Data.108 セントラル奪還作戦 -魔大樹-
木の魔人ウンドパオブがいたところからは黒煙が立ち上っている。
周囲への影響を考えずに暗黒物質堕龍回帰刃を使ってしまったけど、この巨大樹全体が燃え上がるようなことにはならなかった。
どうやらウンドパオブを喰らい尽くすことにエネルギーのほとんどを使ったようね。それだけ生命力の高いモンスターだったというワケか……。
おかしなテンションだったけど強敵だったのは確かだ。
「ククク……そんな木偶人形を倒すのに必死になって……。まあ……脆弱な人間にしては上出来か……」
どこからかざらつく不快な声が聞こえる。
あのスキルを耐えたとは思えない。木偶という発言からして本体が別の場所にいるという事か。
「一体どこに……」
辺りを見渡そうとしたその時、足場が大きく揺れ始めた
「何!? 地震?」
「……いや違うようですね。今仲間からスキルによる連絡がありましたが、どうやら揺れているのは巨大樹のみのようで」
アランが冷静に述べる。
「うーん……これ私の予想が正しければさっきの奴の本体って……」
「ははっ、でしょうね」
この街を覆い尽くす巨大樹自体がウンドパオブだったのか!
そう認識した途端、目の前にエネミーバーが現れる。
<魔大樹ウンドパオブ:Lv??>。
レベルが見たこともない表示になっている。とても気になるけど今は後回し。この大樹が完全に動き出す前に叩き切らなければ!
「ちなみにこの木の下のお城は避難が完了してるらしいですよ、マココさん」
何かを期待するようなアランの視線。
「まさか私になんとかしろと?」
「いやいや、そんな上から目線なことは思ってませんよ。ただ、なんとかできるのはマココさんぐらいだなと。あるのでしょう? この大樹すらぶった斬れる新スキルが」
以前のアレを見ていたな、これ。
でないとなかなかアランはこういうこと言わない。
「……仕方ない。アラン、オリヴァー、ヴァイトは下に降りて降って来るかもしれない木片や燃えカスから町を守ってて」
「そうこなくっちゃ!」
アランが指を鳴らす。
「なにやらわからんが策があるようだな! ここはマココくんに任せよう!」
オリヴァーも以前あのスキルを発動した瞬間を見ていてもおかしくないけど、反応を見る限り見てないのかな。まぁ、忘れてる可能性もありそうだけど。
「私も少々頑張りすぎました。慣れないことはするもんじゃないですね。では下で待ってますよ」
ヴァイトの顔には疲労の色が見るけど、翼を広げ地上へと降りていった。
残りの二人もそれぞれ独自の方法で大樹を降りていき、頂上には私とクロッカスだけが残った。
「アレだな?」
「うん、ダイダイオウグソクムシを倒した時のアレよ」
レベルはわからないが、この巨大樹があのダイオウより硬いとは思えない。炎も普通に効果あるしね。
ウンドパオブには悪いけどデカイだけの的は強くなったとは言えないのよ。巨大化怪人はさっさと散らないとね。
「接続形態<TYPE:B>!」
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(さぁて……どう潰してやろうか……)
魔大樹ウンドパオブにはほぼ都市の全体が見えている。
町を覆い尽くす根はすべて彼の身体であり、そこどの部分も『目』とすることが出来る。
しかし、一度に『目』に出来る部位は一つである。先ほどまでは頂上部分の木偶を『目』としていたので都市の状況は見えていなかった。
そして、今は中央の巨大樹の幹の部分を目として高いところから都市を見渡している。
(そもそも……あいつの言っていたコードってどんなものなんだ……? 肝心なところは話しやがらねぇ……。ただここを潰せばいいと言っていたが……コードが物なら一緒に潰しちまうかもしれねえってのに……)
自らに力を与え、ここまでのモンスターに進化させた存在の正体を彼自身も良く知らない。
(まあ……いい……。あいつもあんまり適当なこと言うんだったら俺の力で潰してやればいい……。この町みてぇにな……)
ウンドパオブは地下に忍ばせてある四本の巨大な根に意識を集中させる。
町の四方のメインストリートの真下にあるこの巨大な根から地上を覆い尽くす根やモンスターを生み出していたのだ。
彼はこの根を地上へと出現させ逃げ道となる門へ続くメインストリートを破壊し、その後この根をミキサーの刃の様に回転させ、この都市を更地にすることにした。
(この根の頑丈さは俺の丸太を超えるぜ……。動かすと少々……いや……致命的にエネルギーを消費するが……まあ、雑魚ども一人一人相手にするよりは楽にすべてが済……む……?)
この大樹は彼の身体だ。
なので何か攻撃を受ければわかる。痛覚とは少し違う感覚が伝わるのだ。
しかし、彼はいま痛覚に近い何かを感じた。
(なんだ……? なんだなんだ……!?)
彼の視界に何かの燃え屑がちらつき始める。
(上か……? さっきの人間どもか……? いや、地上に降りていくところをさっき見たぞ……。あ……そういえば一人……女がまだだったような……。グググ……ッ!!)
感じた事もない痛覚に思考を乱されるウンドパオブ。
(し、しかし……さっきの女……状況的にあの龍のスキルが最強のスキルのはず……ッ。温存してやがったのか……!? そんな……人間ごときが……バカな……ッッ!!)
彼は『目』を今の部分より上部に動かそうとする。
出来なかった。
もうすでに上部など無くなっているからだ。
そして、現在の視界にも黒い炎がちらつきはじめた。
(何が……どうなってやがるんだ……ッ! 俺が……負ける? お、俺は魔王になるんだぞ……ッッ!! そして……古の魔王たちのようにこの世界を……)
魔大樹ウンドパオブの視界は真っ黒になった。
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「ちょちょちょちょちょ! 大丈夫なのこれ!? すっごいよく切れてこのまま地上のお城までぶった切ってしまいそうなんだけど!!」
「もう避難は済んだんだろ? 人を切る心配はねぇ、安心してぶった切ろうじゃん」
「そうだけど! 立派なお城だし出来れば木だけ切りたいわよね!」
振り下ろされた【邪悪なる噴火】は凄まじい勢いで巨大樹を真っ二つにしていく。
あいつが使っていた丸太ほどではないにしろ、それなりに立派で硬そうな大樹が豆腐の様に……。
ダイダイオウグソクムシが頑丈すぎてこのスキルの威力をしっかり把握できていなかったわね。
お城に住んでる人たちごめんなさい……。しばらくは平民の暮らしで我慢してください……。
と、思っていたら急激にブーメランから噴射されている火山の噴火ような炎の勢いが衰えていく。
シンプルに魔力切れだ。暗黒物質堕龍回帰刃で消費した魔力はアイテムで回復したけど、こっちのスキルもなかなか短時間で魔力を食い尽くすみたい。
でも今回は助かったわ。あと十メートルもすればお城の屋根が崩壊するところだったから。
完全に勢いを失ったところで接続形態を解除。カラス形態のクロッカスに掴まり地上へ降り立つ。
すると、巨大樹が白く発光し始めた。町を追い尽くす根も一緒だ。
そうかそうか、この大樹はウンドパオブの体なわけだから奴を倒せば全部消えるというワケね。破壊された道や建物は元に戻らなけど、根がなくなるだけで復興は数倍早く進むでしょうね。
「疲れたがやべぇ奴をブッ倒せて良かったぜ。これだけ強かったんだからドロップ品もそれなりにいいんじゃねーかな?」
クロッカスは光の粒子と化していく木を見つめる。
特別なドロップ品はこの光の粒子が集まって形となるパターンが多い。
しかし、今回はいつまでたってもそれらしきものは現れなかった。
「……ハズレってことか? マココにしては運がねーな。とはいえ、こいつレベルのデカさに強さなら魔石がもっとそこらへんに転がっていてもおかしくねーと思うがなぁ」
「もしかしたら、あいつ……ウンドパオブは本当はそんなに強いモンスターじゃないのかも」
「はぁ? 強かったじゃねーか」
「今はね。気になるのは『あいつ』とウンドパオブが言っていた存在のこと。アカシック=コードとやらを『あいつ』に渡せば魔王になれると……つまり、『あいつ』は誰かに力を与える能力があると考えることが出来るわ。あくまでも仮定の話だけど」
「はーん、確かにウンドなんちゃらは力に酔ったような動きが多かったな。無駄によくしゃべるし。身に余る力を持たされたからああなったのかもしれん。しっかしそうなると厄介だな。裏にそんな奴がいると面倒な敵に対しての報酬が釣り合わなくなるぜ」
「そうなのよね……。今回は今までドロップ運が良すぎた反動と考えた方がシンプルに話が済むのだけど……」
脅威から開放されたセントラルは夕陽で赤く染まっている。
早期解決出来て良かったけど、新たな謎も出てきた。
とりあえずみんなと合流してこれからのことを考えよう。私は蘇生スキルを持っているし、脅威が去った後でも出来ることはあるだろう。
あっ、そうそうログアウト出来るようになっているかも確かめないとね。出来るなら砦側との情報交換もできる。
実際砦へ帰るのはいつ頃にしようか……それも相談して決めるとしましょうか。
先ほどまで集中していた戦闘が終わったからか、やけに東のことが気になる。心配し過ぎかしら……?
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「やはり雑魚を強化してもダメか」
遠くにセントラルを見下ろせる小高い丘に、夕陽を背に佇む者が一人。
「これで南の魔王候補はいなくなった。多少強くとも南ほどのずるがしこさが無い北と西も期待できんな」
真っ黒なローブを被り顔どころか体の形すらわからない人物は東の方角を見る。
「やはりお前でなければいけないよミュールメグズ。さっさと目覚めて欲しいものだね。お前は質が違うんだから……」
そう呟くとその人物は夕陽に向かって歩きだした。
遠ざかり小さくなっていくその姿はやがて沈みゆく夕陽に溶け込み見えなくなった。




