Data.69 アイリィVS.キョウカ
◇side:アイリィ
「やー! はっ、とー! 一角突き!」
槍による連続の突きからさらに突きのスキルを繰り出す。
「ふっ!」
キョウカは自ら生成した氷の剣で私の槍を上手く逸らしていく。
「突きの威力はなかなか……しかし、そんな大雑把な攻撃では私の氷の刺突剣による精密な剣術は破れない」
「そーねー……」
実際厄介な相手だ。
派手な予備動作のある攻撃は発動前に確実に潰される。
結果的に隙の少ない突きを主体に素早く攻めざるをえない。
そして、距離を取られないようにしないと……。
「氷華弁! 舞え!」
飛び道具による攻撃を許してしまう。
氷の花弁は鋭く素早いうえ、数も多い。そして小さい。
ユーリの符を凍りつかせたのもこのスキルだろう。
私は槍をぐるぐる回転させて盾を作り、それを砕いていく。
「くっ……!」
槍の回転によって起こる風で何枚かの花弁が舞い上がり、守りを越えて私の体を切り裂く。
ダメージは大したことないけど、冷気によって傷口付近の感覚が鈍る。
「なかなかだな。ただ先ほども言ったように、私の精密な攻撃はそんな大雑把な守りでは防ぎきれんぞ」
キョウカが剣を持っていない方の手で私を指差す。
その行動になんの意図があるのかよくわからな……。
「っ!? ぐうううぅぅぅ……ッ」
左肩に痛みが走り、思わず槍を取り落としそうになる。
「精密な氷の針による一撃……氷柱の針」
氷柱が左肩を貫いていた。
それも槍の回転をすり抜けて……。
私が身を守るためによくやるこの回転は、現実でやるような遅い回転ではなく、まさしくマンガ的ゲーム的ともいえるほど回っている。
私自身なんでこんな回転速度になっているのかわからないほどだ。
そんな槍にぶつからないように素早く正確にこの氷柱を飛ばしてきたとするなら、もう防御は意味をなさない。
ただ……一つ彼女に弱点があるとするなら、やっぱり攻撃力の低さね。
いきなり痛みが走ったから過剰反応しちゃったけど、この突き刺さった氷柱はとても細く、その分威力も大したことがない。
【氷華弁】にしてもそう。
急所にさえ当たらなければ、全弾くらっても致命傷にはならない。それほどの威力(実際は冷気によるデバフもあるから全弾くらうとマズイけど)。
多少のダメージはスルー、急所に当たる攻撃だけは避ける。
もっと簡単に言うと、急所に狙いを定められないように動けばいい。
つまり……。
「海豚の曲芸!」
踊る!
「やー!」
「ほう、守りを捨てるか。だが! 氷華の花畑!」
キョウカが自らの足元に剣を突き立てる。
すると、そこを中心に地面が凍りつきバラのような氷の華が咲く。
「さて、ここまでたどり着けるかな?」
再びこちらを指差すキョウカ。
そう簡単に二発目はもらわない。頭を少しずらし氷柱を避ける。
が、頬に痛みが走る。やっぱり速い!
近づけばさらに避けるのは難しくなる。でも、これしかない。
「ふふ……流石に同じ手は通用せんか。そうでなくてはこの技を使った意味がない!」
地面に咲いた氷華から花弁が舞う。
これは【氷華弁】と一緒。でも、こちらには向かってこずキョウカを守る様に漂っている。
結構な複合型防御スキルね……。
足元の華は鋭く、踏むと足が切り刻まれる。
わずかにある氷華の生えていない地面も凍っていて、油断すると滑りそう。
あの花畑の中で倒れ込めば、舞う花弁と氷華で全身が……。
だからといって、立ち止まっていると氷柱の的にされるだけ。ずっと避け続けられるようなぬるい攻撃ではない。
「土地鮫斬!」
でも、結局氷なんだから攻撃で砕いてしまえばいいのでは?
槍をしならせ、衝撃波で氷の花畑を砕きにかかる。
パリンパリンパリンッ!
んっ、意外と簡単に氷の華は砕けた。
私は華のなくなった部分へ足を踏み入れ、キョウカへの接近を図る。
「かかりおったわ!」
キョウカの合図とともに足元の華が再生を始める。
これは予想通り。分かっていても接近しなければならない。
マココさんみたいに広範囲の氷を溶かす炎のスキルを持っているワケでもなく、ユーリの様に手数で押していける飛び道具があるわけでもない。
私とキョウカのスタイルは実は似ている。
派手な高威力広範囲攻撃スキルはないけど、機動力に優れ、貫通力を生かした急所狙いの一撃が得意。
この戦いは実力がそのまま結果に出る!
新たに生成される氷華を砕き前へ進む足場を確保しつつ、飛んでくる氷も避けるか砕く。
まさに踊る様に流れる動作で行わなければ対処が追いつかない。
「ハハハッ! なかなか激しく踊るではないかぁ……。私もそれに応えて、少々不格好ながら本気の攻撃を見せよう……」
キョウカが両手の人差し指をこちらに向ける。
うん、確かに不格好だ。
『直立不動で片手の人差し指だけを使って攻撃』というのはなんとなく大物感が出ててカッコいいけど、両手になるとうーん……。
しかも、私をよく狙うためか前屈みになってるし寄り目がち……。
この状態でクールなお姉さんが両手の人差し指を前後させてツンツンツンツンと虚空を突っついているのはもう怖い。
リアルなら近寄らない。もちろんゲームでも近寄りたくない。
見た目はアレでもこれで【氷柱の針】による攻撃が二倍になったんだから。
もう感覚で避けるしかない。
頭ではなく体に反応させるんだ。
レトロな弾幕シューティングをやっている時にたまにある、何で避けられているのかよくわからないけど避けられている状態。
もう今はそれだ。
「フフハハハッ! 激しく美しいではないか! もっと! もっと踊ってくれ!」
妙にキョウカとの感覚が噛み合ってきている気がする。
このままずっと攻撃と回避のダンスが続きそうな妙な感覚。
通路でお見合いになってお互い避ける方向が被り続ける様な……。
……このリズムを崩さなければならない。
キョウカはこのリズムに完全に酔っている。
徹底したキャラ付けなのか本来の性格なのかはわからないけど、頬は紅潮しどことなく目もトロンとしている。
このリズムに心地よさを感じているのか、興奮しているのか……。
どちらにしろ、彼女からリズムを崩すことは無いだろう。
逆にこちらから崩せば必ずキョウカに大きな隙が生まれる。
問題はどのタイミングで勝負に出るか。
攻撃は激しさを増しているから、失敗するとその時点で敗北レベルのダメージを負う。
……いや、タイミングはどこでも正解なんだ。
キョウカは本能的にこのリズムを崩されることを警戒し、ムラの無い攻撃を展開している。
つまり勝負に出るのはどこでもいい。
私は足を滑らせたかのように前のめりに倒れ込む。
「えっ」
私が攻撃を避けきれなくなって倒れ込むことを狙っていたはずのキョウカが目を見開く。
やはり、彼女の中で『このまま避け続けるんじゃないか?』という期待やら何やらが入り混じった感情があったことは確かみたい。
しかし、キョウカの体は本能的に倒れこもうとする私への攻撃を続ける。
【氷柱の針】が身を貫き、【氷華弁】が身を切り裂く。
そして、このまま地面に倒れ伏せば【氷華の花畑】が全身を刺す。
が、もちろんそんなことはさせない。
私は左足を目いっぱい前にだし、思いっきり踏み込んだ。足装備を破壊し、体にダメージを負うのもお構いなしに。
そして、腰のひねりを使って右腕で槍を突く。
「一角突き!」
渾身の一撃は……届いた。
キョウカは胸を貫かれ、そのまま突き刺さった槍とともに氷華の花畑に沈んだ。
胸以外キズのないキョウカの体、きらめく水色の髪、氷の花々……。
何とも幻想的な光景に勝者である私だけが似合わない。体も装備もボロボロで汚いから。
「ぐぅ……っ! はぁ……はぁ……。私としたことが、敵に見惚れて敗北するとは……。フフ……それも仕方ないことか……。アイリィ……お前が美しすぎたから……。また……機会があったら……ゆっくり眺めてみたいものだ……」
キョウカの体が白いノイズとなり砕け散った。
その破片はまるで雪の様にとけていく氷の花畑に降り注いだ。
……死んでしまったかのような感覚に陥るけど、おそらく今頃すでにリスポーン地点で動き始めているだろう。
にしても、あんなに『美しい』と言われるとゲーム上で相手がおそらく同性だったとしても嬉しい気になるものね。
確かに今回の動きは素晴らしかったから、妥当な評価かも。
しかし、装備は手ひどくやられてしまった。
修復にしても新調にしてもお金と手間がかかりそうだ。
「ん? わっ!」
さっきから装備がボロボロと言い続けてたけど、実際目で見ていたワケじゃない。
戦闘中に砕けた氷の破片に混じって布切れが舞っていたから、そう判断していた。
……なんというか、破れ方がいやらしい。
大事なところだけ妙に布が残り、他はほぼ裸だ。
まあ、大事なところって『急所』なワケだから、そこに攻撃があまり当たっていないのは当然なんだけど……。
というか、標準装備のインナーも少しダメージ受けてない……?
ほんの出来心で大きく作った胸がインナーの下から見えてしまいそうだ。
ううっ、本物の体ではないとはいえ露出が好きじゃなくて、ちょっと大きめのだぼだぼしたズボンまではいていたからこの状態は恥ずかしい……。
しかも、多くのプレイヤーにカメラ越しに見られてるかもしれない……。
あっ、もしかしてキョウカの『美しい』ってそういう……。
いやまさか……。
「あー……誰か助けてー……」
恥らうよりも堂々としている方が良いとわかっていても、次の行動が思い浮かばない。
『氷華のキョウカ』……心にまでダメージを与えてくるなんて……。
やはり前情報通り強敵だった……。




