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Data.62 巨大怪魚ヒャクメウナギ

 マズイことになったわね……。

 この海底に光る無数の星は一体のモンスターの体表から放たれたものだった。

 ヒャクメウナギ……元ネタはヤツメウナギで間違いないと思う。


 リアルのヤツメウナギはいわゆる『生きた化石』と呼ばれる原始的な生き物で、見た目はウナギっぽいだけで実際ウナギでもないらしい。

 生物学的に興味深い生き物らしいけど、私には『口が非常に気持ち悪い形状をしている』という記憶が強く残っている。


 まあ、リアルの知識があっても今の状況をどうにかするのには役に立たないでしょうね。

 ヒャクメウナギは巨大というかとても長い。

 一定間隔で光る目(のように見える器官)が並んでいると考えると、今こいつは自らの体をらせん状にぐるぐると巻こうとしているはず。


 何故か。

 おそらくマンネンに巻き付いて、締め上げようとしていたからね。

 それなら、光がどんどん近づいてきた事にも納得がいく。

 この化け物の体が少しずつこちらに近づいていたワケだから。


 とりあえず、こいつの正体と今している行動は理解できた。

 しかし、それをどうやって中の三人に伝えればいいのだろう……。

 中のモニター越しではこの細かい変化を把握するのは難しい。

 おそらく三人はこの光の正体が敵だとハッキリ認識できていないはず(違和感や疑いを持っていたとしても)。


 いずれ気付くかもしれないけど、急がないとマンネンが完全に巻き付かれて身動きが取れなくなる。

 考えていられる間は少ない。こうなったらシンプルにいきますか!


 私は光(ヒャクメウナギの体)めがけて『邪悪なる(カース・オブ・)大翼(ウイング)』を投擲(とうてき)した。

 私がブーメランを投げればそれは攻撃、つまり相手は(モンスター)だとわかるはず。

 でもこれはヒャクメウナギにも『正体に気付いたぞ』と知らせることになる。

 さて、どんな攻撃に切り替えてくるか……。


 投げた『邪悪なる(カース・オブ・)大翼(ウイング)』は光に直撃した。

 そしてその光は消える。

 それと同時に、他のたくさんの光が不規則に動き始めた。

 突然の痛みに驚いて、暴れているのだろう。


「マココさん! 青い光に向けて直進します!」


 ベラではなくユーリの声がマンネンの口から聞こえてきた。

 なるほど。先ほども見た青い光はいまだ変わらずそこにある。

 これが『水底の大宮殿』への目印、あるいはそのもの。


 それがわかってしまえばこんなレベルの高い化け物とアウェーで戦う必要なし。

 逃げるが勝ちね。

 マンネンの甲羅や目の光が消え、グンっと体にかかる水流が強くなる。

 かなりの加速。それに敵に位置を悟らせないために光も消したようね。

 私は振り落とされないようにしっかり装甲にしがみつく。


 敵の体の位置を知らせる光は先ほどから動き回っている。

 油断すると激突してしまいそうだ。

 マンネンは先ほどから主砲を一定間隔で放っている。

 これで後は祈るしかない……。


 ゴン……ッ……


 鈍い衝突音が振動をそのままに体に伝わる。

 まぁ、こういう時に限って悪いことって起きるのよね……。

 武器でガードをするのがやっとのスピードで迫ってきたヒャクメウナギの体は、ムチの様に私をマンネンから引きはがした。

 そして、加速しているマンネンの姿はすぐに見えなくなった。


 真っ暗な海中……。

 もう方向感覚すらままならない。

 普通の人ならゲームだとわかっていてもパニックになると思う。

 肌に触れる水は冷たく、自らを狙う怪魚は間違いなくいるのだから。


 私も結構アブナイ領域ではある。

 ただ、目指すべき青い光が見えている。だから、完全に何もかも見失ったわけじゃない。

 それに私にはまだ灯りをともす力がある!


 ――邪悪なる(カース・オブ・)火炎(フレイム)


 声が出しにくいので心の中でスキルを叫ぶ。

 邪悪とついていても炎は炎。

 その輝きで周囲を明るく照らす。

 私は魔力を惜しまずその範囲を広げていく。


 敵の攻撃が視界に入ってから反応するまでにはどうしても一定の時間がいる。

 だから、視界は出来るだけ広くしておかないと対処できずになぶり殺しだ。

 とはいえ、『邪悪なる(カース・オブ)』系のスキルは魔力をよく食うので長期戦は良くない。

 ただでさえ酸素の確保や水中の移動にも魔力を使うのだから。


 ――ッ! そこっ!


 視界の端に影を捉えた。

 先ほどと同じように体をムチの様に使った攻撃だ。

 私は炎を吐き出し続けるブーメランをそのままその影へ素早く投げつける。


 ……当たったかな?

 切ると同時にその傷口を炎で焼くことになるので血(またはそれに代わるエフェクト)は出ない。

 ただ攻撃は止んだ。でも、諦めたわけではない。

 私の予想というか理想通りの展開なら……。


 海流の流れが変わった。

 何らかの要因で大きくうねっている。


 次の瞬間、炎の範囲内におぞましい物が現れた。

 中央にぽっかりと空いた穴。周りには歯のような物がこれまた円形に並んでいる。

 ヒャクメウナギの口だ。これが初見だったら気絶する自信がある。暇つぶしの読み物もたまには役に立つモノね。


 それはそうと、口があるという事は頭部という事。つまり急所。

 これだけ巨大なモンスターをいちいち切り刻んでいる余裕はない。

 とすれば、頭部を一撃で破壊するのが効率的!


 モンスター側からすれば、私の魔力が切れるのをじっくり待てばよかったんだけど、そこまでの知能はなかったというワケね。

 体を使った攻撃では自分が攻撃されたから、頑丈な歯のある口で受け止めようと思ったのか、我慢できずそのまま食おうと考えたのか。どちらにしろ助かった。

 なんせこっちもギリギリの状態だったからね!


 ――昇龍回帰刃(ドラゴンブーメラン)


 丸飲みにしようと迫るヒャクメウナギの頭部を逆に丸飲みにせんとする龍のエフェクトが現れる。

 ウナギはもはや止まる事が出来ず龍と衝突。

 結果は、龍の勝だった。


 ドラゴンゾンビの時の様にモンスターの全身を破壊し尽くす事は叶わなかったけど、頭部を確実に食いちぎり、深海の闇に龍は消えた。

 レベルは高かったけど、海の中じゃなきゃさほど苦戦するようなモンスターでもないわ。

 つくづく人間の来るところじゃない。海の中は。


 さぁて……酸素確保用のスキル【クーラー】に使う魔力を残しておかないといけない事を考えると、移動に使う【邪悪なる(カース・オブ・)突風(ブラスト)】に割く魔力はない。

 そして、【昇龍回帰刃(ドラゴンブーメラン)】を使用したせいで体を動かすスタミナも残り少ない。

 となると遠くに見える青い光まで泳ぐのは難しい……。


 ……そういえば水圧ってあるのかしら?

 今は大丈夫だけど、これ以上深いところに行くと体がつぶれたり……。

 あと窒息ってどういう扱いなのかしら……。

 痛覚の設定は抑えてあるけど、窒息の苦しみはどうなるかな……。


 あー!

 うじうじ考えてても仕方ない。

 こうなったら残り魔力で可能な限り進もう!


 ――邪悪なる(カース・オブ・)突風(ブラスト)


 『邪悪なる(カース・オブ・)大翼(ウイング)』を翼のように背中に取りつけ、推進力となる風を起こすスキルを発動させる。

 グンっと加速を体で実感した時には、魔力が尽きていた。

 うーん、五秒も持たなかったか……。

 ここはダンジョンじゃないからデスしてもペナルティはなかったわよね……?


 目をつぶりながらこれからの事を考える。

 まだダンジョン攻略自体を諦めてはいない。何とかしてまたみんなに合流する方法を探さなきゃ。

 強い水流に晒されながら、私は最期の時を待った。


 ……って、あれっ?

 私の体、また加速してない!?


(まったく、真っ暗で目覚めたのか、まだ夢の中なのか、すぐにはわからなかったじゃん? にしてもまたキッツイとこ冒険してんなー。息苦しいところが好きなのか? 変態だな、マココよぉ)


 ははっ!

 ダンジョンやそれに至る道のりなんてのは、えてして息苦しいもんなのよ、クロッカス。

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