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Data.45 ダンジョンフェアリーと温泉

 赤い妖精は両手で手招きをしている。

 私たちは疲れた体を引きずり、彼女のもとへ近づいた。


「ほんで、何の特典をくれるんや?」


 ベラがまず先手をうって本題を引き出そうとする。


「聞いて驚くなかれ! その特典というのは……『ダンジョン手形』でだヨ!」


「その『ダンジョン手形』ってなんなの?」


「まずは実物をご覧に入れよーう! 左手を出しなされ!」


 言われた通り私は左手を持ち上げる。

 同時に、その手の甲に『証の跡』が浮かび上がった。

 妖精は私の左手首に馬乗りになると、浮かび上がった『跡』のうち、赤い円に自らの小さな手を重ねた。


「ダンジョン手形<5F>を発行!」


 彼女の宣言と共にその手が赤く発光する。

 しばらく彼女は手を離さずにじっとしていた。


「……ふぅ。発行完了!」


 赤い妖精がその手をどかすと、赤い円の中には小さな手形が刻まれ、その手形の中には「5」という文字を崩したような記号が描かれている。


「これは……証とは違うの?」


「『手形』と言ったよネ? これは『このダンジョンをここまで進みました』ということを証明する『手形』だヨ。これがあると、1Fの移動の魔法円(ワープサークル)からでも6Fを行き先として指定できるんだヨ!」


「つまり、次の探索からは5Fまでをショートカットできるってことかいな!」


「そうだヨ!」


 これは素晴らし特典ね。

 このダンジョンはキリのいい階層で『手形』を更新して、どんどん先に進む方式なのかしら?

 だとしたら、もう少し長いダンジョンである可能性もあるわね。

 一か八か、この子に聞いてみよう。


「ねぇねぇ、妖精さん。このダンジョンは全部で何フロアあるの?」


「……うーん、直球だネー。本当は教えない方がいいんだけど、一番乗りだし、うすうす気づいてるみたいだし、今回は特別に教えて上あげヨー! でも、他のフェアリーがこんなに素直だと思っちゃダメヨ!」


「うん、覚えとくわ」


「素直でよろしー! このダンジョンは全10フロアだヨ! 最後にはボスがいて、そいつを倒せば『火の証』が手に入るんだヨ! 手に入れた証は、ダンジョンから出るまでに死んじゃうと消えるのは知ってるよネ?」


「それは知ってるわ」


「ウンウン。この『手形』は帰りにも対応してるから、本来地下6Fから5Fに上がる魔法円を使って1Fまで戻ることもできるヨ!」


 つまり、次からの探索は行きも帰りも1-6-7-8-9-10だけで済むという事か。 

 うーん、これは嬉しい!


「理解できたかナ? なら、先へ進む? それともダンジョンから一回出る?」


 赤い妖精が二つの魔法円を新たに出現させる。

 一つは6Fに進むもの。もう一つは入り口に戻れるものだ。


「ちなみに、ここの大ボスを倒しても入り口まで一気に帰れる魔法円は出現しないヨ! 最低でも地下6Fにある『地下5Fに上がる魔法円』のある場所までは自力で帰ってきてネ!」


「いろいろ教えてくれてありがとう。一度ダンジョンから出ようとおもうわ」


「ならこっちの魔法円にいらっしゃーい!」


 私たちは彼女の言葉に従い、指定された方の魔法円の上に乗った。


「あっ、もひとつオマケに教えてあげるヨ! 『手形』もそうだけど、ダンジョンのルールというのは場所によって違うヨ! だから他のダンジョンでは、そこのダンジョンフェアリーの意見い従うがいいヨ! 『ダンジョンに入ってはダンジョンに従え』だネ! じゃ、バイバーイ!」


 赤い妖精は大きく手を振って私たちをダンジョンの入り口に送り返した。




 > > > > > >




 気づいたら私たちは『ヴォルヴォル大火山洞窟』の入り口に立っていた。

 活火山のふもとなわけだから涼しい風が吹いている訳じゃないけど、火山内部に比べれば相当風が心地よく感じる……。


「すー、はー! あぁ……空気がうまいなぁ!」


 ベラが大きく深呼吸する。

 私もそれにならって大きく息をした。


「いやぁ、終わってみれば一度目の探索はかなり有意義なもんになりましたなぁ! あの妖精はんは私が口出せへんほどおしゃべりやったけど、ええもんとええ情報をくれたわ!」


「本当よね。ついでに私たちがこのダンジョンの一番乗りって事もわかったし、一度ヴォルボーの村まで戻って体勢を立て直しましょう。ポーションとか補給しないとね」


「それに装備も汗まみれやから洗わんとな。不潔な状態で放って置くと、腐って耐久が落ちるらしいで。温泉施設がいくつかあったから、そこに行きましょか!」


「いいわねぇ~、温泉。こっちのボディもリラックスさせて、スタミナを回復しないとね」


「そうと決まれば、この風を涼しいと感じてるうちに急ぎましょ!」


 私とベラは足取り軽く歩きだす。

 ……実際は疲れているので、不格好なスキップをする二人組になっていた。

 まあ今の状態はどうあれ、私たちは全プレイヤーの中で『ヴォルヴォル大火山洞窟』の攻略が最も進んでいるプレイヤーになっていた。




 > > > > > >




 ◆現在地

 ヴォルボーの村:()村屋(むらや)おんせん


「あぁ~。いい湯やなぁ~」


「ほんとほんとぉ~」


 村にたくさんある温泉の中でも宿泊施設もなく、ただ純粋に温泉だけに入る銭湯のような店を私たちは選んだ。

 お金を払い、脱衣所で服を脱ぎ、今は露天風呂に浸かっている。周りに他の人はいない。

 ちなみにプレイヤーには効果はないけど、無くならないインナーが標準装備されているけど、特定の条件下では脱ぐ事も出来る。


「温泉に入るためだけにこのゲーム始めてもええぐらいやで、ほんま! ……それは言い過ぎか!」


 この場面で今さらこんなこと言うのもなんだけど、すごい技術よねぇ~。

 科学の進歩というのは素晴らしい。


「そういえば、マココはんのアバターはなんでその見た目になったんや?」


「これは完全ランダムよ。一発でこれになったの。すごいでしょ」


「へー、完全ランダムでっか。あの機能、実はリアルの見た目を多少参考にしてアバターを作ってるってウワサがあるんですわー。そのウワサがホントなら、マココはんは現実でも相当美人ってことになるなぁ~」


 えっ、そんな隠し設定が!?

 確かに何兆何億という組み合わせの中で、この整った見た目を一発で引き当てるなんて恐ろしい確率よね……。


「でも、あくまでウワサでしょ? ランダムは建前で、本当はいくつかのパターンが用意してあって、それをAIが多少(いじ)って作ってるんだと思うわ」


「美人ってことは否定しないんやな~」


「うっ……まぁ、そこそこよ」


「じゃあ、ここも現実とそっくりなんかな!」


 ベラが私の胸をぎゅうっと揉みしだいてきた。


「んっ……ちょっ! やめなさい!」


「ほんまこの感触もリアルで柔らかくて気持ちええなぁ~。本当はリアルでこんな大きいの触ったことないから、これがリアルな感触なんかわからんのやけどな……」


 ベラは私の胸から手をはなし、自分のモノを揉み始めた。

 現実で胸が足りてないから盛ったタイプか……。


「始めに触った時は『重っ!』って思いましたわ。すごい質量やなと。有るのと無いのとでは別の生き物やなと。他人の視線も自然と胸元に集まってるのがわかって快感やったわ……。はぁ……このゲームに熱中すれば、リアルのおっぱいも勘違いしてデカくならへんかなぁ……」


 技術の進歩で豊胸も含む整形手術のハードルも下がった。

 しかし、自然と胸を大きくする方法はいまだ確立されていない。

 この時代でも『おっぱい』は未知の領域なのだ。


 今、この事実を告げてもベラを追い詰めるだけだ。

 私は左手の甲に『証の跡』を浮かび上がらせた。

 イベントの話をしよう。ゲーム内では好きな自分でいられる。


「お客様~。お湯加減など、何か気になることはございませんか~?」


 従業員の若い女性が、風呂場に入ってきた。

 風呂場の状態の確認や掃除、それにのぼせる人もいそうだからこまめな確認は必須なのだろう。


「あっ! お客様それは……っ!」


 従業員の女性が私を見て目を見開く。


「えっ、あ、私何かマズイことしましたか……?」


 なんだろう……心当たりは、あっ!

 左手の甲の『証の跡』だ!

 これは『タトゥー』や『刺青』に見える。

 古来より銭湯では、それらのようなものはご法度(はっと)なのだ。


「すっ、すいません! これは、その……普通の奴ではなくて……」


「そうですよね! 創造神様によってこの世を救いに来られた方々ですよね!?」


 『創造神様によってこの世を救いに来られた方々』というのは、NPC達から見た私たちの存在だ。

 創造神(うんえい)にお金を払って、この世界(ゲーム)に来させてもらっているからね。

 ログアウトは天に帰っているという認識かな?


「数日前に神託があったのです。そのうち、この村を多くの者が訪ねてくると。まさか救世主の方々のことだったとは! そして、一番にここお風呂に入って下さるとは!」


 ほうほう、NPCにも変則的なイベント通知は届いているのね。

 確かにいきなり救世主(プレイヤー)たちの動きが変わったら驚くもんね。


「なにか……なにか……お渡しできる物でもあるといいのですが……」


「いえいえ、この気持ちいいお風呂だけで十分ですよ」


「そうはいきません! えっとえっと……そうだ!」


 女性は何かを思い出したのか、床で滑りそうになりながらどこかに行ってしまった。

 と、思ったら即行で戻ってきた。


「ぜぇ……ぜぇ……。これ……もしまたあの火山に行くのならば、使ってください。昔、冒険者を夢見てた頃に作った防具です……」


 彼女が差し出したのは二つの黒い『マスク』だった。

 耳に引っ掛けるヒモはついていないが、その形は口と鼻にフィットするタイプのマスクに似ている。


「これは?」


「『黒風石のマスク』です。もともと魔力を通すと風を生み出すという石を加工して、冷風を生み出すスキル【クーラー】を付与してあります。これならあの火山の熱風の中でも呼吸がしやすいですし、体もある程度冷やせます。ぜひ、持って行ってください!」


「でも、こんな良い物……いいの?」


「はい! 私はこの経営が傾いて宿部分が無くなった風呂屋の若女将ですから! 最近、私目当ててで来てくれるお客さんも増えて、良い(きざ)しも見えてるんです! 冒険者にも憧れてましたが、これも良いかなって思ってます。だから、私の作った防具を連れて行ってあげてください」


 うっ、そこまで言われたらありがたく使わせてもらうしかない!

 私は『黒風石のマスク』を装備する。

 なかなか付け心地は良く、とても軽い。

 石でできていて硬そうなのに柔軟に顔にフィットした。


 そして【クーラー】のスキルを発動させる。

 ……おおっ!

 涼しい風が体に入り込んでくるわ。

 これなら暑さもかなり軽減できるし、酸素ボンベとして使えば水中でも行動できるようになりそうだ。


「ありがとう。大事に使わせてもらうわ」


「いえいえ、お役にたてたなら幸いです! それにそのマスクはもう少し予備があるので、素材を揃えれば複製も出来ます。また欲しくなったら言ってください! でも、その時はいくら救世主様でもお金をもらいますけどね!」


 エネルギッシュな若女将は笑顔を振りまいた後、仕事に戻っていった。

 ちゃっかりしているところも好きだ。


「NPCに……いや、人に歴史ありやなぁ……」


 ベラがマスクを着けたまま会話している。

 どうやら、このマスクを着けていても声は普通に聞こえるようだ。


「また、あのダンジョンに挑戦する気力がわいてきたわ」


「あたしも。でも、もう少し温泉に浸かっていようや……」


 しばしの間、私たちは遠くに見える雄大な『ヴォルヴォル大火山』を(なが)めながら湯につかっていた。

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