Data.127 思い出
「うおりゃぁぁぁあああッ!!」
『邪悪なる大翼』を振り上げてゲンソウに迫る。
「俺の言ったことが理解できなかったのか? 考えなしにこの槍に触れれば……」
ガキンッという音をたて刃と槍がぶつかる。
「触れるたびにスキルが消えるぞ!」
「問答無用! ブーメ乱舞!」
舞うようにブーメランを振るう連続攻撃。
ゲンソウは槍を振って防御……というより槍に振り回されて防御言った方が正確か。
どうやらこの槍だけが強力なのであってゲンソウというプレイヤー自体にはなんの能力もないようね。
――スキル【解体】が消去されました。
最初期からずっと私をさせてくれたドロップアイテムを増やすスキル。
戦闘中に効果は発揮せずとも戦闘後にたくさんのご褒美を持ってきてくれた。
このスキルがなければ出会えなかったアイテムもあったかもしれない。
……感傷にひたっている暇はない。
やはり消去までには触れてから結構ラグがある。
スキルが消えることを恐れてちまちま攻撃するよりも、全てが消える覚悟をして連続攻撃を仕掛ける方がきっと効果的だ。
槍の防御は決してゆるくないけど、隙がないわけではない。ゲンソウ自体は動きがかなり鈍い部類に入るため攻撃は数発に一発は通る。
そうした攻撃を繰り返し、大きな隙が生まれた時にあのスキルが残っていれば……こいつを確実に倒せる!
「ほらほら! すごいのは槍だけなの?」
「ぐっ、こいつ……スキルを失うことが……元の世界に帰れなくなることが怖くないのか!?」
「正直いろんなことが起こりすぎて、戻れないって言われても実感が湧かないわ! だから目の前の邪悪な敵を倒すっていう一番慣れてて落ち着く行動をしているのよ」
――スキル【回復魔術】が消去されました。
結局、回復系任意スキルは【回帰する生命】しか発現させることはできなかったわね。
でもその唯一のスキルが救った命は多い。
攻撃の手は緩めない。次第にゲンソウのローブがボロボロになっていく。
――スキル【回帰する生命】が消去されました。
唯一私が誰かを癒すことができるスキル。
そして、それが超レアな蘇生ときたから運が良い。このスキルがなければアチルのことを大して知れないままお別れすることになっていた。
セントラルでもたくさんの市民を救った。
倒すばかりの私に似合わないけど大切なスキル……。
アンダーワールドの星の輝きが強くなってきた。本物の宇宙のように渦巻き状の銀河のようなものも出てきた。
――スキル【塵旋風】が消去されました。
私が一番初めに発現したスキル。
攻撃力は低くてもその範囲の広さと巻き起こす旋風、それに混じる塵による撹乱など多彩な使い方が出来るスキルだったわね。
接続形態でも派生のスキルがある私のお気に入り。
「このっ……クソ野郎がぁ!!」
ゲンソウの槍による突きが来る。
「…………っ!」
避けきれず横腹に深く刃が刺さる。
今までに感じたことのない激痛に声すら出ない。
うぅ……こいつ、痛覚設定まで改造しやがったんだ。こんな痛みが通常のゲームで発生したら心臓が弱い人とか死ぬわ。
リアルに横腹を槍で突かれた痛みだもの……実際突かれたことはないからわからないけど……。
――スキル【ブーメ乱舞】が消去されました。
AUOの世界に来る前から考えていたスキル。これもお気に入り。
ギャグのようなネーミングから繰り出される美しい舞のような連続攻撃。
接近戦でも使えるから使用機会が多かったわ。畳み掛けるような斬撃はトドメとしても有用だった。
「このまま腹の中を抉ってやる!」
ゲンソウが槍を握り前へと押し込む。
「ぐっ……やっと捕まえたわ……」
この状態では槍は自由に動けまい。
「猛牛ブーメラン……!!」
腹に槍が突き刺さったままブーメランを投げる。
放たれたブーメランに立派な角を持った牛のエフェクトが重なり、ゲンソウへ突進する。
「ぐおおおおおおーーーーッッ!!?」
完全に自分が攻撃する側だと思い込んでいた彼にクリーンヒット。こういうタイミングが一番油断してるしダメージも大きいのよね。
ゲンソウがブーメラン衝突の勢いで吹っ飛ぶと同時に槍もまたゲンソウに引かれ私から離れようとする。
しかし、私はそれを許さず槍を握りしめ固定する。
この槍は奪われないようにする為なのか、ゲンソウから一定距離以上は離れられない。
それを利用して彼をあるスキルの有効射程内に留めておく。
槍が震え傷口を広げていく。
痛い痛い痛い……槍を抑える手も震えてさらに痛みは加速していく。
でも……ここで折れては……。
――スキル【猛牛ブーメラン】が消去されました。
……ある牛モンスターから発想を得たスキル。
その当時の私にとっては圧倒的防御力を誇ったシルバーゴーレムを倒すために使ったのが思い出深い。
その後はあるスキルの進化元になり消滅、その後『想起屋』というスキル思い出しの店で復活。
使うにしても消費するものが少なく、ブーメランの軌道も素直、それでいて威力は高い。
私を影から支える中堅どころのスキルだった。
「ぐ、くそぉ! なぜたった数個のスキルの消去にこれほど時間がかかる!? 実験段階ではもっと素早く消せたはずなのに!!」
「私の思い出は重いのよ!」
想定外の事態に喚き散らすゲンソウをよそに私は手元に戻ってきたブーメランを再び構えた。
「これで本当に最後! ドラゴンッ……ブーメラーーーーンッッ!!」
全力で『邪悪なる大翼』を投擲する。
その瞬間、ブーメランは紅い龍を纏い、その長い体をうねらせながらゲンソウに突撃する。
「こ、こんなはずじゃ……!」
龍に飲まれたゲンソウはさらに下の世界へと落ちていく。
そして、その勢いで私は槍を押さえきれなくなり体から抜け落ちる。
「あっ……」
槍が抜けた瞬間血液が吹き出し、赤い粒となって空間を漂う。少し前から設定がおかしくなっているから血も普通に見える。
リアルすぎる表現に脳がダメージを受けたのか、少しずつ意識が遠のいていく。
遠くでクロッカスの呼ぶ声が聞こえる。でも言葉の意味が……認識で……きな……い……。
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……冷たい……冷たい床の感触だ。
私は……そうだ。ダメージを受けすぎて意識を失ったんだ。
床に手をつき起き上がり、目を開ける。
すると、広がっていたのは星々が輝く蒼い宇宙だった。
しかし、床のようなものは確かに存在する。それに触れるたびに水もないのに波紋のようなものが広がっていく。
ここが……アンダーワールドの一番下なの?
私はあるものを探して視線を巡らせる。
目についたのは少し離れたところにある蒼い球体。周りを輪っかが何個もぐるぐると回っている。
そして、その傍らにはクロッカスも落ちていた。
ボロボロの体を引きづりそこへ向かう。
気絶していた時間が長かったせいか、スキルは全て消えてしまっていた。
【アイテムボックス】から回復アイテムを取り出そうとしても無理だったので気がついた。
短い付き合いだったけど、冒険に欠かせない存在になっていたわ。
手に入れるまでの苦労を含めて決して他のスキルに劣らず大切な存在だった。
あとは【腕力強化】【真・回帰刃術】【昇龍回帰刃】……。
私の一番の取り柄である戦闘能力の要とも言えるスキルたち。倒してきた敵は数知れず。
今回も最後の最後まで消えずにいてくれたおかげでゲンソウに最強の一発をお見舞いできた。
ありがとう。
「クロッカス……クロッカス……」
ブーメラン状態のまま転がっているクロッカスに声をかける。
彼もまた度重なる槍との衝突でボロボロになっていた。あの武器は名を冠する武器を超える不正改造武器なんだ。クロッカスはよく戦ってくれたわ……。
「この蒼い球体がアカシック=コードなのね」
「ああ、そんな気がするぜ」
「ゲンソウは倒したけど、これからどうしようか? 確かに戻れる気がしないわね。このままずっと二人でここにいるのかな?」
「それは嫌だな。マココのことは気に入ってるが、人間ずっと二人きりだとそのうちおかしくなっちまう気がする」
「同感」
「くくく……ゲンソウを倒したと……? そして二人きりだと……?」
振り向くとそこにゲンソウはいた。
しかし、ダメージを受けすぎたのか体にはノイズがはしりまくり、それが瞬く星のようで完全に背景との保護色の役割を果たしている。
「どちらも正解だぞ。褒めてやろう。ゲンソウはもうどうにもならん。お前たちの勝ちだ。そして二人っきりというのは……」
顔もないのに奴が笑った気がした。
それと同時に槍が出現し、蒼い球体に突き刺さった。
「俺はイカれた人間かもしれんが、そんな俺でもこの『天ノ逆矛』のような素晴らしいものを生み出せてしまうのだから生まれ持ったものというのは理不尽だなぁ……ククク」
槍が突き刺さった蒼い球体の周りにノイズが広がっていく。
「ゲンソウというアバターは死ぬ。が、また次の存在を生み出せばいい。フェアルードの全てを司る鍵である『アカシック=コード』と俺の『天ノ逆矛』が合わさればどんな世界でも生み出せるのだからな。お前たちは俺の言った通り二人だけの世界で生きていくといい。殺しはせんよ。長生きしろよな……クククッ……グフッ……アハハハハハハハハハ!!!」
クロッカスを杖にしてやっと立ち上がった私の前でゲンソウはそれは楽しそうに笑っていた。




