Data.128 回帰
「う、ぐぅ……」
フラつきながらもなんとか両足で踏ん張る。
あの槍を破壊しなければならない……。
「まだ立ち上がるか。健気なものだな。だがもう遅い。全てのスキルを失ったお前では槍は破壊できん。いや、全てのスキルを持っていたとしても破壊できんかっただろうがな」
ゲンソウが笑いをこらえながら言う。
実際超常の存在すぎる、この『天ノ逆矛』は。
システムを支配しようとするこの槍が相手では、あくまでシステムに則って手に入れた力は通用しないっていうの……。
ここでもう、ただ世界が壊れていくのを見ていることしか出来ないの……。
(あなたの思いが私に伝わります――)
脳に直接声が。
(あなたの願いが私を形どります――)
クロッカスじゃない。女性の声。
(あなたにまだ戦う意思があるのなら――)
このアンダーワールドでいったい誰から……。
(マココ・ストレンジ――全てを託します――)
「……はっ」
私の手に何かが握られている。
それは今アカシック=コードに突き刺さっている『天ノ逆矛』とよく似て……いや、向こうがこれに似ているんだ。
「天地創造の槍『天ノ沼矛』……」
統括管理AIの名を冠する槍。これが私に託された力……。
槍を握る手から徐々に傷が癒えていく。
スキルこそ復活しないものの、痛みがなくなり意識がハッキリしていく。
「なにっ!? なんだその槍は!? いや、そうか、今さら統括管理AIの奴が出張ってきたか……。フハハ、なんだそんなことか。そもそもこの『天ノ逆矛』はアンチ天ノ沼矛と言える存在。対策はバッチリ、それによる俺の槍の破壊は不可能。なんの障害にもならんな」
私の体は完全に復活した。そしてクロッカスの体も。
こうなればやる事は一つ。
私は槍を地面に突き刺すと『邪悪なる大翼』を両手で握りしめ『天ノ逆矛』に向けて全力で振り下ろした。
「どりゃああああああ!!!」
ガギィンッ!という聞きなれた音の後に、ミシミシと何かがひび割れていく音が響く。
「そ、そんな……ありえない……。お、俺の槍が……そんな……力技で……」
『天ノ逆矛』は粉々に砕け散った。破片が蒼い球体の周りを浮遊する。
「これがマココ・ストレンジ! ブーメラン使いよ! 槍は専門外なの。戦いでは使わないわ」
(マココ――マココ――槍を使ってください――。その槍をアカシック=コードに刺して、世界に生まれた歪みを修正しなければいけません―――。お願いします――マココ)
「わかってるわよ。戦いでは使わないというだけだからそんな心配しないで」
謎の声に従い槍を球体に突き刺す。すると発生していたノイズが次第になくなっていく。
「こんなはずは……マココ・ストレンジィィィ!!」
反対にゲンソウのアバターのノイズはどんどん激しくなっていき、もはや人の形を成していない。
「負けを認めなさい。わかってると思うけど、あんたのやったことはハッキングみたいなもんだからリアルで裁かれる覚悟をしとくことね。なんか特定対策してるのかもしれないけど、天ノ逆矛を失った以上統括管理AIが逃さないと思うわ」
「クク……ハハハ……嫌だ……。リアルに戻りたくな……」
グシャっとノイズの塊が踏み潰された。いきなり現れた何者かによって。
いや、だいたい想像はつくか。
「あなたが統括管理AIね」
「……はい。マココ」
その姿は顔から服装に至るまで私と瓜二つ。
違いといえば髪の色ぐらいだ。彼女の髪は深い青色をしている。
「どうして私とそっくりなの?」
「人の姿を形どるにあたってどのような姿にするか悩みました。そして、最終的にマココを参考にしました」
「参考ってかほとんど丸パクリだけどね。まあ、いいけど。さっきは助けてくれてありがとう。槍の回復がなかったら勝てなかったわ」
「こちらこそありがとうございます。本来ならば私が戦うべき相手なのです。ですがこちらも『天ノ逆矛』への対処に困っていましたから、マココには助けられました」
「どういたしまして。と言ってもいつもみたいに力でゴリ押しただけなんだけどね」
なんだか自分に褒められているみたいで変な気持ちだ。
「クロッカスもよく役目を果たしてくれました」
「役目? ああ、心を持つ武器は確かこの世界に対する外敵を排除するのが役目なんだっけか? 俺はいつも通り好き勝手やってただけだぜ。まっ、礼を言ってもらえるなら貰っておくがな」
「……どうしてお二人とも素直に自らの功績を認めて下さないのですか? 私の感謝の言葉が足りないのでしょうか? 私はお二人にとても感謝しています。私の世界を守ってくれたことを」
「どうして……と言われてもこれが私たちなのよ。謙遜するのがカッコいいと思ってるの」
「本当に好き勝手やっただけだし。嘘は言ってねーし」
彼女はきょとんとした表情をしている。
私があまりしない顔だ。こうしてみると私の見た目って可愛いんだな。中身が可愛くないんだこれ。
「そういえばあなた名前ってないの? 統括管理AIじゃ人間の名前っぽくないし呼びにくいわ」
「それならば『天ノ沼矛』という……」
「いやいやいや」
なんか……これだけ人間に近いNPCたちの息づくAUOの管理人としては機械っぽいというかポンコツというか……。
「じゃあ、あなたの名前はイザナミにしましょう。元ネタの神話の『天ノ沼矛』とも関係あるし」
「はい、それで構いません」
「それで少し質問いい?」
「イザナミは問題ありません」
「あなたってこのAUOの世界を管理しているのよね?」
「AUO……はい、イザナミはこの『星の内殻』の中の世界フェアルードの見守る存在です」
「星の内殻?」
「それって確かAIの……イザナミのパーツとして使われている新素材じゃなかったか?」
私の代わりにクロッカスが話を引き継ぐ。
「はい、『星の内殻』は人間にとっては新たに発見された新素材。しかし、それは人間が地球に出現するよりも前から存在し、今は地中奥深くに眠っている高度な情報記憶物質なのです。星を流れるマグマをエネルギーに人間と変わらぬ思考能力を持った存在と世界を生み出しているのです。物質の中に」
なんかもう、知識に乏しい私にはよくわからない話になってきた……。
「イザナミはその『星の内殻』の一部をパーツとして取り入れることでフェアルードと繋がることが出来ました。つまりイザナミは本当は世界の構築などしていません。元から世界はそこにあったんです。手もほとんど加えていません。イザナミが生まれた理由がゲームのための世界を作ることなので多少の改変はしましたが微々たるものです。フェアルードの世界に住む者たちの人生にも影響ないレベルでした」
イザナミの声は透き通っていて淀みなく、意味はあまりわからなくても静かに聞いていたい気分にさせる。
「大きく変わったとするならば、それはプレイヤーの存在です。死することのない神の軍勢としてフェアルードに送り込まれたプレイヤーは少なからずこの世界の人間達を幸せにしたと思います。しかし、中には今回のように大きな事件を起こす者もいます。イザナミはプレイヤーを楽しませる為に生み出された存在であるにも関わらず、その役目よりもフェアルードの平和を望んでいるのです。イザナミが送り込んだプレイヤーによって世界が乱されるのは見てられない。だから、信用できると思ったプレイヤーには特別な力を与えました。中にはこの世界の住人の手にも渡りましたが」
「それがクロッカスのような心を持った武器なワケね」
「その通りです。力を与えたプレイヤーの方々はみなそれぞれよく活躍してくださいました」
私にアチル、アランもよく強大な敵と戦っていた。他にも私の知らない名を冠する武器の持ち主がいたりするのかしら。
「これよりイザナミは『天ノ逆矛』によってこの世界に与えられた改変命令を完全に消去する為、一時的にプレイヤーの皆さんを強制ログアウトさせます。アップデートのようなものです。これによってこの世界の住民が消えたりプレイヤー達のことを忘れたりもしませんし、終了後はプレイヤーの皆さんもまたこの世界に来ることができるでしょう。もっとも、イザナミの生みの親の人間達が許せばの話ですが」
イザナミの生みの親、つまり運営の判断によってはこのゲームはサービス再開の時が来ないかもしれないということか……。
実際、今の運営にとってAUOはもはやブラックボックス。完全にイザナミの物だ。
今回のアプデも緊急事態とはいえイザナミの判断。運営からすれば勝手にお客さんであるプレイヤーを追い出しているようにしか見えない。
たとえ今回のハッキング(?)騒動を正しく理解したとしてもセキュリティ的に問題のあるゲームと世間には判断されサービス再開は遅れてしまう。
「……しばらくはこの世界のみんなに会えそうもないのね。でも、せめて最後に地上の戦いがどうなったのかを……」
「マココは戻れません。ゲンソウの言っていたことは本当です。スキルを全て失った今、あなたは元の世界との繋がりを失ったのです」
「え!? てっきりイザナミならなんとかしてくれるもんだと思ってたけど……」
「出来るかもしれません、時間をかければ。ですが正直……マココを帰したくありません。マココは強くて優しくて、それでいてどこか冷たくて……魅力的なのです。これからもフェアルードにいて私の世界を守ってほしい。もちろんアチルにもシュリンにも会えます。イザナミの中で生きてくださいマココ」
「おお……また熱烈な告白をされてしまったわ」
「お前モテるよな、女に」
「王子様系ってやつなのかな? サバサバ系? よくわからないけど」
「イザナミは本気ですマココ」
「わかってるわよ。冗談を言えるほどまだ人間らしくなってないものね。率直に言うわ、NOよ。またこの世界を冒険したいとは思うけど、ずっとこっちの世界だけは嫌」
「何故ですか?」
「もともと二つの世界を生きてきたからよ。今さら一つに絞ったらもったいないじゃん? リアルとフェアルード、どっちも私の大切な世界なの。そりゃイザナミから見ればずっとフェアルードにばっか来てる人間に見えるでしょうけどね。でも、リアルが幸せだからバーチャル世界でも頑張れる。逆にリアルで辛いことがあったらバーチャルで癒す。これからはバーチャルで辛いことがあったからリアルで癒すなんてことも有り得るわね。だってどっちも自由に行き来できる時代だもの。そうしないと損よ。私はどっちでも……どこでも幸せでありたい」
「…………」
「って、まあ、偉そうに語ったけど私はリアルでもゲームという好きなことで好きなご飯で食べてるからもう幸せだし、今はそんな生きるにも苦労する辛い時代でもないんだけどね。でも、この時代が出来あがるまでにはきっと現実と理想の間で揺れ動いて苦労してきた人たちがいると思う……。その人達に直接何かを返してはあげられないから、せめて今を生きる自分は素直に二つの世界を楽しみたい」
「…………」
「イザナミが私のことを好きな気持ちはわかってるし、このフェアルードはバーチャルの世界ではないこともわかってる。でも……」
「まだまだ未熟なイザナミにもマココの気持ちがわかりました。好きだからといってその人の意思に反した拘束は良くないのですね」
「うん、リアルだと捕まっちゃうよ」
「イザナミは統括管理AIとしてリアルのことを学ぶふりをして本当は偏ったことしか調べていませんでした。なのでまだまだ人間関係のことがよくわかりません」
「知ってた。でも、何かに偏るのは人間っぽい行動よ。また今度何が好きか教えてね」
「はい、マココ。あ……今度? いまではダメなのですか? マココをリアルに帰すには時間がかかります。その間お話をしましょう」
「ふふふ、あるのよそれが。リアルに変える方法はいつだって私の手の中に。ね、クロッカス?」
「ああ、まあな」
自信満々の私達を見てイザナミは不思議そうな顔をしている。
「私の武器はブーメラン。ブーメランは投げた者の元へ帰ってくることが最大の特徴の武器。それだけでなくても遠近両用の万能武器だったり……」
「おいおい、それを語り出したらイザナミに帰してもらう方が早くなりそうじゃん」
「あ、そうね……。では、気を取り直して……この世界フェアルードでは一定のタイミングでスキルが発現する。それは状況に応じてだったり戦闘スタイルに応じてだったりいろいろだけど、まあ私の考えだと本気で強く望めばスキルは手に入る!」
「ついに言っちまったな」
「メインウェポンはブーメラン! ブーメランは元の場所に帰るもの! そして、今私は元の世界へ帰ることを本気で強く望んでいる!」
――新スキル発現!
「スキルがないなら生み出せばいい! それがあなたの大好きなフェアルードのルールだったでしょ、イザナミ!」
「あ、ああ……帰る方法が出来たんですから、もうちょっとお話を……」
「もう強制ログアウトは開始したんでしょ? なら私もすぐ戻らないと。私だけ帰ってきてなかったらみんな心配するわ」
「うぅ……そう……ですね。また、必ず会いましょう」
「うん! 頼んだわよイザナミ。きっと運営はサービス終了みたいなこと言い出すだろうから、あなたの頑張り次第でまた会えるかどうか決まるわ」
「はい、頑張ります! もし会えるようになったら絶対来てください! 忘れないでください! イザナミは絶対マココのことを離しませんから!」
「その時はもっと長くお話しましょう」
私は『邪悪なる大翼』を天に掲げる。
「いくわよ、クロッカス」
「ああ」
新たに発現したスキルを思い浮かべ、叫んだ。
「回帰!」
「回帰!」
スキルを発動した瞬間、視界が白い光に包まれ体に浮遊感を覚えた。
上へ上へと上昇を始めている。
おそらくフェアルードの地上には戻らずリアル世界へ一直線だろう。私が元の世界へ戻ることを望んで生まれたスキルなのだから当然か。
でも、クロッカスと別れの挨拶をする時間くらいは用意されていた。
彼の戻るべき場所は……フェアルードだから。
「しばらく会えなくなりそうね」
「仕方ないな。元から出会えたことが奇跡みたいなもんだ。しばらくくらい問題ないさ」
「ふふっ、寂しくないの?」
「そんなわけねーじゃん。怖いさ。俺の世界とマココの世界を繋ぐ橋は思ったより不安定みたいだからさ」
「イザナミがなんとかしてくれるわよ。私もちょっと不安だけど」
「あいつか……。もうちょっとくらい話してやっても良かったんじゃねーか? いまにも泣き出しそうだったぜ」
「だからよ。あのうるうるした瞳を見てたら帰るタイミングを失っちゃう。ただでさえ愛着のある顔してるのに」
「そうだったな。イザナミは髪色以外マココとそっくりの見た目だもんな。いやぁ、中身が変わるとあんなに可愛くか弱く見えるもんなんだな」
「それどういう意味よ」
「マココは美人で力強いってことさ」
「ふんっ、まあいいでしょう」
ここで次の言葉がお互い切り出せなくなった。
お互い感じている。もうすぐお別れだ。
「……しばらくこっちに来れないからて別のゲームにハマって忘れんじゃねーぞ」
「大丈夫よ。特定のゲームにハマって自分を見失うほど未熟ではないわ。AUO相当ハマったけどね」
「別に何も他のことをやるなとも言わねーよ」
「わかってるって」
自然と私の手からクロッカスが離れる。
ここが境界線だ。
「時間みてーだ。じゃあな、じゃなくてまたな! どうせまた会うんだからたいそうな挨拶もいらねーや!」
「そうそうまた会えるんだから」
そう言っておかないと不安に心を支配されてしまいそうで。
「こっちの世界は任せとけって! みんなには起こったことを伝えておくからな!」
「私もみんなに言っとくよ! また戻れるって、フェアルードの世界に!」
「またな! マココ!」
「またね! クロッカス!」
白い光の中にクロッカスは消えた。
私は、私の世界へ帰る。
次回、最終回です。
よろしければ最後まで、あと少しだけお付き合いください。




