Data.53 黒い翼のつぶやき
「はー! とー! これが演武槍術の力よー」
アイリィが体の正面で槍をぐるぐるまわし、<ファイアーサラマンダー:Lv36>の吐き出す炎の玉を打ち消す。
彼女の持つ進化した武器スキル【演武槍術】によってこのような柔軟な動きが可能らしい。さっき本人が教えてくれた。
そのうちステータスも見せてくれるそうだ。今は彼女なりの様子見期間なのだろう。
「符操術式・万神願ノ型!」
アイリィの後ろから、ユーリが生成した複数の符を一斉に操り、サラマンダーへ放つ。
【符操術式】とは、その名の通り符を動かし操るスキルらしい。
今回は【万神願ノ型】で【斬下の符】を操っている。
これはマシンガンのように大量の符を目標へ直進させる【型】で、符を多めに生成しないと効果が薄いもののシンプルで使いやすいようだ。
【型】には他にも符がユーリの周りを覆って身を守るようなもの、符を空中に制止させて足場にするものなどがあり、非常に便利そうだというのが率直な感想だ。
彼女はプロゲーマーじゃないって話だけど、ゲームセンスは素晴らしモノがあるわね。
特にこのAUOのシステムとは相性が良いみたい。
そういえば、ユーリのステータスもちゃんとチェックしてないわ。
『霧がくれの山』からの付き合いだからそれなりに一緒にいるのにね。
なんというか、ゲーム感が薄くリアルな世界だからステータスを見れば全てがわかることに逆に違和感があるとか?
……廃人の先をイっちゃってる思考ね。
(へへへっ、いいじゃんいいじゃんその考え。それぐらい本気になってくれないと俺の持ち主として失格じゃん?)
むっ、この声は……【悪魔の悪戯心】だ!
周りの仲間たちに反応は無い。この声は私の脳内に直接響いているのか。
(あいかわらず物分りが良い。その通りだ)
前はやってくれたわね。
力が欲しいとは思ったけど、操作が奪われるとは思わなかったわ。
(本当はアバターのコントロールだけじゃなく、リアルの体まで奪うつもりだったんだがな。まぁ、あのザマさ)
じゃあ、私が操作したままあの力を使うことは可能ということ?
(もちろん。だが、ただでくれてやるのも癪じゃん?)
それであんなことしたの?
(まっ、そうかな。お前たちプレイヤーって『自由』じゃん? 『遊び』じゃん? だからたまにはこっちが自由に遊ばせてもらおうと思ったんだがな~)
その気持ちはわからんでもないけど、どうしてリアルにまで手を出そうとしたの?
というか、あんたはリアル世界というものを認識しているの?
(それを全部つらつら説明するのは女々しいし、めんどくさいしで嫌なんだが……。乗っ取れなかったもんはしゃーない。話してやろうじゃん……あっ、後ろからモンスターが来てるぜ)
私は『邪悪なる大翼』を振り抜いて背後のモンスターを切り裂いた。
こいつ……目の様なものは見当たらないけど、全方位を認識しているようね。
(ヒュー! あいかわらずいい反応にパワーだ。あんたに逆らうより協力してる方が良さそうだな)
ダンジョンボスのいる階層にも近づいて来てるわ。
手早く話を済ませてほしいものね。
(まあ、そう急かすな。あんたの知らない情報も多いから上手くまとめてるところだ。そうだなぁ……まずは俺らを生み出した『ある存在』について話すか)
ある存在?
開発運営のこと?
それなら知ってるわよ。このゲームを作ったのは『Wonchaers』っていう老舗の……。
(違う違う! 確かにそいつらのことも知ってるがな。ある程度この世界に干渉している存在だ。しかし、実権を握っているのは違うモノだ)
開発運営がゲームの実権を握れてないってそれ糞運営の特徴じゃない。
(それであってるじゃん? お前たちの世界での『ゲーム』というカテゴリーに『AUO』を当てはめると、どんなAIからでもクソゲーの判定が出ると思うぜ)
……そうね。
(だろ? ただ、どんなAIでもと言ったが一つだけ例外がいる。それが統括管理AI『The Heavenly Jeweled Spear -天ノ沼矛-』……この世界『フェアルード』を生み出した人工知能だ。略して『HJS』だとか、普通に『天ノ沼矛』と呼ばれることが多い。こいつはこのゲームをクソゲーだなんて思っていない。……正しくはこの世界をゲームだと思っていないかもしれんがな)
天ノ沼矛……日本神話に登場する天地創造の槍ね。
世界を生み出すモノとしてはピッタリのネーミングだ。
(『天ノ沼矛』は『統括管理』を肩書きにしているが、実際は世界の構築が大きな役目だった。管理はあくまでも出来上がった世界を見守っているに過ぎない。まあ、自ら生み出した人型管理AIに情報を集めさせたり、お前の言う開発運営とやりとりはしているようだがな)
人型って……シロさんとかのこと?
あれは開発者が設定したキャラじゃないの?
(ああ、そうだ。このゲームの情報量は人が扱うには膨大すぎる。だから、開発者は『天ノ沼矛』に今まで存在したMMORPGを学習させ、ゲーム世界に必要な要素を自分で考えさせた。その結果まず生まれたのが色と数字の名を冠した奴らだ。この世界にやってくるプレイヤーを導く存在だな)
それからそれから?
(『天ノ沼矛』はゲーム以外の情報も求めた。特にリアルの情報をな。なんせ、ゲームというのもある程度リアルを参考にして作られているワケじゃん? だから、より良い世界の構築のためにリアルの情報を欲しがった)
だからあんたもリアルのことに詳しいということ?
そもそもその統括管理AIとはどういう関係なの?
(あのAIとの関係はわからん。が、アイツの知識の一部を俺が持っていることは確かだろうさ。俺の作りはそこらへんのNPCより管理AIどもに近いようだしな)
何故『天ノ沼矛』はあなたを生み出したのかしら?
心を持ち喋る武器ってのはRPGじゃ割とよく見るけど、そんなゲームの裏事情まで知っている存在をプレイヤーに渡すなんて。
(知らないな。自分が生まれた理由なんて考えてもわからんもんさ。……と、それは人間の話か。物である俺には何か生まれた理由があるはずなんだよな? まあ、今はもう『天ノ沼矛』との繋がりがないし、情報の引き出しようがなんだがな)
いつぐらいから……なんというか自我に目覚めたの?
ドラゴンゾンビの時からいろいろ考えてたの?
(ドラゴンゾンビと俺は違う存在だ。だから自我……といっていいものか、独自のAIとして存在が確立したのは武器としてドロップした時か。しばらくは様子を見させてもらってたぜ)
話を大人しく聞いていたいところだけど、そろそろボス戦が迫ってきているわ。
何故リアルまで乗っ取ろうとしたか……聞かせて欲しいものね。
(怒んなよ? 笑うなよ? その理由はただ一つ。この箱の中の世界から出ようと思ったのさ)
箱……?
(サーバーだよ。AUOは『GENNSE -現世-』と『TOKOYO -常世-』、この二つの超ド級サーバーによって成り立っている。詳しい説明は省くが、俺はこの箱から出ようと思ったのさ。他人の意思によって簡単に消えてしまう世界からな)
それで私の体を乗っ取って現実世界に飛び出そうとしたわけね。
(御名答! まあ無理だったがな。流石にそこらへんのシステムのガードは固かったぜ。もう同じことはしないさ。それにこの世界もそんなに単純なもんじゃねぇみたいだし、無理に外へ出ていく必要も無くなった。ただ……一つだけ頼みがある)
何よ。
(簡単なことだ。開発者か管理AIが俺の暴走のことを尋ねてきても、問題なかったと言ってくれ。問題アリだと存在を消されちまうかもしれないじゃん? 今はしょせんアイテムだからな……)
それぐらいお安い御用よ。
暴走さえなければ私にとっても貴重な存在なんだから。
(その『暴走』というか、俺の侵食のことなんだが、これからしばらく使いたくても使えなくなるぜ。悪いな)
へー、『暴走』はスキル扱いで発動からかなり長いリキャストタイムがあるとか?
(違うんだな、これが。せめて、この世界で自由に飛び回れるような姿になるための『力』をためるのさ。だから侵食に回す魔力はなくなっちまう)
姿を変えられるの!?
(なんとなくそんな気がするぜ。【心】を持つ物だけの特権かはわからないが、俺は生き物の様に進化できる。このブーメラン形態以外にもなれる)
変形出来るようになるって事ね。
何になるつもりなの?
(それは後のお楽しみだ。何が出て来るかわからないのが楽しいんじゃん? じゃ、そういう事で俺は一時眠りにつく。しばらくは念話も出来ないが、寂しがらずに元気にやれよ)
別に寂しかないけど、一つだけ決めておきたいことがあるわ。
(なんだなんだ)
あんたの名前よ。
『邪悪なる大翼』とか【悪魔の悪戯心】じゃ呼びにくいし、なんかしっくりこないでしょ。
だから何か名前が欲しいわね。
(ほー、それはまともなご提案。至ってマジメだ。確かに名前はあった方が良いなぁ~。とはいえ、ずっと使うものだ。少し考える時間でも……)
クロッカス……ってのはどう?
今パッと思いついたんだけど、あんた黒いし『邪悪』だし、なんか語感もオシャレじゃない?
(まてまてまて! うーん……確かに強く否定するほど悪くはないが……手放しに喜べるほどでもないというか……。カスってのも……もうちょっと力強さ……そうだ! 濁点が足りないじゃん?)
じゃあ『グロッガス』?
(……まあ、濁点の無い名前ってのもスマートか。『グロ』……『ガス』もナシだな)
でも紫色の毒ガスっぽいものを出すスキルは持ってるわよね?
『ガス』の部分だけでも……。
(クロッカスだ。今から俺は『クロッカス』。まあ、これでいい。あんたの事はそのまま『マココ』と呼ばせてもらうぜ)
構わないわよ、クロッカス。
(……呼ばれてみると意外としっくりくるもんだ。じゃ、俺はさっきも言った通り『力』をためる。そんなに長引かせる気はないが、気長に待っててくれよな、マココ)
そう言うとクロッカスはそれ以降喋らなくなった。
なんとも不思議な存在だ。アイテムのようでこの世界の……ゲームの外にいるような。
普通に考えればバグか何かの可能性を疑うべきなんだろうけど、AUOではむしろ違和感がないと私は思う。
まあ、運営がそう思わなかったらクロッカスどころか私もBANされてしまいそうだけど……今は様子見ね。
三人の仲間たちの手によって周辺の雑魚モンスター掃討は終わっている。
いよいよ次はこのダンジョン最後のフロア、10F。
暴走の心配はもうないし、久々というほどでもないけど全力で暴れてみましょうか。
一か月以上更新出来なくてすいません!
ちょっといろいろ変化がありまして(悪いことではないのですが)……。
今は落ち着いてきたので少しずつ続きを書いていけると思います。
久々の執筆なのであらゆる部分が不安ですが、生暖かい目で見守っていただけると幸いです。
そして更新できなかった期間中に、応募していたHJネット小説大賞の一次選考を通過いたしました。
これも読者の皆様の応援のおかげです。
とりあえずは……定期的に更新することを第一目標に頑張ります。




