双璧
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小口鼠単体であるならば、そう強くはない。
地下四階に生息していて、現在の『拙者の回復肉煮込み』のメイン食材である、大口鼠のほうが、単体では、よほど強かった。
小口鼠が怖いのは、圧倒的な物量だ。
終始、仲間を呼び続けるので、単体相手となる機会は、まずなかった。
マルくんが、『幸運と勇気』を救出した際には、うずたかく、倒した小口鼠の山ができていたそうだ。
普通に考えれば、いくら広いとはいえ、閉鎖空間のダンジョン内でそれだけ狩れば、小口鼠は、絶滅してしかるべきだ。
けれども、現実には何ら減る気配はなく、地下九階は依然として、小口鼠のみが大量に生息する階層だった。
よく話に聞く、仮想ダンジョンマスターなる存在が、ダンジョン内のあらゆる魔物やアイテムの補充を司っているという仮説も、さもありなんと思わせられた。
魔導士としてのあたしの研究テーマにも関わるので、いつか、そのあたりの謎解きには、本腰を入れて取り組みたい。
いつかはさておき、目先の問題としては、地下九階での魔物肉集めチームの編成だ。
現状、地下九階以深に潜れる探索者の数は多くない。
現役探索者理事四十名が所属しているパーティーの内、地下十階を普通に歩き回れる上級ランク以上のパーティーは、半分もないだろう。
地下十一階以深に潜れる伝説級となると、さらに半分。
『白い輝き』と『鉄塊』は、中でも断トツだ。
ただ、『鉄塊』は、リーダーであるアイアンのギルドマスター就任により、現在、パーティーとしては活動を休止していた。
『白い輝き』より平均年齢が高いパーティーであるため、このまま解散して、皆、引退するのではないかと囁かれている。
上級ではない、他の探索者理事たちは、カテゴリーとしては、地下六階から地下九階の探索ができる中級だが、さすがに全員地下九階までの到達は果たしていた。
ただ、地下九階での小口鼠による圧倒的な物量攻撃を突き抜けて進むためには、パーティーとして力不足だ。
現状は、地下八階以浅で、実力の向上を図っていた。
この街の迷宮探索者たちにとって、地下九階、地下十階の突破は、巨大で分厚い二枚の壁である。
本来の試練は地下十階だが、地下九階の小口鼠の襲撃を、いかに消耗なく切り抜けられるかが、地下十階探索の成否の鍵だった。
探索は、行きだけではなく、帰りもある。
地下十階へ辿り着けても、帰路に、地下九階で小口鼠に取り囲まれて全滅では、何の意味もない。
回復手段の三分の一ルール厳守は、常に絶対だ。
満身創痍で、先に進む行為は愚策だった。
逆を言えば、地下九階さえ消耗せずに通過できれば、地下八階で足踏みをしているパーティーが、地下十階の試練を突破できる可能性は、飛躍的に向上するはずだ。
地下八階を探索するパーティーの中には、地下九階を抜けるしんどさと実入りの悪さを聞いているため、階段を発見してもあえて地下九階へは降りずに、地下八階を探索限界と決めているパーティーもいるらしい。
『幸運と勇気』がそうであるように、より安全策として、地下七階を探索の周回階層としているパーティーもいた。
だったら、地下九階への階段を降りてすぐのどこか適当なところなどとつまらないことを言わずに、地下九階へ降りた階段から、地下十階へ降りる階段までの最短ルートを、バリケードで閉鎖し、すべて安全地帯にしてしまう作戦は、どうだろう。
通路の曲がり角毎にバリケードを設置する行為を、一つずつ追加しながら先へ進めば、いつか、ルートはつながるはずだ。
バリケードの設置作業は、そういった足踏みパーティーと探索者ギルドの理事がやればいい。
アイアン、ごめん。また、理事の仕事が増えちゃった。
とはいえ、短期的には無償の土木仕事への従事だったが、地下十階へ安全に降りられるようになるのであれば、探索者としてもギルドとしても、収入は確実に上がるはずだ。
地下十階の試練には挑まずとも、探索場所を地下八階から地下十階に移すだけでも、大違いだ。
地下二階から地下五階の探索者が初級探索者。
地下六階から地下九階の探索で中級探索者。
地下十階を普通に歩き回れるようになると上級探索者だ。
地下十一階以上の深度に潜れる伝説級と上級探索者の間には雲泥の差があるとはいえ、地下十階の探索者だというだけで、ランク分けの区分の一つとされている事実は、伊達ではない。地下八階とは、実入りが違う。
探索者パーティーの理事以外のメンバーにも、バリケードルートの通行料代わりに、地下九階での魔物肉集めへの参加を義務付ける。
あとは、全体的に探索者の実力を底上げして、上級探索者を増やしたい。
地下九階から地上までの魔物肉の運搬を、上級探索者が行うのは、さすがに非効率だ。
だったら、魔物狩りに注力してほしい。
上級探索者は、せめて何階か上に運ぶだけにとどめて、より浅い階層の運搬は、それぞれのランクの探索者たちが担えばいいだろう。
もしくは、魔物肉運搬専用の『配達くん』の運用だ。
地下九階の安全地帯と地上を、大型の『配達くん』に往復で輸送させるのだ。
『配達くん』の数を増やせば、地下九階で積み込む係が、待ち時間なくすむだろう。
アイアンさん、『配達くん』のご注文をお待ちしています。




