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ボッタクル商店ダンジョン内営業所配達記録  作者: 仁渓
エピソード5 裏技

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販売くん

               2


「あははははは」


 店に帰って顛末を話すや、俺は、ヴェロニカに爆笑された。


 ヴェロニカは、笑いすぎて、目の下に涙を溜めている。


 一方、ミキは、「ひどいです」と頬を膨らませて憤慨した。


 ヴェロニカは、涙を指でふき取りつつ、


「マルくん、さすが忍びの者ね。あたしが行ってたら我慢できずに確実に炎上案件よ」

でしょうねえ。


 物理的に、探索者ギルドは焼け落ちていただろう。


 いや、冗談じゃなく。


「危うく、この店を捨てて、夜逃げしなきゃならないところだったな」


「あら、二人ならどこででも生きられるわよ。いつでも、街を出る覚悟は持ってるでしょ」


「まあそうだけどさ」


 いつか、エリクサーをオークションで競り落す日のために、俺たちは稼ぎを溜めている。


 だが、もし、金額が足りないとなったら、合法的ではない手段に手を染めてでも入手する覚悟を、俺たちは胸に秘めていた。


 使う気がある者に競り負けるのならばともかく、誰かの投機対象として、エリクサーが死蔵されていく事態は見過ごせない。


 もともと、品行方正という言葉とは、縁のない俺たちだ。


 幸か不幸か、今までは、その必要がなかっただけである。


 確かなエリクサーの在りかさえ分かれば、何をするのも俺は(いと)わない。


 一人で僧侶と魔法使いの役をはたせる元司祭のヴェロニカと、一人で盗賊と戦士の役をはたせる元忍者の俺。役割的には、二人で探索者パーティーは成立する。


 ヴェロニカが、エリクサーを口にしさえすれば、その後は、どこででも生きていける。


「お二人は、引っ越しちゃうんですか?」


 ミキが心配そうな声を上げた。


「いつかよ、いつか。そんな日もあるかも知れないね、って話。『幸運と勇気(ラッキー・プラック)』だって、引退したら、どこでどうしたいとか言ってるでしょ?」


「かあさんは、若返りの湯を求めて、秘境の温泉を巡るって言っています」


「いいわね、それ。あたしたちもそうする?」


「秘境温泉なんて、探索と同じだろ。プラックに、俺が同情してたって言っといてくれ」


「わかりました」


 俺たちは、笑いあった。


 俺は、いつもの配達の服装に、手早く着替えた。


 大きなリュックサックではなく、小さい方のリュックサックを背負う。


 最近の俺は、大きなリュックサックの代わりに、『はいたつくん5号』を、もっぱら同行させている。


 体感的に、俺の労力は、三分の一になった。


 俺が本気で走った場合には無理だが、普通のランニングにならば、『はいたつくん5号』は十分ついてこられる。


 万一はぐれても、俺と夫婦石を持ち合いしているので、少し待てば、すぐに追いついてきてくれた。


 実用的だ。


 俺が、『はいたつくん5号』を同行させ、『白い輝き(ホワイトシャイン)』が、『はいたつくん13号』を同行させるようになったことから、地下六階以深に潜れる中級(ベテラン)以上の探索者たちに、自分用の運搬ゴーレムを持つ行為が、ブームになっている。


 我がボタニカル商店では、『白い輝き(ホワイトシャイン)』隊のように、材料を持ち込みしてくれれば、俺の人件費とヴェロニカの魔法代だけで、ゴーレム製作の注文を受けている。


 もちろん、材料費込みの完全生産も受け付けていた。


 お値段は、材料費と持たせる能力によって、ピンキリだ。


 人気は、『タイプ(ファイブ)』と呼んでいる、俺の『はいたつくん5号』と同じ能力を持つ物だ。


 要するに、車輪と手足がついたリュックサックである。


 ただし、『はいたつくん5号』の骨格がミスリルであるのに対し、『タイプⅤ』は、普通に鉄骨だ。


 製作者の腕の違いという奴である。シャインが悔しがっていた。


 その分、お値段は、大分、勉強できている。


 お陰で、地下七階の安全地帯への配達は完全になくなった。


 そこまで降りられる実力を持つ探索者であるならば、ゴーレム同行の方が、時間もコストもお得なためだ。


 行きは、ゴーレムに消耗品を持たせて、帰りは、ゴーレムに戦利品を運ばせる。


 一体で二度おいしく使える商品だった。


 とはいえ、地下七階まで、俺が配達に行かなくなったことに伴い、地下七階での商品販売もなくなってしまうと、万が一、地下で回復アイテムがなくなり、急遽、買い足しの必要が生じた探索者に対して、不親切だ。


 探索者のかゆいところに手が届くサービスを自認するボタニカル商店としては、地下七階での販売中止は、お客様を切り捨てるみたいで、不本意である。


 そこで、『はいたつくん』を元に、新たなゴーレムを開発した。


 大きいリュックサックサイズ、要するに縦横一メートル、高さ二メートルの四角い頑丈な鉄の箱に、大小の口と、手が一本だけあるゴーレムだ。


 口は、箱の上下にあり、上が小さい口、下が大きい口となっている。


 手は正面、上下の口の中央にあり、普段、手の先端は、大きな下の口に突っ込まれている。


 回復アイテムが必要になった探索者が、上の口に、必要な代金を入れると、大きな口に突っ込まれていた手が引き抜かれて、その手に握られていた回復アイテムが、探索者に手渡される仕組みとなっている。


 移動はしないため、このゴーレムに足はない。


 したがって、重量面を気にする必要はなく、ひたすら頑丈さに重点をおいている。


 殴っても斬っても、簡単には壊れない。


 それ以前に、もしも攻撃や悪戯をしてくる相手がいた場合には、一本ある手を振り回して、積極的に防御行動をとるように学習させてある。


 名付けて『販売くん』だ。


 もちろん、回復アイテムのお値段は、地下単価だ。


 地下六階以深にあたるため、ボタニカル商店での設定単価は、地上での全店長会協定単価の十倍だった。


 とはいえ、地下七階を普通に探索できるパーティーにとっては、大した金額じゃない。


 地下迷宮には、自分の命よりも大切な装備は存在しないのだ。


 そんなこんなで、地下七階への配達が減った代わりに、地下七階への商品補充が、俺の仕事として新たに加わった。


 ゆくゆくは、地下七階の安全地帯だけでなく、各階に何台かずつは、『販売くん』を設置したい。


 もちろん、探索者ギルドは、地下へ持ち込むゴーレムの製造や地下への設置を、ボタニカル商店だけに独占的に認めているわけではないので、理屈上は同じ仕組みの商売を、どの店がやっても構わない。


 ただ、実際は真似ができないので、実質的にボタニカル商店の独占となっていた。


 そう考えると、大手商店が、うちを苦々しく思う気持ちも、わからなくもない。


 エチーゴは、絶対に許さんが。


「じゃあ、行ってくる」


 俺は、ヴェロニカとミキに見送られて、相棒である『はいたつくん5号』と一緒に、店を出た。

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