第31話 白銀の挽歌⑩
「テルノアめ。やはり、遊びだしたか」
吹き荒れる風雪を浴びながら、男はそう口を開いた。
眼下にて戦いを続ける敵種達。今、こちらの放った獣たちは優位に戦いを進めているとはいえ、さすがに時間がかかりすぎている。
――――後方に控える彼の御方はそれほど気の長い人間ではない。
そう思った男、帝政リヴィエク・マノロヴァ王朝法科将軍ヴェージェフは、その青白い肌に彫り込まれた落ち窪んだ目元から不気味な光を放ちながらそう思うと、自身の手札となる者達が存在している場を探りはじめる。
「……ふん、小細工を。私がためらうとでも思ったか?」
脳裏に浮かんでくるそれの所在に、ヴェージェフは表情をゆがめる。
主戦場となっている広場から離れたところに収容されていることは予想がついたが、待ちの各所に点在させているのである。
骨を折ったことは分かるが、それによって使用をためらう理由にもならない。
「役立たずどもを掃除しておくとするか」
そう呟いたヴェージェフは、目を閉ざすと自身の右腕を掲げ、そちらへと意識を集中させる。
法術の類は、身体に施された刻印が肉体に眠る力を使役することで使用可能になる。つまりは、刻印によるさようがすべてであり、それを操ることなど不可能であるとも思われている。
しかし、刻印とて生きているのである。外部からの刺激で操ることが不可能なわけではない。
そもそも、それが不可能であるならば刻印師や彫り師の類が刻印を使役することも難しくなるのだ。
今、ヴェージェフが行っているそれは、外部からの刻印への干渉である。
肉体を媒介にした刻印の暴走。人が持つ小さな力を、巨大な破壊力を持つ力へと変換させるそれである。
外部からの干渉によって暴走した結果はどうなるのか?
ほどなく、町の数カ所から爆音とともに色とりどりの閃光が舞い上がった。
◇◆◇◆◇
行き先を阻む獣を斬り伏せて、テルノアを追うアイアースが、巨大な閃光を目にしたのは、ちょうどその時であった。
着地した際に、雪原に倒れるセイラの身体に触れ、その命の灯火が消えていることを確認したアイアース。
指先に感じる冷たさが、全身を包んでいる憤怒を鎮め、内包に灯った炎をさらに燃えさからせていく。
燃えさかる炎に比べ、熾火となった火は高温であり、静かに燃え続けるのだった。
「あんたとは、あまり話す機会はなかったな。ただ、フェルミナを気にかけてくれたことは感謝していた」
静かにそう口を開くと、アイアースは雪原を蹴り、テルノアと交戦を続けている3人のキーリアの元へと急ぐ。
一人が剣を弾かれ、後方へと突き飛ばされると、残った一人も手にした杖ごと肩口を斬り裂かれ、崩れ落ちる。
「っ!!」
それを見た残った一人がテルノアの空いたふとことめがけて突っこむ。
罠であることは分かっているのであろうが、そこはテルノアの攻撃と自身の攻撃のどちらが速いかという博打に出たのであろう。
しかし、実力が上の相手にするべき博打ではなかった。
テルノアがキーリアに対して顔を向ける。その口元は緩やかにほくそ笑んでいるように見え、空いた片側の腕が突撃するキーリアの首筋へと向けられていた。
間に合わない。
そう思ったアイアースの傍らを、白い影が突き抜ける。
閃光。
一瞬目が眩んだアイアースであったが、光が消えると、そこには背に白き翼を生やし、キーリアを庇うように立つ赤髪の女性の姿。
テルノアは、予想外の乱入者にいったん距離を取り、こちらの様子を見ている。
「シャルっ!!」
「殿下、お下がりを」
「えっ!? お、お前」
「私が気付いていないとでもお思いか?」
駆け寄ったアイアースに対し、短くそう口を開いたシャル。
それに、目を見開いたアイアースに対し、それまでとは比べものにならぬほど鋭い視線を向けてくる。
「やはりそうだったのか。……すまなかった」
「謝るのでしたら、お守り下さい。お任せいたしますよ」
そう言って、背の白き翼をはためかせてテルノアへと一気に迫るシャル。その光条の如き手刀がテルノアの爪と激突し、激しい火花を散らせはじめる。
「そういうことだ。アイアース。こいつ等を避難させたら、俺達も行くぞ」
「……兄上」
背後からの声に振り向いたアイアース。視線の先には、全身に返り血を浴びたシュネシスの姿があった。
「避難と言われましても、周りの……」
「見てみろ」
負傷したキーリア達を避難させると言えど、周囲は残った獣たちが未だその獰猛な牙を光らせているはずであった。
しかし、改めて周囲に視線を向けたアイアースは、その違和感に気付く。
「獣たちが……?」
「先ほどの爆発が合図なのか、俺達を放って南へと向かいはじめた……。おそらく、テルノア一人で俺達を抑えきれると判断したんだろう」
「テルノア? あ、兄上。そ、それはっ!?」
アイアースは、シュネシスの言に頷きつつも、新たに口を突いた女性の名に目を見開く。顔を合わせたことはないが、テルノアという女性の名には聞き覚えがあった。
「姉上の登極に利用され、現世を彷徨っていたところをヤツ等に利用された。今では、ごらん通り、戦いを楽しむだけの獣にされちまっているのさ」
「そ、そんなことが……?」
「お前も見ただろ? ジルやファナがどんな目にあわされていたのか」
「そ、それではまさか?」
「そうだ。教団は、ヤツ等に通じている。フォティーナを通じて得た情報だったがな。お前にとってはつらいことかも知れんが、俺達は嬢ちゃん達からすれば不倶戴天の敵になっちまったことになる」
そう言って、シュネシスは他の解放戦線の者達とともに、倒れているフェルミナへと視線を向ける。
近衛部隊もそうであるが、キーリアのように過酷な環境への耐性を持ち合わせているわけではない彼ら。そんな中での激しい戦いは、確実に体力を消耗させていく。
虎騎長等の主力はそれまで戦いを続けていたが、生き残った兵士達も多くが力尽きて倒れる者が続出していた。
「時間がない。シャルには死んでもらうことになるかも知れんが、この僅かな時間を俺達は使うしかない」
「後方に感じたのはそれですか」
「ああ。こいつ等は、強力な露祓いだったんだろう。帝国にとっては、これからが本番だ」
先ほどより感じる、北から迫り来る何か。獣たちの姿が消え、テルノアがシャルとの戦い集中しているために感じることの出来た気配であったが、その巨大なそれは、静かに動き始めているようだった。
「俺は、シャルの援護をっ!! お願いします」
「…………分かった。無茶だけはするな」
すでに、ファナとセイラをはじめとする多くのキーリアが殺され、アリアのような瀕死の重傷を負っている者もいる。だからこそ、この場でシャルミシタという、稀代の飛天魔を失うことは出来なかった。
そして、あの戦いに割ってはいれるのも自分だけ。そう思ったアイアースは、シュネシスの言を耳に、雪原を蹴った。
◇◆◇
「大丈夫か? “サリクス”」
「ぐっ……すいません。兄上」
全身を襲う激痛に顔を歪ませるザックス。傍らには、特殊部隊の殲滅から戻ったミュラーことミーノスがその巨体を抱き起こす。
「こいつが生きていたら、まずかったな」
「ええ……」
傷口からの出血は止まり、皮膚の再生を始まっているが、激痛が全身を襲うことに変わりはない。そんな状況で、アイアースによって倒された巨獣が目を覚ませば、ザックスはひとたまりもなかったであろう。
二人は、頼れる仲間に感謝をしつつ、その巨獣へと視線を移す。
以前剣を交えたときは、二人はまったく敵うことなく倒された相手。今回も、まともに戦っていたら同じ結果になったことは想像に難くない。
自分達も成長したつもりであったが、相手もまた、同様であったようである。
そんな調子で、偉大な敵手に対して黙祷する両名。戦線が安定し、残るはテルノアだけになったことがある種の余裕を持たせている。
しかし、そんな二人の目の前で、巨獣が再びその眼を見開く。
「生きとるわ」
「うおっ!?」
「なっ!?」
突然の声に、得物に手をかける両名。しかし、巨獣は目を見開いたきり、動きを見せなかった。
「と言っても、動けぬがな。俺は間もなく死ぬ」
「……脅かすな」
「すまんな。皇子殿下、――――このような態度で話すことをお許しください」
「っ!? お前……」
「どういうことだ?」
「獣化は解けませぬが、サリクス殿下。私は、ガル・イナルテュク。オトラル城で別れて以来ですな」
それまでの不遜めいた声色から、一転居住まいを正して口開く巨獣。
ザックスこと、サリクス・ヴァン・ベレロにとっては、巨獣の口から出された名は、忘れたくとも忘れることの出来ぬ名であった。
「そなた、生きて」
「いえ…………。教団によって見せしめにされましたよ。全身に水銀を流し込まれましてね。いまだに、忘れることは出来ません」
「……私に何をしろと?」
「陛下が正気を取り戻すときは必ずあるはずです。そして、殿下の手で、最後を……」
「私にか?」
「陛下が未練を残して、この世を彷徨っていたのは、単に殿下の御身を……、ご家族を失われ、一人きりになってしまった殿下を思いやってこと……。ですが、もう、あの方を安心させてあげてほしい」
イナルテュクは静かにそう告げつつ、サリクスの傍らにあるミーノスの姿を一瞥する。失われたと思われたサリクスの家族は、こうして健在なのである。
テルノアが、自身の子よりもその身を安じた皇子はすでに孤独ではないのである。
「分かった。私に何が出来るかは分からぬが……、叔母上には……」
「イナルテュク。弟のこと、礼をいうぞ。お前も」
「はっは……、屈辱に塗れて処断されたことを思えば、殿下に介錯されることは格別なるご配慮。先に言った部下達にもようやく顔向けできますわい」
イナルテュクの言に、目尻に涙を浮かべはじめたサリクスに変わり、傍らのミーノスが、自身の鎌をイナルテュクの首筋に添える。
「ちなみに、お前を倒したのも俺達の弟だ。最後まで、すまなかったな」
「……この戦い、帝国が勝つ。それだけは、確信できました。父なる天に……幸運を祈ります」
満足げな表情を浮かべ、そう口を開いたイナルテュク。添えられた大鎌が静かにイナルテュクの首を薙いだ。
◇◆◇
腹部に受けた衝撃によって身体が虚空を舞っていく。
風雪による肌寒さを全身に受けたアイアースは、空中にて身体を捻ると、再び眼前のテルノアへ向かって落下する。
両の手に握りしめた剣。その双方を繰り出すものの、テルノアによって双方をかわされ、身体に無数の傷を負う。
「ふふふ……。良いわねえ、二人とも。その調子よ」
「テルノア様、なぜ」
「なぜって? 私のことを知っているの?」
「殿下、戦いに情けは無用ですぞっ!! その程度のお覚悟のならば、後方にて黙ってみていられよっ!!」
全身を傷つけつつも、笑みを浮かべるテルノアに対し、その正体を知ったアイアースは、顔を顰める。しかし、テルノアはアイアースの言に不思議そうな表情を浮かべるだけで、その戦いをやめる様子は無い。
シャルミシタもまた、アイアースを叱咤しながら攻撃を続けている。
それに応えるべく双剣を振るうアイアースであったが、自身の振るう双剣がテルノアの身体をとらえることはなく、多くがテルノアの爪によって弾かれていた。
「ぐっ!」
そうして、再び弾き飛ばされるアイアース。雪原に足をかけ、強引に停止するが、力の差は歴然と言える。
そして、それまで互角の戦いを繰りひろげていたシャルミシタも、額に汗を浮かべはじめていた。
「あら、どうしたの? 私はまだまだ戦えるわよ?」
「っ、戯れ言をっ!!」
「そう? それじゃあ、ねっ!!」
「ぐっ!?」
互いに拳をぶつけ合う両者。しかし、ほんの一瞬の間に、テルノアの腕がシャルミシタの身体を突く。はずであった。
一瞬の残像の後、シャルミシタの身体はテルノアの背後へと回っている。翼を用いた超高速移動。肉体を駆使した体術も常人であれば目に止めることすら出来ないのだが、それを持ってしても、テルノアを倒すことは出来なかったのだ。
となれば、背後を取る以外になく、スピードに関しては飛天魔を超える者はそう多くはない。
しかし、振り下ろされた手刀がテルノアの身体を斬り裂くことはなかった。
それは、テルノアの頭上にて停止し、シャルミシタの腕はテルノアのしなやかな腕によって抑えられていたのだった。
「ば、馬鹿なっ!?」
「悪いわねえ。この姿になると、身体が自然に反応するのよ。今までの攻撃も、特に意識することなく避けられたしね」
そう言うと、テルノアは、シャルミシタの身体を掴んだまま、大地に叩きつける。降り積もった雪が舞い上がり、巨大なクレーターのように雪原が穿たれる。
一撃は翼や雪によってダメージは軽減される。しかし、抵抗空しく、シャルミシタの身体は次々に大地に叩き伏せられていった。
「ぐああっっ!!」
美しい顔が苦痛に歪む様が見て取れる。地面を蹴ったアイアースが、テルノアの手首に蹴りを見舞うものの、彼女がその腕から解放されることはなかった。
「ちょっと、痛いじゃないっ」
「うわっ!?」
声とともに振られる片方の腕。慌てて剣を盾代わりにそれを防いだアイアースであったが、テルノアの強大な膂力に防御は敵わず、後方へと吹き飛ばされる。
全身に痛みをこらえつつ身を起こしたアイアース。その傍らには、すでに意識を刈り取られたシャルミシタが倒れ込んできていた。
「どうしたっ!? もうお終いかいっ!! かかってくる者はいないのかっっっっ!!」
視線の先にてそう咆哮するテルノア。
シャルミシタを倒したことでさらに意識が高揚したのか、その咆哮によって大地が揺れ、アイアースもまた身体を地面に縫い付けられたかのような、そんな気分にさせられる。
しかし、そんなテルノアの方向に応える者達もいる。
アイアースの傍らをすり抜ける影、風雪の合間を駆ける影、それぞれが息を合わせたかのようにテルノアの周囲に立つと一斉に攻撃を開始する。
第一撃をいなしたテルノアは、跳躍すると、一足早くおってきたシュネシスを回し蹴りを見舞って叩き伏せると、左右から同時に斬りかかってくるサリクスとミーノスの胸元を押さえると、一気に力をこめて両名を後方へと突き飛ばす。
そして、上空へと跳躍し、一気に斬り落としてきたジルに対しては、両の手から伸ばした十本の爪が一斉に襲いかかった。
「ぐはっ!!」
爪がジルの全身を貫くのと、三皇子が大地や建物へと叩き伏せられたのはほぼ同時であった。
それを見て取ったアイアースもまた、即座に雪原を蹴り、テルノアもとへと斬り込む。着地したテルノアは、それを嬉しそうに見つめると、次々に繰り出すアイアースの剣をいなす。
「そうそう、その調子よ。ただね……」
口元に笑みを浮かべつつ、そう口を開いたテルノア。しかし、いったん言葉を切ると、ゆっくりとアイアースの額に手を添える。
慌てて後方へと跳び退るアイアースであったが、すでに時遅く、強力な力によって後方へと吹き飛ばされた。
「致命的に遅いのよ。そこの飛天魔さんぐらいの速度がないとね」
「ぐっ……」
建物に激突し、瓦礫を押しのけながら立ち上がるアイアース。他の者達もまた、全身に傷を負いつつも、必死に身を起こす。
「頑張るわね。みんな、若いのに……。将来が楽しみな子達ばかりだけど、それを見るわけにはいないわ」
そう言うと、テルノアはすぐ側に倒れ込むシュネシスの側へと歩み寄る。
「悪いけど、あなただけは倒しておかないと行けないようなのよね。シュネシス第一皇子」
「ぐっ……、やるならさっさとやれ」
「ふうん。父親と比べて、随分あきらめが早い……。あら? 私は、なぜ、ゼノスのことを?」
腕を振り上げ、とどめをささんとするテルノアであったが、ふと自身の言動に首を傾げる。彼女自身、自身が奪われたはずの記憶が時折顔を出し、ひどく困惑している様子であった。
そして、それを見て取ってアイアースは、再び雪原を蹴ると、一気に距離を詰めてテルノアとシュネシスの間に入りこむ。
「アイアースっ!?」
「兄上は下がってくれっ!!」
その姿に目を剥くテルノアに対し、アイアースは双剣を振るう。
再びぶつかり合う剣と爪。不思議と、速度は先ほどよりも上がっているように思える。しかし、それがテルノアに届くほどことは簡単ではなかったが。
(もっとだっ……、もっと速くっ)
なおも剣を繰り出し続けるアイアースとそれを受け止めるテルノア。
すでに幾度となく繰り返されたそれ。結果は、すべてがアイアースが根負けし、後方へと叩き伏せられるという結末を迎えていた。
しかし、今回に関しては、それまでとは異なる結果が待っていた。
「っ!?」
アイアースの剣を受け止めたテルノアが目を見開く。
それは、何かに驚いたかのような、そんな表情であった。ゆっくりを視線を下げる両者。そして、その視線がゆっくりと停止する。
視線の先では、赤い血に染まった槍の穂先が、テルノアの胸元から突き出ていた。
「ば、ばかな……、いったい……っ!?」
口元から血をこぼしながら、口を開くテルノア。そんな彼女の様子をみながら、アイアースが視線を向けた先。
テルノアの巨体の背後にて、黒い翼がゆっくりと蠢いている。
「フェルミナ?」
「殿下、ご無事ですかっ!?」
「っ、いかん、離れろっ!!」
「えっ!?」
アイアースの言に、身体を震わせながら応える黒き翼を持つ飛天魔。
飛天魔族の姫にして、アイアースにとっては奴隷と主君という複雑な関係にある少女。そんな力なき者が、大いなる力の持ち主たる人間の不意を討ったのである。
アイアースが抱いたのは、彼女の功績をたたえることではなく、彼女を救わねばならないという感情だけであった。
咄嗟に雪原を蹴るアイアース。しかし、フェルミナを抱きかかえた途端に、背中に感じる衝撃。
突き飛ばされ、雪原に転がるアイアースとフェルミナは、すぐに身を起こして背後を振り返る。
見ると、先ほどまでその美しい顔に柔らかな笑みを浮かべていたテルノアが、その目元から光を失わせ、歪んだ口元を激しく軋ませながらこちらを凝視していた。
「い、いったい……っ!?」
「前に見たことがある。獣化をした際には、本当の獣になっちまうヤツが大半だ。だが、あの人は自信の精神力でそれを抑えていた……。でも、お前の攻撃で、命を刈り取られかけた。……それが、獣としての本能を呼び起こしちまったんだ」
そう言ったアイアースの視線先で、テルノアが雪原を蹴る様が見て取れる。
咄嗟に身を起こしたアイアースは、彼女の狙いがフェルミナであることに気付いていた。
「フェルミナっ、急いでここから離れろっ!!」
「えっ、えっ!?」
「行けっっっ!!」
アイアースの言に、なおも戸惑うフェルミナ。しかし、アイアースの怒鳴りつけるような言に、慌てて翼を羽ばたかせる。
立ち上がったアイアースは、理性を失ったテルノアの突進を迷う面から受ける形になった。
「ぐうううううううううっっっっっっ!!」
目的に対して突撃するだけの獣。それを押さえるだけならどうにでもなると踏んでいたのだが、それは並みのそれに対する話であったようである。
相手は、元々が“西の女帝”。普段でも、自身を抑えることに長けていた彼女が、その身を破壊の衝動のみに受けた際の破壊力など、想像を絶していても不思議ではないのだ。
そして、抵抗空しく弾き飛ばされ、雪原に叩きつけられたアイアースの傍らを、シュネシスとミーノスが駆け抜ける。
フェルミナとテルノアの間に割り込んだ二人であったが、それでも破壊の衝動に駆られ続けたテルノアを止めることは敵わず二人ともアイアースと同様に大地に叩きつけられる。
もはや、フェルミナを守る者はなく、その小さな翼に巨大な破壊の衝動が迫っていく。
アイアースは、身体を跳ね上げるとそれを追う。しかし、相手の速さはそれ以上。差は詰まるどころか広がる一方であった。
そして、ついにテルノアはフェルミナの小さな身体をその腕の先に収める。
掲げられた指の先で爪が鋭く伸びる。突き出されたそれが、鮮血を舞いあげたのは、そのわずか数瞬後であった……。




