Data.111 エリファレス・フィルアルス
◆現在地
エルフの里フィルアルス
変わり映えしない景色が続く森の中から一変、明らかに人工的に作られた風景が目の前に広がっている。
舗装された道、美しい花の咲く花壇、畑……などなどの中でも特徴的なのは建物だ。太い木の幹の中に部屋を作ってそこに住んでいるみたい。パッと見ただの木でも窓や扉がついていてまるでおとぎ話の世界のよう。
ただ、あまり活気というか人の気配がないなぁ……。
「変わらないものね、この里も」
「いつもこんな人がいないんですか?」
「変わらないのは景色のことよ。普段はもっとエルフで溢れてるはずなんだけど緊急事態だからみんな避難してるんじゃないかしら? どうなのよサブリナ……いい加減正気に戻って」
未だ混乱しているサブリナをシュリンさんがペチペチと叩く。
するとぶるっと震えた後、サブリナの目に光が戻ってきた。
「はっ、はい! みんな自分の家に引きこもっているか、エリファレス様のもとに……。あと戦える者は戦いに……」
「へぇ、じゃあ私もエリファレスのところに……」
「その必要はありませんよ」
成熟した女性の声がシュリンさんの言葉を遮った。
「……あらあら、ちゃんとお迎えが来たじゃない。ご丁寧に車イスまで持って」
「自分の結界は自分の体のようなもの。誰が入ってきたのか、私ほどの者になればわかります。特にシュリンのことはハッキリと」
「衰えてはいないみたいじゃないのエリファレス・フィルアルス。疲れてはいるみたいだけど」
エリファレスと呼ばれた女性は銀色でウェーブのかかった長い髪に白くゆったりとした服を着ていて、いたるところに装飾品をつけている。何かの儀式でも行いそうな雰囲気だ。
微笑みを絶やさない顔は美しさとかわいさ、母性と幼さをあわせ持っていて誰もが見惚れてしまいそう。
でも、シュリンさんの言うとおり疲れも感じ取れる。元気な時に会っていれば本当に見惚れていたと思うけど、今は目の下のクマや頬がややこけているのが気になる。
「疲れてる……なんてみんなの前では言えませんけど、シュリンに嘘はつきません。私もやはり衰えているのです。急造の結界を維持するのはそろそろ限界。シュリンが来てくれて私も里のみんなも救われました」
「それはわざわざ無理して来た甲斐があるわ。背負ってきてくれたアチルにも感謝しなさい」
エリファレスさんの視線がこちらに向く。
め、目を合わせられると緊張するなぁ……。
「あなたは……人間の女の子かしら? どうしてシュリンに良くしてくれるのかは知らないけど、ありがとうね。私はこの里の長のエリファレスという者です。長と言っても何か偉いことをしたわけでもなく、ただ親から継いだだけだから普通に女の子として接してくれていいのよ。ってば、私はもう『女の子』じゃないわよね」
エリファレスさんは『てへっ』という表情を作る。
「そんな、エリファレスさんはとってもお若いじゃないですか」
「えっ! ホント? いや全然若くないよ。もうアチルちゃんみたいなぴちぴちの人間の女の子からすれば私なんてもうすごいおばあちゃんなの。うんうん、若い子にはもう勝てないわぁ……。気を遣わせちゃってごめんね」
「いえいえ、気を遣ってるなんて全然。お綺麗ですよ」
「ええーっ、そんないいのよいいのよ。アチルちゃんは優しい子ねぇ~」
エリファさんがずいっと私の近くまで来ると、両手で頬に触れてきた。
「んうぅ~お肌すべすべ~、ほっぺたぷにぷに~、あぁ~そばに置いておきたいかわいさ~」
なんだろう……反応はすごくおばさん臭い……。
「はいはい、それくらいにしなさいよエリファ。十分リラックスできたでしょ」
「全然足りな~い。アチルちゃんぎゅ~!」
私を抱きしめるエリファさん。甘い香水の匂いがする。
「ああっ、いいなぁ……」
エリファさんの登場にまた固まっていたサブリナが羨ましそうにこちらを見てくる。
「そうね、サブリナもぎゅ~! 良く頑張ってくれたわね……よしよし」
「あ、あう……サブリナ様……っ。やっぱり外の世界は怖いです……うぅ……」
「あらあら、いつものあなたはどこにいったの? あんなに外の世界を旅してみたいって言ってたじゃないの。ダメよ、簡単に諦めちゃ。いずれあなたには……まあ、今はゆっくりお休みなさい」
「残念ながら休んでいる場合じゃないわ。エリファは私と結界の修復、サブリナはアチルを敵のいるところに連れていってあげて。まだ頑張れるわよね、サブリナ?」
「はい……ぐすっ……まだ頑張れます」
「アチル、他のエルフはエリファほど余所者に優しくないわ。何言っても無駄だから実力で黙らせなさい。あなたの戦いを邪魔してくるようなら殺さない程度にぶん殴っても構わないわ」
「そんなこと言っちゃダメよシュリン……。保守派がまた騒ぎだしちゃう」
「人間がここにいる時点で騒ぐわよ。抑え込む言い訳をせいぜい考えておくことね。あっ、アチルは気にせず戦ってくれればいいから。このおばさんが何とかするからね」
「おばさんって言わないで!」
本気の怒りをあらわにしたエリファさんに車イスを押され、シュリンさんはどこかに消えていった。
自分で言うのはいいけど人に言われるのはダメなのね……。
「……ふぅ、はぁ、うん。少し落ち着いたから敵のいる場所に案内するわ。私がこの里を出る前からある区画の結界を強いモンスターが攻撃してて、追い払えはするんだけど倒せないからなかなか敵が減らないのよね……。だから……そのぉ……」
「うんうん、私に任せて。サブリナは戦わなくていいんだよ」
「なっ! さっきはビックリして戦えなかっただけで私は勇敢な戦士なのよ! そんな余所者だけに戦いを任せるなんてプライドが許さない!」
「そうそう、その調子。サブリナはこうでなくっちゃ」
「なに親友面してるのよ! 私のことがわかったつもり!? そんな簡単に底が見える薄っぺらい女じゃないわ!」
「私はただ元気なサブリナが一番だなって思っただけだよ」
「うっ、それは……そうかもね。そこは認めてあげるわ! あ、あと強いことも認めてあげる……。さっきは虫を倒してくれてありがとう……」
「んー? 最後の方が聞き取れなかったなぁ? もう一回言って!」
「二度も言うかこんなこと! さあ移動するわよ! ついて来なさい!」
駆け出したサブリナの後を追い里の中を駆け抜ける。
ときおり建物や物陰から視線を感じた。悪意とまでは言わないけどトゲトゲしいものが私に向けられていると勘でわかった。
シュリンさんの言ってたことが今更ながら気になってきた。
……この拳は敵を倒すためのものだから出来ればエルフの里の人たちは殴りたくないなぁ。




