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Data.109 シュリンを知る者

 ウンドパオブ撃破から時間はさかのぼって――。


 ◆現在地

 架け橋の砦


「シュリンさん!」


 小屋の寝室の扉を開け放ち眠っているシュリンさんに声をかける。

 起きる気配は無い。仕方ないのでベッドまでいって体をゆする。


「シュリンさん! お客さんですよ!」


「んん……。何よ、もう……」


 のそりと体を起こしたシュリンさんは明らかに不機嫌そうだ。


「あの! 門の前にシュリンさんの事を知ってる人が来てまして」


「私のことを知ってる? 名前でも出してきたの? どんな奴だった?」


「そうです! どうやらシュリンさんを探してるみたいで。見た目は金髪くらいしか覚えてないです……。急いでいたので……」


「金髪の人って結構いるわよね。まあ、私の名前を出してきたとなると数はかなり絞られるけど。心当たりもあるし。さ、早くおんぶして連れていきなさい」


 ちょっと機嫌の悪いシュリンさんを背負い門の上へ向かう。

 その間もシュリンさんは私の三つ編みの髪を指に絡みつけたりして遊んでいる。


「さてさて、誰が来たのか予想は……」


 私は少し身を乗り出しシュリンさんが門の下を覗けるようにする。


「当たり。私の勝ちよ。あとで何か頂戴ね」


「私賭けてないです!」


「冗談よ。相変わらず真面目でからかい甲斐があるわね。門を開けても問題ない相手よ。開けてあげて」


「はい……あっ、門を開けても問題ない……ダシャレですか?」


「…………」


「ごめんなさい」


 すぐに下に降りて門を開ける。

 金髪の少女は巨大な門がいとも簡単に開いていく様子に面食らっていたが、すぐに私たちの元まで駆け寄ってきた。

 それを確認しすぐに門を閉める。戸締まり大事。


「あぁ……お久しぶりですシュリン様ぁ」


「私のことを訪ねてくるなんてあんたぐらいよね、サブリナ」


 サブリナと呼ばれた少女はソワソワしている。

 短い金髪の髪をヘアピンで留めまくっておでこを出している。装備は軽装で体のラインが出るピッチリとした動きやすそうな服を着ていて、色合いは地味で目立ちにくい。武器は腰にさげている短剣か。

 ふーむ、機動力と隠密性を生かした戦闘スタイルとみた。斥候や暗殺者かな……。戦ったら勝てるかな……って初対面の人に対してなんてこと考えてるのよ!


「あたしはいつでもシュリン様の事をお慕いしております」


「大して会ったことないでしょうが」


「それでも外の世界で暮らすシュリン様は憧れです」


「大して離れたところに住んでないけどね」


「それは……そうですが……。はっ! どうして住居を移されたのですか!? この門はどうして……」


「待った。質問するのは私からよ。あとあなたアチルにちゃんと挨拶したの?」


「あっ、これはすいません……。あたしサブリナといいます。フィルアルス出身です」


 サブリナがぺこりと頭を下げる。


「これはこれはご丁寧に……。私はアチルです。出身はアクロス王国の東の果てのイスエド村です」


「アクロス王国? イスエドの村? うわっ、シュリン様こいつ人間です!」


 私の耳を指差しサブリナは後ずさる。そう言う彼女の耳は尖っている。


「はぁ……頭の方は相変わらずなのね。アチルは私の仲間よ」


「そうなんですか! こいつが……」


 サブリナは私を下から上までジロジロと見る。

 警戒を解かない彼女に呆れてシュリンさんが口を開いた。


「サブリナはエルフの里の防衛隊の一人でね。若いエルフの中では強くて期待株なのよ。いずれ私のことを監視する役目を引き継ぐものだと思っていたけど案外早かったわね」


「監視する役目?」


「私は見張られてるのよ。里を出た後も定期的にね。まあ、強い力を持ってるから」


「いえいえいえ、まだシュリン様を見守る役目は譲り受けていません。今回は別の事情があってシュリン様を探しに来たのです」


「仕方ない。聞いてあげるわ。話しなさい」


「はい! 現在フィルアルスは謎の黒炎により里を守る結界を燃やされ、外敵の脅威に晒されているのです」


「黒い炎? どこからそんなもの出てきたのよ」


「それはわかりかねますが、急に森へ燃え広がり気づいたときにはそのまま結界も……」


 黒い炎と聞けば思いつくのはマココさんだけだ。でもマココさんがエルフの里の結界を燃やしたわけがない。

 ……もしかして、以前のダイダイオウグソクムシとの戦いのとき燃えたままの虫がどこかへ墜落した?

 周辺は探索してそいうことがないかチェックしたはずだけど見逃したのかな?

 いや、そもそもそんなに遠くまで飛べる虫モンスターなんていたっけ……?


「里の長はどうしたのよ。彼女なら結界くらい直せるでしょ。彼女の一族が作った物なのだから」


「エリファレス様は外敵の侵攻をとりあえず抑えるための急造の結界を維持しておられて、とてもそちらの結界の修復に取り掛かる暇がありません」


「そんな絶え間なく敵が来るわけじゃないのでしょ? 撃退したら空いた時間に修復を少しずつ進めればいいわ」


「それが……恥ずかしながら敵の撃退もままならぬ状態でして……」


「勝てないの? 敵は虫?」


「はい、虫系モンスターがほとんどです。どうやら結界にこもっていた私たちが知らなかっただけで、外では大量発生が起こっていたみたいですね……。私はある程度気配を消せるので何とかここまで来れましたけど……」


「ふーん。まあ、若いあなたは知らなくても元老どもは知ってたと思うけどね。その上で何もしなかった」


「お恥ずかしい限りです……。この門は虫の対策で創られた物なのですね」


「正解」


「ご立派です。シュリン様」


「私をおだててる場合じゃないのよ。正直黒い炎には心当たりがある。それから考えても結界が破られてから結構時間が経ってるんじゃない? もしかしてエリファレスはずっと急造結界を維持してるわけ?」


「……はい」


「はぁ……エリファったら」


 また呆れた表情を見せるシュリンさん。


「シュリン様、追い出した里の者が言うのは虫が良すぎると思いますが、どうか一度里にお戻りください。あなたならエリファレス様以上に迅速に結界を修復できるのでしょう?」


「ええ、結界くらいいくらでも修復できるわ。でもまた里に入るのを元老たちが許すかしら?」


「エリファ様は押し通すと……」


「まったくあいつは無理いっちゃって」


 ほんの一瞬の思案。シュリンさんはすぐに答えを出した。


「行くわ」


「本当ですか! ありがとうございます! エリファレス様もお喜びになります!」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 慌てて話を遮る。


「エルフの里がどんなところかは知りませんが、今危ない状況みたいじゃないですか! そんなところにシュリンさんを行かせるわけにはいきません! 私はあなたを守ると約束したんです!」


「人間が口を挟まないで! これはエルフの問題よ!」


「エルフの里からシュリンさんを追い出したのはこの人たちなんでしょう!? なんで今さら助けないといけないんですか!?」


「それは……! な、何か事情があったのよ! 私は知らないけど……。と、とにかく部外者は入ってこないで! あとシュリン『さん』って何よ! 馴れ馴れしいのよ! 『様』とつけなさい!」


「二人とも黙りなさい」


 シュリンさんの一声でその場が静まり返る。


「サブリナ、あいかわらず自分が下と判断した者に高圧的な態度をとる癖はなおっていないようね。アチル含め人間はエルフにとって上でもなければ下でもないわ。仲良くしなさい」


「はい……」


「アチル、あなたの言う事はもっともよ。私の今まで話したことだけでエルフの里を判断すれば救う意味がないと思うのは普通……。でもね、ごめんなさい……。まだすべてを話せたわけじゃないから……私にもいろいろあるから……今回は行くわ」


 こんなに歯切れの悪い話し方をするシュリンさんは見たことがない。

 だからこそ、その決意が揺らがないということがよくわかった。

 その上で私がマココさんとの約束を果たすためにすることは一つ。


「じゃあ、私も行きます! エルフの里フィルアルスへ!」

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