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Real.1 貝木真心の休息

『意識の覚醒を確認しました。カプセル内の液体を排水します』


 機械のアナウンス音と共に、私……貝木(かいき)真心(こころ)の意識はリアルへ戻ってくる。

 カプセル内の液体が抜かれていき、それが完了すると機械の風が私の体を乾かす。

 排水された液体は中で呼吸が出来たり、体のストレスを軽減したりと便利な物でお世話になっているけど、専門分野ではないのでその原理はわからない。


『作業終了。お疲れ様でした』


「ありがと」


 開かれたカプセルから、私は起き上がって外へ出る。

 体につながれていたフルダイブ用の器具はすでに取り外され、カプセル内に自動的に収納されている。


『少し脳への負担が認められます。病院へ行くことをお勧めします』


「大丈夫、いつものことよ。まっ、今回は確かに疲れたけど」


『そうですか。ですが、定期検診は必ず受けてください』


「はいはい」


 このカプセル『処女神の(アルテミス・)ゆりかご(クレイドル)』は人工知能搭載型で、ログイン中の健康状態を管理してくれる。

 外出するときなどは必ず着けることが義務付けられていて、個人証明、電子マネーなどの機能を兼ね備えた『生体情報腕輪(リビング・リング)』と連動しているので、その管理技術は最高峰だ。


「なにか変わったことあった?」


『特にございません。午後7時からの降水確率が70%となっていますので、外出の際はお気を付けください』


「今何時?」


『午前11時28分です』


 早いわね。

 いつも通り朝ログインして、ヴァイトと戦闘だけして帰ってきたからか。

 長いようでかなりの高速戦闘だったからなぁー。


真心(こころ)様』


「なに?」


『早く衣服を着用してください』


「あっ、そうね。ご飯食べに行ってくるから部屋着じゃダメねよねー」


 カプセル『処女神の(アルテミス・)ゆりかご(クレイドル)』は裸で入る物だ。

 液体の中に浸かるわけだから当然だけど。

 さぁ、食べに行くと言っても気楽な服装でいい。

 うーん、ジーパンとシャツでいいか。ちょっとあそこには合わないかな?

 まあいいや。


「ふぅ、じゃあ行ってくるわ」


『またあのお店ですか?』


「そうよ」


『健康管理AIとしては見過ごせないところですが、仕方ありません。鳥の唐揚げの付け合せのキャベツも食べること。スープは残す……』


「はいはい! わかったわかった!」


 アルテミスには悪いけど、健康に悪いから美味しいのよねー。

 そんなことを考えながら私はカプセルと同じ部屋にあるPCデバイスを起動する。

 そして、音声で指令を出しておく。


「AUOから今日の私の戦闘シーンをダウンロード。あと、動画サイトをサーチして今からアップロードされる『マココ』を含んだ動画、あと『GrEed(グリード) SpUnky(スパンキー)』の動画もピックアップしておいて」


『了解しました』


 これでお出かけ準備完了。

 私は颯爽と玄関に向かい、「行ってきます」と言ってから外へ繰り出した。




 > > > > > >




 さてと……なんかAUOに集中してたから、久々のお外ね。

 いつものお店は歩いてすぐのところにあるので、わざわざ無人タクシーを使う必要もない。

 辺りの景色でも眺めながらだらだら歩こう。


 空は確かに曇っていて、空気も湿気ている。

 予報通り夜には降りそうね。

 体を動かすために食後ジムにでも行こうと思っていたけど、どうしょうかな。


 『処女神の(アルテミス・)ゆりかご(クレイドル)』には電気刺激による筋力維持機能もあるけど、あくまで気休めだ。

 あんまり強い電気も使えないしね。

 だから、たまには体を鍛えとかないと生活に支障が出る。

 ゲーム内と現実じゃ身体能力も違うから、現実の体の感覚も覚えておかないとね。


 今のところ私の体に違和感はない。

 流石に現実の体をジャックするような事はないようだ。

 まあ今はそもそも器具につながってないし……。


 そんなことを考えていると、目当ての店に着いた。

 その名は『古龍ラーメン』。

 私は慣れた手つきで引き戸を開け、その中に入った。


「いらっしゃいませぇぇぇーーーー!!」


 店員さんたちの大きな声が店内に響く。

 それに負けないほど調理器具を使う音、食材を調理する音、他の客の喋り声も聞こえてくる。


「何名様で?」


「一人です」


「では、こちらのカウンター席にどうぞ」


 案内されたカウンター席に向かう。

 床は脂がこびり付いているので、歩くたびにぺりっぺりっっという。

 今の技術なら、この脂をとろうと思えば簡単にとれるのだ。

 しかし、あえて残してある。


「……さて、何にしようかな」


 席に着き、水をもらった後、私はメニューを見る。

 見慣れたメニューだが、毎回食べる物は考えて選ぶ。

 「いつもの」が通用する店もあるし、この店も常連はそれで通している人もいる。

 しかし、私はそうしない。

 その日の気分によって食べる物だけでなくトッピングもこまめに変える。


「……すいませーん」


 頼むものが決まったので店員さんを呼ぶ。


「お決まりでしょうか?」


「はい。チャーハン定食一つ。ラーメンはチャーシューメンのこってり、煮たまごトッピングで。それと餃子一人前。あと、鳥の唐揚げを単品で一つ。以上で」


「はい。ご注文を確認させていただきます……」


 店員さんは私の注文を復唱する。

 注文が細かいので少し申し訳ないが、やりたくてやっている『仕事』なのでガマンしてもらおう。


 確認を終えると、店員さんは厨房へ戻っていき、何やらこの店独特のメニューの呼び方で料理人たちに注文を伝える。

 何度も来ているから、少しずつその独自の言葉がわかるようになったけど、はじめは注文伝わってるのかなと不審に思ったものだ。


 料理が運ばれてくるまで、私はカウンター正面に見える厨房を見つめる。

 そこそこ客が入ってるから、いま大きな中華鍋で炒めているチャーハンは私のじゃなさそうね。


 にしても、厨房の至る所に年季を感じる。

 「使っちゃダメでしょ」って程のものはないけどね。

 これも『古き良きラーメン屋』の雰囲気作りだ。


 この時代、機械の調理技術も上がっている。

 冷凍食品などそりゃあもうすごい。

 そんな中、人が作る意味は『良い無駄』を付与する事だ。

 完璧を機械と競っても勝てない。

 逆に機械はあえての無駄などを理解できない。


 床や厨房の使い込まれた汚れ、無駄に大きい接客の声、わざわざ覚える必要がある注文の呼び方……。

 他にもいろいろあるけど、どれも昔から受け継がれる無駄による雰囲気作りだ。

 美味しい料理だけでなく、その料理を楽しむ空間も生み出すクリエイターなのだ。

 特にラーメン屋は何故か人気職なので差別化のために個性的な店が多い。


「お待たせしましたっ! こちら定食の半チャーハンです!」


「ありがとう」


 目の前に半球状に盛られたチャーハンが置かれる。

 玉子をふんだんに使っており、ご飯も金色に光っている。

 味はあっさり目でパクパクいけるわ。


 ちなみに作ってる人が違ったり、日によって味のぶれがある。

 人が作ってるからこれもご愛嬌。

 今日は……ちょっと濃い目で私好みだ。

 チャーシューも味が染みている。


 その後、ギョーザや唐揚げも順次運ばれてきた。

 ギョーザも野菜多めのあっさりしたものだ。

 唐揚げも食べやすいサイズの鶏肉をサクサクの衣で包んで、肉汁を閉じ込めている。

 味付けは生姜(しょうが)、醤油がきいててこれまたあっさりだ。


 この店のサイドメニューは基本あっさりしている。

 看板メニューであるラーメンがこってりだからね。


「お待たせしましたっ! こちら定食のチャーシューメンこってり、煮たまごトッピングです!」


 来た!

 メインが少し遅れて来た!

 目の前に置かれたラーメン。

 特徴はそのスープ、こってりどろどろである。


 もし人間が初めから機械の様に完璧な生き物だったのなら、こんな食べ物は生み出さなかっただろう。

 栄養はたっぷりと言えばたっぷりだけど、偏っている!

 全部飲めば体に悪いと言われても仕方ない。

 しかし……美味いのだ。


 私は麺を少し混ぜて、スープとなじませる。

 栄養バランスを考えつつも、似たような味を再現することは可能かもしれない。

 でも本物の味、(スープなのに)食感はこうでなければ味わえない。


 さあ、食べるわよ!

 一口目をすする。スープの絡んだ麺が重い。

 ……やっぱりこの濃さだ。

 体が喜んでいるのがわかる。

 私はそのまま一気に食べ進めた。




 > > > > > >




 ……食べ過ぎたわ。

 後半少し味に飽きや、体に危険を感じ始めるのもいつものことだ。

 次は減らそうと思うけど、久々に来るとたくさん食べたくなってしまう。

 昔は大盛りを食べていたけど、流石に歳ね……もう無理……。


「お会計を」


 伝票を持ってお会計に向かう。

 デザインは他の物と合わせるために古臭くされているけど、会計用の機械に関しては最新のものが使われている。

 お金の処理は重要なのでいろいろルールがあって、結果統一されている。


「リングをどうぞ」


 私は機械に『生体情報腕輪(リビング・リング)』をかざす。

 すると電子音と共に一瞬で会計が終了した。


「ごちそうさまでした」


「ありがとうっ、ございあしたぁぁぁーーーー!!」


 あいかわらず大きい声を背に受けて、私は店を後にした。

 ラーメン屋はだらだら過ごすところではない。手早いのも魅力だ。


「これは歩いてジムまでいってお腹を慣らした後、運動すべきよね……」


 ジムにも健康管理AIが置いてあって、効果的な運動をサポートしてくれる。

 重いものを食べた後は頼りたくなるわ。

 死んだら最後、今の時代も失った命は戻らない。

 だから、医療技術の研究も重要で人気分野だ。


「ありがたく頼らせてもらおうっと。楽しくゲームをやるために……うっ……」


 私はゆっくりと歩き出した。

 また健康診断も受けとかないと……。

※追記

カプセル内の液体に関する描写を修正しました。

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