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第12話 冬の終わりに③

 ゆらりと揺れる炎の列が夕闇の中を瞬いている。


 そこをゆったりと進む人馬の列。短い距離であったが、全員が白の装束の元、集団の中心にある棺を守るように居ならんでいた。


 先日のリヴィエト軍との衝突。それによる犠牲者の追悼であったが、アイアースは儀式自体には参加せずに、遠巻きにその光景を見つめているだけであった。




「勝ちには違いないが、我々としては無視できない犠牲だったな」




 傍らに立つシュネシスがゆっくりと首を振りながらそう口を開く。


 彼やミーノス、サリクス、ジルと言ったキーリア達は、教団によって体内に流し込まれた毒素の除去のため、先の戦いには参加していなかった。


 たらればを言ったところで詮無き事であったが、教団による縛りがよけいな犠牲者を出す結果になった事は否めない。




「敵もまた、スカルヴィナ地方の奴隷兵達が中心でした。結局、同じパルティノンの民どうしで殺し合っただけでしたしね」


「悔やんでも仕方ない事だがな。刃を向けて来た以上はな」


「ええ……」



 直接戦ったわけではないシュネシスの言にアイアースとしては思うところもあったが、特段間違っている事を言っているわけではない。


 アイアースとしても、普段から“敵”と割り切って殺戮を繰り返しているのだ。


 それでも、刻印の媒体となって爆散していった敵兵士達の姿は簡単に割り切れるモノでもなかった。




「それで、身体の方はどうなんですか?」


「俺は特に問題はない。ミーノス達も時期に回復するだろ」


「投薬が必要なのにですか?」


「お前みたいな特別仕様とは違うからな」




 アイアースの問いに苦笑を浮かべつつそう口を開くシュネシス。


 ある程度の解毒は完了しているが、体内の毒素をすべて取り除く事は現状不可能なようであり、定期的な服薬は継続している。


 ミュウやシュネシスが探してきた医者、その道の研究者などを動員してのことに当たった様子だったが、すべてが上手くいくことはさすがに難しい。


 ミュウのように、はじめから耐性が強く、毒などへの知識も豊富な者やアイアースのように肉体が覚醒して別物になった際に毒素の多くが消えてしまった運のいい者だけが、今のところ自由に行動できているのだった。




「どういう原理で取り除かれたのはかは分かりませんけどね」


「あの姿を見れば、それだけで納得できるような気もするがな。俺もああなれるのかな?」


「さあ?」




 アイアース自身、なぜ自分があのような姿になったのか分かっていない。


 戦いの最中、眼前に現れた二頭の狼虎と一人の男。自分の事を、『我が血をうけし者』と呼んでいた以上、あの男が誰なのかは見当がつくが、正直なところ、自身が脳裏に作り出した幻覚の一種であるようにしか思えない。


 とはいえ、シュネシスもまたアイアースと同様の血が流れている。あのような姿になったとしても不思議ではない。




「冗談だ。正直、お前みたいにある程度の正気を保っていられるヤツなんて稀だ。俺は頼まれたとしても願い下げだな」


「キーリアの行きつく先、でしたか? となると、私自身にも残された時間は無いのでしょうか?」


「お前の場合は外的要因が強かったから問題はないと思うが……。キーリアになったのも俺達より後の事だしな」


「ですが、兄上の場合は元に戻れる要素が多いですし、大丈夫なのでは?」


「お前がそれを言うか?」


「私はここに来てからは問題を起こしていないですので。兄上達の事はミュウから聞いていますよ?」





 シュネシスの言に対し、アイアースはジト目になりながら彼に視線を向ける。


 自分達が戦っている間に、ずいぶんやんちゃをしていたというのは、帰還した後ミュウをはじめとする残留組から聞いている。




「何も出来なくて暇だったからな」


「だから、治療が長引くんでしょうが」


「それはミーノスに言え。普段冷静な癖に、そういうところは馬鹿だからなあいつは」




 もちろん、ミーノスの治療が長引いている原因はそれだけではない。


 毒素が得に身体に浸透していて、除去に時間がかかる事と、毒への耐性が他の者より弱かった事も原因としてある。


 そんな状況で事に及ぶのもどうかという話ではあるが、正体を明かす前のどこか軽薄な口調や態度こそが彼の素なのではないかともアイアースには思えた。



「ん?」



 と、アイアースの耳に届く鳥の羽音。


 視線を向けるとシュネシスの腕にて、やや大型の鳥が羽を休めていた。




「ご苦労さん。また、頼むぞ」



 シュネシスは鳥の足にくくりつけられていた小包を手に取ると、小さな肉片のようなものを鳥に与える。


 それを満足そうに頬ばった鳥は、ゆっくりと翼を開くと、再び夕闇の中へと飛びさっていった。




「あの人からですか?」


「ああ。シャルが死んでから、伝達係の代わりが見つからなくてな。あいつだったら隠密行動も出来るから助かっていたんだが……」


「結局、彼女とはあの時からずっと続いているんですか?」




 アイアースは包みを開いてそれに目を通しているシュネシスに対し口を開く。


 あの人とは、以前シュネシスの口から出た、教団幹部の一人であるフォティーナの事である。


 アイアースもスラエヴォ事件以前に顔を合わせており、知らない人間ではない。


 そして、あの時以来シュネシスがどうやって生き延びていたのかをアイアースはいまだに聞くことが出来ていなかった。





「ああ。あいつ自身、例の事は察している部分があったらしい。それを俺に伝えなかった理由は話さないがな。俺自身も、おかげで助かったわけだから贅沢は言えん」


「兄上達は亡くなったとばかり思っていましたからね」


「俺だけじゃなく、ミーノス達も処断されたとの報告を教団内部や帝国中にばらまいていたからな。――あいつがあの時から教団の内部にいたって事を知ったのはずいぶん後だったが」


「は? 兄上が潜り込ませたのではないのですか?」




 アイアースの問い掛けにゆっくりと答えるシュネシス。


 アイアースもまた、確認の意味もこめた問いであったのだが、思いがけない答えに思わず声を荒げる。




「当時は信徒の一人だったみたいだがな。コルデー女官長と旧知で、その辺の縁もあったと本人は言っているな」


「…………まさかとは思いますが」


「そこまでは分からん。あいつの言う事を鵜呑みにする気もないし、本当の事を言うとも思えん」


「それでいいのですか? もし、アルティリア様を彼女を討っていた。なんてことでもあったら……」


「あいつ如きに母上が負けるわけがないだろ。それに、死人はもう帰っては来ない。今、ヤツは俺の手管となっているし、もうじき母親にもなるんだ。為すべき事を間違えたりはせんよ」


「しかし……、ん? 母親??」




 アイアースは、フォティーナの事実を耳にし、一つの可能性を脳裏に浮かべる。


 しかし、アイアースもシュネシスも、神ならざる身。そこの存在する事実を知る術は、件のフォティーナや教団内部に秘匿されている事実を探るしかない。


 今となってはそれも難しいし、フォティーナがそれをさせるとも思えなかったが。




「ああ。二人目だな」


「あ、いや、それは……おめでとうございます」


「まあ、女みたいだから後継というわけにもな。姉上は一人ままでいそうだし、俺の息子も病気がちで厳しそうだ」


「息子はどうしているんですか?」


「女の実家に育てさせている。庶民の家だが、教育はしっかりさせているさ。ただ、さっきも言ったように病気がちでな」




 意外な事実に思わず目を丸くするアイアース。


 とはいえ、シュネシスはすでに22。当然、婚姻をしてしかるべき年齢と出自であるし、子どももあるべきではある。


 帝室の断絶が回避されている事は、アイアースにとっては喜ばしい事でもあったが、彼としては、この世界における常識ともう一つの常識とで若干困惑している面もあった。


 あの世界では、少々速すぎる年齢でもあるのだ。




「お前もそろそろどうなんだ? 嬢ちゃんもそうだが、ミュウなんかちょっと焦っているみたいだぞ?」


「フェルミナはまだ15ですし、飛天魔の国の事もあります。あと、ミュウに関しては知りませんよ」


「いや、15なら別に問題ないだろ。と、言いたいところだが、現状よけいな火種を産むわけにもいかんか」


「私と別れた後も、国には戻っていないそうですしね。戦いの中で再会する可能性もありますが」


「どうであろうな? 姉上は国軍。さらに言えば、中央軍と北部方面軍のみでリヴィエトを迎え討つようだが……」





 国を挙げての戦となれば、当然各衛星国も馳せ参じてくる。スラエヴォ事件以降の一連の混乱により、多くの衛星国が滅ぼされたりしたが、そのすべてが失われたわけではない。


 フェルミナの故郷である飛天魔の国も、アイアースの祖父が治めるティグ族の里は、一連の戦火に晒されてはいない。


 しかし、書状に目を落としていたシュネシスの考えは異なる様子だった。




「繰り返された親征のツケが来ているようですね……」


「間が悪すぎたな。ちょうど、中央軍が編成に入っている状態での侵攻だ。言い訳にはならんが、スカルヴィナ、カレリア地方軍が粘りきれなかったのも、満足な増援を用意できなかった事も大きい」


「そのあたりは敵を褒めるしかないでしょうけどね。両軍の失態と言うよりは、敵が強力すぎた」


「一戦を交えてそう感じたか?」


「ええ。カミサの時のような不気味な敵というわけはないですし、奴隷兵達に対する非道な扱いにも腹は立ちますが、精鋭達は相当なモノです」


「なんにせよ。姉上の手腕を信じるしかない。俺達が帰参したところで状況は簡単には変わらん」





 アイアースの言にそう頷くシュネシス。


 大軍どうしの激突にあっては、個人の武勇は大きな意味を持たない。今、彼らがフェスティアの元へと馳せ参じたとしても、戦の趨勢には何ら寄与しないのだ。



「向こうも終わったようですね」



 そんな事を考えていたアイアースの視線先にて、湖に灯る光がゆっくりと動き始める。


 死者の眠る棺が灯火とともに湖に流され、やがて湖水の中に沈んでいき、死者は永遠の眠りにつく。アンサイルス湖周辺に根付いた葬送であった。




「ヤツ等も吹っ切れたかな?」


「そうあってほしいモノですが……」




 シュネシスの言に、アイアースは葬列に参列していた一団の姿を思いかえす。


 葬列は、先の戦いでの戦死者のモノであったが、その中には先日息を引き取った一人の士官も含まれていた。



 スノウとアイアース達に名乗ったその男は、スカルヴィナ方面の狼騎長だった男で、スカルヴィナ州都トロンヘイム陥落の際にリヴィエトに囚われ、生命と引き替えに情報を流したという。


 とある組織によって救出された後、傷ついた身体を押して自身の裏切りのよって虜囚となった仲間たちの救出に当たっていたと言うが、アイアース等に奇襲部隊に紛れて亡命を果たした仲間達の救出を依頼した後は、床に伏せっており、仲間達との再会の後、息を引き取っていた。


 とはいえ、その再会はとても円満と言えるモノではなかった。


 スノウ自身、自らの裏切りによって虜囚の身となった仲間達に討たれる事を望んでいた事もあったが、裏切りの事実は仲間達の怒りを誘い、ついには抜刀するまでに自体は激発した。




「気持ちは分かるし、止める権利は私にはない。だが、一つだけ聞いてくれ。彼の身体に刻まれていた傷。それは、拷問によるモノだけではなかった」



 剣を抜き、スノウへと迫る狼騎長に対し、アイアースは静かにそれだけを告げた。


 自身の裏切りによる悲劇と苦悩。


 当然、それは自決という選択肢を選ばせるにたるモノである。しかし、逃げともとれるそれを選ぶ事は、スノウ自身も出来なかったのであろう。

 




「斬らせてやるって言うのも、決着のつけ方だとは思うがな」


「断ち切れる重荷は断ち切った方がいいですよ」


「ふーん。まあ、いいけどな。そろそろ行くとしよう」



 先日のとある一幕を思いかえしていたアイアースに、そっけなくそう言ったシュネシスは、そのまま踵を返すと砦内へと戻っていく。


 その後を追ったアイアースであったが、ふと、胸がざわつくような気がして、視線を湖の彼方へと向けた。


 彼の視線の先には、教団の本部が置かれた孤島。そして、今はリヴィエトの支配下にある北部最大の都市、ペテルポリスがあり、リヴィエト軍の本拠地である浮遊要塞が各座している地でもあった。





「…………いよいよか」




 静かにそう呟いたアイアースは、足早に砦内部へと戻っていった。



◇◆◇◆◇




 重奏な音楽が鳴り響く室内に一人の男が足を踏み入れる。


 パイプオルガンを中心とした合奏はそこでいったん区切られ、男が自身の一部のように座り慣れた玉座へと腰を下ろすと、再び数種の楽器の奏でる音楽が鳴り響いた。


 玉座に腰を下ろす男も、その背後に居ならぶ文武百官達もひとしきりそれに耳を傾け、演奏が終わると室内は静寂に支配された。


 思わず息を飲むモノもいたが、その音が周囲に届くほどに沈黙する室内。それだけ、玉座に座す男の放つ覇気は、居ならぶ者達を圧倒している。


 そして、静寂を破るように男が片方の腕を掲げ、ゆっくりとそれを振り下ろす。


 帝政リヴィエトにおいて、至尊の冠を戴くただ一人の男、ツァーベル・マノロフ。


 彼が無言のままに下した命によって、静寂に包まれていた室内は、整然とした活況に包まれていく。



 やがて、その場がゆったりとした機械の稼働音と異質な浮遊感に包まれていく。




「いよいよか」




 玉座に座したまま、そう呟いたツァーベルは、ゆっくりと視線を眼前に用意されたパルティノンの全図へと向ける。



「女帝の動きはどうなっている?」


「いまだに帝都を動いておりません。敵の主力は、ステップ中央に位置する大都市キエラに集結。前線は我々を半包囲するように部隊を配置しております」


「時を待っているのは、ヤツも同じか。それもよかろう」




 傍らに立つヴェルサリアの言に頷いたツァーベルは、再び全図に対して視線を向ける。


 広大な大地に展開しているパルティノン軍。しかし、それはごく一部であり、広範なる支配領域にはまだまだ数多くの軍が展開しているのだ。


 それらのすべてを討ち従えるためにも、眼前の女帝を討たねばならなかった。




「待つのはよい。だが、時を動かすのは私だ」



 静かにそう呟いたツァーベルは、傍らのヴェルサリアを一瞥すると、ゆっくりと頷く。




 要塞全体が激しい振動と轟音に揺られはじめたのは、それから間もなくの事であった。






 冬が終わり、春の訪れを告げる小雨が大地を濡らす。



 しかし、その大地は、ほどなくもたらされた合音と振動によってなすすべもなく蹂躙され、その姿を破壊されていく。


 そこに、人とモノの違いはなく、あるのは、ただ一方的な破壊と蹂躙があるだけである。






 この日を境に、リヴィエトとパルティノンは一方の滅びを賭けた死闘へと突入していく事となった。

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