Data.110 エルフの里へ
「な、な、何言ってのよあんた! 半分エルフじゃないシュリン様ですら問題なのに全部エルフじゃないあんたが入っていいわけないでしょ!」
「でもこうするしかないんです! エルフにも掟とかいろいろあるんでしょうけど、私にも大切な人との約束があるんです!」
「はいはい静かに」
またシュリンさんの仲裁が入る。
「二人とも私のことを気にかけてくるれるのはとても嬉しいわ。でも私のために争わないで。なんども言うけど仲良くね。ほら、仲直りの握手を」
言われるがままサブリナと握手する。
意外と小さい手だ。柔らかく傷もない。微かな脈を感じ取れる。先ほどから大声を出し続けたからか手のひらはしっとり湿っている。あったかい。
「うんうん、次はハグしなさい」
「そ、そんなシュリン様……」
「いきなり……」
「別に変なことじゃないわ。ほらほら恥ずかしがらないで」
サブリナと目が合う。本気で困惑している目を見るとなんだかちょっと意地悪したい気持ちになってくる。
よーし、ここは私からいこう!
「どうしたの? ハグっていうのはこうぎゅーって……」
「わわわ……っ」
正面からサブリナに抱き着く。
体を密着させるとよりハッキリと胸の鼓動が聞こえる。それに思ったより小さいというか薄いといか……華奢な感じがする。エルフの人はみんなそうなのかな?
「くっ……この、離れてよ!」
「はいはい、そのまま私の話を聞きなさい。アチル、あなたがついて来たらここの戦力が薄くなるけどどうするの?」
「どうしようもないですよ。砦も守らないといけないですけどシュリンさんも守らないといけません。なら残っている戦力を分散させるほかありません。私はシュリンさんについて行って、エリカさんとゴーレムたちで砦を守ります」
「私は大丈夫よ」
「ダメです。シュリンさんのわがままを聞くんですから私のわがままも聞いてもらいます」
「シュリン様はわがままなど言っていない!」
「むぅー!」
耳元で叫ぶサブリナをよりギュッと強く抱きしめる。
「痛い痛い! 痛いって! やめなさい!」
「わかったわアチル。あなたも一緒に行きましょう。もう離してあげてもいいわよ」
サブリナをもはや拘束と化していたハグから開放する。
「くっ……馬鹿力め……!」
「ごめんごめんつい」
「急に馴れ馴れしくなるな! いくらシュリン様の命令と言えど会ったばかりの人間と仲良くなんてできない」
「今はそれでいいよ。これからよろしくね」
サブリナは明らかに私が同行することに納得していない顔をする。
私だって知らない場所に行くのは怖いし嫌だ。でも戦士にはそれでも向かわなければならない場所がある……なんちゃって。
「さぁ、エリカを呼んできなさい。そういえばクララまでいないじゃない。みんなどこいったの?」
「ああ……エリカさんはさっき話しかけられたのを無視しちゃったからどっか行っちゃったのかも……。クララも門の上でぼーっとしてる私に付き合いきれなくて散歩に行っちゃってて……」
「アチルったらまだセントラルに連れていってもらえなかったこと引きずってたのね。良かったじゃない私がエルフの里に連れていってあげるわ」
「良くはないんです! 危ないことしようとしてるの自覚してください! 何ピクニックに行くみたいにちょっとワクワクしてるんですか!」
そんなこんなでエリカさんとクララを探しに出た私。
流石に二人とも防衛するという役目を覚えていたのか、門からさほど離れていないところをうろうろしていた。
「……というワケないんです」
エリカさんにサブリナとエルフの里のことを簡単にまとめて説明する。
「うーん、気になる事はたくさんあるんだけどさ~。もう答えは出てるみたいだね~。二人が考えて出した答えなら私はそれを尊重したいと思うよ。生きたいように生きるのが一番楽しいと私も思うからね。でも十分に気をつけて。あなたたちに何かあったら悲しむ人がいることは絶対に忘れないでねアチルちゃん、シュリンちゃん。まっ、ここから黙って送り出す私が言うのもなんだけどね~」
少し照れくさそうなエリカさん。
ここを任された神の使徒として私たちに何かあったら一番責任を感じるのはきっとエリカさんだ。なおさら無事帰ってこないといけなくなった。
「クララは一緒にくるよね?」
「当たり前じゃん。私もお留守番に退屈してたところだし、アチルの居るところが私の居るところよ。誰が決めたことでもなく私が決めたこと」
「ふふっ、ありがとう。頼りにしてるね」
「話はまとまったわね。じゃあ、早く帰ってくるためにも早く出発しましょう。日没までには戻ってこれるといいのだけれど」
門が開け放たれる。
ここからエルフの里まで歩きとなるとどれくらい時間がかかるのかな?
「サブリナ」
「はい! 速足の祝福!」
サブリナの手から放たれたオーラが彼女の足と私の足を包む。
「サブリナは身体能力を強化するスキルを得意としているの。特に速さ関係ね。そしてその強化を他人にも行えるのが強みよ。これで里までの移動時間は大幅に短縮されるわ」
「へー……すごいねサブリナ」
「おだてても何も出ないわよ。それより遅れないように私についてきなさい。待ってあげないわよ!」
サブリナは走り出す。一歩目の加速からして確かに速い。これは本当に置いていかれちゃうかも。
「行ってきます!」
振り返らず一言だけ。
私は国の外の世界への一歩を踏み出した。
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「……意外と速さに慣れるの早かったわね」
砦を離れて数分、森の中を進む私にポツリとサブリナが呟いた。
「えへへ、サブリナも途中スピードを落として待っててくれたでしょ?」
「ふんっ! シュリン様を背負っているのはお前だからな。別にお前の事を気遣ったのではなく、お前のような者に背負われざるを得ないシュリン様を気遣っているのだ。シュリン様を背負う自信が無くなったなら今すぐシュリン様をこちらに渡せ」
「なんのなんの、私は全然元気よ」
「ならこれについてこれるか?」
サブリナはさらに加速する。でも問題ない。
そもそもの身体能力は私の方が上みたいなので、サブリナが多少スキルの効果を高めてもこちらは対応できる。
まあ、走るペースをころころ変えさせられるのは疲れるからやめてほしいんだけどね……。
「アチル」
背中のシュリンさんが耳元でささやく。
「あなたがついて来てくれて良かったわ。正直、こちらからお願いする必要もあると思っていたから……」
「やっぱりシュリンさんも里に行くのが不安だったんですね。大丈夫です。誰かがシュリンさんを傷つけようとしたら私が守ります」
「頼もしいわ。でもちょっと違う。まあ戦闘に関することなのは間違いないけどね」
「んん? もっとわかりやすく言ってほしいです」
「すぐにわかるわ。だから前を見なさい」
「えっ? あっ、わわわっ!!」
急ブレーキをかける。
前を走っているはずのサブリナが立ち止まったからだ。
「どうしたの?」
「み、見つかった……。虫だ……」
腰の引けたサブリナの視線の先にはカマキリ型のモンスターがいた。
普通の虫に比べると大きいけど、ダイオウの行進を経験した私からすれば大して大きくない敵。レベルは30ってところだ。
こちらを敵と認識したカマキリはその手のカマを大きく振り上げる。
「お、隠密系のスキルをかけ忘れていたからだ……。ど、どうしよう……」
「どうしようって……敵がいたら倒すしかないじゃない」
レベル30程度ならクララと接続する必要もない。
両手のガントレットと合体した『セイントクロスボウ』『カースドクロスボウ』から魔力で生成した矢を放つ。
何発かは大きさに見合わず器用な動きを見せたカマに切り捨てられたが、そのうち数に押され捌き切れなくなり急所に命中。敵は消滅した。
「なんか久しぶりに普通に矢を撃った気がする。鈍ってるのか何発か防がれちゃった」
「この程度の敵ばかりならあたしも自慢のくちばしで応戦できるわよ、クココッ!」
「じゃあ今度はクララの応援に回ろうかな……なんてね。さあ、敵は倒したし先に進みましょう!」
「もう着いたわ。流石に入り口を隠す幻術結界はまだ働いてるようだから人にはわからないけど、むしろ知能の低いモンスターみたいなのにはわかっちゃうのよねぇ」
「えっ! 確かに私には全然わかりません。私って知能高かったんですね」
「うん、モンスターに比べてだけどね。さっきのカマキリは里に入ろうと急造結界に攻撃を仕掛けていたところで私たちを見つけて襲い掛かってきたのよ。ああいうモンスターが里の周囲にたくさんいると考えられるわ」
「うわぁ……それは大変ですね。でも、あの程度なら……あっ!」
「私の言葉の意味に気付いたみたいね。その通りよ」
シュリンさんがサブリナを指差す。
驚いた表情のままで固まっている。
「サブリナの名誉の為に言わせてもらうと、彼女はスキルで隠れながらモンスターの横を通り抜けられるだけ勇敢なのよ。この里のエルフ基準ではね」
そうか……シュリンさんが私が来てくれて良かったって言ったのは、里に群がるモンスターを倒せる人がいないからだったんだ。
「里の名誉を守る言い訳もさせてもらうけど、長のエリファレスはそれは有能な結界使いなのよ。それこそ何十年も里が脅威にさらされないレベルのね。だから実戦経験のある戦士がほとんどいないのよ。今回は不運ね。黒い炎は邪悪な炎、純潔な彼女の結界と相性が悪かったみたい。さぁ、サブリナの手を引いてあげて。しばらく放心状態だと思うから。そのあと二、三歩前進よ」
言われた通りにサブリナの手をとり、二歩前に出る。
「よしよし、ここよ」
シュリンさんが片手を伸ばす。
するとその手の周囲の空間が波打ったように見えた。
「今エリファレスが必死で維持している急造結界を壊さずに通れる穴を創造してるのよ。エリファの結界の構造はよく知ってるから簡単に出来るわ。サブリナがここを出るときは本人に一時的に穴を開けてもらったんでしょうけど、帰りはタイミングがわからないから私が開けるしかないわ。と、いってる間に完成」
私の目の前に私の身長、横幅とほぼ同じサイズの楕円形の穴がぽっかりと空いた。
その穴の中に足を踏み入れると、明らかに周囲の森と違う景色が広がっていた。
「私の生まれ故郷フィルアルスにようこそ。あいにく手厚いもてなしは出来ないけど許してね」
色々な感情と吐息が混じったシュリンさんの囁きが耳元で聞こえた。




