Data.126 アンダー・ザ・フェアルード
「飛び込んでみたは良いけど……。案の定真っ暗じゃない!」
謎の男を追って飛び込んだ穴の先は一寸先も見えない闇だった。
ただ下へとゆっくり落ちていく感覚だけ認識できる。
「スキルは使えるか? 邪悪なる火炎で辺りを照らしてみようぜ」
クロッカスの言う通りスキルを発動。
黒い炎が灯る。スキルは使える見たいね。でも、炎が照らすのは私とブーメラン形態のクロッカスだけだ。
周りの景色などは全く見えない。そもそもここには他のものなど存在しないのかもしれない。
いや、だとしても奴はいるはずだ。探さなければ。
「このまま下に降りていけないいのかしら?」
「奴はアンダーなんたらって言ってたな。なら下の方に目的のものがあるんじゃないか?」
「うーん、この暗黒空間自体がアンダー・ザ・フェアルードならここからなんらかの手順を踏んで目的地にたどり着く可能性もあるわ。下に降りるだけが正解じゃないかも」
「と言ってもその正解はわからないじゃん? なら一番可能性が高そうな下に行ってみようぜ」
「まあ、そうね。どうせなら先に下に行ってると決めつけて、追いつくために加速するとしますか」
接続形態はCを選択。
背負ったXのブーメランから炎を吹き上げ下に向けて加速を始める。
すると、次第に周囲に星のような小さな輝きが無数に現れ始めた。まるで宇宙ね。
その星明かりのお陰で炎なしでも自分の体が見えるくらいの明るさは確保された。
「ふふっ、なんだか不安で笑えてきちゃった。まるで宇宙に投げ出されたみたい」
「宇宙の方がまだ宇宙にいると分かるだけマシだ。星の位置だってある程度は判明してるからな。しかしここは全くわからねぇ。何なんだ一体……?」
「ここまで俺を追ってきた無謀な勇気に敬意を評して教えてやろうか? マココ・ストレンジ、そしてクロッカス」
奴がいた。私たちの真下を奴もまた沈んでいく。
「そうね、その野望が潰える前に話ぐらい聞いてやってもいいわよ」
「口の減らない女だ……。だがいいだろう。今は誰かに話してやりたい気分だ。お前らでも構わん。どうせ目的地にたどり着くのにはもうしばらくかかる」
「おっと、ここであんたを倒してしまえば野望は潰えるんだった。くだらない話を聞くまでもないかもね」
「ふっ、やめた方がいい。このフィールドではお前は俺に勝てない……と、口で言っても信じないだろう?」
「よくわかってるじゃない!」
炎を吹き上げ奴に急接近すると、そのままの勢いで斬りかかる。
それに対して奴は槍を展開、斬撃を受け止める。
「……触れたな? この天ノ逆矛に」
奴は嘲るように笑う。
そして、突如として接続形態が解除される。
「な、なんで!? どうして……」
「これで少しは話を聞く気になったか?」
「くっ……」
「ふんっ、よかろう。ではまずお前のみに今起こったことだ。これは俺が話さなくともわかるな?」
「それはどういう……」
その時、脳内に声が響いた。
――スキル【悪戯心を持つ者】が消去されました。
「な、何ですって……」
「わかったようだな。この空間はフェアルードの裏側、システムたちの世界。そしてこの世界においてはこの俺の槍『天ノ逆矛』は『天ノ沼矛』と同等の力を持つ。すなわち1ユーザーのスキルを槍と接触した短時間に1つ削除することなど容易なのよ」
こいつを侮っていたわ……。事実スキルは消えてしまった。
【悪戯心を持つ者】は接続形態を使用可能になったと同時に発現したスキル。これがなければ接続形態は使用不可能。
「いや……流石にこの槍が『天ノ沼矛』と同等というのは生みの親としても贔屓が過ぎる言い方かな? 実際、『天ノ沼矛』がこの世界の防衛システムとして生み出したクロッカスのスキルは消せない。まあ、短時間の封印は出来るからそいつを武器として使用し続け、俺の槍に触れ続ける限り永遠に封印されているのと一緒だがな」
「へえ、生みの親ってことはあんたがそんなすごい槍を生み出したってこと? 頭いいのね。ぜひそのフードを脱いで見せて欲しいわ、その頭を」
「くくく……少しでも情報が欲しいか。しかし、俺はこの世界にさして興味がなくてな。見た目は適当に作ったんだ、この通り」
男がフードを脱ぐ。
そこに顔はなかった。正確には顔のあるべき場所にノイズが走り見えない。
「キャラメイクって人によってはいろいろ考えすぎてめんどくさいだろ? かといってランダムもなかなかシックリこない。だからあえて『無し』なのさ。名前も同じく無い。が、呼びにくいだろうから『ゲンソウ』とでも呼ぶといい。おっと、本名だから他意はないぞ」
本当に改造厨だなこいつ……。ゲーム好きとしては忌むべき存在だ。
しかし、複雑化した最新ゲームの中でも特に意味のわからないAUOでこれだけ好き勝手不正を行える時点で一種の天才と言わざるを得ない。
「ゲンソウくん天才ね。でもそんな天才のキミが何でこんな悪いことしてるのかな?」
子どもを扱うような一種の煽り口調をしつつ聞いてみる。
「天才……? まったく馬鹿は自分に理解できない者を簡単に天才で片付けようとするな……。いいか、俺は天才じゃない良くて秀才ってところだ。その証拠にこのゲームに使われている統括管理AIである『天ノ沼矛』の存在を知るまではこんなにすごいシステムの構造を思いつかなかった」
天才をむしろ悪い方向に受け取るか。珍しいわね。でも、この単語のおかげでゲンソウは饒舌になった。
「なんでもそうだが、新しいことは一番初めに思いついた奴が偉いんだ。そしてそれを世の中の当たり前として浸透させられれば天才だ。俺は新しいことなど思いつかない。いつだって後追いだ。だが、この『天ノ逆矛』の完成と共に思いついた計画が俺の考えを変えた」
ゲンソウは愛でるように槍を撫でる。
「別に後を追えばいいじゃないか……と。そして、追い抜けばなにも問題がない、むしろ俺の方が優れていたという証明になる……と。だから俺はシステムを乗っ取り、今の世界を自分の世界に作り変える」
「どうして今の世界を消す必要があるの? 別にどの業界でもパクリなんてよくあるもんよ。流石に他のところのシステム丸パクりはダメでしょうけど、後追いが得意なあなたなら法的に問題ないようにする改変は出来るんでしょう? それで新しい世界を作りなさいよ」
「それじゃあダメなんだよ、ゲームを作りたいということではないんだよ……ククク。自分で積み上げた積み木を自分で崩したところで特に何も思わん。しいて言えば虚しさが残るのみ。が、それが他人が頑張って積み上げた物だったら? そしてその積み上げる過程を応援している者がたくさんいたら? 悪いと心の表面で思いつつも面白くないか? どこかで努力している者の失敗を待っていることはないか?」
「何が言いたいの!?」
「他人の作った愛されている物だからこそ壊す意味がある。成功者……前に進もうとしている者が転ぶからこそ胸がすく。ここでこれを壊したらどうなるのだろう……こいつがここで大失敗したらどうなるのだろう……有名人のスキャンダル、物を破壊する動画……そいう類の後ろ向きの好奇心を満たすエンターテイメントの最先端を俺は提供できると思ったのさ」
「このゲームを乗っ取ったという事をみんなに知らしめていい気になりたいだけってことかしら。それならもう成功じゃない? 実際あんたの才能は凄いわ。嘘じゃない」
「古今東西システムの乗っ取り程度いくらでもあったさ。それだけではまた俺は誰かの後追いしか出来ていない。俺がやりたいのはこの世界を乗っ取った事実自体を知らしめることではない。俺に支配されたこの世界が変わりゆくさまを見せつけるのさ。あの楽しい冒険をしたダンジョンが破壊される、あの仲間と待ち合わせした美しい町が廃墟と化す、あのともに戦ったNPCがそれは酷い目に合う……。後ろ暗いなぁ……でもちょっと気になるなぁ……。そういえばエロ同人なんかでもキャラが酷い目にあうものは人気が高いなぁ……何故だろう? 作る側も受け取る側も両者そのキャラが嫌いというワケではないだろうに……ハハハ……」
ゲンソウの表情は読み取れないが、声色は酔っているようなものになっていく。
「本当に思い入れのある者はまだしも、ゲームをプレイしたがそこまで愛着もない、またはまったく今までこのフェアルードに興味がなかった者は食いつくだろうさ……。他では見れやしないぞ。実際に遊ばれていた、それも超人気ゲーム、しかも最先端で人間と変わらない超高性能AIたちの世界が一人の人間によってもてあそばれる様子は! 悪いと思いつつもゾクゾクするだろう! 見ている者自体はなんら犯罪を犯しているわけでもないのもGOOD! あくまで人間っぽい反応をするというだけのAIたち……それを良心の免罪符にして楽しむだろうっ、リスナーたちはさぁ! 俺だからこそできること! やっと見つけたオリジナリティ! 辿り着いた理想郷!」
「過激なことをやって目立とうとした奴なんていくらでもいるわ。確かにそうすれば簡単に誰かの視線が手に入る。需要があるのも間違いない。でもね、私は……好きじゃない。他人の趣向だから完全には否定しない。ただ、やっぱり私は好きじゃない。あんたみたいな奴が嫌い」
「お前の意見は聞いていない! お前はただ俺の話を聞いていればいいんだ! どうせ俺には勝てない! そしてもうじきアカシック=コードの在り処にたどり着く……。コードと槍の力が合わさった時、この世界は俺の物になる! お前も入れなくしてやる! いや、この世界が破壊される様を……仲間たちが壊されていく悲鳴を……じっくり見物させてやってもいいがな……クハハ」
下品に笑うゲンソウ。
言うことは言った。もうこいつの話を聞く価値はない。底が知れた。もう倒してしまっても構わない。
「残念ながらこの世界にいられなくなるのはあんたよ」
「馬鹿が。まだ勝つつもりでいるのか? スキルを全て消されてやっと自分が弱者だと気づくのか?」
「馬鹿よ私は。確かにあんたに勝つ方法は思い浮かばない。でもね、初めから勝つ方法が思い浮かんでた戦いってのはほとんどないのよ。戦っていると思いつく、思いつかなければ……ゴリ押す! とにかくあんたは倒す! この世界は渡せない! たとえ全てのスキルが消えたとしても!」
「くくくっ……簡単に言ってくれる。スキルとはこの世界に初めて意識を飛ばした時に与えられる物。ある意味でこの世界とリアル世界を繋げる大事な楔なのだ。それを全て……それもこのアンダーグラウンドの世界で失うとなるとどうなることやら。意識が体に戻れず、この電脳の宇宙を永遠に彷徨うことになるやも知れんぞ」
「そんなことにはならないわ。私の場合はね」
「何でもかんでも根拠もなしに楽観的に捉えるな。不愉快だ」
「根拠ならあるわよ。あんたはそれを信じざるを得なくなる。これからの私の行動でね」
『邪悪なる大翼』を構える。
覚悟は出来てるのよ、もう。




