Data.125 倒すべき敵
蟲たちとの戦いは終わった。
しかし、私が倒すべき敵はまだ残っている。
ミュールメグズだけでなく他の魔王を名乗る者にも力を与えて回った謎の人物……。
さて、これからどうやって探し出せばいいのかしら。
「お前もダメだったかミュールメグズ」
聞きなれない声にハッと振り返る。
そこには黒いローブを着た人物が立っていた。フードを深く被り、顔は深い闇の中で見えない。
「……来たか。こいつが俺に新たな力を与えた者だ」
「お前には期待していたんだがね。中央都市を必ずや破壊してくれると」
「ふんっ、見ての通りだ」
「他の魔王候補もダメだった。お前と違って実際に魔王の血を引いているわけでもないから当然でもあるがな」
「貴様の野望は知らんが、失敗したのなら潔く諦めることだな」
「ああ、中央都市の破壊には失敗したよ。でも、ウンドパオブが地下深くにまで根を張ってくれたおかげでね、わかったんだよ『アカシック=コード』の在り処が」
ウンドパオブ……アカシック=コード……どれも聞き覚えのある言葉だ。
「もう魔王候補たちの力を借りて中央都市を破壊する必要もない。ほとんど死んでしまったけどまあ生き残ったお前に礼を言っておくよ。ありがとう、そしてお前だけはまだお願いがある」
「なに?」
「今にわかる」
謎の人物はローブの左の袖を捲り上げ腕を露出する。
そこには複雑な模様のタトゥーが刻まれていた。変則的な魔法陣のようにも見えるそれは、手首側から七割ほどが赤く光り、残りは黒くなっている。
「お前に与えていた力が全体のだいたい三割だ」
「返そう。もう俺には必要ない。それなりに感謝しているがな」
「いやいや、あげるよ。全部ね」
謎の人物がニヤリと笑った……ように感じた。
不快感が体を駆け巡り、私はとっさにブーメランを男に向けて振り下ろした。
ガキンッという金属同士がぶつかるような音が響く。
「いい勘をしてるなマココ・ストレンジ。しかし、お前でも俺の野望は止められん」
取り出したのは槍だ。
身長ほどある槍をどこに隠していたのか。アイテムボックスの発動エフェクトも見えなかった。
しかし、通常の『邪悪なる大翼』の攻撃とはいえ片手で持った槍で受け止めるとは……。
「少しばかしこの槍と遊んでもらおうか」
男が槍から手を離すと驚くことに槍がひとりでに動きだし、私を追尾しながら攻撃を仕掛けてきた。
「くっ……」
ブーメランを思いっきりぶち当てても吹っ飛びやしない。それどころか穂先を逸らすのが精一杯だ。
「シュリン!」
「わかってる!」
こいつの目的はどうやらミュールメグズ。ならばこいつから遠ざけてしまえばいい。
シュリンがミュールメグズの巨体を引っ張り、謎の人物から飛び去ろうとする。
「別に構わんがな。どこに連れて行こうと」
再び左手を伸ばし手のひらをじぶんから遠ざかっていくミュールメグズに向ける。
「俺とミュールメグズの間にはすでにルートが構築されている。多少離れたところでこのスキルの発動には何の問題もない」
奴の左手の魔法陣が赤く発光する。
「強化!」
手のひらから放たれた赤い稲妻がミュールメグズにヒットする。
それと同時に奴の左手の魔法陣は完全に黒くなった。
「さぁ、最期の仕事だ」
赤い光に包まれたミュールメグズは叫び声をあげながら暴れだす。
シュリンは押さえ込もうするものの、彼の身に起こった新たな変化でそれも出来なくなってしまった。
「俺のスキルはチートでね。ああ、よくノベルなんかで使われるチートとは違って、正真正銘の不正改造スキルだがね。効果は知っての通り強化さ。この腕の魔法陣のタトゥーはゲージでこの分だけ他者を強化することができる。ゲージの全てを一つの対象に使ったことはないが……まあ、今からやることには必要さ」
謎の人物は得意げに語る。
その視線の先ではミュールメグズが巨大化し始めていた。
「へぇ、こうなるのか。力は強そうだから問題ないとはいえ、なんだか一度負けた怪人が巨大化する流れを思い出してなんだか頼りなく感じるな」
「グダグダ語るなら結局何がしたいのか言いなさいよ!」
槍の対応にも慣れ、やっと奴との会話が出来るようになった。
「何がしたいのか? そうだな……一言で言えば理想の世界に行きたい……とでも言っておこうか」
「具体的じゃないわね!」
「具体的……か。自分自身の理想という物がハッキリ形になっている者は少ないだろう。これから考えていく、形にしていく、作り変えていくのだ。そこに至るまでの具体的な方法はわかっている」
巨大化したミュールメグズがその拳を振り上げ、地上に叩きつけた。
大きく地面が揺れ、大地に穴が開く。
「まずは第一段階。さて、どうかな」
奴は大地にできた穴に向かって駆け出す。
それにつられるように槍もついて行き、私への攻撃をやめた。
「ほう、上出来じゃないかミュールメグズ。褒めてやろう。聞こえてはいないだろうがな」
地面に空いた穴は少し特殊なものだった。
真っ黒だ。深すぎる穴ゆえ光が届かず黒いのではなく、ただ暗黒が円状に広がっている。
「では行くとしますか。理想の地への一歩『アンダー・ザ・フェアルード』へ」
奴は黒い穴に身を投げた。その姿はすぐに闇に飲まれ見えなくなる。
それ同時に黒い穴は縮小を始めた。
地上には身悶えする巨大化したミュールメグズ。彼の意識が力に抗っているのか、まだ二回目の攻撃が行われることはないけど放っておいてはきっと……。
そして地下にはこの騒動を起こした張本人。
何を言っているのかわからないけど、あいつもまた放置していては間違いなく大ごとになる。それこそ世界を破壊するような……。
どうすればいいの……。
一体何が起こっているの……。
私には何が出来る。
「マココ!」
「シュリン……」
「何浮かない顔してるのよ! 早くあいつを追いなさい。あいつを倒さなければ根本的な解決にならないことはわかっているでしょう?」
「でも、ミュールメグズも止めないと……」
「それは私がやるわ。クソみたいな醜い血だとしても、何千年も過去の血だとしても、ミュールと私には同じ物が流れている。私が止める。さっき頼ってもいいって言ったばかりだしね」
「でも一人じゃ……」
「一人じゃないわ。この地上にはたくさん仲間がいる。これだけ派手な巨大アリライオン男が現れればみんな集まってくるわ。それに……」
シュリンはピィィっと指笛を鳴らす。
すると、地面を突き破り見覚えのある巨大なムカデが姿を現した。
「あっ、こいつは……グランドセンチピード!?」
かつて私をボコボコにした名を冠するモンスター。こいつとの戦闘で吹っ飛ばされた場所にシュリンがいたのだから、ある意味こいつの存在は私たちにとって大きい。そして相変わらず単純に大きい。
「どうしてこいつがここに!?」
「あの時アチルが仕留めていたこいつにこっそり魔力を与えて逃したのよ、私がね。この子はじゃじゃ馬よ。魔王の命令すら聞かない。アチルに敗北して初めて私に従うと言ってきたから僕にしといたわ。とはいえ暴れるのは性格だから味方への被害を考えて出す機会がなかったけどね」
大ムカデは体を伸ばし、ミュールメグズの前に立ちはだかる。
向こうは強化されすぎた蟲魔王の血を引く者だというのに……恐れを知らない馬鹿ねこいつは。
「馬鹿って思ったでしょ? 馬鹿よこいつは。今のミュールと自分の力の差をわかっていない。でも、こういう馬鹿が生き残ると何千年後かに魔王になってるのよ」
ムカデを見つめていたシュリンがこちらに視線を戻す。
「私はむしろマココの方が心配よ。たった一人で敵のいる未知の世界に足を踏み入れるんだから」
「一人じゃないぜ! 俺がいるじゃん!」
カラスの姿になったクロッカスが肩にとまる。
「そうだったわね。なら心配いらないか。さあ、早く行きなさい。穴がどんどん小さくなっているわ。もしかしたらあいつを倒せばミュールにかかっているスキルの効果も消えるかもしれないし、なるだけ素早く決着をつけなさいよね」
「うん、わかってる。シュリンも気をつけてね。みんなによろしく!」
ウンウンと頷くとシュリンは羽根を広げ飛翔し、ムカデの頭に乗った。
「行こうクロッカス! 決着をつけましょう、二人で!」
「おうよ!」
私とクロッカスは謎の人物を追って暗黒の穴の中へ飛び込んだ。




