い目、髪もツンツンに尖っていて攻撃的な印象を与える。
情報にもあった騎士の一人で、戦闘はその強靭な身体を生かした接近格闘を得意としているみたい。
「できればあんたらのリーダーと戦いたかったんだが……どうやら俺では力不足だったらしい。運にも見放されたしな」
「どういうこと? マココさんが今何をしてるか知っているの?」
「ああ、だがタダで教えるつもりはない。ちょうど同じダンジョンぐるぐるしててヒマしてたところだ。あんたらもウデが立つ方なんだろ? いっちょバトルといこうやァ……。二体一、それに仲間モンスターも使っていいぜ」
見た目通り脳筋……。
危険な相手だけど数では有利をとれている。
逃げることが得策ではない以上、戦うしかないか……。
「……ほう、新手か」
アカオニが視線を通路の一つへ向ける。
すると、そこから槍を構えたまま走るアイリィが現れた。
「ハッハッハッ! 苦戦してるようだなカゼハナ!」
「彼奴め……逃げるしか能がないか! 正々堂々戦え!」
また濃い人が後ろから出てきた。
黄緑の長い髪、後頭部に大きなリボン、私と同じく袴をはいているけど彼女は道着と袴。小手や胴に防具もついている。
武器は長い棒の先に片刃がついている……薙刀ね。
この情報とカゼハナという名前で彼女の正体がわかる。
またもや『十輝騎士』だ。
「おー、みんなこんなところにー」
アイリィさんが私たちを発見し近寄ってくる。
「むっ! 味方が居たか!」
カゼハナもまた私とベラさんを見てアイリィさんの追撃を中断、アカオニと合流した。
「いやぁ、こんなに早く三人も揃うとはなぁ~。意外と近くにまとまって飛ばされとったんやな。マココさんも近くにおるんちゃうか?」
ベラさんが上機嫌に話す。
「ウチは十階層くらい逃げながら上がってきたんだけどねー」
「えっ、そんなに!?」
「別に勝てないから逃げてたワケじゃなくて、長いから戦闘より上を目指すことを優先しただけどねー」
「あ、そうですか」
それでもこの短時間に十フロア近く駆け上ってきたのはすごい……。
『大嵐の螺旋塔』はフロアが多い分、ひとつひとつが狭いということを考慮してもやっぱり速い。
「これで三体二ですね」
「いや、こっちも増援だ。呼んでねーし、いらんのだがな」
……あっ、アカオニの巨体の後ろに奇妙な存在が増えてる。
何というか、獅子舞みたいなものを被ったプレイヤー?だ。
実際、全く中身が見えない状態なので何なのか判断できない。こんな騎士団員の情報もない。
「お前が来るとは思わなかったぜ、クリカ・ラ。近くにいたのか?」
カタカタカタカタ…………
クリカは獅子舞の口を開閉させるだけで言葉を発しない。
仲間だけにわかる何かかと思いきや、アカオニもよくわかっていないようだ。
「……まあ、いいか。すまんな、わけわからん奴らばっかで」
「誰がわけわからん奴らだ!」
カゼハナが怒鳴る。
「その反応速度……自覚あるだろ。こいつが<風薙>カゼハナ・ヤナギ。見ての通り薙刀使いで熱くなりやすいが、まあ最高幹部だし強いぞ」
「ふんっ、熱くなりやすいは余計だ」
「んで、こっちがクリカ・ラ。古いタイプのゲーマーであまり身を晒して活動するのを好かん奴だ。こいつも幹部だから相応に強いが、本当の強さは戦闘では……って、痛えッ!」
クリカの獅子舞がアカオニの腕に噛みついた。
おそらく秘密にしてきた自分の情報をベラベラ喋られるのが気に入らなかったのだろう。
「あー痛てェ……。俺はこう見えてもおしゃべりでな。普段は余計な情報を吐いちまう前に敵を倒すようにしてるわけよ。だから、そろそろやろうやァ……」
アカオニからの殺気が増す。
一通りコントがすんだらこれか。身勝手な人たち。
「暑苦しい! こんな近くで変化するな!」
カゼハナがまた不機嫌になる。
しかし、暑苦しく感じるのも無理はない。
今、明らかにアカオニの体が赤くなり熱も出ている。その熱で周囲の空気も揺らめく。
「妖変化・赤鬼!!」
彼も妖術のたぐいから力を得たタイプか……。
アカオニはまさに赤鬼となった。
体はさらに巨大化し、皮膚は赤く、角も生えている。
「さあ……俺の拳を受け止められる奴はいるかな? 避けてもいいが……それも十分至難の業だぜ」
あんな巨大な腕から繰り出されるパンチなんてマンネンすらも一撃で即死しかねない。
かといって足も強化されているのだろう。逃げ切ることも難しそう。
受け止められるのは……私の【守護霊】ぐらい。
「結構待たせちまったから……待ったなしで拳をお届けするぜ!」
予想通り動きは速いが単純。腕を振り上げ正面から突っ込んでくる。
これなら……。
「ベラさん、アイリィさん、私がやります」
「せ、せやかてあんなん符じゃ無理やろ!」
「接近戦なら一番ウチが可能性あるよ」
「いえ、皆さんにはわざわざ言う機会がありませんでしたけど、私も隠し玉があるんです」
ガギイィィィンッ!!!
「グガアアアッ!?」
アカオニが顔面に攻撃を受け、よたよたとふらつきながら後ろに下がる。
「な、何が起こったんや?」
目を丸くして驚くベラさん。
一撃で決めてしまえればゆっくり説明出来たのだけど、相手は想像以上に頑丈なうえ、やはり見えている。
「あー、驚いて避けきれなかった」
「どうしたっ!? 大丈夫かっ!?」
「どーってこったない。かすり傷だ……」
「私には攻撃が見えなかったぞ!」
カゼハナには見えていないようだ。
彼女も少し巫女っぽい見た目してるからもしやと思ったけど、完全武術特化のみたい。
「そりゃガサツなお前には見えないだろうな、こりゃ」
「はぁ? そんなことが関係あるのか?」
「まぁ関係ないんだがな」
「おい!」
「今のは妖術の一種。守護霊による攻撃だ」
そこまで知っているのね。
「守護霊だと?」
「ああ、だから普通の人間には見えん。なんせ、霊だからな! でも俺は妖怪だから見えるというワケだ!」
「……本当にそんな理屈なのか?」
「ちょっとまってーや! 前にユーリのステータスを見た時にはそんなスキルはあらへんかったで! その守護霊ってのは最近手に入れたモンなんか?」
ベラさんの疑問も無理はない。
「私のスキル【守護霊・幽鬼】はスキル自体が『霊』なので、ステータスに存在はするのですが、普通の人は見ることはできないんです」
「……そ、そうなんか」
ゲームという科学の結晶で『霊』という非科学的な現象を表現するとこうなるみたい。
「確か……守護霊の大きな特徴は特定のスキルや装備が無ければ視認できないこと。しかし、物に触れることはできるし、逆に見えない奴からも触れられてしまうだったな。俺に妖変化を授けてくれた奴に聞いたぜ」
すっかり先ほどの攻撃から立ち直ったアカオニが額に指を当て記憶を探っている。
「俺はこう見えて慎重派でなァ。妖術の情報を手に入れてから自らの肉体を妖怪に変え、強化するスキルを目的に調査を進めていたワケだが、一応それ以外に妖術にはどんな物があるのかも探っておいたんだ。その中に【守護霊】もあったってこった」
「普通は見えないうえ、守護霊を動かし自分から少し離れた位置にも攻撃可能なわけだろ? 何故お前はそれを選ばなかったんだ?」
「条件やらなんやらいろいろあるが、まあ何よりも『こだわり』だな。武器や防具を追い求めるより、自らの肉体を強化するのが最も強くなれると考えている。現実では非現実的な考えだが、この世界では『回復』も容易だからなァ」
現実で体を鍛えても銃弾や刃物すら受け止められない。
しかし、この世界ではそうとも言えない。
それに傷口もポーションや薬草、回復スキルですぐ治療できる。道具はなかなかそうもいかない。
「この世界は自由だ。だからこそ自らで自らを律することが出来なければなァ! あれもこれもではままならんということだ。まァ、ここにいる奴はそれがよぉくわかった奴らばっかだろうから、釈迦に説法か」
「お前も意外といろいろ考えて生きてるんだな……。ほんのり見直したぞ」
「おいおいカゼハナ、『ほんのり』の使い方間違ってねェか? って、ツッコムところはここでいいのか? まあいいや。それに【守護霊】にも弱点はあるしな」
「弱点だと?」
「守護霊へのダメージはその持ち主には影響しない」
「……? それは強みではないか!」
「逆に言えば、持ち主がアイテムやスキルで回復しても守護霊は回復しない。時間経過による自然治癒に頼らざるを得んのだ。敵には見えない守護霊だから攻撃はなかなか当たらんように思うが、逆に攻撃に敵の意図が絡まない分偶然当たったりしてしまう。『狙う』動作もないから霊を操る側も攻撃を読みにくいし、自分も攻撃されてる最中だからなおさらな」
「使いこなすのが難しそうだな……」
「俺は勉強家だが器用ではないからな。操れれば単純に手数が二倍になるわけだから魅力的なのは確か……。しかし、そこは自分に合った方を選んだというワケよ」
「しかし、そんなスキル誰が授けてくれたんだ?」
「とあるフィールドの奥地で出会ったNPCだ。多くは話してくれんかったが、強い魔力妖力が宿る土地を旅して妖術の修行を続けているらしい。見つけるのは大変だったが『これも運命、そして修行の一環』つって気ィ良くスキルをくれたぜ」
「妖術を与えてくれるのはそのNPCだけなのか? 得られるスキルの強力さから言えばそれぐらい入手難易度が高くてもおかしくないが、死の概念があるAUOでは……」
「いや、そいつだけじゃない。妖術師は妖天郷より旅立ち修行をするらしい。その郷の位置はだけはどうしても教えてもらえんかったが、そこに行ければ確実かもしれんな」
得意げに解説を続けていたアカオニがこちらに向き直る。
だいたい【守護霊】の能力は明かされてしまった。
しかも、全然知らなかった妖術に関する情報も知れた。
「長々話してすまんな。騎士団は団長の命令があるとき以外基本独自行動で、何やってるか話す機会もない。今まで集めた貴重な情報をどこかで語りたかったんだ、得意げにな」
アカオニが指の骨をポキポキと鳴らす。
「満足したぜ。じゃ、本当にそろそろ戦闘といこうやァ……」
「今ぐらい中身のある話なら時間を作って聞いてやらんでもないんだがな」
カゼハナの軽口にもアカオニは反応しない。
今度こそ戦闘態勢なのだろう。
私も【守護霊・幽鬼】を正面に展開する。
幽鬼も鬼だ。女の子だけど。
浴衣のようなラフな着物を着こみ、銀髪に灰色の肌。頭には額のあたりに一本角、目は布で隠され見えない。口は真一文字に結ばれ無表情。感情があるのかはわからない。
腕っぷしは強い。でも、おそらくアカオニには敵わない。
そこを補うのが私自身の符術。
幽鬼はレベルアップのすえ私から数メートルは離れて行動できるようになった。
ある程度本体である私から距離をとることで幽鬼の操作に集中し、援護のタイミングを計る。
これが私の真の戦闘法!
「準備は良いかァ? じゃ、行くゼ!」
アカオニが腕を振り上げ、こちらに突っ込んで……こない。そのままの体勢でピタリと動きを止めてしまった。
……残念ながら私の幽鬼に時を止める能力はない。だから、自分で固まってるとしか思えない。
良く見るとカゼハナも何やら立ちすくんでいる。クリカ・ラも獅子舞の口が大きく開きっぱなしで驚いているようにも見える。
「……ランディからの『メッセージ』が入った。プラン変更だとよ!」
アカオニから殺気が消えた……?
区切りどころが見つからず少々長くなりました。




