ラティメリア
44
あたしは、蔓を緩めた。
二人の護衛が、大の字のまま落っこちる。
床にぶつかる寸前で、蔓を締め付けた。
止まった。
そこから、再度緩めて、安全に解放した。
あたしは、護衛二人に、雑巾と空のバケツを手渡した。
「床や壁の水の拭き取りを、お願い。まったく、ひどい商売妨害よ」
護衛は、ゴンベッサの顔を見た。
ゴンベッサが頷く。
護衛たちは、水の拭き取りを始めた。
「絞って溜まった水は、庭の植物に撒いてあげて。それから、あたしのことは、『姐さん』と呼ぶこと。返事は?」
「「はい。姐さん」」
「よろしい」
ゴンベッサの目が点だ。
プラックファミリーは、気にもしていなかった。
あたしは、すっかり冷えてしまったお茶を捨て、あらためて全員にお茶を出した。
護衛の方たちにも、「ここ、置いとくね」と、お茶を出す。
「「はい。姐さん」」
あたしは、車椅子を、食卓につけた。
あたしとゴンベッサが隣同士。テーブルを挟んで、プラックファミリーと向き合う形だ。
ゴンベッサの対面にラッキー、真ん中にミキ、プラックの順だった。
「親父を許してやってくれ」
ゴンベッサが口火を切った。
「逆じゃなくて?」と、ラッキー。
「いや。親父は、不用意なことを言った、と、ずっと悔いている」
ラティマーが嫁ぐはずだった大貴族の爺は、老衰で、この世を去ったそうだ。
ラティマー出奔の翌年のことだ。
跡取りがなかったため、お家は、断絶。
領地は、召し上げられ、王家の直轄地となっていた。
仮にラティマーが嫁いだところで、解決していたとは思えない。
王は、自身の軽率な言葉で、娘を失ったと悔やんでいた。
王に、娘は、一人だけだ。
長男のゴンベッサの他に、ラティマーの下にも息子が二人いる。
母親は、全員同じだ。
「言い訳だが、親父は、笑い話のつもりで、その気はなかったと言っていた」
「そう。ま、いいんじゃない。あたいは悔いてないし、なるようになったということで」
「あたい?」
「探索者として舐められない口の利き方を身につけたの」
ゴンベッサは、ちろりとプラックに目をやった。
プラックは、微妙な顔で笑っていた。
ゴンベッサは、察したようだ。
微妙な笑い顔を浮かべた。
あたしも、微妙だと思う。
「王家は、あたいたちをどうする気なの?」
「親父と相談しなければだが、悪いようにする気はないよ」
「王家にとってでしょ。プラックの首を撥ねて、ミキを取り上げるとか?」
あたしは、口を挟んだ。
こういう場には、憎まれ口を利く係が必要だろう。
ミキが、ハッとした顔をした。
ラッキーが、ミキと手をつなぐ。
「ないない」
ゴンベッサは、即座に否定した。
「何か、もっともらしい理由を考えて、なるべく元の鞘に戻したいと考えている」
「元の鞘は無理ね。もう、あたい、人妻だもの」
「じゃあ何か別の鞘を考える。ミキちゃんは、心配しないでいいよ。ブロックもだ」
プラックが、口を開いた。
「ところで、ストーンヘッド家の様子は?」
プラックの実家だ。
プラックは、長男ではないから後継者ではないが、プラックが王家の姫と出奔してしまったため、ストーンヘッド家は、肩身の狭い思いをしているはずだった。
ゴンベッサは、顔をゆがめた。
「まあ、ひっそりとは、しているよ」
プラックは、一瞬だけ、つらそうな顔をした。
ラッキーが、隣からプラックの表情を探るような動きをしたので、本当に一瞬だけだ。
あたしは、向かい合う形で座っていたので、その様子が見えた。
ゴンベッサもだろう。
「うまい落としどころを考える」
ゴンベッサが断言した。
店の外の通りから、馬が嘶く声が聞こえた。
一頭や二頭の声ではない。
数十、数百という数だろう。
後から追ってきていた、ゴンベッサの本来の護衛部隊が着いたのだった。
「とりあえず、邪魔が入らぬよう店の周りを囲ませておけ。大事な会談中だ」
ゴンベッサが、護衛の一人に指示を出した。
「あ、うちの庭には入らせないで。色々植えてあるの」
「では、周辺の区画一帯を囲ませておけ」
ゴンベッサは、指示を変えた。
その後も、ゴンベッサとプラックファミリーの会談は続いた。
と言いつつ、内容は、昔ばなしだったり、お互いの近況報告だったりに移っている。
あたしとミキは、途中で会談の席を抜けて、厨房の掃除に取り組んだ。
ぶちまけられた鍋の中身で、一面が、ひどいことになっている。
もちろん、護衛二人にも、作業を手伝わせた。
というか、メインで作業をさせた。
掃除をして、改めて、ゴーレムと鍋を設置しなおして、切った各種薬草を混ぜ合わせて煮込んでいく。
室内に、いつもの薬の匂いが漂い出した。
息の合ったゴーレムたちの動きに、護衛二人が、感心していた。
火は消し止めたが、壁には、燃えた痕跡が、はっきりと残ってしまっている。
後で、マルくんに、直してもらおう。
「親父に顔を見せてやってくれ。もっと細かくは王都で相談しよう」
一周まわって、会談は、そんな話になっていた。そろそろ、お開きになるのだろう。
「ラッキー、行って来たら。プラックも実家に寄りたいでしょうし。ミキならば、うちで預かるよ」
「いや。親父は、孫にも会いたいだろう」
まあ、そりゃ、そうだろうけれどさ。
ゴンベッサの言を信じるならば、危険はないはずだ。
ただし、ゴンベッサの意図とは違う動きを、別の誰かが企まないとは限らない。
親としては、娘を、そんな危険な場所になんか連れて行きたくはない。
ラッキーとプラックは、顔を見合わせた。
どうしたものか、だ。
ミキを連れて行かずに王と会うという行為は、あなたを信用していません、という意味になる。
それこそ、首を撥ねられても文句は言えない。
であるなら、あわす顔がないとか言って、いっそ、行かないほうがいいだろうか。
それは、それで角が立つだろう。
どうしたものか、だ。
「マルくんに護衛してもらえば」
あたしは、提案した。
ラッキーとプラックが破顔する。
問題解決の笑顔だった。
「いいの?」と、ラッキー。
「そろそろ、本人が帰ってくるから聞いてみなよ」
「おいおい。そんな護衛の一人ぐらい、いてもいなくても変わらないだろう。心配ない。俺が誰にも手出しなんかさせないから」
ゴンベッサが、呆れたような声を上げた。
その時、外で怒号が上がった。
表の通りだ。
だとすると、上げたのは、王子の護衛隊の面々だろう。
雄叫び。
狂乱したような、馬の声もする。
まるで、戦だ。
あ!
あたしは、思い至った。
なぜ、店が、王国の兵隊に囲まれているのか、マルくんは知らない。
先日、壁の外を領兵に囲まれたばかりだ。
何かあったと、マルくんは、血路を切り開いてでも店に戻ろうとするに違いない。
あたしたちは、店舗室を通り抜けて、お店の外へ出た。
通りで、何百人もの兵隊に取り囲まれて、マルくんが、暴れていた。
剣で切りかかってくる相手の攻撃を躱しては、手を折り、足を折り、無力化している。
幸い、誰も殺してしまってはいないようだ。
相手が、手加減できる程度には、弱くて良かった。
「お、やってるなぁ」
「やってるやってる」
プラックもラッキーも、そう言うしかないだろう。もはや、見て楽しむしかない状況だ。
「旦那さん、とても強いです」
ミキが感嘆の声を上げた。
一方の王国側は、悲壮極まりない。
「王子、お下がりください」
護衛の二人は、どんどんと近づいてくるマルくんの姿に、悲痛な表情で、身を挺してゴンベッサを庇おうと、ゴンベッサの前に立った。
「王子、早く店の中へ」
「なんだ、この惨状は」
ゴンベッサが、声を震わせて、呻くような声を上げた。
「うちの精鋭の護衛部隊が壊滅しているぞ」
見る間に、マルくんは、相手を蹴散らかして、お店に帰って来た。
特に鬼気迫る表情といったこともなく、涼しい顔だ。
店の前に、あたしが出ていたから、安心したというのもあったかも知れない。
無謀な突撃を仕掛けそうな護衛二人を、ラッキーとプラックが、それぞれ止めた。
「ヴェロニカ、無事か?」
「うん、無事。おかえりなさい」
「旦那さん、おかえりなさい」
「ただいま」
マルくんは、ミキに応えてから、あたしに、
「何だ、こいつらは? 俺の帰りを邪魔してきたぞ」
あたしは、ゴンベッサに向きなおった。
ゴンベッサは、口をパクパクして、満足に息もできそうにない様子だ。
マルくんの背後には、手足を打ち砕かれて、のたうち回る王子の護衛兵たちが、百人以上も転がって呻いていた。
まだ立っている者は、後ろからマルくんに飛び掛かろうと、遠巻きに誰が行くか牽制しあっていた。
あ、こら、うちの庭に入るんじゃない!
「紹介します。こちら、マルくん。うちの旦那。さっき、話に出た護衛の人」
次いで、マルくんに、
「こちら、ゴンベッサ王子。ラッキーのお兄ちゃん。兵隊は、王子の護衛部隊」
「え、うちのお客さん?」
やっちまった、と、マル君の顔が青ざめた。
「大丈夫、大丈夫。こっちの実力を知ってもらう、ちょうどいい機会になってくれたわ」
とは言ったものの、
全員、治すだけのポーションの在庫があったかしら?
今日の分、邪魔が入ったからできていないのよね。
45
さて、その後の顛末だ。
王は、ラティマーの無事を、ことのほか喜んだ。
出て行ったときは若かった生娘には、既にとうが立ってしまっていたものの、目の中に入れてもいたくはない孫娘がついてきたので、チャラである。むしろ、お釣り付きだ。
ラティマーは、迷宮都市目当てに王国内に流入してくる難民への対策に、カルト寺院と共によく取組み、ついには迷宮都市の壁外に新たな街を築くに至って、多大に国力を増強させた。戦により、他国の領土を奪うと同等かそれ以上の功績だ。
特に、迷宮都市の実態を知るために都市に潜伏し、自身が探索者として十年もの年月をかけて迷宮に挑み、ついには難民対策の要となる食料問題の解決に行きついた。
まことに素晴らしい。
壁外都市は、まだ発展の緒に就いたばかりであり、今後の成長が、大いに期待される。
ブロックも、よく、護衛として、ラティマーに付き従い、守り抜いた。賞賛に値する。
壁外都市は、ラティマーが築いた街であり、ラティマーが治めるべきだろう。
迷宮都市とは、ある意味、国内に存在する辺境である。
万一、迷宮が溢れた場合の備えとして、迷宮都市周辺の相当範囲を辺境伯領とし、ラティマーを辺境伯に任じる。
また、領土が減る現在の領主には、断絶となった大貴族の土地の領土の一部を与える。
迷宮都市については、以後、現領主は手出し無用。
都市の自治権は、迷宮都市に残したまま、以後は、辺境伯の管轄とする。
ブロックは、ラティマーの婿となれ。
そのように、ゴンベッサは、落としどころを見つけてくれた。
同時に、王は退位を宣言し、ゴンベッサが、王に即位した。
壁外都市は、以後、『ラティマーの都』を意味する、ラティメリアと呼ばれるようになる。




