Data.61 深海をゆく
……静かなものね。
水面から光が届きにくくなる深さまで来た。
辺りが暗くなると、なんとなく静かになった気がする。
実際は水面近くだろうと、深いところだろうと変わらないはずなんだけどね。
ベラもここまではいつも通り気さくに話しかけてくれてたんだけど、進むにつれてどんどん口数が少なくなり、今となっては無言。
そういえば、彼女って怖がりだったわね……。
霧の山でも慣れるまでかなり怯えていた覚えがある。
こういう先の見えない圧迫感のあるところは苦手で当然か。まぁ、得意な人間の方が限られてるとは思うけど。
その時、マンネンが光った――。
ゴボボボボ!!
マスクから普段より大量の泡が吐き出された。
な、なんなの……。
「マココはんすいまへん……。周りが見えにくくなってきたんで発光させるか中で話し合って、結果発光させることになって……えっと、ごめんなさい……」
そういう事か……。
発光しているのは目と甲羅の一部だ。
ちょうど360度全方位に光を放っている。
一番強いのは正面の目から放たれる光。確かに先まで海底が良く見える。
問題は『この光につられてモンスターが寄ってこないか?』ってところね。
中の三人の話し合いもこれについてが主だろう。
……あっ、でも仕方ないのか。
マンネンの中から外の様子を把握するには、マンネンの体外にあるカメラ(のような器官)から送られてくる映像しかない。
暗いとその映像を映し出すモニターも真っ黒なだけで、どう進めばいいのかもわからなくなってしまう。
発光しなければ仕方ない場面で一応話し合ったのは……モンスターが寄ってきたら一番に襲われるであろう私への配慮ね。
辺りはもうほぼ真っ暗だ。
マンネンの発光がなければ私も何も見えない状態だ。
魚影はまだないけど、出来れば戦いたくない。
しかし、このまま何事も無く宮殿にはたどり着けな……。
「ぎゃああああああああああああああああああああ!!!!!」
マンネンの口が大きく開かれ、ベラの叫びが響く。水中なのにハッキリと。
驚いて私も体が跳ねる。
が、すぐ気を取り直し、叫びの原因を探る。
……うわっ!いた!
<ヒュージーデビルフィッシュ:Lv34>。
その名の通りデカイタコだ。ちょうどマンネンの正面方向にいる。
これが急にモニターに映り込んできたからベラは絶叫したわけね。
アレほどではないけど、私もこんなのが急に現れたら叫ぶと思う。
さあ、狩るとしますか!
ドゴ…………
くぐもった爆発音が聞こえた。次から次へと驚くことが起こるわ。
音の原因はマンネンの主砲だ。何やらが発射されたみたい。
正面にいたはずのタコは今自らの真っ黒のスミに覆われて状態がわからない。
けど、おそらくは粉々に砕かれている……。
マンネンはそのままスミの中へ直進。
おそらくドロップ品であろうタコの肉を咥え、何食わぬ顔でキャタピラを動かしている。
そういえばマンネンも高レベルのモンスターなのよね……。掲示板にも上位種と書かれていた。
レベル30代のタコごときエサにしか見えなかったのだろう。
いやぁ……すごいわね。
でも、冷静に考えるとこのマンネンに何度も挑んで仲間にしたベラがすごい。
「マココはん……大きい声出してすいませんでした……」
今は頼りないけど……。
> > > > > >
「フーッ!」
息を吐き出しながら『邪悪なる大翼』を投げる。
黒い翼は暗い海を切り裂き、巨大な魚影に衝突し、撃破した。
魚型のモンスターは大体泳ぐのが早い。
マンネンのライトの範囲に一瞬入ってもすぐ出て行ってしまう。
プレイヤーが認識しきれなければモンスターのステータスバーは出ず、その正体はわからない。
が、わからないならそのまま倒してしまえばいい。
それが難しいのだけどね。今も運が良かっただけだ。
ブーメランは問題なく投げられるし、ちゃんと手元に戻ってくる。
でも、地上に比べて速度や威力が落ちているのは間違いない。
普通の人間にとって水中はアウェーすぎるわ。
それにしても『水底の大宮殿』への目印は見つからない。
潜ればわかるとのことだったけど、嘘だったのかまだ深さが足りないのか……。
マンネンは少し前から海底の地面を離れ、その少し上を進んでいる。
理由としては浅瀬より地面がガタついているというのもあるけど、どっちかというと地中に潜むモンスターが厄介というのが大きい。
認識できないモンスターにはステータスバーは出ない。
なので、擬態しているモンスターには接近を許してしまう事が非常に多かったのだ。
ちなみにマンネンはキャタピラーで水をかいて移動している。だから、接地していなくても問題ない。
原理はわからないけどすごいわ。
ただ、そんな規格外のモンスターマシン(?)マンネンも傷が目立つようになってきている。
少し前に戦った<ドリルダツ:Lv20>がつけた傷だ。
見た目はそのまんまリアルに存在するダツというアゴが突き出た細長い魚と一緒。そして特性も一緒。
光に反応し、突撃してくる。昔はリアルで死亡事故もあったという危険な魚だ。
リアルと違う部分と言えば、体を回転させながら突っ込んでくるので破壊力が段違いという事と、モンスターらしくそれなりに頑丈という点。
これが発光するマンネン目がけて何匹も突っ込んできた。
突き刺さったら自力で抜けない為、仕留めることは容易。
でも、刺さる前に仕留めることが出来なかった。
外にいる私自身も『邪悪なる大翼』と『霧の盾』で身を守るのが精一杯だった。
なんにせよ、マンネンの甲羅と装甲には傷が目立つ。
生身の部分に怪我がないことは幸いだけど、何度もこんな攻撃受けていたらただでは済まない。
早く大宮殿を見つけなければ……。
「……あっ、星?」
ベラのか細い声が聞こえた。
確かに星のような光が見える。
『数えきれないほどの』というほど数はないけど、このくらい海で確かに目立つ光だ。
なんの光だろう……。
リアルみたいにプランクトンやクラゲの放つ光だろうか。
クラゲは勘弁したい。明らかに敵だから。
他の可能性を考えると……ダンジョンの仕掛とか?
この光のどれかが入り口で、正しい物を選ばないといけないとか……。
希望的感想よねー。もうダンジョンについているという。
「マココはん、なんかあの光強くなってきてへん?」
確かに、光はどんどん大きくなっている。
やはり入り口ではないと思う。だとすると……。
「んっ! あそこに一つだけ青い光がありますよ!」
珍しくユーリの大きな声が聞こえた。
今ベラの横からモニターにかじりついている彼女が容易に想像できるわ。
そんなことは置いといて、その青い光を探す。
あった。大体マンネン正面下方向に青い光が見える。
他の光と違って、大きくなっていない。
これが正解ってワケね。あー、良かった……。
「ほんまや! そっちにむかいまっせ!」
マンネンがそちらに向けて加速を開始する。
その表情はいつもと変わらないが、彼(?)も早くこの海を抜けたいのだろう。
一番頑張ってるしね。
他の星は変わらず大きくなっている。
暗いのも嫌だけど、あんまり大きな光に迫られるのも良い気がしないものね。
なんだか圧迫感がある。
大きくなる光をじーっと見つめていると、その周りにその光を反射するような黒い物がある事に気付いた。
それは見える範囲内の光すべてにある特徴のようだ。
いや……反射というかテカッてるというか……ぬめっとしてそうな……。
それに球体状だと思っていた光は、どうやらマンネンの甲羅の発光のように平面から放たれているように思う。
……あ!
あぁ……。
あー……認識してしまった。
昔ネットで見た奇妙な水生生物を脳裏に思い描いてしまった。
そしてそれはこのモンスターのモチーフになった物と同じだったようね……。
現れてしまったステータスバーには<ヒャクメウナギ:Lv55>の文字がそのモンスターのサイズに似合わぬ小ささで表示されていた。




