Data.122 激突する血族
side:シュリン・ファラエーナ
体に力がみなぎる。心臓の鼓動、血の流れがハッキリと感じ取れる。
今までこれほどまでに魔王の力に身を任せたことがあったかしら。
やはり人は本来あるべき姿でいるのが一番気分が良いってことね。
ただ我慢を忘れれば戻れなくなる。
誰かと共に生きることが難しくなる。
魔王の力はそういう力だ。
眼下には歪んだ大地と未だ私が空に飛び出す際に壊した屋根しか壊れていない古城。
その古城には未だミュールメグズがいる。
「ちっ……なんのつもりなのかしら」
向こうからは攻撃を仕掛けてこない。ただ守りに徹しているだけ。
相当煽ったから怒りに身を任せて襲いかかってくると予想してたから拍子抜けするわ。
このままだらだら時間だけが奪われていくのはめんどくさい。
しかし、本気の攻撃を仕掛けるにはアイツの行動は不気味だ。
「やる気ないならやめてもいいのよ!」
蛾の羽をはためかせ古城へと急降下する。その際に振りまかれた鱗粉がキラキラと尾を引く。
「せいっ!」
降下の勢いのままミュールメグズに蹴りを叩きこむ。それに対して奴は片手でガードする。
脚と腕のぶつかり合いだというのに火花のようなカラフルな閃光が飛び散る。
もちろんこの閃光は景気づけのエフェクトじゃない。魔王同士のスキル応酬が生み出した産物だ。
私の『創造』で奴の体を創り変え、戦闘不能にしようとする力を奴の『破壊』の力で無効化しているのだ。
今のところ実力は拮抗しているため、お互いに魔力が消費されていくだけの状態。
ただ、そうなると私の方が有利なのは間違いない。
私は魔力が豊富なエルフの血が半分、奴は身体能力こそ高けれど魔力はさほどでもない獣人の血が半分。
この拮抗状態が続けばいずれ私が勝つ……しかし、そんなことがわからない男ではないのはもうわかっている。
こいつには魔王以外の力も何かある。なぜ使わない。なにが目的でずっと立ち尽くしているの?
「やはり……高等種族エルフの血を引いているとはいえこの程度か……」
「まだまだこれからよ。だからあんたもさっさと本気を出しなさいよ。張り合い甲斐がないじゃない。それとも何か隠しているの?」
「いや、やっと見つけた同じ血を引くものの力がどの程度のものかと思ってな。だがもうわかった。やはり俺の選択は間違いではなかった」
「はぁ? 意味深なこと言えばいいと思ってんじゃないわよ」
「不完全な魔王の力では俺の使命……原獣の絶滅を達成するのは不可能だったということだ。このさらなる力がなければな」
ミュールメグズの姿が視界から消える。
同時に横腹に衝撃が走り、肉と骨が潰れていく音が体の内側から響いてきた。
声を上げることもできないまま体は吹き飛び古城の石壁を砕きながら城外まで投げ出された。
「がはっ……! ちぃ……」
エルフの体は脆い。魔王の血を引いている私でなければ今の一撃で体がちぎれ飛んでいる。
まあ、私もちぎれ飛ぶ寸前だったけど……。
『創造』の力で傷を修復する。何度もこんな攻撃食らったら胴長になりそうよ。私のスタイルの良さが失われるのと悲しむ人が大勢出てしまうわ。
「まったく……急にがっついて来たわね!」
獣人特有の強靭な脚力で城からここまで一気に距離を詰めてきたミュールメグズ。
打ち出された右ストレートを左脚を振り上げて受け止める。
衝撃はさっきの比ではない。あれは魔王の影響の薄い脚による攻撃だったのね。
奴の腕による攻撃は脚で受けなければ死ぬ!
腕と脚のぶつかり合い、突きと蹴りの応酬が続く。
普段脚を動かさないようにしていたのにも関わらずよく動いてくれる。
血の本能がなせる技だ。同じ血を引くもの同士の戦いなのにむしろ高ぶる。
争いと混沌を好む魔王のどうしようもない本能が騒ぐのだ。
「うっ……!」
徐々に押され始める。
純粋な身体能力の差だけではな。精神的な差もある。
私は……魔王の力に身を任せきれない。まだ人でありたいと、元の場所に戻りたいと思っている。
その覚悟の差が戦いの中に現れている。
ただでさえ私の方が不利だというのにこれでは……。
「ぬおあァッッ!!」
「ぐううぅぅぅ……っ!!」
タイミングをずらされ蹴りがからぶった瞬間、狙いすましたパンチが腹に入る。
まったくのクリーンヒット。衝撃の全てが私の体に殺到する。もはや神経は麻痺し痛みが感じられない。
「げほっ! ごほっ……」
口から血が吹き出て、地面にへたり込む。
腹に穴が空いてるっぽいわね……。でもこの状態ですら意識がはっきりしてて、死には程遠いのが……なんとも。
「もう終わりか。もう終わりで良いのか」
「げほっ、何よ女の子のお腹に穴開けておいてまだ協力して欲しいの?」
「いや……もう、よい」
ミュールメグズが右腕を振り上げる。
くっ、スッパリ私のこと諦めてんじゃないわよ。もうちょっと悩みなさい。
あんたが本当の心の奥底では人と魔の間で揺れていることはわかってんのよ。結局国や仲間のために戦ってるんだからね。
ここであっさり会話が終わらせられてしまうと本当にもう手がないじゃない。
私ではあんたに勝てないことぐらいわかってやってるんだからさ……。
傷の修復はすぐには無理だ。『破壊』の力が込められた攻撃の傷はただの傷ではない。
『創造』の力でも少し時間が欲しい。
くっそ、まだ来ないの!?
「ちょっとちょっと! 本当にこんな可愛い女の子を殺すつもり!? ほら生かしておけばいろんな使い方ができるでしょ?」
上目遣いでミュールメグズに媚びるような仕草をする。
「…………」
実質血の繋がった身内だからか誘惑も全然効かない。
この時点で私の魔王の力半分くらい封じられてるじゃない!
何が同じ血を引く者よ! 戦ったら私が負けるのほぼ確実じゃない!
「さらばだ。同じ血を引く者よ」
目一杯溜めに溜められたパンチがゆっくりと私に迫る。走馬灯ってやつかしら?
視界の端にサブリナやマココの姿が映る。その割に付き合いの長いエリファの姿がない。知らない黄色い子までいるのに。
これを彼女に話したら泣いて悲しむだろうなぁ。でも彼女はまだまだ生きるだろうから、また一緒になるまで長い時間がかかりそう……。
「あぁ……みんなさようなら……」
ぼやけた視界は鮮明になり時間はまた流れ始める。
そして視界が赤黒に染まる。
「なんてね。遅いじゃないの!」
「これでも急いだわよ!」
赤い髪に黒い装甲、それに巨大なブーメランを持つ女。
そのブーメランは今魔王の拳を受け止めている。
「いーや、このタイミングは夜が明けるまで待ってから里から来た感じでしょ? 闇夜の中を来てくれれば万全の状態で一緒に戦えたのに!」
「気持ちはわかるけど無茶言わないでよ。こっちにもいろいろあったんだから」
マココはブーメランで拳を振り払う。
ミュールメグズは突然の乱入者を警戒し一時距離を取る。
「これが私の誘惑の力よミュールメグズ。あんたは結局一人だけど私には魔王の力を振るっても共にいてくれる子がいるんだから!」
「そこはせめて友情の力っていって欲しいなぁ……。というかあっちの魔王さんを慕ってここまで来てくれた子もいるのよ」
なるほどあの黄色い子は魔蟲人ね。
でもやはり力を解放したミュールメグズの姿を見て怯えきっている。
あいつを煽るために『これが誘惑の力』なんて言ったけど正直どちらもいきすぎると嫌われる。
『破壊』の力だってそれが多くの仲間の敵を倒す力になるならば慕うものはたくさん出てくる。
ただ強すぎる力に溺れれば味方でも恐怖を覚える。それだけの話。
ミュールメグズはまだ引き返せる。
奴の中の異質な力を取り除き、その純粋な破壊の力を再び原獣に向けさせる。
原獣と戦うのに力が足りないというならば協力したっていい。
結局隣国の人間か原獣のどちらを滅ぼすかという話で、私は人間側に入れ込んでいるというだけ、平等な観点から見ればどっち滅ぼしても同じで……。
あー! こんな小難しい思考はできない!
私はマココが好きだから彼女が喜ぶ方向に物事が転べばいいのよ!
「マココ、一緒に戦ってくれる?」
「そのために私はここにいるのよ」
「ふふっ、そうね」
傷はなぜか早く治っていた。
両足に力を入れ立ち上がる。
「あら立派な脚だこと。今までのは仮病だったのかしら?」
「まあ……似たようなもんよ」
二人並び立つ。
さあ、最後の戦いよ。




