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Data.123 マココとシュリン

 side:マココ・ストレンジ


 筋肉隆々の体躯、顔を隠す仮面……こいつが魔蟲王ミュールメグズで間違い無いわね。

 確かに場を支配するような強烈な存在感、威圧感のようなものを感じる。


 そしてシュリン。タイツで隠されていた脚には蛾のような派手な模様の体毛、そしてくるぶしからはこれまた蛾のような羽。彼女もまた蟲魔王の血を引く存在だという話を信じさせる。

 お腹に空いていた大きな穴が治りつつあるのも見逃せない。

 でも、中身はまだシュリンのままみたいで本当に良かったわ。


「マココ、気をつけなさい。奴は私と正反対で上半身に強く魔王の特徴が出てる。ただのパンチをもらっても致命傷になりかねないわよ」


「みたいね。さっきパンチを受け止めた時にわかったわ。クロッカスは大丈夫?」


「流石に俺はレアだ。そう簡単に砕けたりはしないが、真正面から打ち合うような戦い方は避けた方がいい。力比べじゃ勝てやしねぇ」


「でも遠くからちまちま攻撃してもダメージが入りそうにない体してるわよね……」


 ミュールメグズは動かない。

 サブリナとテオはもうここから退散している。もとから逃げたくなったらすぐ逃げなさいと言ってあったからね。素早い判断よ。


「それにしても不気味な男ね」


「さっさと終わらせましょう。私もだいぶ傷が良くなった」


「じゃあまずは小手調べに……邪悪なる火炎カース・オブ・フレイム!」


 ブーメランを投擲せず黒い炎だけをミュールメグズに放つ。

 さぁ、どう対処する? 魔法の類か、避けるか……。

 ミュールメグズは動かなかった。黒い炎をモロにくらいその体が炎上する。


「ど、どうしちゃったの?」


「私とマココのお熱い関係を見て何もかもどうでもよくなったんじゃないの?それか嫉妬の炎に燃えているか」


「そんな軽口叩いてて大丈夫なのかな……?」


 燃えているのは主に上半身。このくらいの炎なら耐えてくると思うんだけど、皮膚が黒く焦げていっても彼は動かない。


「いや、これは……焦げの黒さじゃない」


 消えにくいはずの黒い炎が自然と消えていく。

 そして露わになったのはミュールメグズの漆黒の肌。

 今まで見ていたライオンのようなブラウンの肌や体毛は作り物だったということか……。


「あっ」


 思わず声が漏れる。露わになったのは黒い肌だけではない。仮面も燃えてなくなっている。

 ミュールメグズの顔は……蟻とライオンだ。雄々しいたてがみがある。複眼がある。ヒゲがある。触覚がある。牙がある。大顎がある。

 決して人前で仮面を取らなかった彼の気持ちが痛いほどわかるその歪な顔……。

 私はそれを見た瞬間、今までで一番恐怖というものを感じた。


「上半身に魔王の力が現れてるうえ、ずっと仮面を被っているとなると、相当顔が悲惨だと想像してたけど……軽く超えてきたわね、想像を」


 怯まずに煽るシュリン。


「こうして見ると私って全然マシね。脚の毛の色合いはどキツイけどふわふわした触り心地だし気持ちいいわ。くるぶしから生えた羽も見ようによってはファンシーだし何より顔はただの美人だもの」


「…………」


 ミュールメグズは無言のままこちらに突撃してきた。


「怒らせちゃったんじゃないの!?」


「この程度で怒る奴なら扱いも簡単だったんだけどね!」


 私とシュリンは二手に分かれる。

 ミュールメグズが狙ってきたのは私の方だ。なるほどシュリンの言葉に怒っているのならば彼女を狙うし、やはり怒りに身を任せた突撃ではないのか。


 彼の動きは機敏だ。

 集中的に狙われると距離を取り続けることは難しい。結局接近戦しかないか!

 接続形態(リンクフォーム)のタイプはC。【暗黒装甲(ブラックアーマー)】もすでに発動済み。さぁ、どこまで通用するか……。


「うおりゃ!」


 ブーメランを振り下ろす。

 ミュールメグズの漆黒の拳と暗黒の刃がぶつかり、赤い火花を散らす。

 数秒の拮抗の末、打ち負けたのは私の方だった。

 握力がなくなった手からブーメランがすっぽ抜ける。


「ああっ……がはッ!」


 続けざまに繰り出された突きが私の腹を捉えた。

 装甲が砕け散り、内臓にまで衝撃が走り、吐き出すものもないのに何かが込み上げて来るのを感じた。

 立っていることもままならずその場に膝をつく。


「この程度で俺の前に立つか……。よほどの阿呆か、あの女にたぶらかされているのか」


 『どっちもよ』と軽口を叩こうとしても声が出てこない。

 これほどまでに実力に差があるなんて……。


「後ろがガラ空きぃ!」


 シュリンの魔力の込められた蹴りがミュールメグズの足首にクリーンヒットする。

 筋肉隆々とはいえ人体の構造上関節は脆い。それに魔王の血の影響が現れていない下半身ならばダメージも……。


「……あんた思っていた以上に異常ね。どういう力を入れられたらそんなことになるのかしら」


 ミュールメグズにダメージはない。

 それどころか無造作にシュリンの脚を片手に一本づつ掴むと彼女を引き裂くように左右に引っ張り始めた。


「ちょっとちょっとちょっと!!痛い痛い痛い痛いいいいいい!!!」


 倒れている余裕もない!

 即座に形態をCからBに切り替え、ミュールメグズの頭上を取る。


邪悪なる噴火カース・オブ・ヴォルケーノ!!」


 上空に火炎を吹き上げ勢いが増したブーメランをミュールメグズの頭上に振り下ろす。

 すぐに一刀両断とはいかないけど、ミシミシと肉体が軋む音と肉の焦げる音が聞こえる。流石にこれでノーダメージとはいかないみたいね。

 腕の力が緩んだ隙にシュリンは脱出。一時空中に逃れる。


 ミュールメグズは自由になった両腕で炎を吹き上げるブーメランを掴んできた。

 背を向けて攻撃を食らいながらだというのにすごいパワーでブーメランを引き剥がしにかかる。

 しかし、こちらもこのスキルに関してはパワーに自信がある。そう簡単には押し返されない。


 それを即座に理解したのか、今度はブーメランを引き剥がすというよりも握りつぶすような動作に変更してきた。

 TYPE:Bは防御力の低い形態だけどそれは私の話。ブーメラン自体はどの形態よりも巨大で重く頑丈だ。

 だというのにミュールメグズに握り締められた箇所からミシミシと軋む音が聞こえてくる。


(マココ! 残念だがこちらのミシミシの方が重症っぽいぜ!)


(でも離脱しようにも掴まれていたら……いや、ひとつだけ方法が!)


 私は接続形態を解除。これによりブーメランも元に戻りミュールメグズの手は空を切る。


「小細工を……」


 それに驚いて隙を見せてくれるミュールメグズではない。振り向きざまの裏拳を私にブチ込もうとしてくる。

 しかし、それも想定している!


「クロッカス!」

「問題ない!」


 クロッカスもブーメラン形態からカラスの形になり私を持ち上げて飛行。

 ミュールメグズの拳はまたも空を切る。

 飛行能力だけが私とシュリンがミュールメグズに優っている唯一の点ね。


「くっそ、あのバケモンが……」


 空中で待機していたシュリンがうめく。その目にはうっすら涙がうかんでいる。


「かっこよく登場したのはいいけど勝ち目なさそうじゃない? あれが魔王の力なの?」


「それはそうだけど、やっぱりそれ以外の強い力も感じる。魔王の力に並ぶ力を他人に与えられるような者がそうそういるとは思えないんだけど……」


「私は少し心当たりがある。聞いた話によると彼は少し前に謎の人物に会って、それから変わってしまったらしいわ。だからきっと力を与えたのは謎の人物、そしてそいつはきっと私と同じ世界の住人だと思うの」


「へー、マココと同じ世界ねぇ……。つまり神の世界。たしかに魔王の力に匹敵する力を与えられてもおかしくない。むしろしっくりくるぐらいね」


「あくまで私の予想だけど、きっとその答えはミュールメグズを倒せばわかるはず。まあ、その倒し方の答えさえわからないのだけど」


「……危険な手だけど、最後の手段があるわよ。人と魔と神の力が合わさったあいつに勝つにはこちらも同じことをすればいいのよ」


 そう言うとシュリンは私の背後に回り込み、クロッカスの背中に足を当てる。


「おいおい! くすぐったいぞ! 今マココを落としたら終わりなんだからからかうのはよしてくれ!」


「からかってないわよ。今からあなたを創り変える。そして魔王の魔力を扱えるようにする。せいぜい自我を保っていられるように頑張りなさい。まあ、すぐ終わるけど」


「そんなこと急に言われても困るぜ! ちゃんとせつめいしろ!」


「時間がない! あと私はこっちに集中するから二人が飛べなくなっても支えてあげられないわ。死ぬ気で羽ばたきなさいクロッカス」


「め、めちゃくちゃだ……」

「め、めちゃくちゃだ……」


 私とクロッカスの声がハモる。

 が、シュリンはそんなこと御構い無しに『創造』を開始した。

 クロッカスの体がほんのり桜色に光りだす……。

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