Data.120 邂逅
◆現在地
忘れ去られた古城
「あらあら、こんなところまで連れて来たくせにお茶の一つもなしに小部屋に閉じ込めるつもり? あんまりつまらないなら帰らせてもらうけど」
「どうしてそんなに強気なの……ああ、じゃなくて強気でいられるんですか?」
古ぼけた城の一室。
ベッドの上に座るのはシュリン・ファラエーナ。
扉の前に立つのは蟲魔人ヴィノール。
「だって私も蟲魔王と言って差し支えないし。別に恐れることはないわ。あなたも私の中の魔王の血に気づいているからそんなに猫を被っているんでしょ?」
「く……ミュールメグズ様は魔王の力とまた別の力を手に入れられている。シュリン様といえど戦って勝てる相手ではありませんよ」
「あいつは……何のために私をここに連れて来たと思う?」
「え、それは……。あ、あなたを殺して魔王の力を完全なものに……」
「ハズレ。残念ながら私を殺してもミュールなんとかの力にはならない。なるとするならあいつの子どもね。完全に魔王の血を持つ者が一人になった時に生まれた者はおそらく完全な蟲魔王となる。てか、殺したいなら里で殺せばいいし」
「ではなぜミュールメグズ様はシュリン様をここに?」
「わかんないわよ。それを今聞いてたんじゃない。まっ同じ境遇だから身の上話でもしようってことならしてやらんでもないんだけどねぇ」
ベッドに寝転がり足をバタバタさせるシュリン。
「あー暇ね。そういえばあんたら魔蟲人はなんでアイツに従ってんのよ」
「それはミュールメグズ様が私たちの自我を生みだしたからです。虫モンスターは成長するにつれて戦闘能力や生命力は大幅に上昇しますが、知能はほとんど上がりません。私が今こうしてシュリン様との会話が成立しているのもミュールメグズ様のおかげなのです」
「それだけ?」
「あとは血の本能です。シュリン様もお気づきの通りモンスターとはその種族の魔王に従うものですから」
「なんかつまらない受け答えね。自我があると言うわりに自分がないと言うか……。まあ、実質生まれたばかりの赤ちゃんにはなくて当然かしら」
「あ、赤ちゃん!?」
「ほらほらこっちでちゅよ?」
ベッドに寝転がったままヴィノールを手招きするシュリン。
赤ちゃんと言われて困惑していたヴィノールもシュリンの妙な魅力に引き寄せられるように添い寝する。
「うふふ、よしよし。おっきな赤ちゃんでちゅね?」
ヴィノールの身体をまさぐるシュリン。
まさぐられている側も満更でもない表情だ。
「身体は大人ね……。ねぇ、蟲魔人ってやっぱり頑丈よね?」
「ん……それは……人間やエルフよりかは」
「そう、じゃあちょっとくらい乱暴してもいいかしら?」
「え、それは……」
「おっきな赤ちゃんを大人の女にしてあげるわ……」
指先でヴィノールの顔を撫でる。
彼女の目は潤んでいる。
「かわいい子……」
「お取り込み中すまないんだけど、魔蟲王様がお呼びだよ。あっ、あなた様も魔蟲王なんだっけ?じゃあミュールメグズ様がシュリン様をお呼びだよ」
見つめ合う二人の関係に割って入ったのはサイアス。目の前で行われようとしていることには特に興味なさげだ。
「ちっ、散々待たせといて……。ここからが良いとこだったのに。ふふっ、お預けよヴィノール」
ベッドの上で惚けた顔をしているヴィノールの髪をかきあげ額にキスをするシュリン。
「ひっ、ひゃ……!!」
ヴィノールは顔を真っ赤にしながら身悶えする。
「すごいことになってるね。あの意外と真面目でお堅いヴィノールがこんなになるなんて、もはや攻撃だ」
「蟲で人だからね。種族的に近いから相性もいいのよ」
「それだと僕も近いってことになる。恐ろしいね」
「残念ながら私は女の子の方が好きだから男は誘惑しないわ。古代の魔蟲王はどっちもいけたらしいけど」
「それは良かった」
「……淡白な反応ね。なんかあんたは誘惑しようとしても上手くいかない気がするわ」
「お褒めにいただき光栄です」
その後お互い無言で古城の通路を進み、上へ上へと向かっていく。
地面を歩く音だけが静まり返った場内に響く。
そして、その音が止む時二人は大きな扉の前に立っていた。
「ここからはお一人でどうぞ。魔王同士水入らずで」
「そうさせて貰うわ。ここまで案内ありがとう」
シュリンはその扉を……蹴破った。
「来てやったわよ、魔王のなりぞこないさん」
かつてはこの城の主への謁見の間として使われたであろう大きな広間。
その奥に置かれた朽ちた玉座に鎮座するは魔蟲王ミュールメグズ。
「んで、私をここに連れてきて何をしようというの? お話ぐらいなら聞いてあげても良いけど」
「……何故、お前は人間たちの国を守っている?」
「んー? 人を助けるのに理由はいらない……ってキャラでもないわね。まぁ実際暇つぶしというか気分よ。一人で退屈してたところに国を守ろうとやってきた人間がいたから協力してあげただけ」
「ならば特に国を守る事に執着がない……のだな」
「まあね、行ったことないし。でもさっきも言ったように知り合った人間たちは国を守りたがってるし、私も長く付き合ってるから彼女らを悲しませるようなことはできないわね」
「手を貸すつもりはない……か」
「あら、手伝って欲しかった?」
「俺にはやるべきことがある。ズゥードゥー王国の為に」
「ふーん……」
シュリンはサイアスから聞いていたミュールメグズの過去を思い起こす。
サイアスは何度かビーストレスに接触しミュールメグズの情報を集めていた。その成果をシュリンに教えた意図はシュリンにもわからない。
ただ、ミュールは以前所属していたビーストレスのアジトへ回復系の能力を持つ魔蟲人を派遣していることから、相当にこの国への想いがあるとシュリンは予想していた。
「自分の国の為なら他国がどうなってもいいってこと? 魔王らしい考えと言えるわね」
「今さらそんな綺麗事……」
「勝てるでしょ、今のあんたなら原獣に。それで国土を広げていけば国中を大手を振って歩ける英雄になれるわよ。何故しないの?」
「…………」
「あんたの中に私と同じ魔王の力とは別に異質な力を感じる。そいつのせい? それを与えた奴に逆らえないから原獣から逃げて弱いものイジメするの?」
「…………」
「大切な物の為に何かを犠牲にしようとするのはおかしな感情じゃない。それが良いことではないにしても、覚悟があるのなら。でも、人にやらされてるから仕方なく……って奴に好き勝手されるのはただ単純に気に入らない。まったく無関係の奴がそうでも気に入らない。あんたは身内、姉弟みたいなもんだからさらに気に入らない。だから……痛い目見てもらうわ。姉ちゃんにお仕置きされて反省しなさい」
「初めからそのつもりだったのだろう? 何が話を聞いてやる……だ。その脚で歩いてここに来た時点で戦い以外考えていなかったであろうに」
「ふふっ、御名答。口先であんたを止められるとは考えなかった。つまり、それなりに意志の強さも評価しているわけよ。やり方が悪いけどね!」
シュリンの脚に魔力が集まりそれを覆っていたタイツが破れる。
そして、彼女の本当の姿が露わになった。




