Data.60 海をゆく
マンネンのハッチを開けて外を覗くと、空気に微かに潮の香りを感じる。
今までは土や木の匂い、腐臭や焦げ臭さばかり感じていたから新鮮な気持ちになる。
向かっているのは中央都市セントラルから南西にあるダンジョン『水底の大宮殿』。
その前に近くの港町をリスポーン地点として登録する予定だ。
大宮殿は『キササキ内湾』と言われる大陸に食い込んだ海の中にある。
陸地からの距離は大して遠くなく、深さもさほどない(掲示板に転がっていたモンスターのから逃げて潜ったというプレイヤーの証言のため信憑性に欠けるけど……)。
また潜れば大宮殿の位置はハッキリわかる様になっているらしい(その理由はぼかされていた)。
とりあえず水の中を進むほかないようだ。
せっかく登録したのでチャットの方も覗いてみたけど、ここでも水の中のモンスターは手ごわいと数少ない書き込みが語っていた。
とにかくデカくてキモイのもいて戦う気から失せるらしい。
……私も少し怖くなってきたわ。
「おっ! そろそろ港町パーニャにつきまっせ!」
マンネンのモニターを確認しているベラが叫ぶ。
ここで装備の最終確認をし、作戦も決める。
ある程度はもう打合せしてあるんだけどね。
私は案の定マンネンから出て水中戦を行うことになった……というか自分から言った。
それが最善だと思ったからね。だ、妥協はしない……。
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◆現在地
港町パーニャ
目の前に現れた町はだいたい火山の町ヴォルボーを変わらない規模だった。
東の都市オーステンの様な地方都市より小さいとはいえ、イスエドの村ほどこじんまりとはしていない、そんな感じ。
しかし、開けた海の近くにあるので開放感はある。その分少し広く感じるわね。
ヴォルボーは火山の熱による温泉でにぎわう町だったけど、ここは海産物、つまり漁でにぎわっているようだ。
他の町ではあまり見なかった色鮮やかな魚が多く店先に置かれている。
「リスポーン地点には登録したから、別にもう用はないんやけど……ちょっと見ていきまっか?」
「そうね……。ヴァイトが戦士団の探索班がダンジョンからいなくなったと言っていたから、今のうちに素早く探索するのが良いんでしょうけど、あったら手に入れておきたい物もあるのよねー」
「じゃあ、それだけあるかどうか見て、それからすぐ向かえばいいと思いますよ。前回の火山攻略で装備や対策の大切さがわかりましたから……」
ユーリが控えめに提案する。
「ウチもそれに賛成」
アイリィも特に焦りはなさそうだ。
では、お言葉に甘えさせてもらって。
「防具屋に行きましょう!」
私たちは目立つところにあった町の地図が描かれた看板を頼りに、素早く防具屋を発見。そこへ入る。
目当ての品は……あった。足に付ける水かき、『足ひれ』または『フィン』だ。
作戦では『邪悪なる大翼』の持つ風を起こすスキル『邪悪なる突風』を推進力にする予定だけど、あれは結構魔力を消費するから、いざという時の為に足ヒレくらい欲しい。
「すいません。この足ヒレおいくらでしょうか?」
店番をしている屈強な男性に声をかける。
海の男感のある風貌だ。
「あ、ああそれか。それなら100UOでいいぜ。すまんなぁ、最近妙に人が多くて、質の良い防具が大体出ちまった」
何万人もプレイヤーがいるんだし、水中ルートの攻略を試みた人は想像以上に多いんだろうなー。
火山ほどじゃないにしても、この港町もイベントの影響を受けているみたい。
「あんたも水の中にあるっている宮殿に行こうとしてる創造神の使徒かい? まあ、止める気はねーが気をつけなよ。深いところほどバケモンは強くなる。猟師も浅いところの魚しかとらんぐらいだ」
「やっぱり多いですか、そういう人」
「ああ、最近は落ち着いたが、一時多かったね。おかげでいろんな店が繁盛してっから感謝してるがね。装備やアイテムだけじゃなくて船を貸してくれと言う奴もいるって話だ。ほい、まいどあり!」
「ありがとう」
店主が言うとおり他に対した商品が無いので、私たち足ヒレを受け取り外へ出た。
一応、性能を確認しとくかな。
◆防具詳細
―――基本―――
名前:小魚のフィン
種類:足ヒレ
レア:☆5
所有:マココ・ストレンジ
防御:8
耐久:10
―――技能―――
【水属性耐性】Lv1
※残りスキルスロット:2
―――解説―――
特殊な樹脂で作られた足ヒレ。
水に強く柔軟だが小さく、水をかく力は弱い。
まあ、こんなもんでしょ。最低限の性能はあるわ。十分十分……。
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「うわー! デッカイねぇ~」
普段は気の抜けているアイリィの声も今は力強い。
港町の端、つまり海岸へ来た私たちはその海の大きさに驚いた。
内湾であるため、目の前一面海というワケにはいかないけど、遠くには水平線も見える。
キラキラと輝く水面にはちゃんと波があり、まさに大自然!
今までも大自然の中を冒険してきたはずだけどね……。
「リアルで海行った事ある? 私泳いだことはないな」
何気なくみんなに尋ねる。
「あたしはないわぁ……」
ベラが水面を見つめながらつぶやく。
「私はあります」
潮風に青髪をなびかせながらユーリは応えた。
「ウチもあるよー。動画撮りに行ったついでにねー」
アイリィは砂浜の砂を槍で弄りながら言う。
へー、意外と行くもんなのね。
私は海水が粘つくし、わいわいがやがやした雰囲気も苦手だからあまり行こうと思った事もなかったなぁ。
プールはごくまれに思い立って行くけど。
「そういえば、この海もリアルと一緒で塩が混じってるのよね」
臭いでわかるけど、一応ぱしゃぱしゃと触ってみる。
うーん、やっぱり手がべたべたする……。
「……じゃあ、そろそろ行きましょうか」
私は意を決し、『黒風石のマスク』と先ほどかった『小魚のヒレ』を装備する。
そしてベラから『見通しのゴーグル』を受け取りそれも装備。
こうしてみると、割とそれっぽい格好になった。
「一人だけ外で申し訳ないですけど、頼みましたでマココはん!」
「問題ないわよ。それより、マンネンは本当に水の中を進めるの? スクリューとか後ろから出てきたり?」
「ふっふっふっ、それは見てのお楽しみやけど、まぁこっちもなんの問題もないですわ! 何回か湖とかで試しとるし、戦闘もなんのその。マココはんの出番はないかもわかりまへんで」
「なら嬉しんだけど」
疑ってるわけじゃないけど、なんとなくそう自信満々だと不安になってくる。
そういう時に限って何か起こるものよね……。
まあ、その『何か』に対処するために私がわざわざ外へ出るんだ。
「何かあっても乗ってるだけの私たちにはどうしようもないからねー。すべてはマンネンちゃん頼りよー」
「水の中とか炎以上に符に逆境です……。すいません……お世話になります……」
ユーリは置いといて、アイリィも装備を買い揃えて水中へ出る作戦もあった。
でも、この水中ルートはあくまでも道中であり、本番のダンジョン探索、ボス討伐が先にある。
カッコよく言えば『温存』ね。
後、あんまり大人数で出て散り散りになると面倒ってのもある。
そうこうしてるうちに私以外の三人はマンネンに乗り込み、ハッチを閉じた。
それを確認してから私はマンネンの装甲に飛び乗り、掴まる。
「ほな、いきまっせー!」
マンネンが口を開いたかと思えば、そこからベラの声が響いた。
そんな機能もあるんだ……。これなら向こうの指示を受け取る事は出来そうね。
感心している私をよそにキャタピラーが砂浜に跡を残しながら進む。
マンネンの巨体が水に飲まれていく。
私にも水面がどんどん迫ってくる。
足先に冷たさを感じた時には、全身が水の中へ引きずり込まれていた。
砂浜で感じた温かな雰囲気とは裏腹に、水は冷たい。
私は反射的に目を瞑り、息を止め、体を縮こまらせる。
対策をしているとはいえ、本能的に水中は怖いようだ。
ゆっくりと目を開き、呼吸をしてみる。
……うん、息苦しくないし、目もしみない。
海底はわかりやすく斜面になっていて、それに沿って直進するだけで水深はどんどん深くなっていく。
今のところは上から波でゆらめく光が射していて、無害でカラフルな魚が泳いでいる。
さながら綺麗な景色を楽しめる海中散歩と言ったところだけど、これからどうなるか……。
背中の『邪悪なる大翼』が流されないように注意しながら(実際流されないとは思うけどなんとなく)、海底を進む。
そういえばクロッカスはいつごろ起きるのかしら。




