Data.116 未知の領域
◆現在地
エルフの里フィルアルス
朝もやがかかった早朝のエルフの里に巨大なカメのシルエットが浮かび上がっている。
この里にはモンスター預かり所のような気の利いた施設はないので、マンネンはログアウト中も普通に外で過ごしていた。
後に話を聞くとエルフたちもこの不思議なモンスターに興味津々だったらしい。マンネンもわかりやすく余所者だけど人間よりかははすんなり受け入れられるようね。
まあ、その人間もアチルの本気の戦いを見たり聞いたりした人たちからどんどん話が広がって今では一部のエルフ以外普通に接してくれている。
敵意さえ向けられなければ静かで落ち着く良い里だ。でも私たちは今からこの里を出て戦いに赴かねばならない。
作戦は決まっている。
まずシュリンが今いる場所の探り方だけど、これはエリファレスさんが持っていた特殊な指輪を使えばわかる。
これは里側が外にいるシュリンを監視するために作った特別な物で、魔力を注ぐと彼女の位置を示す光の矢印が浮かび上がる。
初めて砦を訪ねた時のサブリナもこれがあったからすぐに砦に向かってきたというワケね。
次にメンバー。
私とクロッカスは無論行く。
次に移動の要、お世話になりっぱなしのベラとマンネンももちろん参加。
そして最後にサブリナがついてくることになった。彼女からの志願だった。
『祝福』と呼ばれる他人も強化できるスキルが得意らしいから戦闘でも頼りになりそうなんだけど、やっぱり出会ったばかりなのでまだまだよそよそしいのが不安材料かな。
留守番組はユーリ、エリカ、そしてアチル。
ユーリは架け橋の砦に戻ってくれた。虫の侵攻はないらしいけどあくまでもそれは敵自身が流した情報だ。信用していいものかわからない。
それにゴーレムたちはなんだかんだ人間が命令してあげた方が効率的に動ける。何かイレギュラーが起こるとその判断が出来ないということもありうるのでプレイヤーがいる方が良いのは確かだ。
彼女は私ほど廃ゲーマーというワケでもないのに私の本気プレイによく付き合ってくれるわ。また機会があれば彼女とまったりこの世界を旅するのも悪くない。
「そろそろ出発だね」
エリカが声をかけてくる。彼女もまた留守番組だ。
まだ目を覚まさないアチルの傍にいたいらしい。私もその方が安心なのでその願いを受け入れない理由はなかった。
「そうね……すぐにシュリンと一緒に帰ってこられるように頑張るわ。その間アチルのことお願いね」
「うん! ちゃーんと元気になる様に祈っとくよ」
「それもいいけど、目を覚ました後私の後を追ってこないようにしっかり見張っててね。普通に無茶するからあの子。初めて出会った時も強くなりたいと一人でダンジョンに突っ込んで死にかけてたんだから」
「ははは、マココさんがアチルちゃんと会ったのってドラゴンゾンビ討伐の前だよねぇ? もうずいぶん昔のことの様に思えるな」
「私も同感よ」
思えば遠くまで来た……のだろうか。
東の果てから始まった私の冒険はアクロス王国内を駆け巡り、今その国の外まで来た。
装備も強くなった、スキルも増えた、仲間にも出会えた。
時間で言えばそう長い期間ではない。でも、確かに遠くまで来たんだ。
「そろそろ出発でっせマココはん!」
マンネンの中からベラが言う。
「じゃ、行ってくるわ。アチルをよろしく」
エリカに挨拶をし、マンネンで里の東の端に向かう。
そこでエリファレスさんが修復された結界にマンネンでも通れる通路を作っているはずだ。
またサブリナもそこで待っている。
「……通路はすでに開いています。シュリンが残してくれた結界は問題なく展開しています。これならば敵に気付かれることはないでしょう」
結界に空いた穴の前でエリファレル様が言う。
昨日は弱々しかった彼女も今は幾分か落ち着いた雰囲気を放っている。
「私が……本当に着いて行っていいのでしょうか?」
逆にサブリナは今も不安そうな顔をしている。
「それは私に聞くことではありませんよサブリナ」
「ええ……はい。あの、私も行って大丈夫でしょうかマココ……さん」
「うん、一緒にシュリンを助けに行きましょう。歓迎するわ。さあ乗って乗って」
「は、はい!」
マンネンのハッチを開けサブリナを迎え入れる。
生き物の中に乗るという感覚に慣れないのか彼女は一歩一歩が慎重だ。そのうえずっとキョロキョロと辺りを見渡している。精神的にもつかちょっと心配ね。
「結界の通路は出発後閉じられます。帰りはシュリンに開けてもらってくださいね。みなさんの無事を祈っています! いってらっしゃい!」
バタバタと手を振って見送るエリファレスさんを背に私たちは指輪が指し示す東へと進みだした。
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森の中は道が悪い。マンネンの中にいてもガタガタと揺れが伝わってくる。
サブリナは慣れない環境と緊張が相まって先ほどから顔が青い。乗り物酔いかもしれないけど流石に今酔い止めの薬は持っていない。頑張ってサブリナ!
「指輪の指す方向はこっちでええみたいやけど、えらい自然が残る場所でんなぁ。魔王の住処っちゅうぐらいやからもっと荒廃した土地が広がってるもんやと思ってましたで。どっちかというと熱帯のジャングルみたいや」
「虫の住処としては最適かもしれないわ」
「あっ、なるほどなぁ」
サブリナが会話ができない……というか口を開かせるのが怖いので、ベラと意見を交換しつつ周囲を警戒する。
確かに森は森でも私たちが今まで見てきた森と雰囲気が違う。なんともジメジメして暑そうだ。
そんなことを考えているとモニターに映る外の景色の中で何かが動いた気がした。
「ねえ、今……」
ベラにその事を伝えようとした時にはもう遅かった。
正面のマンネンの視覚とリンクしたモニターに残像の残る影が映り込むと、マンネンが激しく揺れた。中の私たちもその揺れで転ぶ。
「な、何があったんや!? あっ……」
呆然とするベラの目の前にはマンネンのダメージ状況を表すシルエットが表示されたモニター。
このシルエットはマンネンの形をしており普段は緑、ダメージを受けたりするとその部分は赤く染まる。
今現在そのシルエットの左側の首から体の前の部分にかけてが赤く染まっている。何かに首を攻撃されているんだ。
「ど、どどどどないしよう!? マンネンが……っ!」
今までにない焦り方をするベラ。
「落ち着いてベラ。こんな時にマンネンの相棒のあなたが動揺してどうするの。とりあえず私が外に出て敵を引き付けるからその間に治療を! ハッチ開けて!」
「りょ、了解……」
開け放たれたハッチから外へ。
むせ返るような自然の匂いに顔をしかめつつも周囲を素早く探る。
……いた。トラだ。今までのモンスターよりもリアルのトラに近い見た目で、大きさと筋肉や牙と爪だけ強調されている。
これはこれで現実感がありすぎて怖いデザインよ。
「あのトラ、見た目より速いぜマココ。接続形態はどうする?」
「出来れば無しで様子見したいところね……って!」
トラは会話を待ってくれたりはしないし、こちらの事情も考えてくれない。
一気に距離を詰めてきたかと思うとその鋭い巨大な爪を私に振り下ろした。
すぐさまブーメラン形態のクロッカスで受け止める。
「うっ……ぐぐぐっ……こいつ、腕力強化のある私でも押し返せない……!」
重たい一撃……やはりこの段階から接続形態を使わなければならないのか。まだシュリンの位置すらハッキリしないのに。
しかし手加減して勝てる相手じゃないし、私は戦いで手を抜くガラでもない。
「リンクフォー……っ!」
ガァァァオオオオオオ!!!
突如悲鳴を上げ後ずさりするトラ。
その脳天には手斧が刺さっている。
そして、密林の木々から木々へ飛び回る複数の影。こちらは人間サイズだ。
「今のうちに囲え! 一気に仕留めるぞ!」
上から男の声が聞こえたかと思うと、ちょうど私とトラの間に割って入るかのように地面に降り立った。
片手にはトラの脳天に突き刺さった物と同じデザインの手斧。防御力より機動力を優先した最低限の防具。
そして明るいブラウンの髪とケモ耳……?
この人、頭に犬みたいな耳が生えている! それも気になるけど一体どこから来た人たちなのかしら? 味方……でいいのよね……?




