Data.105 セントラル奪還作戦 -樹海都市-
◆現在地
中央都市セントラル
木の根と枝が張り巡らされた町の中を進むのは想像以上に厄介だった。
悪路に強いマンネンにも流石に超えられない高さまで地上に露出していた根などはいちいち取り除かないといけない。
それが手間だからといってマンネンを置いていくと、動けないレベルにまで傷ついた人々を回復させられる安全な場所が無くなってしまう。
仕方ないと割り切って障害物をもくもくと除去する。主にユーリが。
彼女の符の一枚一枚は攻撃範囲が狭く制御するのも得意だ。
だから周りに影響を及ぼさず的確に木の枝などを切断できる。派手なばかりが強さじゃないってワケね。
でも私もサボっていた訳ではない。
戦闘はもちろんのこと、ここにきて蘇生スキルである【回帰する生命】が遂に日の目を浴びた。
ここまでも要所要所では活躍してきたけど、こんなに連発する日が来るとは……魔力の消費は激しいけど感無量よ。
「ふぅ、セントラルって意外と広いわね。そのうえそんなに馴染みがないからここがどの辺りなのか全くわからないわ。真っ直ぐ進んできたから中央の大樹には近づいてるはずなんだけど……」
「助けた市民にプレイヤーも結構な人数になりましたね。皆さん無事脱出できているいいのですが……」
木を伐採しながらユーリが呟く。
「まぁ、ここら辺で瀕死やったプレイヤーはそこそこ強い奴が多かったからなぁ。中央に近づくほど敵は強いらしいし、弱い方へ逃げる分には問題ないんとちゃうか? 楽観的かもしれんけどそう考えとかへんと気になって前に進めへんで」
そう言いながらも市民を守りながら私たちが来た道を引き返していくプレイヤーたちに視線を向け続けるベラ。
「……ベラの言う通りね。私たちはとにかく前に進みましょう」
木を切り、根を切り、モンスターを切り、確実に歩みを進めているとやけに開けた場所に出た。
「ここは……お城の前みたいね」
目の前に広がるのは立派な堀に城壁、城郭。
しかし、今は大樹の根に覆われまるで何千年も経過して自然にかえった建造物といった雰囲気を醸し出している。
「城に通じる橋はなんとか無事のようだけど、流石にマンネンが通ると落ちてしまうかもしれないわね……」
「せやな。とりあえずマンネンはここで待機や。どちらにせよ城内は窮屈やろうからな」
「城内……ねぇ」
お城には王様や身分の高い人々が多くいたはずだ。そして、その人たちを守るための戦力も。
まだ抵抗してるのだろうか。それならば戦闘の音が聞こえるはず……。
「……聞こえる。でもこれはこちらの近くね」
ちょうど南から伸びるストリートの方から何かが迫ってくる音が聞こえる。足音がせわしない。沢山の根を足にして動き回る木の魔物トレントの集団かしら?
他のみんなもその音に気付き臨戦態勢をとる。
しかし、南のストリートを抜けて現れたのは意外な生き物……カニだった。
あ、トレントもいたわ。ただ、カニのはさみに挟まれていてたった今切断されて消滅したけど。
この行動を見るにこのカニは味方……?
甲羅がやけに大きくてまるで背負いものでもしてるような変わった見た目だ。
うわっ、明らかにこちらを見た! 近寄ってくる!
「攻撃しないでくださいよ! 私たちの新たな仲間なのですから」
カニからヴァイトの声が聞こえてきた。
もう何が何やら……。
「いるなら早く出てきて説明してくれると嬉しいんだけど?」
「それはごもっとも!」
返事と同時にカニが脚を曲げて姿勢を低くする。
そして、背中の殻の一部がハッチの様にパカッと開いたかと思うと、そこからヴァイトが飛び出してきた。
「やあやあお久しぶりです」
「少し前に会ったばっかでしょうが。まあいいわ。それでこのカニさんは何なのよ」
「何ってカニですよ。正確には『ルームシェアクラブ』というモンスターですがね。私たちもマンネンさんの有能さに憧れて仲間モンスターを手に入れたというワケです」
「へー、あんたの仲間にテイマーなんていたっけ?」
私の疑問に対してヴァイトはちっちっちっと人差し指を振る。
「モンスターを仲間にする方法は何もテイマーだけではないのですよ。まあ、テイマーの持つテイムスキルの方が多種多様なモンスターを仲間に出来る可能性がありますから自由度が高いですけどね」
そう言いつつヴァイトは自らに装着された腕輪を見せつける。蒼い宝玉があしらわれたシンプルなものだ。
「これは『潮招の腕輪』。この腕輪の持つスキル【さざ波の音色】は特定のモンスターを落ち着かせ、従わせる効果があります。腕輪一つにつき従わせられるのは一体。貴重な物なのでそれなりに時間をかけて選んだ子ですよ、このニッパーはね」
ニッパーと呼ばれた巨大なカニは今もハサミで木を切り倒しまくっている。
制御できてるのかしら……?
「そんな不安な顔をなさらなくても心配ご無用ですよ。気性は多少荒いですが……この腕輪の音色を聞かせれば落ち着きます。これが壊れたりしたらどうなるかわかりませんがね。まだそこまで懐いてくれていないでしょうし……。まあ、最悪中で待機しているスリッパーが止めますよ」
ニッパーは泡を口から発射して視界に入った新たなモンスターを撃破している。
確かに強いし移動手段にもなる。それに木を切り倒せるハサミに周囲に被害の出にくい泡による遠隔攻撃。
多少制御が効かなくても連れてくる気持ちはわかるわ。
「あいかわらず強いねーマココはー。絶対ここまで来てくれると思ってたよー」
カニの殻から飛び出しシュタッと華麗に地上に降り立ったのはアイリィ。
『GrEed SpUnky』のメンバーの一人で、二つのシニョン(お団子)ヘアーにチャイナ服のような衣装、しなる槍を使う戦闘要員。
イベントでも共闘したことがあるから実質私の仲間よ。
「正真正銘久しぶりねアイリィ。元気してた?」
「うんうん元気してたよー。マココこそ大変だったみたいだけどいつもと変わらず元気そーねー。むしろ戦い続きの方が元気になるぅ?」
「人を戦闘狂みたいに言わないの」
気の抜けた話し方をするけど根は真面目でグリードスパンキーの中でもブレーキ役らしい、とヴァイトから聞いた。
「まっ、再開を喜ぶのはこれくらいにして行動を再開しましょうか。そっち側に何かこれからの作戦とかある?」
「ええ。どうやら敵はこの巨大樹の一番上にいるようです。道中で助けた感知系のスキルを持つ者がそこに一番強い気配を感じると言っていましたから。となると、腕に自信のある者を上に向かわせ、残りは救助を続行する……というのはどうでしょう?」
「戦力を二つに分けるのね。でも大丈夫かしら」
会話を止め武器を構える。ここは敵の本拠地と化している事を忘れちゃいけない。
城の堀に溜まった水の中からゆらりと伸びてきたのは蓮。
特徴的な丸い葉っぱに白と桃色の神秘的な花、そして蓮根……レンコン?
切ったレンコンの断面がこちらを向いている。これは……なんとなく何が来るかわかるぞ!
「ハッ!」
直感に従い横に跳ぶ。
するとハスはレンコンから何かを弾丸の様に発射してきた。
その速度は速く、私がほんの一瞬前いた位置に着弾する。
「パンデニックロータス、レベルは80だってさ。このレベルが結構出て来るなら戦力の分散は得策じゃないかもね」
「とはいえ全員で救助では根本的な解決が遅れます。全員で大樹を登るのもマンネンさんとこっちのニッパーがいるので無理でしょう」
「困ったものね……きゃ!」
突然隣りの地面から生えてきたハスが私の脚に絡みつき宙づりにする。
さっき弾丸のように飛ばしたのは種か! こんなに早く発芽するなんて……。このモンスターの強みは増殖力か。
素早くレンコンがこちらを捉えた。また射撃が……この状態では避けられない!
その時、ヒヤリとしたものが体を駆け抜けた。
恐怖から来るもの……ではない。確かにどこかから冷たい風が吹いてきている。
その証拠にハスが水面に接している部分から徐々に凍り付いていっている。そのせいか追撃のレンコン射撃もこない。
「うりゃ!」
この隙に手持ちのブーメランでツタを切り脱出。
空中で姿勢を制御し地面に上手く着地する。
「氷の華……」
アイリィが凍りついたハスの花を見て呟く。
「やはり来ていたか……お前たちも」
パキッと音を立てて凍った葉の上に降り立つ女性が一人。
「氷華のキョウカ……!」
アイリィが強く反応を示す。
以前アイリィと戦った『グローリア戦士団』のメンバーの一人で氷華の二つ名を持つ氷使い。
水色の髪に鋭い眼光、そして高飛車で仲間に対しても冷たい態度をとるがその実力は折り紙つきだ。
彼女だけが使命感や慈悲の心でこのセントラルを奪還しに来たとは思えない。
やはり集結しているのね、きっとあいつらも……。




