探索女子会
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ヨロッヅ・ヤオが、アイアンと全宿屋会長を連れて、店にやって来た。
ヨロッヅ・ヤオは、エチーゴ屋系列の宿屋業務を引き継いでいるため、全店長会の会長であると同時に、全宿屋会の会員でもあった。
「最近、宿の料金が高騰しています」
やたら、真剣な顔つきで、ヨロッヅ・ヤオは、あたしに告げた。
「でしょうねえ」
あたしは、深く息を吐いた。
「何で、そんな話、あたしに持ってくんのよ? あたし、宿屋じゃないんだけど」
出来れば、あたしは、関わりたくない。詰んでいる話なのは、明らかだ。
アイアンが、ヨロッヅの話を継いだ。
「今までだったら、宿に泊まれるぐらいの稼ぎが出ているはずの新人探索者が泊まれなくなっている。そのせいで、最後の晩餐場で、毎日、安酒で大宴会だ。宿屋に、泊まらせろ、と乗り込む奴らもいて、探索者ギルドとしても看過できん。通夜みたいな場所だったはずなのに」
「だから、何でそんな話をあたしに持ってくんのよ?」
「おまえは、『拙者の回復肉煮込み』導入の立役者だろ。新人探索者なら全員知ってる。そのうち、ここにも、何とかしろ、と乗り込んでくるだろう」
うげ。ひどい罠だ。
まさか、あたしを逃げられないようにするための、『ボタニカル商店詣で』だったとは。
このままじゃ、違う意味の『お礼参り』が来てしまう。
「恨むよ」
「何のことやら?」
アイアンは、何処吹く風だ。
あたしは、じろりと全宿屋会長を睨んだ。
ギルドの理事会で、顔だけは見知っていたが、話をした経験はない。
アイアンと、ほぼ同年代だろう。
ヨロッヅ・ヤオよりは、遥かに上だ。
「えっと、全宿屋会長さんで良かったわよね?」
「ホッシノと申します」
全宿屋会長ホッシノは、引き攣ったような笑みを浮かべた。
ごめん。睨んだあたしが悪かったよ。
そう思ったが、そんなことはおくびにも出さず、あたしは、ホッシノに確認した。
「この街に今ある宿屋は、全部で何室?」
ホッシノは、即座に、数字を口にした。
諳んじられるあたり、伊達に会長ではないようだ。
とはいえ、部屋には、ピンキリがある。
雑魚寝用の不特定多数が同室に泊まるような部屋から、最高級のスイートまでだ。
この街では、これまで、初めて地下に潜る探索者は、ほぼ帰還できない状態が常態化していた。
探索者稼業未経験の難民あがりが、地下に潜り、初探索を無事に生き延びて帰還できる割合は、約一割だ。
地下一階の探索では、帰還した全員に、ほぼ満足な稼ぎはないので、宿には泊まれない。
最後の晩餐場で、夜を過ごすのが、定番だった。
その一割も二回目、三回目の探索で命を落とすので、地下二階へ潜れる、初級探索者と呼ばれるほどに育つ者は、ほとんどいなかった。
ある一日当たりの、入洞探索者の内訳だけを見れば、初心者探索者百対初級探索者五十対中級探索者十といった程度だが、初級以上は、前日も探索者であった者であるのに対して、初心者探索者は、毎日、ほぼ別人だ。
したがって、初心者探索者が、寝泊まりできるような、雑魚寝用の部屋は、そもそも、この街に、ほとんどなかった。
地下で、永眠してしまうため、宿には泊まらないからだ。
初級探索者以上になって初めて、宿屋の顧客対象だった。
今までは。
だが、初心者探索者の生残率が向上した今、運良く、宿に泊まれるような稼ぎを得た彼らも、初級探索者用の宿へ宿泊するようになっている。
ある一日の、初心者探索者と初級探索者の比率は、百対五十。
初心者探索者が地下から戻らなければ、五十の部屋で足りていたところに、百五十近い需要ができたのだ。
実際は、稼げずに宿泊費用を持っていない者もいるはずだが、その百五十が、毎日、百近くずつ増えていく。
一方、部屋数は増えていかない。
初心者探索者の内、どれほどに宿屋に泊まれるほどの稼ぎがあるか知らないが、そりゃあ、高騰だってするだろう。
あたしは、ホッシノに、さらに訊いた。
「部屋全体の内、初級探索者向けの部屋の数は?」
ホッシノは、数字を口にした。
部屋全体の、約八割だ。
あたしは、アイアンにも訊いた。
「今朝時点の、昨日から生き残っている初心者探索者総数は?」
アイアンも、数字を諳んじた。
昨日から生き残っている初心者探索者の総数は、初級探索者向けの部屋の数を超えていた。
いつまでたっても、泊まれない者がいて当然だ。
「需要と供給、って言葉知ってる? 欲しがる人が沢山いる物の値段は上がるのよ」
あたしは、ヨロッヅ・ヤオとホッシノの顔を順番に見た。
「あんたたちには、わかりきった話よね。何をどうしたいの?」
「全宿屋会としては、部屋を求めるお客様を、全員泊まれるようにしたいのです」
ホッシノは、そう言った。
「まさか、あたしに丸投げじゃないんでしょ? 対策案は?」
「部屋を増やしたいと考えています」
そりゃ、そうだ。
需要と供給のバランスの話をするならば、供給を増やすしかない。
問題なのは、街に、その場所がない点だ。
「でも、場所がないわよ」
「当面は、ギルドの訓練場にベッドを入れて、簡易の宿泊所にすることにした。隙間なく五段ベッドでも入れれば、時間稼ぎにはなるだろう」
アイアンだ。
「男女は分けるのよ。探索女子会長として、そこは譲れないわ」
いつのまにか、あたしは、探索女子会という新規任意組織の会長になっていた。
初心者探索者の生き残りが増えたということは、女の生き残りも増えたということだ。
女には、女であるというだけで近寄ってくる、余計な苦労や危険が山ほどある。
男社会の探索者稼業、まして地下の闇の中とあっては、なおさらだ。
すがるような目で、あたしの手をぎゅっと握った初心者探索者女子たちを、あたしは見捨てられなかった。
現時点の探索女子の最高深度到達者は、ランとスーだが、あの二人には、ちょっと女らしさと常識が不足している。
そういう意味では、常識のある探索女子の筆頭は、ラッキーだった。
「何かあったら、ラッキーを頼るのよ」と、送り出した探索女子たちはラッキーと一緒に、いつのまにか探索女子会という任意組織をつくっていた。
副会長は、ラッキー。ランとスーが、副会長補佐。会長は、あたしだ。
本人未承諾の内の、会長就任だった。
ようするに、名義貸しだ。
あたしが会長であるというだけで、ギルドや他の探索者たちに対して、睨みが効くらしい。
組織の設立目的は、探索に関わる女子の生活向上。
この街にいる女子は、ある意味、何らかの形で探索に関わっているため、全員対象者と言えば対象者だ。
それに、探索の向上ではなく、生活の向上だ。
この街で生きる女子の手助け全般が目的だった。
「もちろんだ」
アイアンは、力強く請け負った。
街に突然出現した圧力団体に対して、アイアンは、脅威を感じているらしい。
探索者ギルドの理事たちも同様だ。
表向きはともかく、大体、どこの家でも、実権は奥さんが握っている。
独身が多い探索者理事はさておき、街の有力者である非探索者理事のご家庭においても、それは同じだ。
どこかで、あたしと奥さんたちが結託してしまわないかと、恐々としているらしい。
そんな馬鹿な。
きっと、何か後ろめたいことがあるのだろう。
「で、当面じゃない案は?」
あたしは、アイアンに続きを促した。
「裏街のスラムを立ち退かして、再開発したい」
あたしは、唖然とした。
それなりに、歴史のあるこの街には、過去からの曰く因縁の土地がある。
シャインが通いつめる花街の裏手には、スラムがあった。
決して治安が良いとは言えないこの街の、さらに裏の顔。
犯罪者や犯罪者予備軍の逃げ込み場所であると同時に、満足に住む場所のない者たちの溜まり場だ。
探索者である親を亡くした子供たちも、結局は、そこに流れ着くしかない。
もしかしたら、ミキも流れ着く羽目になっていた。
流れついても、大人になるまで生きられるとは限らなかったが、大人になったところで、もはや、日のあたる場所には出られない。
壁外の難民たちの居場所に、勝るとも劣らない劣悪環境だ。
街には、いつしか、必要悪として、そのような場所が生まれて、時と共に膨れ上がり、誰にも手が付けられないまま、今に至っている。
ギルドからすれば、不法占拠された土地である。
確かに、追い出せば、場所が生まれる。
けれども、簡単にいくとは思えない。
「どうやって?」
「その知恵を借りに来た」と、アイアン。
「そういうのを丸投げって言うのよ」




