ミキ
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「お名前は?」
ヴェロニカは、店の戸口の前に立ち尽くしている少女の前まで車椅子を移動させると、優しく声をかけた。
「ミキ」
はっきりとした声で少女、ミキは答えた。
そういえば、俺は、初めて少女の声を聞いた。
少女の名前すら聞いていなかった事実に思い至る。
探索者にリュックサックを投げられた時も、俺が、ついてこい、とリュックサックを奪った時も、少女は一言も発さなかった。帰宅途中もだ。
少女は、何かに耐えている様子で、気丈に口を結んでいた。
何かというのが、何であるかは言うまでもない。
両親を失った悲しみだ。
だが、泣きじゃくったりしていないのは、お互いにとって救いだった。
もし、泣いていたら、俺は、連れて帰ろうとはしなかっただろう。
「あたしは、ヴェロニカ。この店の店長よ。あなたの両親、ラッキーとプラックは、うちのお客さん。二人がどうして帰って来ないか、あなたは、わかってる?」
ヴェロニカは、ミキに、確認した。
現状認識の共有は、大切だ。
ミキは、こくりと頷いた。
「言ってみて」
「ダンジョンで遭難した」
「そうね」
ヴェロニカは頷いた。
「そういう時は、どうしろと言われてた?」
「探索者ギルドで、仕事を探せって」
『幸運と勇気』は、いつか自分たちが遭難する可能性を考えて、娘に、色々と言って聞かせてきたのだろう。
だが、こんなにも早く、遭難してしまう予定ではなかったはずだ。
そうならないための、実力より弱い階での堅実な探索である。
とはいえ、ダンジョンに『絶対』はない。人間の目論見など、簡単に裏切られる。
まだ、ミキは、ギルドの仕事斡旋は受けられない年齢だ。
「でも、ギルドじゃ、十歳にならないと仕事はもらえないんだ」
ミキは、しゅんとした。
人生設計が、スタートで狂ったのだから、そりゃそうだろう。
「あなたには選択肢が二つあります。一つは、カルト寺院の孤児院に入ること。もう一つは、ここであたしの手伝いをすること。あたしは、足がこんなだから、荷物を取ったり、運んだりが大変なんだ。あなたが、あたしを手伝ってくれるならば、ここに住んでいい」
俺は、ギョッとした。
俺としては、『幸運と勇気』の遭難認定が行われて、カルト寺院の孤児院に引き渡されるまで、せめて、彼女を『最後の晩餐場』に寝泊まりさせないための繋ぎのつもりだった。
思わず、連れて帰ってしまったが、育てようとまでは思っていなかった。
そもそも、ヴェロニカも、自分の足が治るまでは、子作りは行わない意思を持っている。
他人の子よりも、まずは、血を引いた自分の子が先だろう。
だが、ヴェロニカの判断は違うようだ。
すっかり、ミキを、引き取る気でいた。
まじで?
ヴェロニカは、俺が驚いていることに気づいたらしい。
「あたしは、人と人の縁が働く時には何か意味があると思ってるんだ」
ヴェロニカは、俺に言った。
「この子と同じ境遇でギルドから孤児院に入った子なんか今までも大勢いたのに、どういうわけか、この子だけが、こうして今ここにいる。多分、縁が働いたんだ。あたしもだけど、マルくんだって、あたしと出会って、人生変わったでしょ。見知らぬ誰かが、どこでどうなろうと知ったこっちゃないけど、縁が働いたんだったら大事にしないと」
確かに、俺は、ヴェロニカ暗殺の依頼を受けたことで人生が変わった。
本人に、ボコられて、パシリにされるなんて、思いもしなかった。
そのうえ、依頼した相手も、壊滅させちゃうし。
まあ、それを縁と呼ぶなら縁なのだろうが、同じような縁を、ヴェロニカがミキに感じたというなら、俺に拒む理由はない。
俺は、ヴェロニカに微笑んだ。
俺の思いは、ヴェロニカに通じたようだった。
「どうかしら?」
ヴェロニカは、ミキに問いかけた。
「このお店を手伝わせてください」
ミキは、はっきりと宣言して、頭を下げた。
ガサツな探索者の娘とは思えない礼儀の良さだ。
意外と、ラッキーとプラックは、育ちが良かったのかも知れない。
「ありがとう」とヴェロニカ。
「よろしくな」と俺も言った。
ボタニカル商店に従業員が一人増えた。




