Data.119 交わる運命
黄色い少女の発言を受けて私、ベラ、サブリナに緊張が走る。
「この子は一体どこから来た子なんですか?」
私の質問に答えたのはビーストレスのメンバーの一人だった。
「このお嬢か? 名前がテオってことくらいしか知らねぇな。たまにふらっと現れては不思議な力を持った粉を持ってくる。ここには身元を明かせない後ろ暗い過去を持ってる奴がたくさんいる。役に立つならそこんところも詮索せずに使うってわけよ」
「リードさんもご存じない?」
「……ああ、知りはしない。ただ心当たりはある」
「話していただけませんか? 私たちは彼女が探している魔蟲王の仲間だと考えています。というか、もうほとんど確定です。魔王の仲間でなければ知らないことを知ってた」
リードは迷っている。敵というワケではないのかな。敵ならば黄色い少女テオが来る前に襲いかかった方が良い。警戒度が一気に高まってしまうから。
「そろそろ潮時なのかもな……。よし、みんなにも話そう。俺の考えを」
「私が喋ってたのに勝手に話を進めないで! あんたの言う通り私は魔蟲王様によって力を与えられた魔蟲人の一人、蝶のテオ! ここには魔蟲王様の命令でたまに来ているの!」
「まあ……本人の言う様にこの子が君たちの探している魔蟲王の関係者であることは確かだ。そして、俺たちは魔蟲王を知っている」
「俺?」
「たち?」
リードの仲間たちは急に巻き込まれてキョトンとしている。
「ああ、俺たちはだ。正確には魔蟲王となる前の魔蟲王を知っているはずだ。その男の名はミュールメグズ。以前俺たちの仲間だった男だ」
ミュールメグズ……その名前を聞いて仲間たちもハッとした表情になる。
「彼のことを全て話す。だから一から聞いてくれ。頼みます」
真剣なリードの姿に私は自然と頷く。
「……ありがとう。あいつはある時、急に現れた。自慢じゃないが体格には自信のあった俺ですら怯む堂々とした巨体に、決して外されることのない仮面が特徴的な奴だった。別に体のどこかを隠している事は僕たちの中ではおかしなことじゃない。さっきも言ったように後ろ暗い過去がある者も多いからね。ただ、彼に関してはその仮面の中を見られることを極端に恐れていた」
「サブリナ、あなたが見た魔蟲王も仮面をつけた巨体の男だったわよね?」
「はい、忘れようがありません。圧倒的な威圧感と力を持ったバケモノでした……」
「バケモノ……か。どうやらミュールが君たちの追う魔蟲王なのは間違いなさそうだ。話を戻すね。彼はその圧倒的な力で俺たちと原獣に立ち向かった。初めはその力を仲間も恐れたが、味方となると頼もしいのも確かで次第に打ち解けていった。ミュールも話が合わない事が多々あったし、あまり人付き合いが得意そうなやつではない者の命を預け合う戦いを経てよく話すようになった」
リードは天を仰ぐ。
「しかし彼が加入した後でも原獣との戦いは決して有利になったとは言えなかった。彼自身は強いし飛び抜けて頑丈だったが、集団で挑まなければ原獣には勝てない。仲間が欠けてしまう事もあった。そもそもこの集団は死に場所を求めてくる奴も多い。無謀とはいえ国土を広げ国を豊かにしようと戦う……ろくでもない生き方をしてきた奴が手に入れられる最期としては十分過ぎた。悲しいことにそういう死に酔った奴の自己犠牲のおかげで生き残れたメンバーも多い。死に急ぐ奴をカッコよく説教してみんなで助かるには……力が足りなかった」
「ちょっといい……ですか?」
サブリナがリードの語りに割って入る。
「そのミュールメグズという人が魔蟲王とするなら、原獣に負けるとは思えないんです。気分が悪くて原獣の強さははっきり覚えていないんですけど、魔蟲王の強さははっきり覚えています。正直、私たちには手におえない存在でした。申し訳ないですけど、私を含めここの皆さんが束になっても敵わない……と。そんな人が原獣に負けるとは思えません」
「君の疑問はもっともだ。そうなんだ……ミュールメグズはあることがきっかけで強くなった。そして、俺たちのもとから離れていった。その過程を話そう」
再び語りモードに入る。
「仲間と打ち解けるほど……ミュールは仲間が傷つくことが許せなくなっていった。囮になった仲間を助けに行こうとしたり、単身で原獣に挑むような問題行動が多くなった。ビーストレスの中でも一番強かった彼には『自分が何とかしないと』という思いがあるんだと……そう思っていた。そんなある日、彼の仮面が原獣の攻撃で破壊されたんだ。頭部への攻撃だったし、その場に居合わせたのは僕だけだったから、すぐに駆け寄って無事を確認しようとした……」
あからさまに言葉に詰まったリードは視線を泳がせる。そして最終的に私を見る。
「あの……こっちも質問なんだけどさらわれたエルフの子って、もしかして魔王の関係者かい?」
「ええ、そうです。彼女もまた魔王の血を引くものです」
「そうか……やっぱり。その子は体のどこかを隠していたりしなかったかい? 特徴的な部分でもいい」
「脚、ですかね。不自由みたいでいつも車イスに乗っていて、肌が透けて見えないタイツをいつもはいていました」
「……うん、その彼女は魔王の特徴が下半身に表れているはずなんだ。そしてミュールメグズは……上半身に表れている」
彼はそれ以上ミュールメグズの見た目については語らなかった。
かつての仲間に対する気遣いか。しかし、言いたいことは十分に伝わった。
「僕は驚いた。それと同時に記憶の中に引っかかるものもあった。実はかつて僕はズゥードゥー王国に仕える戦士だったのだけど、その時に風のうわさで聞いたことがあるんだ。王族に異形の子が生まれたと……。その時は気にも留めなかったし、後にすぐ王国の戦士を辞めて原獣狩りにのめり込んでしまった。外で戦ってる方が意味もあるし気楽だってね。若かったのさ」
「その異形の王族の子が魔蟲王ミュールメグズと」
「ええ、そうです。これはその仮面の下を見た時本人から聞いた。僕を信用して話してくれたことだし、他の人に話すのは正直よくないかなと悩んだ。でも、今の彼はきっと良くない事をしようとしている。でも僕には止める力がない。だから君に話した。無責任かもしれないが、彼を止められるのなら止めてほしい」
「……話に続きはありますか?」
「はい。同情を誘う様な話になってしまいますが、最後まで聞いてくれると嬉しい。先ほども言ったようにズゥードゥー王国は貧しい。でも、王族は豊かだった。ミュールもその異形の見た目ながら母と兄には愛されていた。しかし、身内ではない周りの人間からはやはりどうしても疎まれる存在だった。やがて彼はその生まれ持ったものを生かそうと戦いに興味を持つようになり、ある年齢に達した時城を抜け出した。見た目が見た目ですから半ば城に幽閉状態だった彼は初めて自分の住む国の貧しさを認識しました」
「それで国土を広げ豊かな土地を得るための原獣狩り集団に辿り着いた……」
「そうです。異形の見た目と引き換えに手に入れた圧倒的な戦闘能力で自分なりに国を救おうと……。しかしそれでも足りなかった。そんな時、現れたのです。謎の人物が。この世界の者とは思えない異質な雰囲気を纏ったあからさまに怪しい奴でした。顔を見せない服装もその疑念を強めます。しかし、その時のミュールは何にでもすがりたい精神状態だったのです。その者に与えられた力は圧倒的で彼はすぐにのめり込んでいきました。それだけなら良かったのですが、残念なことに彼は討伐対象を原獣から西に存在するという国へと変えてしまったのです」
「私たちがいたアクロス王国ですね。確かにあそこは国土がそこそこ広く人が少ないうえ土は豊かでした」
「彼は別れる時にそれが許せないと言っていました。自分たちが苦しんでいるのに呑気に暮らしている隣国があったなど……と、だから奪い取ると……。ミュールは人の幸せを羨んだり妬んだりはしますが、壊して奪い取ろうとするような奴ではありませんでした! マココさん、もしあなたが神の使徒という特別な存在で死すら恐れぬ勇気ある者ならミュールメグズを……仲間を止めてやってください! 今の彼は本当の彼ではない! とはいえ……もし取り返しのつかないものをすでに誰かから奪ってしまっているとするなら……もう、救いようもありませんが……」
「うん、大丈夫よ。あいつは魔蟲王なんて大げさな肩書を持っているけど、まだ何も奪えやしてない。私とその仲間たちが全部返り討ちにしてるからね。今は仲間が一人そのミュールメグズ本人に殴られて生死の境を彷徨っちゃってるけど、絶対に戻ってくるから問題ないわ」
やっぱり普段の喋り方は良く舌が回る。
「ミュールメグズは私が止める。無傷でとはいかないと思うけど、殺さずに止める。そしてシュリンを無事に取り返す。それでおしまいよ!」
本当はその後ろにいる謎の人物も引きずり出さないといけない。
おそらくそいつは名を冠する武器を託された神の使徒が相手をするべき相手だから。




