祭壇
5
迷宮探索中は、いつも召喚してパーティーの周囲に飛ばしている、三体の光の精霊を、あたしは近くに呼び寄せた。
見かけは、ようするに光の玉である。
でも、ただの、ウィル・オ・ウィスプではない。
光の強い、ロイヤル・ウィスプだ。
一体ずつではわからないが、比べると、三体は、わずかに色が違う。
やや、赤みが勝ったものを、ジェーン。
緑が勝ったものを、キャシー。
青みが勝ったものを、ドミニクと、便宜上、あたしは呼んでいた。
通称、ロイヤル三姉妹。いや、姉妹かどうかなんて知らないけれど。
会話はできないが意思は通じる。パーティーの陰のメンバーたちだ。
人間としての『白い輝き』隊のメンバーは、他に二人。
侍の五月雨新兵衛と、忍者の百斬丸だ。
新兵衛は、白糸威鎧で、百斬丸は、白の皮鎧だ。
四人のメンバーの内、二人も東方のレアな職業がいるパーティーは、なかなか珍しい。
東方系の名前は呼びづらいので、シャインは、二人を、シンベエ、キリマルと呼んでいた。
あたしは、しんちゃんとマルくんだ。『ヒャ・キリ・マル』なんて、発音できない。
シャイン同様、二人から、あたしは、姐さんと呼ばれている。
ちなみに、あたしは、シャインをリーダーと呼んでいた。
うちでは、あたしが一番の年長だ。
シャインと新兵衛は二十四歳、百斬丸は二十二歳だ。
常に、シャインをリーダーと呼んで立てておかないと、うっかりお姉さんぶってしまう。
地下二十二階へ降りる階段の幅と壁の高さは、四メートル程だ。
あたしは、ドミニクのみ、パーティーの傍へ残すと、ジェーンとキャシーを先行させた。
ロイヤル三姉妹は、テレパシーのような彼女たちなりの意思疎通方法で、通じ合っている。
暗闇の先に何かが潜んでいた場合は、ジェーンとキャシーから、ドミニクに連絡が来る手筈になっていた。
ドミニクは、光の明暗の速度と色の濃度で、あたしに様々な事態を知らせる。
緊急事態の場合には、素早くチカチカ。そうでない場合は、現状維持だ。
幸い、敵はいないようだ。
「大丈夫みたい」
あたしは、パーティーメンバーに伝えた。
まず、百斬丸が動いて、階段の奥を覗き込み、問題なしと判断してから、残ったあたしたちを呼び寄せる。
あたしたちは、階段の上から、下の階の様子を見下ろした。
踊り場はなく、階段はまっすぐに伸びている。
意外と長くて急だ。
斜距離にして三十メートル、高低差では十五メートル程下に、地下二十二階の床が見えた。ここからでは、角度がありすぎて、通路のさらに先までは視界に入らない。
下り階段の途中に分岐はなさそうだ。
ジェーンとキャシーは、階段が終わった地点に滞空している。
ロイヤル三姉妹に対する双方向のテレパシー的な意思疎通は、あたしでは行えないが、一方的な指示であれば、思うだけで、十分行えた。どこを照らせとか、戻って来いとか、そのような内容だ。
あたしは、キャシーを、斥候として通路のさらに先へと進ませた。
ジェーンは、その場に滞空させておく。
明かりの接近を嫌う魔物は、近づくキャシーに対して、逃げるか隠れるかするであろう。
逆に明かりを獲物だと思う魔物は、キャシーに襲いかかるはずだ。
魔物ではない、亜人や魔族の類がいたならば、何か知的な対応があるだろう。
いずれにしても、キャシーが何かを察したのであれば、ドミニクに合図が来る。
理想は、あたしたちの存在に、まだ気づいていない相手に対する奇襲だったが、現実的には、ほぼ不可能だ。こちらが、明かりを使っている時点で、相手にあたしたちの接近は隠せなかった。
百斬丸は、修行の成果で、まったくの暗闇でも温度の違いが視覚的に見てわかる、と無茶なことを言っていたが、あたしを含めて他の三人にはそんなことできないので、明かりは必須だ。普通の人間は、暗闇の中では戦えない。
「行こう」
シャインが出発の指示を出した。
階段の右側寄りに百斬丸、左側寄りに新兵衛が立ち、二人で前衛を務めながら階段を下りていく。
本来、聖騎士は前衛職だが、うちらは前衛が充実しているため、シャインは中衛だ。
最後尾が、あたしの定位置だ。攻撃、回復、呪文だったら何でもござれの大賢者である。
違った。美魔女天才魔導士だ。
いずれにしても、二・一・一の陣形で進んでいく。
階段を下るにつれて、奥でキャシーが照らしている、前方に伸びた通路の様子が、見えてくる。
ひたすら、まっすぐだ。
階段にも通路にも分岐はなく、ただ、光の照らす範囲内のどこまでも、直線的に、白い石材造りの通路が伸びている。
もう少しで、下階に降り立つ。
あたしは、背後を振り返った。後衛は、背後も警戒範囲だ。
下って来た階段がある。
下から見ると、上り階段だ。
その頂上部に、ぽっかりと上階への口が開いている。
心が、ざわりとした。
下から見た階段の景色に見覚えがある。
昔、闇の儀式が 執り行なわれていた、生贄を捧げるための祭壇を見た。
その祭壇へ至るための階段が、ここに似ている。
もっとも、その場合、生贄を捧げるためには階段を上るわけなのだが。
捧げる相手が天にいるのであれば、祭壇は天に向けられて造られるのが普通であろう。
例えば、ピラミッドの頂上に。
けれども、相手が地の底にいるのだとしたら、祭壇は地の底に向けて造られるに違いない。生贄は、階段を下らされる。
ぞぞぞぞぞ。
なんか、やばい。
「撤退!」
あたしは、悲鳴のような声を上げた。




